俺とおっさんと最も大切な人
部屋に帰って電気を点けると、おっさんが居た。
「私は神だ」
おっさんは言った。
「信じろと言っても無理だろう。証拠を見せる。
何でもいいから難しいこと言ってみろ。叶えてやるから」
「だったら」
頭は狂ってるようだが、ただのおっさんだ。凶器を持っているようにも見えない。
俺はテーブルを軽く叩きつつ、おっさんを睨んで告げる。
「腹が減ってるんだ。今すぐここに何か食べ物を出してくれ」
通報しないでやるから早いところ出てってくれないか、俺は疲れているんだ。
「無理なら今すぐ出ていけ」
手に何かがあたる感触。反射的にテーブルを振り向くとドンブリがあった。
いまのいままで、確かにこんなものはなかった。
蓋をあける。食べたいと思っていたカツ丼。
おっさんの顔を見るとニタニタと笑っている。
「信じていただけたかな?」
頷くしかなかった。
「それなら結構。食べる前に私の話を聞いてほしい。
部下の天使が一人、寿命で死んだ。その埋め合わせの候補としてクジで君が選ばれた。
君には天使となって働いてほしい。現世を離れ、天界で人間たちを統治する仕事だ。
嫌ならそれでも結構。ただし今日のこの記憶は消させてもらうよ」
俺は疲れていた。仕事は上手く行かない。女にはモテない。何一つ楽しいことがない。
この世を捨てて天界で人間を統治? 願ってもない!
「ぜひやらせてください!」
「よろしい。ただし、天使の仕事は公平無私。私情を挟んではならない。
ゆえに、君が天使になるには一つ、テストを兼ねた条件がある」
「条件?」
「条件とは『君が最も大切だと思う人間の死』だ。その人間の死と引き換えに君は天使になる」
最も大切な人。真先に思い浮かんだのは母親だった。
俺が小学生のときに父親は蒸発した。そこから女手一つで育ててくれた母親。
母はいつも俺に言っていた。
「父ちゃんのようにはなるなよ。お前は立派になるんだよ。母ちゃん、そのためならなんでもする」
その約束が果たせそうだよ。母ちゃん、わかってくれるよね……?
「それでもよいかね?」
「……やります。お願いします」
「わかった」
神はニタニタと笑ったまま、片手を上げ、指を鳴らした。
ああ、母ちゃん。いま苦しんでるのかなあ。
ごめん、ごめんな母ちゃん。でも俺は、俺は、どうし