幸せになりたかっただけだった。
この世界に生まれ落ちて、この世界が乙女ゲームの世界だと私は知った。私は此処が乙女ゲームであろうとも、関係がないと思っていた。私が悪役令嬢であろうとも、関係がないと。それを抜きにして、幸せになりたいと思った。
ヒロインが居ようとも、婚約者が攻略対象だろうとも、私が悪役令嬢だろうとも、それでもかまわなかった。だって、それはあくまでゲームの話であって、現実の話ではないから。乙女ゲームでの設定なども関係はするだろうけど、それを踏まえた上でちゃんと現実を見ていこうってそう思ってた。
だから、婚約者の公爵子息との仲を深めた。私は彼が好きだった。政略結婚の婚約でしかないけれども、彼が好きだった。貴族にしては少し子供っぽい所も、顔に似合わずプリンが好きな所も、少しぶっきらぼうな所も、子供が好きな所も――ただ好きだなと惹かれていた。だから好きになってもらおうと努力をした。愛してほしいと願って行動した。
私は幸せになりたかった。
悪役令嬢の立ち位置であろうとも、彼と結婚して幸せへの道を歩みたかった。ただ、彼と結婚をして、子供を産んで、愛した人と人生を歩んでいきたかった。本当に、ただそれだけだった。
私は彼の事が好きだったし、彼も私に好意を抱いてくれていたのは確かだったと思う。——少なくとも、ヒロインに出会うまでは。
学園に転入してきたヒロインは、かわいらしい人だった。桃色の髪を持つ、愛らしい少女。少し、素朴な所があって、笑顔が同性の私から見てもかわいらしい人。平民の出だけど、魔力が高くて、それで学園に転入する事が出来た少女。
――彼女は優しくて、まじめで。
そんな彼女は、乙女ゲームの世界と同じように、攻略対象達と自然に仲を深めていった。
彼は、私を好きだと言ったその口で、彼女に愛を囁いた。
確かに彼女に会うまで、私を好きだと言ってくれていた。……でも彼の心は彼女に奪われた。もちろん、ただ黙ってみていたわけではなかった。彼女に興味を持っていたのが分かって、一心に私を見てと、私は貴方が好きだと訴えかけた。でもその選択肢は間違っていたのかもしれない。
一心に好きだと訴えかけていた私を見ていた柔らかい視線が、鋭く変わっていった。彼の心には私の思いは届かない。私が何を投げかけても、彼は私を見ない。
――彼の視線の先には、彼女の存在がいる。私の婚約者だけではない、他の攻略対象もそうだった。他の略対象の婚約者達は私の友人だ。嫌がらせをしようとしていた子もいたけれど、説得をしたらやめてくれた。それから、彼女に嫌がらせをしようとしていた人たちの事は、私と友人達で頭を下げて止めた。そして私達は彼や彼女に、ちゃんと訴えかけた。
婚約者のいる異性に近づいてはいけないと、婚約をしている意味を考えてほしいと。——だけど、恋は盲目的で、彼らは一切こちらの意見を聞かなかった。彼女は嫌がらせをされていないのに、遠巻きに見られている事に嫌がらせだと泣いていたようだった。……婚約者のいる異性に進んで近づく平民に好感を抱く女子生徒がいないだけなのだが。それにそういう行いをしているから平民の学生達からも遠巻きにされていたようだ。
それで嫌がらせと言われたらどうしようもない。友人達は「いっその事、本当に嫌がらせをしようか」と怒っていたが、それも止めた。彼女のためではない。そんな幼稚な嫌がらせをしたという事実が将来的に友人達にとっての傷になるかもしれない、品位を落とす行動だと思ったから。
友人達は、幾ら言っても聞かない彼らに愛想をつかして、婚約破棄の手続きを両家で進めだした。私も、婚約破棄をしてはどうか、と言われた。でも……、私は彼を信じたかった。いつか、彼に言葉が届くのではないか。彼女が現れるまで彼は私を好きだといってくれていた。優しかった。だから――彼が私の方をまた向いてくれるのではないかと、馬鹿みたいな期待をしていた。彼自身が本当に彼女を好いているのならば、しかるべき手続きをして婚約破棄を申し出てくれるだろうと思っていた。
だから、もし婚約破棄をしたいと彼から申し出た場合は了承するようにと、私の家にも、彼の家にも報告はしていた。自分から婚約破棄はしたくなかった。彼が婚約破棄を申し出ないという事は、まだ私と結婚する気があるのだろうと思っていた。
お父様やお母様が怒っていた。彼の両親も憤慨していた。そちらからも結局どうするつもりなのかと投げかけてもらったのだが、彼の神経を逆撫でしてしまった。
でも彼が婚約破棄を自分から言い出さない限り、私は彼をあきらめない。そう思って行動し続けていた中で、驚くべき話を聞いた。
彼が、ちゃんとした手続きを踏まずに私と婚約破棄をしようとしているという話だ。
彼だけじゃなくて、彼女を愛している他の攻略対象も含めて、私を断罪しようとしているらしい。彼女が遠巻きにされているのは、私の嫌がらせらしい。
困ってしまう。……いえ、私自身は困らない。彼の未来が、大変な事になってしまう。乙女ゲームの悪役令嬢の断罪よろしく来賓もいるパーティーでやらかそうとしているらしい。もちろん、事前に止めるように言ってもらった。私自身から言っても聞く耳を持たないだろうから別の第三者に。でも止める気はないようだった。
彼と幸せになりたかっただけだった。彼の事が好きだから、彼の意志を尊重しようと思っていた。彼がきちんとした手続きをしてくれたら受け入れる準備もしていた。———でも、私のそんな気持ちは、踏みにじられていく。
愛想は尽きていない。私はこれだけ愚かでもやっぱり、彼の事は好きだ。だけれど――、いっその事、彼の品位を落としてしまおうか。彼がやらかして、優良物件ではなくなってしまえば――、彼は私以外選べなくなるだろうか。
このまま助長させていても彼のためにはならない。言っても聞かないのだから、やらかしてもらおう。その前にきちんとパーティーに出席する方々に説明をして、根回しをしておこう。
その後、どう転ぶかは分からない。でも、私は彼と幸せになりたい。
何となく思い付きのままに書きました。献身的な悪役令嬢の気持ちを踏みにじってくる婚約者をそれでも愛して、盛大にやらかしてもらおうとしています。
主人公
転生者。乙女ゲームの記憶もあり。悪役令嬢。婚約者の事が大好き。虐めを止めたりしている。婚約者の事は常に好き好きというオーラが出ている。
婚約者
主人公の事を好きだとか言っていたが、気づけばヒロインに骨抜きになっていた公爵子息。
ヒロイン
乙女ゲームのヒロイン。学力は高いが、少し考えが足らない。主人公の婚約者含む男達を骨抜きにしている。
友人達
主人公の友人。ヒロインに骨抜きの婚約者に愛想をつかしている。