表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第四章・永遠の今
91/137

勝利万歳!

 気分が優れない様子の愛を残して、縦川は室内に入った。ここに来るまでの様々な対応で、既に不満が溜まりきっていたが、何故、彼女があんな風になってしまったのか、また、その彼女が縦川にも見て欲しいと言っていたことが気がかりで、仕方なく彼は刑事に従った。


 外に音を漏らさないためだろうか、防火扉みたいに重厚な鉄扉をくぐると、そこは50人くらいが入れそうな長方形の部屋になっていた。いかにも警察の会議室と言った感じで、長机とパイプ椅子が壁に押しやられている。部屋の前方、中央には教卓みたいな机が置かれていて、そこに刑事が言っていたプロジェクターが置かれていた。部屋の片隅には昔ながらのOHPがひっそりと埃かぶっており、妙に物持ちが良いところを見ると、国が変わっても役所というところは変わらないんだなと、変な親近感が湧いた。


 その机の周りに半円形に並んでいたパイプ椅子に座るように言われ、縦川は腰を下ろした。ほんの少し前に愛のためにセッティングしてあったためか、件の映像の準備はもう整っているようだった。刑事に指示されて、制服警官の一人がプロジェクターに繋がっているタブレットを操作する。


 すると部屋の照明が一段落とされ、前方の壁に掛けられたスクリーンにスマホの画面が映し出された。準備が整った警官がうなずくと、刑事は縦川に向かって言った。


「さて……先に断っておきます。これから見せる映像は、一般の方にはショッキングだと思います。いわゆる事件直後の現場の映像ってやつです……つまり、人が死にます」

「な……そんなものを遺族に見せたんですか!?」

「何故って、犯人がばっちり映ってるんだよ」


 縦川が反発するのを予期していたかのように、刑事は間髪入れずにそう言った。縦川が続く言葉を制されて口をパクパクさせているのを見ながら、刑事は続けた。


「ところが、これが何者なのか私達にはわからない。だから遺族ならなにか知ってるかも知れないと、ご協力を願ったのです。写真ではなく、映像なのも……まあ、色々と理由があってのことです。とにかく、見てもらえないか」


 刑事はそうとしか言えないといった感じに、悪びれもせず無表情のままそう言った。胸の中にもやもやとしたものが溜まっていはいたが、それはどうしても口から出てこない類のものらしくて、縦川は諦めると溜め息を一つ吐いてから首肯した。


 それを見て、警官がプロジェクターに映像を映し出す。


 映像は、どこかの部屋の俯瞰映像だった。飾り気のない室内に、数台のコンピューター、サーバーラック、それから沢山の得体の知れない計器類が並んでいるのが見えた。一見して、どこかの研究室のようである。その中央に、立花倖が背中を向けて立っていた。


 刑事が言うとおりなら、ここが事件現場……つまりあの家の内部映像なのだろう。監視カメラがついていたのは、実験のために彼女が自分で取り付けたのか、それとも万が一のことを考えてのことだったのだろうか……今となってはそれは分からない。


 映像の中の彼女は、成田空港で別れたときに着ていた服装そのままだった。第一報で、家に帰った直後に襲われたと言っていた通りである。とすると、コンピュータのモニターに向かって何かぺちゃくちゃ話しているように見えるのは、白木会長との音声通話をしているからだろうか。話によると、この最中に外部から訪問客……要するに襲撃者がやってきたらしい。


 と、その時、映像の中の彼女が何かに気づいたように手を止めた。残念ながら彼女が見ているモニターの映像までは見えないから、何が起きたかは想像するしか無いが、恐らくは件の襲撃者がやってきたのだろう。


 この直後、電話をしていた白木会長は通話を切ってしまったらしいから、ここから先は未知の部分だ。


 倖はモニターに向かって何かを喋っているように見えた。それは通話のためではなく、音声でセキュリティを操作しているからだろう。一通りの操作を終えたらしい彼女が手荷物を持って部屋から出ていこうとする。別段おかしなところは何も何もなかった。倖が焦ってる様子も見当たらない。


 だが、そう言えば、さっきから全く映像に映らないが、九十九美夜はどこに居るんだろう……? と縦川が思った時だった。


 画面端の死角の方から、小さな人影がスーッと近づいてきて、背を向けていた立花倖の背中にドンとぶつかった。


 瞬間、彼女はまるで糸の切れた操り人形みたいに膝からガクリと地面に倒れた。唖然としている縦川の目の前で、倖にぶつかってきた小柄な人影が、背中に突き刺した医療用メスを容赦なく引き上げる。すると、ビックリするような勢いで、彼女の背中から血が吹き出し、それは天井にまで届いて、彼の見ている画面を数滴の血で汚した。


「馬鹿なっ!?」


 縦川は思わず叫んでいた。


 小柄な人影……九十九美夜は、立花倖の背中からメスを引き抜くと、まだ辛うじて意識がある彼女と一言二言交わした後、またそれを容赦なく彼女の胸に突き刺した。間もなく倖の口からゴボゴボと血が溢れ出し、彼女が咳き込む度にその血は部屋中に飛び散った。


 だが、それも長くは続かなかった。やがて倖が力尽きると、それまで盛大に溢れていた血は徐々に勢いを無くしていき、と同時に彼女の顔の筋肉が弛緩し、表情も失われていった。


 美夜はそんな彼女の姿を確認すると、手にしたメスを投げ捨てて高らかに笑った。


「そんな馬鹿なっ! ありえない! 彼女が先生を殺すだなんて……何かの間違いじゃないのか??」

「やっぱりあなた、彼女が何者か知っているんじゃないか。まあ、その話は後で、ここからが重要だから、今はよく見てくれ」


 ショックのあまり茫然自失の縦川は、それ以上映像を見る気にはなれなかったが、義務感からその続きを頑張って見ることにした。自分はまだマシだろう。何も知らない愛はこの映像を見ても、気分を害するだけで何も得られなかったはずだ。そうなることは分かっていたのに、そんなことをした刑事たちが腹立たしかった。だが、それよりもっと腹立たしいのは、直後に映像に飛び込んできた連中の方だった。


 次の瞬間、倖の死体の側で高笑いをしている美夜のもとへ、複数人の黒服の男たちがやってきた。目だし帽を被って顔を隠している、いかにもな襲撃者であるが……彼らは室内に入ると何故か美夜を中心にして整列し、うやうやしく挙手をした。


 まるで小学校の教室で先生に質問をする子どもたちみたいに、天に高々と手のひらを向けるあの挙手だ。


 一瞬、縦川は何故彼らはこんなことをしているのか分からなかった。だが、すぐにとあることを思い出して背中に電流が走るような衝撃を受けた。


 これはナチス式敬礼だ。テレビで第二次大戦の映像が流れば、高確率で登場するあの敬礼だ。それを屈強な男たちが、小柄な美夜を囲んで、熱狂的に何かを叫びながら行っている。その姿を見るだけで、音声がついていない映像でも、現場の声が容易に想像できた。


 ジーク・ハイル! 勝利万歳!


 美夜に向かって行っていると言うことは、彼らは彼女に敬意を払っているということだ。見た目は小学生の彼女は今は全裸で、たった今殺したばかり倖の血で真っ赤に染まっていた。まるで魔女のサバトみたいな異様な光景に、耐性のない縦川は吐き気をもよおしてきた。


「なんだ、これは……? 何故、美夜ちゃんがこんなことに巻き込まれてるんだ? いや……そもそも、何故彼女は先生を殺したんだ!?」

「それはこっちが聞きたいことだよ。これだけ組織だった殺人を行える連中を野放しにしておくわけにはいかない。あなたも、ここドイツにおいて、この敬礼の意味するところが分かるだろう?」


 もちろん、わからないわけがない。第二次大戦は間違いなく、人類史上最悪の戦争だった。あれだけの悲劇を生み出したナチズムは西ドイツで非合法化され、ナチズムを想起するような行為を行うことを固く禁じてきた。それは東西統一後も継承され、街角で扇動するような真似をしただけで逮捕されることすらある。ギリシャのサッカー選手がその真似をして、代表から永久追放された事例もある。これはドイツに限らずヨーロッパでは許されない行為だ。


 そのナチス式敬礼を受けている美夜は、彼女を礼賛する男たちに向かって何やら指示を出すと、彼らは彼女の言うがままにテキパキと行動を開始した。部屋に散乱している紙の資料をかき集め、サーバーラックからコンピュータを根こそぎ奪い、何台もあるパソコンも一台残らず運んでいった。


 美夜の指示は的確で淀みなく、部屋からすべての物が持ち去られるのに、5分と時間がかからなかった。


「これは明らかに、最初からどこに何があるのか分かっていた動きだ。これだけの人数が狭い部屋の中で秩序だって動けるのは、彼らが組織だからだ。その彼らの敬意を一身に受けている少女……九十九美夜とは何者なんだ?」


 縦川は返事をすることが出来なかった。たった今、実際に殺人現場の映像を見せられても、まだそれを美夜がやったと言うことが信じられなかったのだ。


 そりゃそうだろう。あの、舌っ足らずで、いつもキイキイ声で怒っていた彼女から、どうしたらこんな姿を想像出来るだろうか。恵海の使用人のくせに言う事聞かなくて、上坂のことを神様と言って慕っていて、意地汚くて甘いものが大好きで、寺に遊びにやってくる猫みたいに自由だった。元々は人工知能だったのに、生きるとは何か、愛とは何かなんて、やたら人間臭いことに悩んでいて、みんなと仲良くなりたいと言っていた。


 その彼女が、どうして異国の地でこんな豹変した姿を晒しているのか。


「知っていることがあるなら、何でも良いから教えてくれ。あなたも見て分かるだろう。この組織が国内に潜伏しているのは脅威だ。どうせ自分は外国人だからなんて思わないで欲しい。殺されたのは、あなたもよく知ってる人物だったんだ」

「しかし……彼女がこんなことをするなんて、俺にはとても信じられない。やっぱり何かの間違いじゃないでしょうか。この映像だって、もしかしたら作り物なんじゃないですか」

「どうしても信じたくないようだが、事実なんだ。実は我々も最初はこれが作り物じゃないかと疑ったんだが……」

「そうなんですか? だったら……」


 刑事は、わかってるから最後まで聞けと言わんばかりに、縦川を手で制しながら続けた。


「こんな都合のいい現場の映像が出てきたこともそうですが、それを疑わなければならない理由もあった。だからしっかり調べてみた。ところが、その結果、これは作り物じゃないと判明してしまった」

「なんですって?」

「もう一度、これを見て欲しい」


 そう言って彼が差し出してきたのは、先程も見せられた一枚の写真だった。その中で、美夜は何故かナチス親衛隊の制服を着ている。さっきはそれを見てもちんぷんかんぷんだったが、今は彼女がそれを着ている意味が分かる。


 彼女は事件後、この黒い目だし帽の連中と現場を離れてから、この服に着替えたのだろう。それを刑事たちが発見し、その行方を追っていた……なら、この写真はいつどこで撮られた写真なのだろうか。


 刑事が言及しようとしていたのは、正にそのことだった。


「これは、デュッセルドルフ市内の監視カメラから抜き出した画像なんだ」

「では、今彼女はそこに?」

「いいや、違う。結論から先に言おう。実は、この画像は、事件が起きる前に撮影されたものなんだ」

「……は?」


 縦川は馬鹿みたいに口をあんぐりと開いたまま、言葉を失った。刑事は彼の戸惑いなどお構いなしに話を続けた。


「通報により、ここケルンの警察官はすぐに殺人現場に入った。ただ、今の映像を見ての通り、現場はもぬけの殻で、被害者の遺体だけが残された状態だった。警察は彼女の身元を確認しようとしたが、恐らくあなたも知っての通り、被害者は不可解な経歴の持ち主だ。彼女の身元確認は難航し、どうしてこんな人物が国内に入っていたのか……興味を持ったケルン警察は、犯人を追うついでに、被害者が国内に戻ってきた日の足取りを追うことにしたんだ。この時点では、まだ犯人が誰か、判明していなかった。


 被害者の当日の足取りを追ってみたところ、彼女は入国したばかりだと判明した。それさえ分かれば空港にはいくらでも監視カメラがあるから、その映像から彼女が一人の少女を連れて国内に入ったことも判明する。その後も市内の監視カメラ映像をつなぎ合わせて、彼女達が真っ直ぐ事件現場となる家に向かったことがわかった。ところが、殺人が起きて現場にかけつけた時には、この少女は居なかった。


 当然、警察はこの少女が犯人ではないかと見当を付ける。警察は、少女がどこへ行ったのか、また市内の監視カメラ映像を探した。しかし、これがいくら探しても見つからない。ここまで完璧に姿を眩ませるとなると、これは単独犯ではないと踏んだケルン警察は、周辺の都市へ応援を要請する。ただし、犯人が未成年であることを考慮して、極秘裏に。こうして少女の映像が、デュッセルドルフにも届いたんだが……その時、デュッセルドルフ警察では、全く別件でこの少女を追っていたんだ。


 あなたがた日本人は復興でそれどころじゃなかったかも知れないが、今からおよそ3年前、ここ欧州は反移民感情から暴動が頻発するという不安定な時期があった。我がドイツでもクーデター騒動が起こって、一歩間違えれば内戦に発展するような危機が訪れた。現政権は、当時の扇動者達を特定し、その身柄を拘束、数多くの活動家を刑務所に送ったが、これらは小物ばかりで、実は事件の全貌は未だによくつかめていないんだ。あの時、何があったのか……我々警察は、その首謀者がネオナチではないかと、その動向を探っていた。


 ネオナチは、およそ5年ほど前から活動が活発になってきた。あなたは不思議に思うかも知れないが、実はその構成員の殆どは移民なんだ。我々ドイツ人はナチスに対して強いアレルギーがあり、殊更それを忌避する傾向がある。だから逆に社会で虐げられている人々が、それを利用してドイツ社会を不安定にしようとする、そんな動きが昔からあった。3年前ネオナチは、その構図を利用して、ドイツ人がナチスを忌避する感情を、移民に対する不満に転換した。国民は移民に国が乗っ取られるんじゃないかと不安に思う、移民はそんな反移民感情に恐怖を覚える。そんな不安がピークに達した時、無軌道な移民集団が暴動を起こしたことで、ドイツ国民に溜まりに溜まった鬱憤が一気に爆発した……それがあのクーデター騒動だ。


 たった一度の暴動で、あそこまで国が乱れた。でもその首謀者がわからない。こんな屈辱、許されていいものか。警察は血眼になって犯人を探した……で、それを追っていたところ、一つのネオナチグループが暗躍していることに気がついた。デュッセルドルフを拠点にして、移民を先導してる連中がいる。こいつらはかなり狂信的で、アドルフ・ヒトラーは人類を救うために戦っていたんだと本気で信じてるような奴らだ。自分たちの今の生活が苦しいのは、ユダヤ資本が世界を支配しているから、これを打倒しなければならない……まるで100年前のスローガンみたいなことを大真面目に主張する、極めて危険な奴らだ。だから根絶やしにしなければならない。我々は、こいつらの動向を探り、その構成員を網羅して一網打尽にしようとした……そしてその過程で見つけたのがあの写真だ。


 彼女はグループのボスらしい。だが、こんな小さな少女がおかしいだろう? それで、もっと裏に何者かが潜んでいるんじゃないかと調べていたところ、こちらの動きを察知したらしき連中が姿を眩ませてしまった……焦ったよ。あと少しで一網打尽のはずが、何もかもオジャンだ。私達は必死になって探した。でも見つからなかった……ところが、そんな時にケルンで起きた殺人事件の犯人かも知れないと、一枚の画像が回ってきた。そこに写っていたのはまさに、私達が探していた少女だ。すぐに裏取りを始めたよ。こいつはどこのどいつだ? 調べてみたら日本に居たらしい。それで昔のよしみを頼って日本の警察に照会をかけたところ、あなたの寺にこの少女が居たことがわかった。そしてこの少女が九十九美夜という名前であることも……


 でも、それじゃおかしいんだ。日本にいたこの九十九美夜は、3年前から今までずっと日本にいたらしい。ところが、私達が探している少女の方は、3年前からドイツでネオナチの首領をしていた……これはどういうことだ? 彼女は双子なのか? ケルンで被害者を殺害したのはどっちだ? 大体、この九十九美夜とはどこから出てきた? 調べた限り、国籍もなにもかも全部ニセモノじゃないか。本当に……こいつは人間なのか?」


 刑事の言葉に縦川はビクリと反応した。刑事の話を聞く限り、確かにこの少女は二人居なければ辻褄が合わない。美夜が日本でのほほんと暮らしている間、ドイツでは別の美夜が暗躍していたと考えるのが筋だ……そしてそれは不可能な話じゃない。


 刑事もその可能性を示唆している通り、九十九美夜は純粋な人間ではなかった。立花倖の作り出した人造人間のはずだった……


 ならば、同じ方法で同じ人造人間を、もう一人作り出すことも可能なんじゃないか。もし、立花倖も知らない九十九美夜がもう一人生み出されていたとしたら……彼女が殺された理由もそこにあるのかも知れない。


「あなたが何か知っているなら教えて欲しい。被害者、立花倖は何を作ろうとしていたんだ? AYFは彼女とどういう関係なんだ? こいつが何者で、この国で何をしようとしているのか。何故、被害者を殺害したのか。もしこれでもまだ殺してないというなら、その根拠を教えてくれ。私達は、一刻も早くこいつを見つけ出さなければならないんだ」


 縦川は返答に窮した。刑事が必死な理由はよくわかった。3年前、クーデター一歩手前までいった騒ぎの首謀者が、立花倖を殺して逃亡中……かも知れないのだ。出来ることなら協力してあげたいところだった。


 しかし、事が事だけに、縦川一人の判断では返事は出来そうもなかった。美夜が人間ではないと言うのは簡単だ。だが、おそらく今、デュッセルドルフで警察に捕まっているであろう、白木会長のことを考えると、おいそれと言うわけにはいかなかった。


 会長は、まだ美夜のことを話していないはずだ。話していたら刑事が縦川に聞く必要はないのだから。すると縦川が正直に白状することによって、今捕まってる彼にどんな影響があるのかわからない。もし、人造人間のようなものを作り出すことが違法なら(恐らく違法なのだが)下手をすると彼の会社が潰れてしまう可能性だってある。


 そんなことを縦川一人の判断で決めるわけにはいかない。せめて、御手洗くらいに相談したいところだが……


「……すみませんが、一度外部と連絡を取らせて貰えませんか。これ以上は、俺一人では何とも言えない」

「やはり何か知ってるのか……ならばまずは話してくれ。話してくれたらすぐに解放する」

「いや、そのために相談したいから、一度スマホを返してください」

「駄目だ。外部に相談した結果、考えを変えられたらたまらない。こっちはもう、切羽詰まってるんだ。あなたが話してくれるまで、ここから出すわけにはいかない」

「はあ? ちょっとちょっと……勘弁してくださいよ」

「勘弁してほしいのこっちの方なんだって。あなただって、被害者を殺害した犯人を野放しにしておきたくはないだろう?」


 縦川は刑事がまさかそんなことを言い出すとは思いもよらず仰天した。確かに彼の言う通り、例えば御手洗に相談した結果、彼が話さないほうが良いと言えば、縦川はそうするだろう。それを恐れた刑事が強引に迫ってくる気持ちはわかる。


 こちらとしては協力する気はあったのだが……だが、こうなるともう何も言えるはずもないだろう。かくなる上は、刑事との根比べをはじめるより他はない。それにしても、まさか海外に来て、いきなり警察署に泊まることになるとは……


 縦川がげっそりとしながら、密かに決意を新たにしたときだった。


「Verzeihung, Sir. (失礼します)」


 トントンっと、会議室のドアがノックされて、刑事は入ってきた警官に手招きされた。


 話の腰をおられた彼は、チッと舌打ちすると、苛立たしげにやってきた警官のもとへと歩いていった。ところが……その警官との間で何やら二三のやり取りをして、実に落胆した様子で帰ってきたかと思うと、


「……あなたは本当に何者なんだ。いや、あの被害者も……あの少女も……」

「どういう意味です?」

「……私としては非常に残念なことだが、あなたに失礼のないようにとの、上からのお達しだ……迎えが来たから、今日はもう帰ってくださって結構です」

「迎え……?」


 このタイミングで、一体どういうことだろうか……? 縦川がポカーンとして戸惑っていると、先程警官が入ってきた扉が再度開き、今度は二人の見知った女性が部屋の中に入ってきた。


 一人は困惑気味の表情の立花愛。そしてもう一人は……


「ごきげんよう、縦川様。お迎えにまいりました。大変遅れまして、申し訳ございませんでした」


 若い女性にしてもかなり華奢な感じの白髪の女性……マリー・フランソワーズ・テレーズ・デュ・ローゼンブルクがそこに立っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ