第82話 中分けと坊主の反抗期。
遅くなりました。
そして修二は両手に膂力を込めて、持っていたコンクリート片を粉々にした。
「お前…その目は…。」
南雲の手が震えている事に気づき修二は、自分が何をしているのか疑問に思った。
「…俺は…一体…何を?」
修二の目は正気に戻り、キョロキョロと辺りを見渡して、異常がないか確認していた。
南雲はすっと修二の肩から手を離した。
「大丈夫かよ? 今すぐ病院とか精神科行った方がいいんじゃねぇのか?」
「…大丈夫だ。もし、何かあったら無理せずに病院行くからよ。それまでは…。」
「…分かったよ。それより、お前行く気なのか?」
「それは分かんねぇ。けど、輝さんが止めろって言ってんだから止めた方が良いんだろうな…そんじゃあ帰ろうぜ。」
修二は内心は納得できなかった。そんな理由で忍がいる東京へ向かう事ができず、海道で再び襲撃されるのを待機しなければならない。
今にも怒りが爆発しそうな気持ちを抑えて、南雲と一緒に帰宅した。
途中で南雲と別れ、修二は帰る途中にコンビニへ寄って行った。
「セブンスター、タール七㎜、ワンカートンを三つください。」
思いふけた表情のまま、レジで煙草を注文していた。
修二がレジの会計に集中していると、背後から忍び寄る影があった。
「隙あり!」と可愛い声で頭を軽くチョップし、呆けている修二を振り向かせた。
修二は軽い襲撃に驚愕しながらも、振り向き確認し微笑んでいた。
「久し振り、元気だったか? 美鈴ちゃん。」
「品川くんも元気だね。」
それは高校を卒業して三年間、修二とは一度も会う事がなかった。昔より見麗しくなった天海美鈴だった。
レジ前で立ち話するのは、他の人にも迷惑なので二人はコンビニから退出した。
そして暗がりで人気のない、木々に囲まれた通り道へ向かい、そこにあった綺麗なベンチへ座り話を続ける事にしたのだ。
「品川くんは髪型も変わって、すっかり別人だね。」
「ありがとう。吹雪に騙されたと思ってやってみたんだよ。それに弁護士の仕事だから、派手な髪型だと相手に失礼だからよ。」
「変わろうと思った努力が大事だよ。」
「変わるね…美鈴ちゃんも、大学生になってから服装も変わったな。」
修二が美鈴の服装を見て感心していた。
昔とは違い、花柄のレーストップス、デニムパンツ、スニーカーという大学生らしい服装だった。
「品川くんは…吉本新喜劇に入ったのかな?」
修二の全身が真っ赤なスーツを見て、美鈴は土曜日にテレビで見る。お笑い番組の登場人物と連想し、唖然と困惑が同時に襲ったのだ。
「美鈴ちゃん、遅れてるな。このスーツはな、フランスの有名なデザイナーがデザインし、シェリアちゃんの会社で作成された。バトルスーツだ。」
「シェリアさん? もしかしてシェリア・ロームさんの事?」
美鈴は驚愕した様子で、修二へ攻めるように質問をしていた。
「あぁ、そうだぜ。」
「え? なんで、品川くんが有名な方と知り合いなの? それってローム製品なの? あわわ、私失礼な事言っちゃった。」
シェリアの名前が出て、そのスーツがローム製品だと美鈴が知ると、慌てふためきスーツへ謝罪していた。
一体、何があったのか理解できない修二は黙って呆然とし、美鈴が落ち着くまで見守るしかなかった。
「…それで、美鈴ちゃんは一体、何に謝ってたんだ?」
落ち着いた所を見計らい、修二は取り乱した理由を尋ねた。
「シェリア・ロームさんの作成した服って、世界に認められた若手美人社長だよ。」
美鈴は興奮した様子で、修二へ熱心に説明していた。
「へぇ~、シェリアちゃんも俺が知らねぇ内に凄い事になってんだな。」
修二は綺麗な夜空を眺め、煙草を吸いながらも、美鈴の話を真面目に聞いており、シェリアの活躍も感心していた。
「私、シェリアさんみたいな人になりたくて、経済大学に行って勉強してるんだ。」
「大学ね。俺は短期大学で司法試験は一発合格だから、あんまり思い出とかねぇな。」
そう修二は、殆ど輝と過ごしながら勉強してきたので、大学に関しての思い出はあまり無いのだった。
そしえそれは、あの南雲も同じである。
「そうだよね。急に品川くんが、人が変わったみたいに成績が良くなったよね。」
「…まあ、あの改造手術並みの勉強だったら間違える事が少ないよな。」
修二の脳裏に甦る、勉強という地獄で苦い思い出が。
「あ、私の話ばっかだったよね。品川くんも色々と話したい事があるよね。」
そして自分がずっと話している事に気づいた美鈴は、修二へ話題を譲るのだった。
「別にいいぜ。美鈴ちゃんの話を聞けただけでも嬉しい。」
「そう? でも、レジで深刻そうな顔で考えてたよね?」
「…じゃあ、俺の話も聞いてもらおうかな。」
ここは誤魔化しても埒が明かないと感じ、修二は神崎邸で起こった事を話した。
美鈴は一度も話を割くことなどせず、真剣に修二の話を聞いていた。
「…それじゃあ、品川くんは報復したいの?」
「いや。報復っていうより、答えを知りてぇんだ。何故、海道を狙ったのか。何故、神崎忍は東京に向かったのか。俺は知りてぇんだ。そこに『最強』へ近づく“何”かが、あるって感じてるんだ。」
修二は本能的に“東京”へ何かを感じていたのだ。神崎忍、ギャング集団に全てに答えがあると本能が刺激していた。
だが、それは気持ちで抑えて輝にも迷惑をかけまいと悩んでいたのだ。
「なんだか、品川くんは頭が良くなってから固くもなったね。」
「え?」
意外な事を言われ、静かに驚愕する修二。
「だって、昔なら真っ直ぐ『最強』に目指して突っぱしてたのに、今じゃ色々と縛られて不自由そうだよ?」
「ーー不自由ね。考えた事もなかったし、そうだったかもな。忍みてぇに同じ考え方、見る物が全て同じだったら『最強』に近づけるかと思ったけど…俺には無理だった。」
修二が忍と同じになれないと悟ったのは、ウロボロスとの戦いだった。全て形から真似て、考え方を同じにした所で、経験が違っていたからだ。
そこに修二は限界を感じ、そして楽な道ばかり探すようになっていた。
今回の一件で美鈴を相談した事により、気持ちは若干だがスッキリしていた。
「でも、諦め切れないのは確かだよね? 昔の品川くんならどうするの?」
美鈴が何を言いたいのか察し、修二はベンチから立ち上がって、微笑んでいた。
「美鈴ちゃん、ハッキリいいなよ。俺は否定したりもしねぇし、怒ったりもしねぇよ。」
「じゃあ言うよ。品川くん、自分が信じた道を進めばいいよ。『最強』になりたいなら、ヤクザになんか邪魔されず、壁があるならぶっ壊して進めばいいよ。」
美鈴から期待通りの返答に、修二は元気を取り戻した。
「あぁ、明日から俺は東京に向かうぜ。」
修二は歓喜の表情で、美鈴へ決心した心意気を見せた。
「おうおう、お熱い二人だね。」
「姉ちゃんよ、こんな男じゃなく俺達と遊ばない?」
そこに二人のチンピラが、修二達へ絡んで来たのだ。二人の目的は美鈴だけだった。
だが、このチンピラは今日だけは悪夢を見る事になるだろう。
「おう、兄ちゃん達。そんなに暇なら俺と…プロレスごっこでもしようや。」
そう機嫌のいい修二に喧嘩を売ってしまっているのだ。そしてチンピラ二人を強引に森の奥へ修二は連れ去った。
数分後には返り血で帯びた状態で修二は戻って来たのだ。
「じゃあ、俺は事務所に戻るぜ。」
「え? 明日から東京に行くんだよね?」
「…ちゃんと俺もケジメをつけてから向かうさ。」
「そうなんだ。じゃあ、最後まで送って行ってね。暗い夜道に女の子一人じゃ怖いからね。」
「あぁ。」
同意した修二はエスコートしながら、美鈴を家まで送り届けたのだ。
そして徒歩で神崎事務所へ戻って来た修二は、中に入って電気も着けず。輝の席へ立って見ていた。
「…ご迷惑をおかけしました。」
修二は懐から一枚の封筒を取り出し、机へと置いたのだ。
「お前ちゃんと輝さんの話を聞いてたのか?」
背後から南雲がしかめっ面で事務所へ入って来たのだ。
そんな修二は誤魔化すことなく、黙って南雲を見ていた。
「…黙りか。俺は決めたよ、テメェに勝手な事はさせねぇってな。」
しかめっ面のまま、南雲はゆっくりと修二へ近づいて行く。
修二は南雲が敵対するかと思い、このまま殴られて説得しようと考えていた。が、そんな愚かな行為をせずに済みそうだ。
南雲も修二と同じく、輝の机へ封筒を叩きつけたのだ。
「俺も東京へ向かう。お前が、また強くなるのは気に食わねぇからな。俺も一緒に向かって、神崎忍の野郎をぶっ倒す。誰にも文句は言わせねぇよ。」
冗談ではない真剣な目で、南雲は修二へ訴えていた。
そんな状況にフッと修二は軽く笑っていた。
「明日の朝に新大阪駅に集合だ。」
「ちゃんと軍資金持って来いよ。」
二人は明日の準備を話し合いながら、事務所へ出て行ったのだ。
二人が輝の机に置いた物は…達筆な字で『辞表』と書かれた退職届けだった。
そして二人は向かう、新たな戦いの場所…東京へと。
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