1 空からの落下
お久しぶりです。2話目の投稿になります。
ようやく異世界へ飛び出します。
「ただいまー…ってそうだ、もう出発してんだったな」
中古屋から帰ってきて、いつもの癖で大声を出したが、いつもなら返ってくるはずの声がないことに一瞬変に思うも、直ぐに思い出す。
俺たちが10歳になった年から毎年、母さんと優輝ママは俺たちの夏休み初日から10日間、どこかへ旅行に行くのだ。どこかへ、だ。いくら行き先を聞いても教えてはくれない。毎年買ってくるお土産も、毎回1番近所の空港のものだし…。
もう慣れたけど。母さんたちの夏休みだと受け取るようにしている。
階段を駆け上がり、俺の部屋に入るとすぐに冷房を入れる。本当はすぐにでも冷水を浴びたいのだが少ししたら優輝が来ることになっているので我慢だ。
1分。2分。蝉の声うるさいな…。
3分。チラと先程買ってきた袋を見るが意志の力を総動員し手を伸ばすのを抑える。
5分。…。
20分。
遅い。隣の家なのに荷物置いて着替えるだけでこんなにかかるもんなのか…?あいつから「早く帰ってやろう」と急かしてきたのに…?
30分。
よし。きっとやむを得ない何かがあったんだ。そうに違いない。仕方ないから先に始めていよう。
袋に手を伸ばし箱を取り出すと躊躇いもなく開ける。
ハーフヘルメット型の、ゴーグルとヘッドホンが組み合わさっているタイプのものだ。近未来系バトルアニメとかで出てきそうな感じだな…。側頭部に星マークとロゴがついているのがまたカッコイイ。
ちなみに俺のは黒地に赤の星マーク、優輝のは白地にピンクの星マークだ。分かりやすくていい。
早速…と被ろうとしたその時バンッと漫画みたいな音がしてドアが開いた。
そこには『やむを得ない何か』があっただろう人。
まだ少し濡れている肩まで伸びた焦げ茶髪からはぽたぽたと水滴が垂れ、折角着替えた白地の、かわいらしくデフォルメされたうさぎの顔がプリントされたTシャツを濡らしている。水色のジーンズ生地の短パンからは程よく焼けた健康的な足がすらりと伸びる。胸の辺りで両手をグーの形に握り、わなわなと薄桃色の唇を震わせ、優輝は叫んだ。
「こっっっのバカたいさ!!待っててって言ったのに!!!」
「散々待たされてんだこっちは!自分だけシャワー浴びやがって!お前がすぐ来ると思って我慢したんだぞ!!」
「すぐじゃん!乙女は準備に時間かかるの!」
「何が乙女だそんな格好ばっかりしやがって!お前男だろうが!!」
「なっ…ッ」
優輝、絶句。そして急激に顔が赤くなり涙目になりながら。
「ボクは男なんかじゃない!男の娘なの!!!!」
うえーん、と声を上げて泣き始めた。
めんどくせぇ。
ーー
そんなこんなで、ようやくそれぞれの設定を終え、ゲームの起動に入る。
「わくわくするね」
「そうだな」
俺たちはすっかり冷房で快適になったひんやりした床に寝そべりながら会話する。
「ね、もしさ、よくある小説とかみたいにゲームの世界に入り込んじゃったりしたらどうする?」
クスクス笑いながら優輝は言う。
「そんなのないだろ…ラノベじゃないんだし」
「…そうだよね。でも、なったら面白いね」
「まあな」
ヘルメット越しで顔は見えないが、優輝がちょっとしょぼくれるような雰囲気になるのが分かる。
それか可笑しくて少し笑ってしまった。
「なんで笑うの」
ムッとされた。
その時さっきまで"loading"と出ていた目の前の文字が消え、視界が白く塗りつぶされる。それは優輝も同時だったようだ。
「…じゃあ、あっちでまた」
「ああ」
その言葉を最後に、意識が落ちていった。
ーーー
「たいさ」
とてもつよい風が身体へ吹き付ける。服の裾などが風であおられてバタバタと暴れているようだ。俺は髪が短いから良かったが、優輝は顔にベチベチ当たってさぞかし鬱陶しいだろうな。
だがこれはまるでスカイダイビングをしているような──
「たいさ見て!ボクたち空を飛んでるよ!!」
その声にカッと目を開くとそこは。
雲の上だった。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁあ!!!!!!!」
「すごい、すごいよ!雲が手に届くよ!」
「優輝お前はなんでそんなに楽しそうにいられるんだ今俺たち確実に落ちてるんだぞ!?ていうか高すぎ無理死ぬ死ぬいやぁぁぁぁぁ」
「たいさ高い所苦手だったねそう言えば」
必死に優輝の手にしがみつく俺ににこっと微笑むとその手を無理やり外した(・・・・・・・)。
「おまっ、この悪魔がぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ボクの性別を間違えた罰だよーっ」回転しながら急落下していく俺を見ながらあかんべーをしてくる。
あいつ、後で1回ぶん殴る。
雲を突っ切って落ち続ける俺たちは遂に地上を見た。
その非現実的で、壮観な景色に一瞬落ちている恐怖を忘れるほどだった。
まるで天を支えるようにそびえ立つ巨木。それを中心に広がる豊かな自然と中世ヨーロッパを彷彿とさせる建造物群。そこかしこで飛んでいる鳥と呼ぶには大きすぎる生物たちの群れ。
まさしく俺たちがファンタジーと呼ぶ世界が眼下いっぱいに広がっていた。
「これがVR、なのか…」
正直想像以上だった。中学の時の特別授業でVRの体験をしたことがあったが異空間とも言うべき暗い場所で光る玉をテニスのように打ち合いしただけだ。
まさかここまで精巧に出来ているとは思わなかった。きっとVRで海外旅行の疑似体験ができるなんていうものが流行っているのはこの吹き付ける風やその場の空気感まで分かるリアルな感覚があるからなのだろう。
「ま、まあこれはゲームだ。たとえ空の上から落ちたとしても死なないはずだ…死なないよな?」
「うーん、一応RPGだし落下ダメージあるやつなら死ぬことはあると思うけど。導入イベントじゃないのかなぁ。まあ何とかなるよ!」
「それ何とかならないパターンだから。お前が大丈夫だと言ったら基本的に大丈夫じゃないから!」
「なにそれ酷い!たいさサイテー!」
ゲームだと分かっていたとしても怖いものは怖いのだ。早く終わってくれ。
ていうか、ゲームならあるはずのものが未だにないんだが…。
「そういえば、優輝。チュートリアルって出てきたか?」
「え?そう言われたらないね。まだ必要ないってことなんじゃない?」
そうなのか…?
すると。
「うわっ、なんだ?!」
突如下から吹いた突風でふわっと浮いたような感覚に襲われる。
「ドラゴンだ!!!」
優輝が目を輝かせて叫ぶと同時に太陽に背を向け目の前を通り過ぎていく巨大な影。びっしりとその表面を覆う鱗に光が反射し空の上というこの上ない背景も相まって、1枚の絵を見ているようだった。
間違いなくそれは蒼穹の覇者の風格。知性を感じさせる深い目が一瞬、合った気がした。
『人の子よ、風を感じるのだ』
ドラゴンは俺たちが落ちてきた更に上空へと飛んで行ってしまった。
「風を…感じる…?」
頭に直接響くような落ち着いた低音域の声は、確かにそう言った。そして、一つのイメージのようなものを送り込んできた。これは…。
「たいさ?」
突然目をつぶって落ちるがままになった俺に心配そうな声で呼びかける優輝には、さっきの声は聞こえていなかったようだ。
俺は大丈夫だと返事すると極限まで集中する。風の向き。強さ。それに、周りにいる生物。
大丈夫。アニメとかでよくあるじゃないか。きっとやれる。
ていうか、やらないと死ぬ。
段々と地面が近づいてくる。
あと50メートル。40、30、20…。
今だ。
「風よ、俺たちを守れ」
イメージは俺たちの周りに風の壁ができ、周りの空気の層と俺たちを切り離しゆっくりと降下するように。
呪文でもなんでもないその言葉に反応して、徐々に落下スピードが落ちてくる。
「なにこれ…魔法?」
優輝が驚いた顔をしている。そりゃあそうだ。だってやった本人が驚いてるんだからな。
そして、俺たちは衝撃など全く感じずにふわりと地面に降り立った。
周りにあった風の層はいつの間にか霧散していた。良かった。そのままだったら動くたびに周りの木やら動物やらを吹き飛ばしてしまって、迂闊に動けないところだった。
「たいさ、それ何?」
優輝が俺の手を指さす。見るといつの間にか握っていた右手から、緑の光が漏れだしていた。
手を開くとボロボロになった鱗のようなものが光りながら塵になって消えていく。
「もしかして、守ってくれたのか?」
きっとこれはあのドラゴンの鱗だろう。
俺は心の中でドラゴンにお礼をいう。
お陰で助かった。ありがとう。
「それより、今のどうやったの?魔法みたいだったけど」
「ああ、それはな…」
ドラゴンから『風を感じろ』という言葉と自分の周りに空気の層を作るイメージが頭の中に流れてきた事、多分あのドラゴンの鱗のお陰でそのイメージを具現化出来た事を伝えると優輝は何か感心したように何度も頷く。
「流石の適応力だね。ボクだったらきっと成功はしたけどボク1人だけ助かってたと思うよ」
「ゾッとする事を言うな。…鳥肌立っただろ」
真顔でそう言い切る優輝の姿に、1人だけ地面に激突していた未来を想像してしまい、思わず身震いした。ここらにある木々に落ちることになるだろうが…その場合身体中色々な所に枝が突き刺さり血まみれでは済まなかっただろう。
ドラゴンの言葉を聞いたのが俺でよかった。
「あの…大丈夫ですか?」
話をしていると、後ろから可愛らしい声がした。
振り向くとそこには、大きな空っぽのカゴを抱えた1人の幼い少女が立っていた。
閲覧ありがとうございました。未だに投稿するのに手間取る…。
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