#1:ドロップアウトボーイ
復活ッ!満あるこ復活っ!
(チッ、なんで俺がやらなきゃならねえんだ?体調管理くらいしっかりしやがれっての)
屈指の勢力を誇るリオンハーツ王国の首都にある国立魔法学園は国内外からも多くの貴族の子息が入学しており、中には王族の子息も入学している。
在学期間は四年で在学中はこの世界の魔法の歴史、魔法の取り扱い方や生徒の生まれながらに取得している固有魔法の扱いを学ぶ学び舎である。
グレイ・ライオネルはそんな生徒の中でも王族の子息の一人であり、褐色の肌、ワイルドな印象を与える癖っ毛気味の黒髪の長髪、長身と本人の雰囲気もあって胸元に国立魔法学園のシンボルである黄金の龍の爪を象ったシンボルのある黒いブレザー、第二ボタンまで外したシャツにブレザーと同色のパンツの制服もよく似合い、王族らしいオーラで溢れていた。
そんな王子が苛立ち気味なのは此処に招かれている理由だった。
(一生徒に試験官させるって、どういうつもりだよ。王立魔法学園サマの伝統ある歴史ってやつが泣くんじゃねえのか?)
国立魔法学園の入学試験の内容とは、受験生の魔法の資質を試す。
しかし、その門戸は多くには広げられておらず、ここ最近となってようやく庶民階級が入学資格を認められたくらいで通っている多くの生徒達は王族や貴族の子息である。
グレイが一人試験官が体調を崩したことで当日の指定の時間の試験官を行なうように、と教師から要請を受けたのは試験前日の夜のことだった。
もちろん、グレイの実力が認められているからこそだとは本人も分かっているつもりだったが、それならばこんな鳥篭の中に閉じ込めることだけは勘弁してほしかった。
試験は拡大魔法で大きく広げられた、白い訓練室の中で試験官と受験生が一対一で行なう。
もちろん、その様子は待機中の他の受験生や今年の受験生の見込みを見に来た上級生に対し、校内の中央にある広場にて大々的にモニターに映し出されている。
一向に来る気配がないグレイの担当する受験生に対し、ますますグレイの苛立ちは募っていくばかり。
兄弟からもらった古い腕時計で時間を確認していると、扉をガチャリと開く者がいる。
「いやあ、道中にヒトダスケしてたら、遅れてしまって。あ!受験番号0256番!スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドって言います!」
「言い訳は後だ。無事に合格が出れば、俺達とお前が通うことになる我が校は昨今は庶民出身もまぁそれなりにいることはいるが、貴族のガキが多く通っていることを忘れるな。この学校で上手く立ち回りたいのであったらの話だが、時間には正確であれ」
「はーい!」
スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドと名乗った受験生の少年は人懐こい笑顔を浮かべ、扉からひょっこりと顔を見せれば、その赤い髪をふわりと揺らし、鳶色の瞳をキラキラと輝かせながら、室内に入った。
バッグに受験用に買って来たのだろう、身に付けているジャケットもズボンもサイズがロクに合っていないらしく、ぶかぶかでその様子が映し出されている校庭では貴族出身の生徒達が嘲笑った。
「今年の受験生にはあんな田舎から上がってきたような猿がいるのか?」
「伝統ある我が国立魔法学園も堕ちたものだな」
「しかし、試験官はあの黒獅子か。生徒が試験官をするというケースもまた珍しいが、グレイ・ライオネルならば納得だ」
「受験生のアイツも不幸だな。せっかく庶民なりに大枚はたいてリオンハーツの首都までやってきたって言うのに、黒獅子が試験官だったら、魔法を使う前に終わりだ」
「入学試験の時、固有魔法で試験官を倒したって話だろ?しかも、他にできたのはいねえって話だ。グレイ・ライオネルに匹敵するのは、二年のトレバー・マウジーくらいだろうなぁ」
そんな会話が見物人の中で交わされる中、生徒達は受験生、スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドを馬鹿にする反面、試験官がグレイ・ライオネルであることに憐れんでいた。
なぜならば、グレイ・ライオネルは彼自身が持つ固有魔法と本人の素養もあり、学園最強の男であると言われ、黒獅子の異名を持っていた。
そんな男を試験官として入学試験に臨むのであれば、己の魔法をいかにして発動させることが求められてくるが、相手は最強の男。
グレイを前にすれば、満足に戦えるはずがないと生徒達は完全に思い込んでいた。
「っていうか、試験官は先輩なんすか?魔法ガッコなんだから、三角帽子のおカタい先生とかコウモリっぽいローブ来た教師に見てもらうものかと思ってたんだけど」
「なんだ?俺じゃあ文句があるのか?受験生。……チッ、それは俺が言いたいことだっての。オラ、とっとと来い。合格の基準は全部俺に任されているとはいえ、見込みなしだと俺が判断したらすぐに不合格にしてやる」
「へぇ、そうなんすか。けど、試験官ってことは滅茶苦茶強いってことなんだよな?だったら、俺ってばすげぇラッキー!だって、先輩の胸を借りて魔法を使えるって言うんなら!」
バッグを投げ捨てるスコルニールに野蛮な行いだと画面の向こうでの自分の評価が気にならないのかとわざと距離をとってからグレイは一瞬考えるが、目を輝かせながら心を躍らせているその様は少しばかり好感が持てた。
入学がかかった試験だというのに恐れることなく、むしろ楽しんでいる様は貴族や王族としてはまずありえないスタンスだが、未知の魔法を見られること・なにより強敵を前にして心を躍らせるのは当然であるとするグレイにとっては良しとしたい思考であった事には間違いない。
しかし、試験は試験。
グレイはゲームでも初心者を立てることは決してしない、強者であることをよしとする自分がどうして弱い者の為に合わせてやらなければならないのかと考えてしまうからだ。
そうして思い至った時にグレイ・ライオネルは魔力を練って固有魔法を使用する。
コンマ0秒、発動までに無駄な動作を全て省き、そしてなおかつ一撃必殺のグレイ・ライオネルの魔法は使用することによって魔力の奔流により、その癖っ毛の長髪を靡かせ、まるで獅子のような印象を与える。
魔法を使用するための構えも予備動作も省いたが、グレイは必要な口上のみを告げる。
「《我が不可視の威が汝を押し潰すであろう》!!!!」
「!!!」
グレイの固有魔法が発動し、スコルニールの周囲に見えない壁が発生し、サンドイッチの具を上下からパンで挟み込むように圧迫される感触がある。
「ライオネルのヤツ、確実に落としにかかってるな」
「開幕固有魔法の使用に来るとは、大人げないあいつらしくもあるが」
「あの状態から一発でもパンチ入れられたら、あの受験生はかなり見所があると言うことになるんだが」
「まぁ、そんなことはないだろう。貴族でも王族でもない、庶民階級出身の馬鹿如きが学園最強に勝つはずがないんだから」
見物人がモニター越しに口々に言うように、グレイはこの試合を汎用魔法を使わずに終わらせにかかっていた。
自分が求められるのは試験官にすぎず、采配は全て自分に任されているのであれば、この試験をすぐに終わらせようとするのもグレイの自由である。
もちろん、試験に不合格だと命を落とすことが代償としてあるわけではないので、グレイの魔法に耐えられずに地面にうつ伏せになってしまい、身体を震わせているスコルニールにグレイは一歩ずつ歩を進めていく。
「先輩、もしかして。ゲームだったら、初心者に華を持たせずにボッコボコにするタイプだったりする?」
グレイは自分の魔法を受けて圧迫されているのにもかかわらず、緊張感のないスコルニールの言葉に内心あきれた。
こんなときでもなお、無駄口を叩く度胸があるとは賞賛半分・呆れ半分だった。
賞賛が半分もあるのは、最強である自分自身の魔法に耐えうるほどの頑強さと対魔法力への技術が高いことが窺えるためだった。
「だとすれば、どうする?王族や貴族の社会は足元の引っ張り合いみたいなもんだ。そんな中で手加減をしてやる必要があると思うか?スカーレッド」
「うーん、それならないっすね。そうそう、先輩」
「どうした?」
偉く素直に言葉を受け入れたことにグレイはここでも呆気にとられた。
意外と噛み付いてくるものだと思っていたが、よくよく考えてみれば、このスコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドというかつて人類との戦いに敗れた魔王ダイモーンの名をミドルネームにする少年は試験官との戦いを、この試験を楽しむようなタイプだったと思いなおした。
「この試験、先輩に一発でもパンチ入れたら俺の合格ってことは無理?」
「……スカーレッド。この試験はお前の魔法の扱いを俺が見ることで合否を下すというものだ。俺はグレイ・ライオネル。お前が正直、俺の魔法によって押しつぶされていないことにはミドルネームなんてものを自称する庶民にしては大した対魔法力の技術を持っているように思うが……、そのまま俺にパンチの一発も入れられるとは思えないな。だが、いいだろう。俺にパンチを一発でも入れることが出来たら、お前に合格をくれてやる」
それは、とても単純で馬鹿馬鹿しい、それこそゲームのような勝利条件。
「情けないな、あの受験生」
「ああ。ただでさえ、あのライオネルの魔法を手加減はしてるだろうが、ああも無駄口を叩けるほどに平気でいられるんだ。まぁ、そこから反撃できなかったら、意味は無いんだが」
「所詮はおのぼりさんで田舎者か!」
と、グレイはこの試験を見ている見物人たちの言葉を想像する。
試験の制限時間は試験官に委ねられる。
受験生が全ての手を出しつくしたあたりで試験は終了となるが、それ以上は見るものはないと試験官が判断すれば、その段階で試験は終了だ。
「しかしだ、スカーレッド」
出来もしないことを言うな、と不合格を突きつけようとしたときだった。
「自称じゃねえんだ、俺のミドルネーム。全く、別に文句は言わなかったけど、試験開始の合図もなくはじまるだなんて。一発目から固有魔法?とんでもねえなぁ」
『お、おい』
『ああ。スカーレッドのヤツ』
『ライオネルの魔法を受けているのに、動いているぞ!?』
外の声が聞こえる。
いや、場外の見物人たちの声が運営委員会によってグレイとスコルニールに聞こえるように魔法を使用したのだろう。
グレイには運営委員会にいる、こうした盛り上がる展開が大好きな者に心当たりがある。
「《我が力よ、我の進む覇道への道連れとなれ》」
スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドは圧迫する魔法障壁を汚れを払うように右腕を振った。
そして、右腕が自由になれば、今度は左腕で同様に魔法障壁をグレイを圧迫されたまま見上げつつ、振れば、そのまま無理矢理拘束を振りほどくようにして飛び掛った。
『おい、マジかよ』
『本当にあのガキ、』
「俺の魔法を振り払った、だと?どういう手品だ?スカーレッド」
「見たまんまっすよ。あと、俺の生まれのことを馬鹿にしてもらっちゃあ、困るぜ」
スコルニールの拳をグレイは難なくよけることが出来るが、風を切る様なスコルニールの拳は魔力によって強化されていることが分かり、グレイはポケットを突っ込んでいる状態でも田舎者には負けないという自負があったが、体勢を整えて次の魔法を発動しようとしたときだった。
「《我が不可視の威が―――――》」
「魔法は使わせねえよ!」
グレイが唱えるより先にスコルニールは左手を瞬時に突きつける。
しかし、魔力は放出されず、代わりに上着を瞬時に脱いでシャツ姿になれば、グレイに上着をかけて目晦ましとすると、右ストレートが綺麗にグレイの顔面に入った。
「よッし!先輩にパンチ一発入れてやったぞ!!!合格だよなっ!?ライオネル先輩!」
相当力を込め、殴り飛ばしたため、グレイの身体は壁に吹き飛んでしまった。
試験官である、最強の男を宣言通りに合格条件である、パンチを一発入れることを達成したことで見物人や何があったのか理解できていないグレイとは対照的にスコルニールは満面の笑みで会場を映し出している、遠見の魔法の道具に対してピースをする。
ここで、スコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドの経歴を簡単に紹介しよう。
赤毛に鳶色の瞳を持ち、よく笑う快活な少年である彼のその身に流れる血は――――先の戦いにて人間に敗れた、魔王ダイモーンのものを引いていることを。
これは、没落した魔王の血統のスコルニール・ダイモーンソン・スカーレッドがグレイ・ライオネルやその周囲を振り回し、自らの居場所を探す物語である。