なんで懐からハンマーが??
俺は観念して自分の身に起こった事と、佐渡ヶ島での一部始終を利平爺さんに語って聞かせた。利平爺さんは俺の話を黙って最後まで聞いた後、じっと俺の目を見つめて口を開いた。
「若の御身に起こった一部始終、この利平しかと承知致しました。して……若が契約されたと申す者は何処に?」
俺は、懐からスマホに似たPDの端末を取り出して自分の前に静かに置いた。
「PD、この人は俺の師匠で、貴重な知恵袋でもある大事な味方だ。挨拶してくれ」
『畏まりました。はじめまして助松利平様、私はピルグリム・コロニアル社製、最新テラフォームユニット“プラネットディレクター”です。現在は登録ユーザー“滝沢秋人様”のご希望に従い、地球環境の保全を第一義として稼働中です』
利平爺さんは、端末から聞こえる流暢な挨拶を聞いて……無言で懐に手を入れたかと思うと、ハンマーを取り出して躊躇なくPDの端末へ振り下ろした!
― Bun.. ―
利平爺さんが放った望外の一撃が端末を破壊する寸前……端末が瞬時に半透明のドームに覆われ、金属製のハンマーはドームの表面でピタリと停止した。
『“警告⚠”当該端末への破壊行動を確認しました。破壊活動の停止を勧告します。10秒以内に停止を確認出来ない場合、敵対個体に対して武力行使を開始します』
俺はPDを平然と木っ端微塵にしようとした利平爺さんに一瞬呆然とした。
「ふむ、確かに既知の技術では無い様ですな……」
ハンマーを懐に戻した爺さんは平然と呟いた。と言うか、なんで懐からハンマーが??
『敵対行動の解消を確認しました』
爺さんがハンマーを懐に戻すと、端末からの自動音声と共に半透明のドームが消えた。
「ちょっ、まっ……利平爺さん!! 何やってんだ!!」
「失礼しました若。若の随員を勤める以上、この老いぼれに壊されるなどもっての外に御座いますれば……」
爺さん何やってくれるのよ?! 危うく地球の運命まで粉々になるとこだぞ!! いやこれはただの端末だけど!!
「利平爺さん、コイツとは短い付き合いだが、俺達が生き抜く鍵を握ってるのは間違いねぇんだ。アンタといえど勝手な事は謹んでくれ」
「……御意に御座います。しからば、改めて若に問いましょう。聞けば塔は人を滅ぼす尖兵なれど、危急に迫る災厄では無いと理解しました……それでも……若自身が平穏を置いて征かれますか?」
「……知っちまったからなぁ」
「若の負うべき責とは違いましょう?」
これはもう……心配で仕方無いのは分かるが……多分、利平爺さんは根本的に勘違いしてるな。今の時代の若者が、自己犠牲で見ず知らずの他人を助けるとか、流石にないだろ?
「護国の誓いを立てて戦場に行ったじいちゃんや利平爺さんには悪いけど……俺は“命に代えてもどうにかしよう”なんてかけらも思ってねぇよ。ただ……このまま放っといたら、俺ら全員いきなり死んじまうかも知れねぇからな。だから俺は“明日死んでも本望”って奴以外は、全員巻き込んでやろうって思っただけさ」
俺の言い分を聞いた利平爺さん……見た事がないくらい目を丸くしている。
「それにさ……下世話な話だけどタワーって儲かるからさ。今の時代、役場に務めてるとか安定してて結構だけど、それこそ明日どうなるか分からんし……ウチだって働き者の番頭に老後(?)の保証くらい出したいからなぁ」
俺の言い分を聞いた利平爺さんが少し俯き加減で肩を震わせている。俺の気持ちを聞いて感動したか? とも思ったんだが……
「………ック、クククッ フッ……フハハハハハハハッッ!!」
今迄見たこと無いくらいの爆笑を喰らった。
「なるほど、それは重畳で御座いますな!! まったく……秋人様はお母様以上に春人様に似ておられる。結構です……この利平、冥土に渡る前にもう一働きさせて頂きましょうぞ!」
いや、安心して隠居してもらいたいのに、爺さんが張り切ってどうする??
――――――――――
俺の家には利平爺さんをはじめとして、先代、先々代の頃から一族に仕えてくれていた人達がまだ数名一緒に暮らしている。
既に先代である俺のオフクロは鬼籍に入り、家業も殆どが閉業状態なので、先代の頃に居た人達の殆どは、新たな職を求めて各地に散っていった……のだが、高齢に加えて新たな就職先も見い出せない者はこの古臭い古民家を離れる事を良しとしなかった。
俺は彼等を受け入れる条件として、家賃を取らない代わりにだだっ広いこの家の維持管理を丸投げした。そうする事で、彼等は慣れ親しんだ住居に留まれ、俺は屋敷の管理や家事をしてもらう関係が出来たのだ。
そして、その残ってくれた人員を掌握、管理しているのが利平爺さんなんだが……実は爺さんとは違う家事全般を取り仕切っている人が居る。それが、今俺の前に喜々として夕食を並べている相馬和子さんだ。彼女は、それこそ俺がガキの頃から家事全般を取り仕切っていて、俺はある意味利平爺さん以上に頭が上がらない。
「さぁ、明日からまたお勤めなんですから、たんと召し上がって下さいな坊っちゃん。きっとキャンプなんて言って碌な物を食べて無いでしょう?」
「いや、今回はそれなりにちゃんと……」
「またそんな事を……坊っちゃんの料理の腕前は私が一番よく存じている事をお忘れですか?」
いや、それは小学生の時の話で……流石にこの歳になったら普通に高品質な保存食くらい簡単に手に入るんだし……
「……いや、ありがとう。いつも通り美味いよ。ただ、次の週末も出かけないといけないんだ。申し訳無いけど、そのつもりをしておいてほしい」
「まぁまぁ、そうなんですか? それは寂しいお話で……あら? もしかして坊っちゃん、良い人でも出来ました?」
和子さんの言葉に俺は苦笑する。この人の良いおばさんの目下最大の関心事は、俺の伴侶をその目で見定める事らしい。
「残念ながら……そういう人はまだ居ないよ。俺も早く和子さんには安心してもらいたいんだけどさ」
俺は慣れ親しんだ味を堪能しつつ、和子さんのお喋りに付き合っている。しかし、俺も社会に出てから、それなりに外で食事をしてきたが、未だに和子さんの筑前煮程の煮物には出会った事がない。俺が素直にその事を伝えたら……
「嫌ですよ坊っちゃん。そんなお世辞頂いてもなんにもでませんから」
と言って、笑われてしまった。心底本音なんだがなぁ。俺はそのまま夕食を済ませ、コーヒーを飲みながら和子さんと談笑していたのだが、そこにさっき別れた利平爺さんが現れた。その姿を見た俺と和子さんは無言で顔を見合わせる……なんと、爺さんは作業着を着込んで、頬に油汚れを付けたやんちゃジジィと化していたのだ。
「若、少々時間を頂いても宜しいですかな?」
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