#2:試験官したら、面倒ごと押し付けられた件
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宣言通り、受験生のスコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドが学園最強の男、グレイ・ライオネルに顔面にパンチを入れた事で盛り上がりを見せていた。
グレイの固有魔法によって地面にうつ伏せにさせられていた時のスコルニールがそこから不思議な口上と振り払うような動作でグレイの魔法によって作り出された、不可視の魔法障壁による圧迫を壊して立ち上がり、体勢を立て直そうと再度魔法の使用に及ぼうとしたグレイの口上の詠唱を上着を投げつけた事で目くらましにするという不意打ちもあったが。
「……スカーレッドの野郎、マジでやっちまうとは思わなかったぜ」
医務室のベッドで目が覚めたグレイはスコルニールとの約束を思い出し、肩を回した。
顔面がひりつく。
眠っている間に養護医に処置をされているようだが、顔が腫れ上がっているところから全力で殴りつけてきたのだろう。
グレイの固有魔法を力ずくで破り、上着を呆気にとられるグレイに投げつけて目くらましにして顔面をピンポイントで狙って殴りつけるとはいい度胸の持ち主だ。
すっかり疎遠になってしまった、真面目な後輩は今の自分の惨状をきっとガミガミと小言を言うだろうが、その後輩も近くにはいない。
「開いてるぞ」
医務室をノックするのに気がつけば、グレイが応える。
入ってきたのは赤毛に鳶色の瞳のグレイが担当した受験生、スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドともう一人背が高いブロンドヘアの老人だった。
「やあ、グレイ。体調の方はどうかの?」
「学園長先生。それはまあ、ボチボチといったところですけど。どうしてスカーレッドがここにいるんです?」
「それは上々。スコルニールたっての希望だそうじゃ。まさか本当に上手くいくとは思ってなかったとは言うとるが、学園中が騒ぎになっとる。学園最強の“黒獅子”が“魔王”に敗北したと」
老人の姿が目に入ると、グレイは身を起こして小さく会釈をした。
名前はアレクサンドル・マウジー。
リオンハーツ国立魔法学園の学園長であり、人類で初めてドラゴンの単身退治を成し遂げたほか、魔王ダイモーンの討伐にも同行した生ける伝説とも称される魔法使いだ。
スコルニールと試験の合格条件をグレイの固有魔法によって身動きできなくなった状態から抜け出し、パンチを一発入れるというグレイ自身の強さ、グレイの固有魔法である王の勅令の能力を知る学園の生徒であれば、誰もが成し遂げなかった偉業。
マウジーは試験官としては、とても褒められたものではないような合格条件を咎めるどころか、面白がっているようにも見えた。
マウジー自身、このリオンハーツ国立魔法学園の卒業生でもあり、“黒獅子”や“魔王”といったような二つ名に心が躍るのだと聞いたことがある。
本人は魔王ダイモーンの討伐に出向いたこともあり、周囲からはもう少し威厳を持っていて欲しいと言われることは少なくないが、そんなことはどこ吹く風で魔王ダイモーンの最期を思えば、蔑称としか思えないような二つ名に赤毛の少年と同様に偉大な魔法使いは目を輝かせているようだった。
「マウジー先生」
「おお、そうじゃった。スコルニールをここに連れてきたのは、おぬしに合否をもらうためじゃ。過程はどうあれ、約束を果たしたことには変わりないからのう。
スコルニールは素晴らしいパンチとグレイの固有魔法を受けながらも、魔法力の制御を見事に成し遂げて抵抗して見せたし、良いパンチの受け方をしておったグレイには加点をやらんとのう」
スコルニールがはやる気持ちを抑えきれないのを見ると、楽しそうにマウジーはどうどうとなだめた。
スコルニールもマウジーも似たところがあるのか、まるで親子のようだ。
学園長の親戚筋の少年が堅物真面目なところがあると思うと、このマウジーのユーモアあふれる一面は親戚筋の少年には受け継がれなかったらしい。
グレイはスカーレッド、と呼ぶとスコルニールは元気よく返事をした。
「約束は約束だ。お前もマウジー先生とここにきたときにすでに聞いているかもしれんが、入学試験はリアルタイムで放送されてる。もちろん、学園内の特殊な魔法アイテムによって学園内だけだがな。そんな中でお前に乗せられてしまって、あんな提案に乗ってしまったことについては正直なところ、後悔しかしていない」
「え!?」
「やれやれ、って感じの態度していただろう?俺の雰囲気を見て何か思わなかったのか」
スコルニールはグレイの言葉に情けない声を漏らした。
自分が大衆の前でどう言ったことをしてしまったのかという後悔より、グレイが乗り気ではなかったことがショックだったらしい。
魔王ダイモーンの名前をミドルネームに入れているあたり、相当な厄ネタだろうが、感情豊かでコロコロ変わる様は意外と知り合いの琴線に触れるかもなとグレイはふと思った。
「うーん、別に。あのときはまた先輩に魔法重ねがけされたらまずいなぁ、って思ってて……」
「(つまり、滅茶苦茶な約束はブラフでやったのか?その場のノリでやったようにしか思えないんだが……)」
意外とダメージを受けていることもなく、むしろケロッとしている様子がグレイの動揺を誘う。
「それで?合格?合格だよな?」
「……まぁ、不服だがな。言葉遣いを改めておけよ」
「はーい!」
人の話を聞いているのか、いないのか。
スコルニールの対応に先が思いやられるグレイ。
(まぁ、入学後は関わることもないだろう)
全寮制の学園とはいえ、一年生と三年生では早々関わることはないだろうし、きっと同級生の友人をスコルニールは作って絡んでいくことだろう。
初対面の人間に対し、こうもグイグイ来ることができるのであれば、同級生の友人をすぐに作ることができるはずだ。
こいつとの付き合いもここまで、と安堵したときのことだった。
「話もまとまったようじゃな?では、スコルニール。少しあたりをまわってきて見てはどうかの?これから君が通うことになる、この学び舎の食堂のランチでも確認してきたらどうじゃ?合格祝いに簡素ながらもわしから君にこれをやろう」
「わあ、食券だ!チキンのソテーのランチ、大好き!」
そう言ってマウジーがスコルニールに渡したのは学園のランチの引換券だった。
確かに時間も昼時でスコルニールがどこかよそよそしいような様子を見せていたのを察したのだろう、さすがは学園長である。
マウジーと会話をする機会など、これまでグレイはあまり持つことがなかったが、副学園長の厳粛な女性のことを思うと学園長はプライベートでは非常に緩いらしい好人物であると印象を受けた。
それから、素直にスコルニールが医務室を出て行くとマウジーとグレイの二人きりになった。
「それで、俺と先生の二人きりというのはどういう了見なんです?特にマズイようなことはしていないつもりだったんですが。もともと、他の先生の代行で俺がしたにすぎませんし、試験官によほど度を過ぎない限りは合否の権利を全て掌握できると伺ってますけど?」
「それは別に構わんのじゃ。ただのう、スコルニールはちと特別な事情を持つ生徒での。誰かに面倒を見て欲しい、と思うとった」
グレイはすでにマウジーの言葉と仕草から嫌な予感がしていた、マウジーがいたずらっぽくウインクしたのだ。
「上級生に頼むのは考えとった。グレイも知ってのように、スコルニールは年上の魔法をはねのける対魔法耐性が凄まじい。並の生徒では、何かあった時に抑えられるとは思わん。あのように学園最強と称されるグレイの固有魔法による拘束を難なく解いたからのう。しかし、君の魔法力であれば、一時的にであっても彼を抑えることができよう」
「……俺にスカーレッドが暴れた時に取り押さえろ、そう言いたいんですか?学園長先生」
「そうではない、そうではないんじゃよ」
回りくどい言い方にグレイが苛立ってきた頃、マウジーは柔らかく黒い獅子の怒りをなだめた。
あの赤毛の能天気でマイペースな後輩のことは正直よく思っていないが、どこかスコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドという個人を腫れもの扱いしているようにも受け取れるマウジーの言葉にカチンときてしまった。
この獅子、自分が思っている以上に熱くなりやすく、それでいてお人好しなのだった。
「スコルニールを守って欲しいのじゃよ、グレイ。先ほど彼が特別な事情を抱えとる、というのは言うたじゃろう?」
「なら、先生方が守ればいい。それが教師の仕事でしょう?」
「確かにそれは最もじゃ。わしや他の先生方であれば、スコルニールはもちろん、他の生徒を守ることはたやすい。しかしのう、グレイ」
「なんでしょうか?」
マウジーはベッドに体重をかけないよう、そっと腰をかける。
全く体重をかけられているような重みをグレイは感じなかった、まるで羽根が載っているように軽かった。
汎用魔法を詠唱なしで使用したのだろう。
「この学園は、いつか去ることが規則になっておる。入学してから四年、君は事情から五年生じゃがーー学び舎での思い出は何物にも代え難いものなんじゃよ。それを奪うことは果たして子供達を守る大人としてはどうかと思うてのう」
「副学園長は、ウィンシェル先生はなんと?」
「君が言うように、教師がそばにいることでスコルニールを守るように言われたよ。じゃが、いつまでも大人に頼りきりというわけにもいくまい。ここは魔法を学び、識り、未来を築いていく魔法使いたちを築いていく学び舎じゃ。わしらももちろん守るつもりでもおるが、自衛の手段も学んで欲しいと思うとる。
それに老人の小煩い教えだと思って聞いて欲しいのじゃが、先輩は後輩を守るものじゃそうだからのう。
一年間スコルニールのことを気にかけてやって欲しい、これは君へのわしからの課題のようなものじゃ。きちんとこなせば進級はさせると約束する。……これ以上は留年はしたくなかろう?」
真面目で厳粛な副学園長らしい言葉だと思えば、特別な事情を持つという後輩のことに想いを馳せる。
ただ一人、後輩の面倒を見ることで二度も留年している状況下、進級を許してくれるのであれば、これ以上の喜びはない。
留年が自業自得な理由であったとしても、この課題を一年間全うすることで進級できるなら、少しは自分も前進できる気がした。
「先生、分かりました。課題の方、お受けしましょう。しかし、一つ教えてください」
「何かね?答えられることであれば、お答えしよう」
「スカーレッドの事情というのはなんでしょうか?教えていただけませんか?」
立ち上がり、スコルニールを呼びに行こうとするマウジーをグレイは呼び止める。
「君なら教えておかねばならんのう、忘れておった。年をとると物忘れが激しくて敵わん。スコルニールはのう、グレイ。もしかしたら、全く隠そうとする気がなかったかもしれんが、魔王ダイモーンの落胤なんじゃよ」
あまりにも衝撃的すぎる、その一言をマウジーから受けてグレイは今からでも課題を断りたくなったのは正直な気持ちだ。