信頼の為 前編
緋識 九独の場合
緋識はニ十代後半の女性。
青白い顔の中の瞳が、妙にギラギラしていたのが印象的だった。
彼女は所謂殺し屋で、依頼のあった人物を老若男女問わず殺している。
―――あなたは何故、人を殺したのですか?
「アタシのような人をこれ以上作らない為、かな?」
―――あなたのような、人?
「アタシは、元は普通のOLだったの
でも、入った会社の上司と折り合いが悪くて、パラハラをね………
毎日毎日、無能、愚図、役立たずと罵られ、なんでそんなこともできないの、知らないのって詰められた。
入社して一年立つ頃には、完全に心を壊してしまって、アタシはこの世界にいない方がいい人間だと思い込んでいた。
人と会うのが兎に角辛くて、友達も家族とも会いたくなかった。
毎日何もできないし、無気力で、
このまま無価値なアタシは消えてなくなりたいって、ずっと思ってた
ううん
死ぬべきだって信じてた
そんなアタシに生きる理由をくれたのが、先生だった」
―――先生?
「そう、カウンセラーの先生
最初の出会いは扉越しの会話から
アタシは誰とも会えない状態だったからね
先生に対して八つ当たりもしたし、ヒドイことも言ったわ
それでも先生は、根気強くアタシに会いに来てくれた
そしたら、アタシもだんだん大丈夫になってきて、
もうすぐ立ち直れるかなってときに、先生がプレゼントだって」
―――プレゼント?
「テレビを見たら、あの男が殺されてたの
通り魔だって」
―――あの男?
「アタシの、元上司」
―――!?
「あの時の感動………なんて言ったらいいかわからないわ!!
あの時の胸がすっとする感動………!!
雁字搦めに縛られた鎖から解き放たれた気分だったわ!!!
先生は言っていたわ
『人は皆素晴らしい可能性を持っている。
しかし、誰と出会うかによって、
開花するか枯死してしまうか変わってしまう
あの男は駄目だ。関わった人間すべて枯死させてしまう。
であるならば、あの男を剪定して、他の人間を育んだ方が世の中の為だ。
残念なことだがね』
『あの男を殺した人物は、私の知り合いでね。
君と同じように心無い他者に苦しめられていたんだ。
その人物はね、今では自分と同じように苦しんだ人間を救いたいと言って、私に協力してくれている。
君も協力してくれないか?』ってね
アタシはすぐにOKしたわ!
アタシも先生に協力したい!
協力して、アタシみたいに苦しんでる人を助けたいってね」
―――あなたは間違っている。その結果あなたは殺人犯として投獄されているじゃないですか?
「アタシは何も後悔していない!
確かにアタシは罪を犯した。
けど、アタシのおかげで救われた人もたくさんいるのよ!
アタシは、こんなアタシでも誰かの役に立てたのよ!!
だから死刑になったって後悔はない!!
………でも捕まっちゃったら、これ以上みんなの為に殺すことができない。
何より先生のお役に立てない。
そのことだけが、心残りです………」
―――あなたの被害者は、あなたと面識がない人物ばかりでしたが、暗殺の依頼は先生から?
「ええ、そう」
―――先生はどんな方でしたか?容姿とか?
「………実は先生のお姿を見たことないんです。
カウセリングのときは扉越しでしたし、
アタシが外に出られるようになる頃には、電話かメールでやり取りしてましたから
名前も『先生』としか………本名はわからないんてす」
―――先生にお会いすることはできますか?
「話をするだけならできると思いますが、直接は無理だと思います。
この前お手紙をいただいて
『そこ(刑務所)では電話やメールなんかおいそれとできない場所だから、君と言葉を交わす機会がほとんど失われてしまうけど、いつも君のことを思っている』って
本当に………本当に先生は、アタシの恩人です」
―――そろそろ、お時間ですね。貴重なお話、ありがとうございました。