#3:組み分けの札
お久しぶりです。
「さて、無事にリオンハーツ国立魔法学園に合格された新入生となる合格者の皆さん。私はアストライア・ウィンシェル、担当科目は変身魔法の教師を務めております」
試験から数日後。
厳格そうな三角帽子にローブを着た魔女、アストライア・ウィンシェル教授は大広間のホールのすぐ隣の大部屋に集めた新学期から新入生となる合格者を前に一枚のカードを懐から取り出す。
ウィンシェルが手にしているカードは赤く、それでいて狼の紋章が浮かび上がっている。
「皆さんにお配りしたカードは学園で過ごす四年間、家となる寮の組み分けに当たって必要なカードです。
込められた魔力からその者の適性のある寮の紋章を浮かべ上がらせます。
私のカードには浮かんでいる紋章はヴォルハーケン寮の紋章です。ヴォルハーケンは信念と誇りの寮」
ウィンシェルが杖を振ると、他に青い狐の紋章、黄色のフクロウの紋章が浮かび上がる。
「青いシャチが象徴、バックロウが象徴するのは狡猾、覇道、純血を重んじます」
動き出した青いシャチは赤い狼に近づいて驚かそうとするも、赤い狼はそれを意に介さなかった。
「そして、黄色のフクロウを象徴とするハーティスは探求、知慧を司ります。皆さんはこの四年間、それぞれの寮で寝食を共にします。良いことは寮の利益になりますし、悪いことをすれば、罰則を受けます。私はヴォルハーケン寮で青春を過ごしました。皆さんがそれぞれの寮で素晴らしい学園生活を過ごせるように祈っておりますよ。
それでは、魔力をカードに込めてください」
そんなウィンシェル教授のスピーチの後、教授に向けて拍手喝采だった。
そのあとは部屋中の合格者たちがカードに力を込め始める。
もちろん、我らがスコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドもグレイ・ライオネルに渋々ながらも合格をもらったことで他の合格者たちと同様に入学後の自分の寮を決めるために組み分けの儀式を行っていた。
周囲はすでにそれぞれでグループができていたが、スコルニールはまだグループに所属するどころか、友人を作ることさえできていなかった。
「あいつ、ライオネル先輩とめちゃくちゃな戦いをしたスカーレッドだろ?」
「やっぱり、友達できてねえじゃん……」
「可哀想な奴。けど、あいつとはお近づきになりたくないね」
そんな声がヒソヒソと聞こえてくるが、意に介することなく、スコルニールは組み分けのカードに魔力を込めている。
赤と青、それぞれがスコルニールの魔力を感知し、上下それぞれに赤と青で半分ずつ染まってくるものの、やがてスコルニールのカードは赤い下地に狼の紋章が浮かび上がる。
スコルニールの所属する寮、向かうべき寮は狼を象徴とするヴォルハーケン寮だ。
「よう!俺はスコルニール・ダイモーンソン・スカーレッド!俺はどうやらヴォルハーケンだったみたいなんだけどよ、お前らはどこの寮だったんだ?」
意外と早く寮が決まった、あとは友人を作ろうと思い立ったスコルニールは適当な二人組をみつけて声をかける。
すでに所属する寮が決まった合格者たちは出口へと向かい、設置されたマジックアイテムらしい箱にそれぞれカードを入れていき、退室しているのを見かける。
ーーきっと、君の学園生活は良い友人たちを作っていくことでより素晴らしい生活を送ることができるじゃろう。魔法に対する学習意欲はしっかりとあるのだから、あとは友人をたくさん作るように。
いつかの日に育ての親とも言える人物に言われた言葉を思い出し、スコルニールは笑顔を浮かべながら、手を差し出した。
友好の意思を示すこと、そして友達になろうという意味を込めた挨拶として握手を求めたつもりだったのだが、その二人組はスコルニールに対して陰口を叩いていた二人組だった。
学園中にある場所の様子を映し出す、映像魔法によってスコルニールの試験は多くの学生たちに見られていた。
重力魔法を操る学園最強の男、グレイ・ライオネルとの極めて力技感の強いバトルスタイル、そして相手の身分を察することをしないスコルニールをよく思わない者も多く、まだ入学前の現段階からあらぬ噂が流れていた。
「いや、俺たちもまだなんだ」
「じゃあな、また」
適当に流していった二人組も、きっと良い身分なんだろうか。
そさくさと二人はスコルニールに先ほどの会話を聞かれていなかったか、絡まれやしないかと焦りながらも、すぐにどこかに去っていった。
「なんだよ、あいつら。仲良くなりたかっただけなんだけどなぁ」
少し不服そうに眉尻を下げるスコルニールは自分の言動によって二人が逃げて行ったことに気づかず、集団に囲まれている者を一人見つけた。
「おーやおや、負け犬のウルヴェスターの息子じゃないか。僕らの父上たちが収めた税金で食っていってる勇者さまはさぞかし毎日の食事は美味いんだろうねぇ」
囲まれているのは琥珀色の瞳をした端正な顔立ちの少年でスコルニールと同じくらいの身長、あるいは少し高いくらいでなめらかな金髪が目立つ。
対して金髪の少年を囲んでいる嫌味を言う銀髪少年は筋肉質な力自慢のトロールのような顔で体格のいい取り巻きを引き連れており、少年と比べてみても端正な顔立ちをしているが、そのニヤリと笑う表情はとても性格が良さそうには見えなかった。
そして、琥珀色の瞳をした少年の服は銀髪の少年のものと比べてみても、とてもいい服だとは言えない代物でツギハギの目立つ古着のようだった。
「服も足りないなら、あげようか?僕のお古の下着でも」
「親と家の威を借る狐でしかない、お前たちに恵んでもらう必要はないね。どんなことがあっても、僕はウルヴェスターの勇者の一族であることに誇りがある」
「へえ。でも、勇者である父親は15年前、魔王ダイモーンを倒せなかったじゃないか。ここで礼儀を教えてあげよう」
銀髪少年が小さく子分に会釈をすると、体格のいい彼らは金髪の少年、ウルヴェスターを囲んだあたりでスコルニールは待ったをかけるように前に立ちはだかった。
「よう、青びょうたん。緊張してんのか?顔色が青白いぞ。お供のトロール共がいないと喧嘩もできねぇとは、とんだ貴族のお坊ちゃんだな」
「君のことは知ってるよ、スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドくん。僕はダミアン。ダミアン・オルコニス。君、ここはどういう者が通っているのか知っているのかい?」
スコルニールに自らの青白い肌を青びょうたんと揶揄されたことで、ダミアンの顔に朱が入った。
恥じらいと怒りが混ざっているようだが、それを抑えようとしているようだ。
子分の二人、それぞれをピッグノーズ、ビッグフットというダミアンの子分はスコルニール以上の体格でスコルニールを威嚇しようと関節をポキポキと鳴らしている。
ーーこの学園でやっていきたいなら、ちゃんとルールは弁えろ。
そう言った試験官を務めたグレイの言葉を思い出すものの、三人で一人を囲んで脅すような真似を許せるほど、スコルニールは日和っていなかった。
「リオンハーツは貴族階級が多いが、一般にも門戸開いてんだろ?先生が教えてくれたよ。それがどうした」
「分を弁えろと言っているんだよ、スカーレッド。まだ僕らのような貴族の力は強い。そんな僕らに楯突くとどうなるかーー」
「いいぜ、だったら、三、一だ。そのトロール共とシャチ野郎でかかってこいよ」
ダミアンは脅すつもりだった。
なのに、スコルニールが怖気付かずに楯突くものだから、奥歯を噛み締め、その端正な顔を歪める。
挑発するようなジェスチャーをするも、スコルニールが確かに学園で最も強い男にパンチを入れたことは周知の事実だ。
そんなスコルニールと喧嘩をするのは、ましてや入学前に問題児になるのは賢くない。
「貴方達、まさか喧嘩はしていないでしょうね?」
一触触発の雰囲気の中、やってきたのは眉を顰めるウィンシェル教授だった。
「いえ、先生?親睦を深めていただけですよ。行くぞ、ピッグノーズ、ビッグフット」
組み分けのカードをチラつかせつつ、ダミアンは二人の子分を連れて出口へ行ってしまった。
いつの間にか、ウルヴェスターの姿もない。
「もういいですね、スカーレッド?マウジー先生から事情は聞いていますが、くれぐれも問題は起こさないように。貴方がヴォルハーケンに来れば、厳しく指導に当たりますからね」
一人残されたスコルニールからカードを受け取り、ウィンシェルはため息をつく。
「先生。友達って、どう作ればいいんですか?」
寮の数はヴォルハーケン、バックロウ、ハーティスの三つ。
ちなみに学園長はヴォルハーケン寮です。