純潔の為
魔女乃森 交の場合
魔女乃森は十代後半の女性。
名家のお嬢様然とした態度、日本人離れしたコバルトブルーの瞳、そして、とてつもなく美少女だった。
それでも、66人の男性を殺している殺人鬼だ。
―――あなたは何故、人を殺したのですか?
「私の身を守る為に、仕方なく」
―――自分の身を、守る為?
「はい
………わたくしは、その、なんと言いますか、
殿方の情欲を刺激してしまいやすいようでして、
昔から危ない目にあって参りました。」
………何となくわかる。
目の前の少女は、この世の者とは思えない妖艶さを持っている。
現時点でも振り撒いている。
私も正直、ガラス越しだから普通に会話できていると思う。というのは言い過ぎだろうか。
「小学校六年生のとき、初めて街中で男性に声をかけられました。その時は丁重にお断りしたのですが、しつこく付き纏われまして、
………昼間で人通りの多い道でしたので、すぐに警察の方々が助けて下さいましたが、その時の恐怖は忘れることがございません。
その日を境に、男性に声をかけられることが多くなりました。
中学校に進学すると、とてもたくさんの男性から告白されるようになりました。
同級生や先輩もですが、先生からも告白されるようになりました。
わたくしがお断りして、すぐに諦めてくださる方はよいのですが、中には激高して憎悪を向けてくる方もいらっしゃって、
ついには学校に行けなくなってしまいました。
学校に行けないわたくしを、両親は慰めてくださいましたが………
家の中も安全ではございませんでした。」
―――?
「父に、襲われました」
―――!!?
「わたくしをベッドに押し倒す父を、必死に押し返しました。
父をはよろけた拍子に机の角に強く頭を打ち、気を失いました。
その間、わたくしは母に助けを求めました。
わたくしの話しを聞いた後、『私が守ってあげるから』とわたくしに言うと、
………気を失っている父を、包丁で突き刺しました。」
―――!?!?
「母は、わたくしを励ましてくれました。
『あなたは何も悪くない。
悪いのはあなたに襲いかかってくる人間だ。
あなたが生きるのを遠慮する必要なんか、何もない。
あなたは幸せになっていいのよ』」
―――素敵なお母様ですね
「ありがとうございます。
ですが、母はまだ服役しています。
わたくしの大好きな母は、
わたくしを守ってくれた母は、
人殺しの犯罪者ということになっています。
………それが、どうしようもなく悲しく、悔しいのです
だからわたくし、
自分の身は自分で守ると、決めたんです。」
―――なるほど
「最初は鞄の中に、ナイフを入れて持ち歩いておりましたが、すぐに止めました。
いざというときに、取り出す時間がかかりますし、ナイフを奪われでもしたら、いよいよ抵抗する手段を失ってしまうからです。
最終的には、グローブとソックスに毒針を仕込んで着用しております」
―――え?毒?
「はい。毒です。致死性の。
わたくしが断っても、
しつこく付き纏う方には、
わたくしから『休憩』をご提案致します。
そうすると、必ず男性は、わたくしの提案を受入れて下さいます。
部屋に入ると、最後に男性に確認します。
『わたくしはあなたと性行為をしたくない。
それでもわたくしに手を出すのであれば、
自衛の手段を取ります』と。
ここで諦めて下されば、わたくしも何も致しません。
しかし、部屋まで来る男性であれば、諦めて下さる方はほとんどおりません。
その時は、男性に抱擁を求める振りをして、
………毒針を刺します。
人によっては、わたくしの両手を拘束する方もいらっしゃいました。
その時は、ソックスに仕込んだ毒針で刺します。
………でも、なぜ男性の皆さんって、
ブラジャーやショーツは脱がしたがるのに、ソックスだけはあまり脱がそうとしないのでしょうか?」
―――………さ、さぁ?趣味嗜好は人それぞれですから
嘘です。ちょっとわかります。
―――あなたは、自分の殺人に罪悪感を感じることはないですか?
「今は………もう無いですね。
初めて人を殺したときは罪悪感を感じました。
わたくしが罪悪感を感じるときは、母を思い出す様にしております。
でなければ、あの時、身を挺してわたくしを守ってくれた母の想いを、無駄にしてしまうことになりますので。」
―――なるほど。
―――ところで、魔女乃森さんは、どんな男性がタイプですか?
「ふぇ!?」
―――いえ、たくさんの男性に好かれるので、逆にどんな男性だったら交際したいと思うのかなと
「ふぇ!?いえ!あ、その、えーっと………
そゆこと、考えたことなくて、
だから!えと、えっと、えーっと………
最初はただの友達だけど、一緒の時間を過ごしてく中で、何となくこの人いいなあって、それでそれで…………
あ、や、違う!違うんです!やっぱなし!!
ノーコメント!ノーコメントですぅ!!
あぁ恥ずかしい………」
どうやら、彼女は普通の女の子のようだ。
ただ、彼女の美貌は、もはや呪いだ。
周りの男性を狂わせ、
そして彼女の人生を狂わせた。
そしてこれからも、すべてを狂わせ続ける。
それは彼女が悪いのか?
彼女の色香に引き寄せられた男共を悪いと断ずるのは、あまりに酷だろう。
これは魔性の色香だ。
―――そろそろ、お時間ですね。貴重なお話、ありがとうございました。