希望の為
師弐咬 彷壹の場合
師弐咬は四十代後半の男性。
引き締まった体のおかげか、年齢より若く見える。
師弐咬はこれまでの殺人鬼とは違い、警察に捕まってない。
その理由は、彼の手口にある。
医者である彼は、病死に見せ掛けて、
次々と患者を殺しているのだ。
そして、未だバレてはいない。
「あなたは作家先生だそうで、お若いのに勉強家でいらっしゃる。私のことはどこで知ったのですかな?」
―――医者の友人がいまして、医者のネットワークでは有名だそうですよ?
私が、その………
「殺人犯?」
―――失礼、の取材をしていると知って、友人があなたを紹介してくださいました。
「なるほど………理解しました。
私の話があなたの創作に役立つとは思えませんが、私でよければお話ししましょう」
―――ありがとうございます。
早速ですが、あなたは何故、人を殺したのですか?
「そう、頼まれたから、ですよ」
―――頼まれた?
「ご存知かも知れませんが、私は安楽死を望んだ患者に安楽死を処方しているのです。」
―――安楽死?
「えぇ
患者本人が望んだ場合に、処置しています。
本人以外では、例え家族からの要請だったとしても、お受けしません。」
―――なぜ、安楽死を処置しようと?きっかけは何だったのですか?
「きっかけは………もう随分と前のことになりますが、病気で苦しむ一人の患者がいたのですが、毎日毎日病院のベッドの上で、痛い、苦しい、辛い、先生もう死なせてくれと嘆いておりました。
彼女の容態は重く、治る可能性はとても低かったのですが、ゼロではなかったので、私は毎日の様に彼女を励ましておりました。
ですが………魔が差したんでしょうね
その日機嫌の悪かった私は、思わず『そんなに死にたいなら死なせてあげようか?』とつい言ってしまったんです。
そこで彼女も、死ぬことを恐怖して、闘病を選んでくれるかと思ったのですが
『ありがとう先生…ありがとう』と泣いて喜んでいました。
私は………あれほど幸せそうな人間の顔を見たことがありませんでした。
それが最初です。
末期症状の患者さんが多かったのですが、
今では、精神病患者の方が多いですね。
『死なせてあげるよ』と言ったときの皆さんの幸せそうな『救われた』というよな顔を見る度に、医者冥利に尽きると感じます。
ま、やっていることは真逆ですが」
―――皆さん、死を望んでいると?
「いえいえ、やはり数の中には『死なせる』と言ったら恐怖した顔をする方がいます。
その方は、確かに『死にたい』とは申していますが、その実『死ぬほど辛いのを何とかして生きたい』というのが本音です。
その方々とは十分話し合って、安楽死はしない方向で話しを勧めます。
私はまだ医者のつもりです。
言われたまま殺す機械ではない。
患者の意思に沿う治療を行う医者のつもりです」
―――安楽死は日本では認められていませんが、先生は安楽死を認めるべきだとは思いますか?
「うーん、確かに、安楽死か認められれば、世の中色々変わると思います。
電車に飛び込む人が減れば、電車の遅延も減り、
部屋で首を括る人が減れば、嘆く大家さんも減るでしょう。
保険の制度なんか、大幅に変わるかも知れませんね。
もしかしたら、世の中良くなるかも知れません。
でもね………正直私は反対なんですよ」
―――それはなぜですか?
「死ぬ方は、死んで終わりかも知れませんが、死なせる方は事後処理も色々あるんですよ。
それに、人を手にかけてしまった罪悪感は消えませんし。
安楽死をやらされる医者は大変ですよ
正直私も疲れてしまいました。
私も誰かに死なせてほしいですよ、本当」
―――疲れたのであれば、やめればよいのではないでしょうか?
「既にやってしまったことは消えません。であれば、突き進む他ないのです。
それに、死を望む患者さんはまだ大勢います。
彼らの為にも、私はやめるわけにはいかないのです。
しかし………」
―――しかし?
「日に日に死を望む声が増えている気がしますね。
どうしてこんなに死を望む世の中になってしまったのでしょうか?
私の仕事を増やす方は、いったいどなたなんでしょうか?」
私には答えられない。
確かに直接手を下しているのは先生だ。
だが、先生だって殺したいわけじゃない。
根本的に人々を死に追いやっているのは………『世界』か?
世界が牙を剝いて人々を殺しにかかっている想像をして、空恐ろしくなった。
そんなの、人の滅亡は必然・必至ではないか
「作家先生、申し訳ないですが、そろそろ患者の所に行かないと」
考え事をしている間に、時間が来てしまったようだ。
―――先生、次の患者さんには何を?
診察か治療か、それとも………
「患者のプライバシーに関わりますので、それはお答えできませんよ」
―――失礼しました。貴重なお話、ありがとうございました。