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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第四章・永遠の今
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ヒトラーと聖杯伝説

「……ヒトラーってのは一体何者だったんですか? 陛下は、彼が本当に生きていると思いますか?」

「さあ、それはわからない……だが、少なくともヒトラーという男が本物の魔術師であったことは間違いないようだ」


 あの東京インパクトを引き起こしたFM社というイルミナティの一企業……その中に、ナチスの残党が紛れ込んでいたことは、もはや疑いようがないことのようだった。ローゼンブルク大公は飄々とした口調の中にも、どこか苦々しい気持ちを滲ませるような表情で、ヒトラーが戦時中、歴史の裏で何をしていたのかを推測を交えて話した。


「ナチスの象徴とも呼べる鉤十字だが、これの元となったのはトゥーレ協会という魔術結社のシンボルマークだったんだ。トゥーレ協会はアーリアン学説を信奉し、ゲルマン民族が神に選ばれた人種だと大々的に主張していた。西洋風の二元論で考えれば、神に選ばれ無かった人種は即ち悪魔であるから、アーリア人以外の者は人ではない。馬鹿馬鹿しい限りだが、当時は安価なラジオすら無い時代だから、庶民は何故自分たちの生活が苦しいのか、その理由が分からなかった。貧すれば鈍するの言葉通り、彼らはその原因と敵を求めていた。


 この時期、シオン議定書なるユダヤ人による世界支配の陰謀論が流布していて、実際にユダヤ人成金が多かったことから、庶民はその嘘を簡単に信じてしまった。ホロコーストというのは戦争のどさくさに紛れて起こったことではない。それよりももっと以前から、それこそ紀元前に遡ってまで、人々はユダヤ人を差別し、憎んでいた。その憎しみが噴出したのが水晶の夜(クリスタルナハト)だ。これは現在では官製暴動として知られているナチスの犯罪の一つだが、その裏にはトゥーレ協会の影があった。


 このトゥーレ協会が具体的に何をしていたのかといえば、ユダヤ人排斥運動の他に、どうやらアジアやインドの古代遺跡から、マジックアイテムを手当たり次第に収集していたらしい。普通に考えればそんなのはただのガラクタだが、自分たちが神に選ばれた民族なら、中には使えるものがあるに違いないと考えたのだろう。彼らはそんな幼稚な考えから東方に人を送り、魔術的、神秘的な力を求めて奔走していた。


 ヒトラーと協会が接近したのは、まさに協会のその収集癖のためだった。当時、無名の一退役軍人に過ぎなかったヒトラーは、しかし一部の人々にはとあることで非常に有名だった。彼は戦時中、神がかり的な予知能力をもって死地を回避した予言者だと知られていたんだ。


 これは当時のジャーナリストや後の研究家たちも実際にあった出来事だと確認している。ヒトラーが新聞記者に語ったところによると、彼はある日戦友たちと食事を取っていたら、突然立ってあっちへ行けという声が聞こえてきた。それがあまりにも明瞭に何度も繰り返すものだから、彼は戦友の止める声を聞かずに言うとおりにした。その直後、彼のいた場所に炸裂弾が飛んできて、戦友はみんな死んでしまった。そのようなことがあったから、彼は本物の予知能力者と言われて恐れられていた。


 トゥーレ協会はこの噂が本当かどうかを確かめようとしてヒトラーに近づいたらしい。そして期待通り、ヒトラーは自らの予知能力を次々と開陳し、人々を扇動、ついにはミュンヘン一揆を起こして協会の支援するナチ党を全国区に広めることに成功する。


 これ以降、協会はナチ党の下部組織として黒子役に徹し、ナチ党を掌握したヒトラーとの連携を深めていく。そんな彼らの目的はユダヤ人の撲滅と、スラブ劣等民族の奴隷化、そして聖杯の発見だったんだ」


 縦川は、大公の口から突然出てきたおかしな言葉を聞いて、目をパチクリさせながらオウム返しに確認した。

 

「聖杯……? 聖杯って、あの最後の晩餐の?」


 すると大公はさも当然といった具合に鷹揚に頷いてから、


「そうだ。十二使徒達との最後の晩餐でワインを飲むために使われたという聖杯だ。これは元々、キリストの持つマジックアイテムの一つで、彼は度々貧しい人々にパンを分け与えているんだが、そのパンを生み出していたのがこの聖杯では無いかと考えられている。彼は行く先々でどこからともなくパンを持ち出してきては、時には数万人という難民にまで惜しみなく配っていた。


 彼には裕福なパトロンもいたようだし、いくらなんでも物理的に有り得ない話だから、それは恐らく後世の創作だと思われていた。だが、聖杯伝説を信じる神秘主義者はその奇跡は本物だと信じ、キリストの死後、数々の歴史的人物がこの聖杯を求めて旅をしている。ヒトラーもまた、その一人だったんだ」


 そんなものが本当にあるのかどうかも疑問であるが、それ以前に、それを使って何をしようとしていたのかも気になるところである。いや、そもそも、彼らがそれを求めていたという事実も、一体どこから出てきた話なのだろうか?


「この情報の出どころはヒムラーだ」

「ヒムラー……? 確かゲシュタポのトップでしたっけ」

「いかにも。秘密警察のトップだった彼は、ユダヤ人や反ナチスを次々に処刑していった悪名高い男だ。ホロコーストの首謀者と目されている。数々の恨みを買っていた彼は戦争末期、独断で講和交渉をしようとしたのがバレて役職を解任され、ホロコーストの責任を取らされることを恐れて逃亡する。しかし、その逃亡中に連合軍に捕まり、身体検査をされている最中に自殺してしまう。彼を捕まえた将校たちは彼の遺体の写真を撮り、デスマスクを取ったあとに、脳の一部を切り取って保管した。これが国連の記録に残っている情報だが……実は彼はこの時まだ死んでないんだ」

「なんですって?」

「ヒムラーは助命を懇願する代わりに、ヒトラーに関する重大な秘密を話すと約束した。連合国の将校たちはこの男を裁判にかけるつもりはなく、殺したくて仕方なかったのだが、話を聞かないわけにもいかない。それで期待せずに話を聞き始めたようだが……これがまた、酷く荒唐無稽な話でね」


 大公は口にするのも憚られるといった具合に、うんざりするような溜め息を吐いてから、面倒くさいことを必死に思い出すように、ぽつりぽつりと呟くように続けた。


「アーリアン学説を信奉していたヒムラーは、ヒトラーの逸話を聞いて密かな憧れを持っていた。ヒトラーは本物の神人だと考えた彼は、その時付き従っていた上司のレームから、彼に鞍替えしたかった。それでヒトラーが刑務所から出てくると、密かに接触を図ったのだが……ヒトラーは彼に初めて会うなり、君は将来私を裏切るぞと言い放ち、相手にしてくれなかったらしい。


 後になってみれば、このときのヒトラーの言葉は正しかったわけだが、あこがれの人に会いに来たのに、いきなりそんなことを言われたヒムラーはものすごく焦った。もちろん、この時の彼には裏切る気なんて毛頭ない。それで何とか自分を信頼して欲しいと思った彼は、ヒトラーに忠誠を尽くすと誓うと、彼の気を惹くためにとある人物を紹介することにした。


 それが後にヒムラーのラスプーチンと呼ばれることになる、カール・マリア・ヴィリグートだった。ヴィリグートはイルミン教なる独自の宗教を掲げており、周囲からは稀代の変人と思われていたが、彼は本当に不思議な力を持った男だったんだ。どこから手に入れたのか、トゥーレ協会も欲しがりそうな古遺物を多数所持しており、それを用いて不思議な魔術を使い、数々の奇跡を起こしてみせたらしい。


 このような男を紹介したら、きっとヒトラーは気にいるだろうと思った通り、彼はヴィリグートと急接近したようだ。ヒムラーはこの功績で、後にナチス内の魔術的な指導者になり、やがてトゥーレ協会のマジックアイテム収集を担当するようにもなった。


 ヒトラーは晩年、ユンカー学校の魔法部隊のために城を購入し、そこで秘密の儀式を行ったり、世界各地からマジックアイテムを集めたりしていた。そこではヒムラーが中心になって聖杯を探していたのだが……終戦間際に捕らえられた彼の証言では、実際にその聖杯とやらは見つかったらしい」


「見つかったですって!?」

「ああ。思った以上にあっさりと……ヒムラーはそれが本物かどうかは分からなかったようだが、ヒトラーが喜んでいるのを見ていたら、多分本物なのだろうと、そう確信していたようだ」

「……実際、本物だったんでしょうか?」


 大公はそれを信じたくないと言った感じに目線を逸らしながら、どこか他人事のように続けた。


「結論から言えば本物としか言いようのない力が、その聖杯にはあった。話が前後するから混乱するかも知れないが、実はこのヴィリグートと言う男……どうやらヴァイスハウプトの生まれ変わりだったようなんだ」

「ヴァイスハウプト……? それって、イルミナティの創始者でしたっけ?」


 大公は頷いた。なんでそんなのが突然出てくるのだ……? 縦川たちには大公の言っている意味が分からなかった。彼自身も説明が難しいと言った感じで、


「ヴァイスハウプトという男はグノーシス主義を標榜し、神になることを目的に生きていた男だった。彼はイルミナティ解散後も自分の欲望のために、あらゆる魔術的な秘技を試して神になろうとしていた。だが結局、生涯かけてもその神秘にはたどり着くことが出来なかったようだ。年老いて寿命が尽きようとしていた彼は相当焦ったのだろう。このままでは自分の人生は何もかも無意味に終わってしまう。それはプライドの高い男には我慢ならなかった。そして彼は、何らかの魔術的な手法で自分の記憶を残そうと試みた」

「記憶を……?」

「ああ。一見すると馬鹿げた話だが、立花倖博士に会ったことがある君らなら、これを一概に笑い飛ばすことは出来ないんじゃないか。博士は、完璧な人工知能を作り出す過程で、人間の意識や記憶をコピーすることが出来るんじゃないかと考えた。そしてそれは、どうやら彼女の作り出した人工知能によって実現されてしまった……」


 記憶をコピーする……その言葉を聞いた瞬間、縦川の中でドミノ倒しみたいな、今まで分からなかったものがすんなりと理解できるような、そんなひらめきだ。


「ヴァイスハウプトが生涯をかけて手に入れて来たものの中に、聖杯が含まれていた。彼自身、それが何だか分かってなかったのだろうが……聖杯とは、どうやら物を転写する装置のことで、それが写真みたいに記憶を封じることが出来る道具だということを、彼は知っていたんだ。


 彼はその聖杯を通じて、生まれたばかりの赤ん坊に自分の記憶をコピーしようとした。だが、何度やっても失敗に終わったようだ。どうやら、同じ時代に同じ人間が生まれてこないように、輪廻転生というものは、本人が生きている限りは行うことが出来ないものらしい。結局、彼はそのことに気づかないまま死亡する。


 だが、これは不完全ではあったが失敗ではなかった。彼の死後、その遺産は売り払われて、彼の収集したマジックアイテムも散り散りになってしまったのだが、その時に売られた聖杯を、後にヴィリグートの親族が偶然手に入れた。


 そして、期せずしてその聖杯の記憶が、生まれたばかりの赤ん坊に転写されてしまった。そのせいで、ヴィリグートは生まれつき何故か魔術知識を膨大に持って生まれ、成長するに連れてどんどんと奇行が目立つ青年に育ってしまった。そして自分自身の中に別の何かを感じるようになり、それを神の啓示だと考え、イルミン教なる新興宗教を作り上げた。


 ヴァイスハプトは本物の魔術師であったから、彼の作った宗教はヒムラーのような騙されやすい人間ならたやすく信じてしまっただろう。だが、同じ魔術師相手ではそうはいかなかった。ヒトラーは彼に会うなり、ヴィリグートの正体を看破る。


 ヒトラーは不完全ながら記憶を転生させる方法があると知り、それを探り始めた。それには聖杯が必要だと判明し、それを探すようにヒムラーに命じた。彼はその命令に応じて、ヴィリグートの実家周りを探索し……そしてあっさりとそれを見つけてしまった……」


 こうして聖杯はヒトラーの手に渡ったが、彼には終わりの時間が迫っていた。

 

「ヒトラーはどうやら本物の予知能力者だったようだが、知っての通り、第二次世界大戦でこれ以上無いほど最悪の状況で敗北した。彼の死後、彼の予言に従ったスターリンが失敗したように、彼自身も自分の運命を変えようとして失敗したんだ。恐らく、彼には未来を知ることが出来ても、それを変える能力は無かったんだろう。


 だから、早い段階から、自分の失敗を予知していて、なんとかこれを回避しようと考えていたに違いない。きっと気が気じゃなかっただろう。それが、異常なまでの遺物収集と聖杯探索へと繋がった。そして彼は、望み通りそれを手に入れた。


 戦争末期、彼は連合軍が迫るベルリンの地下壕で、恋人エヴァ・ブラウンと結婚式を挙げて、その翌日に自殺した。結婚式から彼が自殺するまで数時間のタイムラグがあり、そしてその時、彼は何らかの秘技を行うと言って自室に籠もっていた。


 ヒトラーの死後、マルティン・ボルマンは遺言執行人として、何かを持って防空壕から脱出した。そして死を偽装しながら、まんまと南米へと逃れ、支援者と共にアメリカに潜伏していた……彼がヒトラーに命じられ、何をアメリカに持ち込んだかは、言うまでもないだろう」


「聖杯ですか……」


「そうだ。以上が捕らえられたハインリヒ・ヒムラーが語った全てだ。だが、当時の連合国はこの話を信用しなかった。ヒムラーは信ずるに足る男では無かったし、話があまりにも荒唐無稽過ぎて、追い詰められた男が口から出まかせを並べ立てた、ただの戯言だろう結論づけてしまった。結局、ヒムラーは処刑され、その証言は闇に葬られ、機密文書としてアメリカで厳重に保管されていた。


 ところがそれから80年近くが経ったある日、僕たちは東京インパクトの犯人探しをしていた。あれを起こしたのは僕たちの意思ではなかったが、あんなことを起こせるのもまた僕たちしかいなかった。すると僕らの中に裏切り者がいるはずで、それを早く見つけなければとんでもないことになるかも知れないと、僕たちは疑心暗鬼に駆られていた。


 そんな時、突然、イスラエルのモサドから情報提供が入った。彼らは僕たちとはまた別個に東京インパクトを調査していて、その調査過程で偶然に聖杯らしき物を見つけたのだと言ってきた。


 そんなものがあるとは思いもよらなかった僕らは、驚きつつもその調査報告書に目を通した。そして80年前に捨て去ったはずの機密文書が、実はすべての始まりであったことに、この時ようやく気付くことになったんだ」


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