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彼らが人を殺す理由  作者: 真西七海
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慈愛の為

衣通躯いつく 子実しみの場合


衣通躯は三十代前半の女性。

物腰の柔らかい態度と優しい笑顔が印象的だった。


彼女は、当時自分が勤務していた保育園で、

三人の子供を殺した、殺人鬼だ。


―――あなたは何故、人を殺したのですか?


「その子の、幸せの為に殺しました。」


―――幸せ?


「はい、幸せの為です。」


―――すみません。幸せの為に殺すという意味がわからないのですが


「皆さん、そうおっしゃるんですよねぇ………

反対に私は、何故そんな当たり前のことを訊かれるのかよくわからなくて………


あの位の子供の頃って、一番幸せなんですよ。

親に愛されて、友達と一緒で楽しくて、将来の夢や希望があって、毎日感動と驚きの連続なんです」


―――まぁ、確かに


「ですよね?でも、大人になるにつれて、辛いこと苦しいことがどんどん増えていきますよね?

だから、そういう苦しいことを経験する前に、一番幸せな時に殺してあげたんです」


―――………いや、別に大人になったら不幸というわけではないでしょう?


「そうですね。大人でも不幸とは限りません。しかし、それでもいいとこプラスマイナスゼロです。

幸せそうに見える大人は、せいぜいプラスマイナスゼロです。

その他大勢の人は、確実にマイナスです。」


―――いや、流石に暴論では?


「そうでしょうか?

では、お聞きしますが、あなたは今幸せですか?」


ぐうの音も出ない。

不幸というほどでもないが、幸せと言い切れるほど満たされてはいない。

毎日辛い、辛いと言いながらあくせく働いている。

それでも、食っていくだけで精一杯だ。


「子供の頃に戻りたいと思ったときはないですか?」


確かにある。

一度や二度じゃない。

週に一回くらいは「あの頃に戻りたい」って嘆いている。


―――確かに私は、言い切れるほど幸せではないですが、世界中がそうだとはいうのは、やはり違うのでは?


「今、成功している人が、何の苦労も失敗もなく今の成功を手にしていると思いますか?

貴方が、成功者の光だけ見て、安易にあの人は幸せだと論ずるなら、それは間違いです。

彼らは、それに見合うだけの苦労や努力をしているのです。


負けて悔しい思いをしたことのないスポーツ選手はいませんし、有名なタレントも、売れずに苦しんだ時期があるでしょう。


今、人気を博しているアイドルには、多少なりともアンチはいて、人気と誹謗中傷とは両輪です。


大企業の社長となって、富と栄誉を獲得しても

将来その会社が潰れないとは限らない。寧ろ成功してから、新たな努力や苦労が始まるのです。


結婚だってそうですよ。

幸せでいるためには、幸せで居続ける努力が必要なんです。

結婚したから伴侶はいつまでも愛してくれる、そうな錯覚をした夫婦は、もれなく今度は離婚の努力をすることになる。


運や縁もあるでしょうが、

すべては苦労と忍耐との等価交換。

苦労と忍耐を先に支払ったからこそ、今獲得しているステータスがある。当たり前のことてす。

しかし、それはあくまで今の一時的ことであって、将来のステータスを得るには、また苦労と忍耐を支払わなければならない。


そう、だから人生はプラスマイナスゼロなんです。


それに………

努力すれば皆成功できるとは限らないでしょう?

だから世の中は不幸な人の方が多いんです。」


―――子供は違うと?


「はい、子供の、この時分は違います。

愛を与えられ、食事を与えられ、家を与えられ、

おもちゃを与えられ、楽しみを与えられ、思い出を与えられ、

兎に角与えられます。

その幸せの対価に、子供は苦しみや忍耐を要求されているでしょうか?されませんよね?

だから、子供は一番幸せなんです。」


―――当時、保育園には五人の子供がいたと伺っています。なぜ三人を殺して、二人は殺さなかったですか?


「………かわいそうなことに、その二人は『全然幸せじゃない』って言うんです。


一人は親御さんに無理矢理ピアノ教室に通わせられて、したくもない練習をさせられているそうです。もう嫌だと嘆いてました。

もう一人は塾でしたが、状況は似たものです。

本人は私立の小学校ではなく、友達と一緒の小学校に行きたいって嘆いてました。


既に幸せが通り過ぎてしまっている子供には、私では殺してあげることはできません。」


―――殺してあげられない?


「はい、私は子供が大好きで、子供の幸せを何より願っています。

だから、その子が幸せなら殺してあげたいんです。」


―――あなたが殺したいのではなく?


「………あなた失礼ですよ。

人を殺しが好きな快楽殺人鬼みたいに言わないで下さい。


先程も言いましたが、私は子供が大好きで、子供の幸せが大好きなんです。

それで子供の幸せの為に何かしてあげたいなぁって考えたときに、そうだ!殺してあげようと思ったんです!」


―――殺す行為は好きではないと?


「………しつこいですよ?

私が『殺すことが大好きです』って言えば満足ですか?」


―――あ、いえすみません。どうも理解できなくて


「まぁ、理解してもらえないのはあなたに始まったことではないですしね。


うーん。どう言えばわかりやすいかな…


………私は子供の為に、歌を歌ったり、絵本を読んであげたりしますが、歌う行為や絵本を読む行為そのものが好きなわけではないんですよ。

そこに子供たちがいるから、歌を歌ってあげたくなるし、絵本を読んであげたくなる。

そんな感覚です。


だから、別に殺すことが好きか嫌いかと聞かれても、『別にどっちでもいい』というのが正解ですね。」


―――そろそろ、お時間ですね。貴重なお話、ありがとうございました。


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