0 フォレインストーリー
初めまして。笹連希空と申します。今回初投稿という事でかなり緊張しております(何故)
更新は週一を目指して頑張ろうと思います。
VRMMORPG───バーチャルリアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。
『仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインRPG』と和訳されるそれは、ここ最近では世界中の家庭で楽しまれているゲームだ。
初版発売日には前日から発売所の前には長蛇の列が出来上がり、販売開始1分で売り切れたというとてつもない記録をたたき出した。その後幾度となく製造、販売されていたが需要が途切れることはなく、製造が全く追いつかない状態になりしまいには一時販売中止に陥ってしまった程だ。
当たり前だ。それまで存在していたVR技術とは桁外れのクオリティと軽量化で、身体への負担も少なくなりつつ、より現実に近い感覚で非現実的な体験をすることができるのだから。
まさに『2次元に行きたい』という数多くの人類の悲願が叶った日であった。
最近では、日用雑貨や服、生鮮食品などを実際にその場に行かなくても品物を見て選んで買えるようになったり、病院の診察をVR世界を通して医者に診てもらえるようになったりと、日本の超高齢社会にも素晴らしい貢献を見せるようになり、装着するだけで簡単に使えるということもあり『一家に一台、VR』が当たり前の時代となったのだが…。
「なんでうちにはVR機器が一切ないんですか!!!」
「金がないからよ」
母親に幾度となくぶつけてきたそんな言葉は毎回バッサリ切り落とされる。
「それほど高くなくレンタルだって出来るはずなんですけど?!ほら、買い物もわざわざ外でなくても出来るし、なかなか会えない友達とかともVRの中で会えるし!」
「買い物は店に行って歩いた方が健康的。今どき流行りの運動不足からなる病気にもならないし運送代が掛からないから少し安く食べ物が手に入る。お母さんのお友達はみんなこの近所に住んでる人ばかりだから会えないなんてことがない。レンタル料払って不健康になるんなら、レンタル料分美味しい物食べて健康になる!よってうちはVR機器をうちに置かない!」
「本音は?」
「ぶっちゃけお金の問題」
「年に何回も海外旅行行ってる人にお金が足りないからなんて言われたくねぇーー!!!」
俺、佐古 大靖は随分前から続く、全く進展のないこの争いにハァ、とため息をつく。
確かにうちは母子家庭で他の家より収入が少ないのだろうが、別段生活に困るような事は今までないし、なんなら子ども1人置いて友達と旅行へ行っているくらいなのだ。
他のテレビゲームだの携帯ゲームだのには何も言わず買ってくれたのにVRとなると急にこれなのだ。何がそんなに気に入らないんだか…。
「なら、」
だが今日は、ここで引き下がるいつもの俺ではない。ちゃんと考えてきたのだ。
「自分の小遣いで買うならいいんだよな!」
そう言って俺はリビングを出て2階に駆け上がり、貯金箱を持って戻る。
「ここにVRの中古が買える半分の額が入ってる」
そう言って貯金箱を突き出す。
「でも半分じゃしょうがないでしょ」
母さんは首を傾げて言う。そりゃそうだ。だがバイトもしてない高1の俺にはこれだけ集めるのにも相当な苦労だったのだ。これは、中学生に上がった時に決心し、友達と遊びに行くこともちょっとした買い食いも我慢し、お昼代を少しずつケチってコツコツと貯めてきた俺の全財産だ。
「残りの半分は…」
ピンポーン
「ボクが持ってるんだ!」
ほとんど意味の無いチャイムの音と共に飛び込んできたのは幼なじみの知花優輝と…優輝ママもついてきたみたいだ。
優輝は産まれた時からずっと一緒に育ってきた兄弟みたいな存在だ。家が隣だったってこともあるが、母親同士が高校の部活の先輩後輩の関係で、とても仲がよかったから、何をするにも俺たちは一緒だったし、よく家族ぐるみで遊びに行った。
そして、優輝の家にもVRがない。友達はみんな持っているのに。この世の理不尽を嘆いた俺たちは、中学に上がった時、決めたのだ。
『親に買って貰えないなら自分たちで買おう』と。
どちらの家に置いたとしても変わらない。家の行き来はいつもしているから。
「ごめんなさいね、どうしてもって言って聞かなくて…」
困り顔で微笑む優輝ママに母さんはうっ、と身体が引き気味になる。
「それに、普段お手伝いなんて言ったってやらないうちの子がお小遣い欲しさに必死にやってるもんだから。駄目なんて言えなくてねぇ」
何故か母さんは先輩である優輝ママのあの笑顔に弱い。
昔何やらあったらしいが、どれだけしつこく尋ねても、何があったかは教えてくれなかった。
と、言うより聞こうとした時の優輝ママのニコニコ顔に、何か関わってはいけないものと向き合っているような感覚にさせられたからそれ以降聞くことが出来なかったのだが…。
そして俺は、優輝と共にもう一押し。
「「お願いします、VRをやらせてください!」」
それをしばらく眺め、優輝ママのニコニコ顔をチラリと見て母さんは盛大にため息をついた。「確かに、そろそろ潮時かもね…」と誰にも聞こえないような小さな声で呟く。そして渋々というように言った。
「分かった。但し一つだけ、絶対に約束して欲しいんだけど…」
ーーー
次の日、一学期の終業式を終えると、2人は各自の家に通学バッグを放り込みすぐさま近所の中古屋へと走った。
「ようやくこの日が来たね、大佐!」
優輝は息を切らしながら興奮気味に言う。
「ほんとだな…3年間、よく頑張ったよ、俺達」
大佐…佐古大靖というフルネームから出来た、小学生の頃からの俺のあだ名だ。ほとんどこじつけだが、俺自身気に入っているため、自己紹介の時には必ずそう読んで欲しいと言っている。だって大佐って…カッコイイじゃん?
高ぶる気持ちを抑え、全力ダッシュし到着した中古屋の前で、2人は顔を見合わせニヤリと笑った。
「いらっしゃい…あぁ、君達か。もしかして、ようやく金が溜まったのか?」
特有の少し湿気たようなにおいがする店に入ると、初老のボサボサ頭をした男性が迎え入れてくれる。ここの店主だ。何回も下見に来ていたため、顔見知りになっていた。
「そうなんだ!やっとお母さん達からの許しも貰えたし、早速買いに来たんだ」
優輝が嬉しそうにそう言うと、店主は快活に笑う。
「それは良かったな。俺としても、いつまでも物色だけしてく子ども達がいるとなると、仕事柄気になっちまうからな。さ、好きなだけ悩んで選んでこい」
その言葉に頷き、中古のVR機器とインストール用のカードをあーでもないこーでもないと優輝と言いながら見ていると、隅の隅のほんとに隅っこの方に隠すように置いてあるものが目に付いた。
「これ…」
『フォレインストーリー』
───これだけは約束して。かなり古いから売ってないとは思うけど、『フォレインストーリー』というゲームだけは、例えあったとしても買わないで。
あの時母さんが言っていたゲームだった。
手に取ってみると本当に古いもののようだ。かなりパッケージがボロボロになっている。
あのVR嫌いの母親が知っているかなり昔のVRゲーム…。もしかしたら、嫌いになってしまった理由がそこにあるのかもしれない。
もしもあの時、その名前を聞いていなければ、こんな古いゲームなど興味を持つこともなかっただろう。
でも聞いてしまった。気になってしまった。そうするともう、なぜ母さんがあそこまでVR嫌いになってしまったのか知りたくてしょうがなくなってしまう。
隣を見ると優輝が俺の手元を覗き、気になって仕方がないというような顔をしていた。俺と同じ気持ちのようだ。そして目が合うと「へへっ」と苦笑した。
「あれだけ言われちゃったら…ねぇ?」
「だよなぁ。本当にやらせたくなきゃわざわざ言わなきゃ良かったのにな」
というか、俺がこういう性格なの知ってるはずなのにな。
まさか、わざとそうするように仕向けたのか…?
いやまさかな…。
店主に持っていくと「またそんな古いものを…。もっと他にもいいのあっただろうに」と笑いながら会計を済ませてくれる。
「毎度。念願のVR、楽しみな」
あ、そうそう、ちょっと待ってな…と店主は店の奥に入っていく。
「これおまけだ。今まで頑張ってきたご褒美」
その手には『フォレインストーリー2』と書かれたパッケージ。
「どうせならシリーズどっちも遊んでやれ」と言って押し付けてくる。
俺はなぜだか嫌な予感がして、断ろうと口を開いたが、
「いいの?!ありがとう、おじさん!」
と優輝が満面の笑みで答えてしまった。
…まあ、2だしな。やるのはもっと後になるだろうが…。
優輝が受け取った時に見た店主のニヤリ顔に、すごく不安になる。
──────
なんとも言えない表情のまま、「早く帰ってやろう!」と優輝に引きずられるようにして店を出ていく大靖を見ながら、店主は苦笑する。
「バレちまったかな…まぁ、あの人ならどうにかすんだろ、頼まれもんだし」
手元に置いてある『息子来たら、よろしくね。 佐古 茜』という小さなメモを弄びながら…。