佐渡ヶ島ゴールディズ
感覚増幅を行っている聴覚をもってしても、本当に微かに……だが確実に遠くでガラスの割れる音がした。
「……少し席を外します」
「ちょっ……滝沢さん?」
俺はテーブルの三人を置き去りにしたまま部屋に駆け戻った。走りながら取り出しておいた鍵をドアに差込み回転させる。解錠した手応えを感じると同時に勢いよく扉を開けると……そこには鍵部分のガラスを割られた窓が開け放たれ、室内からはアーマーバッファローの角を入れていたズタ袋(ズダ袋)だけが綺麗に無くなっていた。
「ふん、可能性が低いと思っていた角の方が狙われたか……」
俺は躊躇なく部屋に踏み込むと開け放たれた窓から外を見渡した。当然だが外には既に誰の気配もない。
「やられましたか……」
振り向くと金子と京子、環奈と親父さんまでが立っていた。
「まさかウチの宿にこそ泥が入るとはな……滝沢さん、まったくもって面目次第もねぇ。この償いは……」
怒りにワナワナと震える親父さんに向かって俺は言葉を遮る形で掌を向けた。
「今はその話は無しです。金子さん、可能性は低いと思ってたがどうも狙いは角だったみたいですね」
「そのようです……私はすぐにギルドに戻って人を手配します。これは明らかにエクスプローラーが絡んだ事件ですから」
「それは少し待って下さい」
渋い顔をしていた金子が今度は驚いた表情を見せる。
「しかし……」
「大丈夫、こっちへ来て下さい」
俺はその場にいた全員を愛車まで連れて来る。おもむろに軽トラの荷台の下に手を入れるとそこから筒状のケースを二本取り出して見せた。
「それはまさか?」
疑問の声を出したのは環奈だったが、表情を見れば全員が驚いていた。軽トラってのは荷台の下は結構スカスカで隠そうと思えば結構なんでも突っ込んでおける。
「ああ、可能性は低いと思っていたんだが一応手は打っておいた」
ケースを開けるとそこから紫色の角が出てきた。
「実はタワーに入るのに装備品として素振り用のマスコットバットを二本用意してたんだ。で、大きさが丁度良かったんでな」
角を見た金子は呆れた様な顔をして二三度咳払いをする。
「確かに角が無事だったのは何よりですが……狙われた事には変わりありません。それに、【佐渡ヶ島ゴールディズ】がここまで強引な手段を取った以上、貴方だけでなく本間さん親子にも危害が及ぶ可能性が……」
俺は金子の言葉を掌の仕草で止め、敷地の外に視線を向けた。四人と向き合って話していた俺だけが駐車スペースの外に現れたハゲ男とケバ女に気づいたからだ。
俺の視線にただならぬ物を感じたのか四人も俺の視線の先に注意を向けた。それとほぼ同時にケバ女が棒状の何かをこちらに向けた。そして、他の四人には聞こえなくても感覚拡張状態の俺にはボソボソと呟く声がはっきり聞こえる。殆どは意味が分からない音の羅列だったが最後の言葉だけはかろうじて理解する……
「………フレア!」
俺は咄嗟に四人を突き飛ばして自分も地面に伏せる。倒れ込む俺の頭上を青く烟る球状の何かが通り過ぎて軽トラの幌の中に飛び込んだ……次の瞬間、チョコがとろけたように幌は形を失い、炎と共に軽トラを包んでしまった。
俺は、地面に倒れこんだ四人を無理やり立ち上がらせ、猛烈な炎の塊と化してしまった愛車からなんとか引き離す。俺はハゲ共を警戒しながら四人に短く叫んだ。
「建物の陰へ疾走れ!!」
咄嗟に環奈を連れて走ったのは親父さんだった。一瞬後に金子が京子の手を取ってそれに続く。ケバ女は更に追撃を放つつもりなのか手に持っている棒状の何か……おそらく杖を走っている四人に向けようとしたが……
俺は眼前にバットケースを掲げて女と四人の間に割り込んだ。ケースの蓋は空いたままだったので駐車スペースの薄暗い照明の中でも角が見えた筈だ。
「お前等が欲しいのはコイツじゃないのか? いいぜ、やってみろ! 自慢のスキルでたっぷり炙ってみろ!」
そう言って大声で挑発する。女は舌打ちを一つ吐いてこちらを睨みつけた。それに呼応する様にハゲ男が一歩前に出ると、部屋から無くなった筈のズタ袋を俺の足元に投げ捨てた。
男は鬼の様な表情で目を血走らせ、食いしばった歯の間から怒りに震える声を絞り出した。
「よくもコケにしてくれたな……」
俺は後ろの気配が建物の影に飛び込むのを感じて安堵する。さて……
「……お前等が“佐渡ヶ島ゴールディズ”か?」
「……なんで知ってる?」
OK、相手の素性は割れた。俺はバットケースを二つとも肩がけにして背負う。もう一人メンバーが居る筈だが見当たらない。要警戒……
「お前等有名だからな。名前がダサいって」
挑発と同時にさっき拾っておいた石をハゲ男の顔目掛けて投げる。同時にサイドステップした俺は、奴の後ろに隠れていたケバ女の手元を狙って同じく石を投げた。男は簡単に石を掴んでしまったが、もう一つは女の手に命中して彼女の杖を弾き飛ばす。
「減らず口を!!!」
ハゲ男は俺の事など何の警戒もせずに無造作に間合いを詰めて来た。俺は足元にあるズタ袋(ズダ袋)を蹴り上げて掴むとそのままバットを抜き出して両手で構える。
「お前、そんなもんがC級エクスプローラーに通じると思ってんのか?」
「そうか? 俺が余裕で狩れた牛から雁首揃えてトンズラしてきたお前等には十分じゃないか?」
おお、今迄も血走っていたハゲの目が更に赤く染まる。奴は腰に下げていた西洋風の両手剣を抜いて構えた。
「勘違いするなよ。アーマーバッファローの角を狩るには俺の剣やアイツのフレアスキルでは相性が悪かっただけだ。テメーの首がアーマーバッファローの甲殻より硬ぇのか試してやる」
「そうかよ、俺もてめえの自慢の頭が硬球より硬いのか試してやらぁ」
次の瞬間、奴は滑る様に間合いを詰めて俺に斬り掛かった。俺は横薙ぎに振るわれた剣を感覚増幅のおかげでかろうじて避ける。やはり単純な戦闘能力を比べれば今日初めてタワーに入った俺がベテランに勝てる筈もない。
「思ったより動けるな。だが……次で終わりだ」
「知ってるかオッサン、そういうのは“フラグ”って言うんだぜ」
俺は軽口を叩きながらバットを揺らしてハゲ男を牽制する。対照的に奴は殆ど動かず最低限の足捌きだけで俺を視界に捉え続けた。
変動する間合いに合わせて動かしたバットが奴の視線から俺の口元を遮る。俺はその一瞬を逃さず小声でイヤホンマイクに指示を飛ばした。
(PD…感覚そのまま、筋力を一つ上げろ)
『併用の負担は単一使用の過負荷よりキツイですよ。大丈夫ですか?』
俺は返事をする代わりに肯いた。PDにはこれで十分伝わった筈だ。
『承知しました……エネルギー転換増幅の並列励起を開始します』
もし続きが気になるようでしたら☆☆☆☆☆とか貰えたら嬉しいですm(_ _)m




