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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第四章・永遠の今
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話し合い

 上坂の絶叫のような泣き声は、まるで永遠に続くのではないかと思うくらい、いつまでも止むこと無く続いた。それでも永遠というものが無いように、やがて彼の体力が尽きると、それは途切れてしまった。


 意識が朦朧としているのか、虚ろな瞳でフラフラとしている彼は、自分自身で体を支えることが出来ないようで、慌てて駆け寄った縦川と御手洗が両脇を抱えるようにして彼を寝室へと連れて行くと、まるで子供みたいに糸が途切れたかのようにパッタリと眠ってしまった。


 職業柄、人の死に立ち会うことが多い縦川でも、ここまで憔悴している人に会うのは珍しかった。それくらい、彼にとって倖の存在は大きく、悲しみは深かったのだ。


 上坂を部屋に運んだ二人が寺務所に戻ると、やってきたばかりの立花愛が自己紹介がてらに名刺交換を始めた。芸能プロの社長というから、そういうところは抜け目がないのだろう、縦川が慌てて自分の名刺はどこにやったかな? と寺務所の机を探している間に、御手洗と江玲奈は挨拶を済ませてしまったようであった。


「御手洗さんは、ホープ党の議員さんでしたか。そして、そちらの子は、饗庭(あいば)さん……? もしかして、饗庭都知事の?」

「ああ、君がいま考えてる通りだろう。僕は饗庭玲於奈(れおな)の孫娘ってところさ」

「お孫さん……そんな子が何故ここに? いえ、それよりも、さっきはうちの子が失礼したわね。普段なら絶対あんなことを言う子じゃないのよ。許してやって」

「もちろん、分かってるさ。ユキは上坂にとって心の支えだった。精神的支柱を失って、一時的にパニックになったんだろう」

「そう言ってくれると助かるわ……もしかして、あなたは一存のお友達なのかしら?」

「いや……僕はどちらかと言えば上坂ではなく、ユキの友達だったんだが」

「姉さんの……?」


 倖と眼の前の中学生くらいの少女との関係が思い浮かばず、愛は首をひねった。江玲奈は肩をすくめると、


「色々事情があるんだよ。話せばかえって混乱するから、今は気にしないでくれ。折に触れて話そう」

「そう……わかったわ」

「あったあった! これ、俺の名刺です」


 二人がそんな話していると、一人ガサゴソと机を漁っていた縦川が、安堵の表情を浮かべながら戻ってきた。愛は彼から名刺を受け取りながら、


「縦川さん……ですね。AYF社の方から一存がこちらでお世話になっていると聞いて驚きました。今までご迷惑をお掛けしてすみませんでした。何しろ、私達はあの子が死んだものだとばかり思っていましたから……」


 愛が深々と頭を下げると、縦川は慌てたように手を振って、


「いえいえ、滅相もない。ほんの三ヶ月足らずのことですよ。それに、とても楽しい毎日でした。どうぞお顔を上げてください」


 彼女が頭を上げると、縦川はその美しさに若干見惚れてしまって、なんだか焦るような気持ちで、急いで捻り出すように話を続けた。


「でも、良かったです。あなたは上坂君のことをちゃんと心配してくれてるようですね。最初、彼が怯えているように見えたから、もしかして二人は仲が悪いんじゃないかと勘ぐってしまったのですが……」


 縦川がそう言及すると、愛はバツが悪そうな表情でため息混じりに、


「……お恥ずかしい限りですが、一存は私達家族のことを少し苦手にしてて……母さんが悪いんですよ。姉さんがあの子を引き取ると言い出した時、母さんは婚期を逃すって大反対して、そのせいで喧嘩になってしまったんです。以来、母さんは一存のことをどうしても受け入れることが出来ず、会うとつっけんどんな態度を取ってしまうんです。私に言わせれば不貞腐れてるだけなんですけどね。でも子供にはそんな人の機微なんて分からないから、あの子はそれで、自分のせいで姉さんが家を出て行かざるを得なかったんだと勘違いしてるんです」

「そうだったんですか」


 娘を思う親の気持ちを考えれば、それも仕方ないだろう。上坂が、その母を苦手に思う気持ちも分かる。一概にどちらが悪いとは言えそうもない。


「もちろん私としては、あの子も家族の一員だと思ってます。姉さんが生きていた頃は、彼女に任せっきりでしたが、これからはそうも行きません。彼さえ良ければ一緒に暮らしたいとも考えてます。落ち着いたら彼がどうしたいか、一度話し合ってみようかと思います」

「そうですか。きっとそう言ったら彼も喜ぶと思いますよ」

「ご迷惑をおかけしているというのに、身勝手な申し出ですみませんが……」

「俺は全然構いませんよ。気にしないでください。それより……これからどうなされるんですか? 先生の御遺体は今ドイツでしょうけど……」

「それが困ったことになってまして……」


 縦川は殺人事件であるために、行政解剖とか捜査関係で何かあるんじゃないかと考えていた。ところが、愛が直面しているのは、思いもよらない、もっとおかしな事情であった。


 彼女は頭を抱え、表情を歪めながら、


「実は身元確認が必要だから、遺体を引き取りにドイツまで来いって言われてるんですよ。事情が事情だけに、どうしても直接、現地で、家族の確認が必要だって。信じられない話しなんですが、姉さん、日本では死人扱いで、ドイツに入国した形跡もないそうなんです。おまけに、何故かわからないんですけど、ローゼンブルクのパスポートを持ってたらしくて……そのせいで、遺体を運ぶにもドイツから日本に直接じゃなくて、ローゼンブルクを経由してくれとか言われてしまい、もう何が何やら……」

「ああ、なるほど」


 愛は姉が逃げ回っていた理由を知らないのだ。いきなりこんなことを聞かされても、ちんぷんかんぷんだったろう。


「日本でお葬式を挙げたくても、遺体の輸送は不可能だと言われて、母さんはショックの余りに寝込んでしまいました。多分、遺骨だけが帰ってくることになるんでしょうが……あちらでお葬式をあげたくても、言葉も通じない外国ですから意思疎通が難しくて、お経の一つもあげられないんじゃ、姉さんがあんまりにも可愛そうでなんとかしたいのですが……」

「それじゃ俺を連れてってはもらえませんか?」

「……え?」


 その時、縦川はまるで天啓が閃いたかのように、強い使命感を感じた。それこそ、自分はこのために上坂と出会ったのだと、そんな気すらしていた。


「俺だってもう、上坂君とは家族みたいなものですから。それに、ほんの数日間のこととは言え、先生とは寝食をともにした仲です。黙って見過ごすわけにはいきません。あんなにも先生に会いたくて、でも会いに行けず打ちひしがれている彼のためにも、俺が行って先生のためにお経の一つも読んであげなきゃおかしいでしょう」

「いいんですか?」

「こちらがお願いしているんです。先生のために法要をあげられるのは、俺しかいません」


 縦川が強くそう願い出ると、愛は感心したようにため息を吐いて、


「では、是非お願いします。実は私一人で姉を迎えに行くのは、心細かったんですよ。和尚様が一緒に来てくれるなら、大変心強いです」

「お役に立てますよう、微力を尽くします。上坂くんには俺から話しておきましょう」


 二人がそんな具合に遺体の引き取りについて話していると、それを横で聞いていた御手洗が遠慮がちに手を挙げてから口を挟んできた。


「……よろしいでしょうか。ところで、提案なのですが、縦川さんがドイツに行っている間、上坂くんには、他所へ移ってもらいませんか?」


 どうして急にそんなことを言い出すのだろうか? 突然の提案に縦川が首をかしげていると、


「……江玲奈さんが言っていた通り、先生がああなってしまった以上、次に狙われるのは上坂君かも知れません。敵が何者なのか、どこに潜んでいるのかもわからないのに、この寺で普段どおりに過ごすのは危険なのではないかと。もちろん、こちらの警備も今までと同じように行わせて貰いますが、現状では不十分なんじゃないかと思いまして……」


 あまり意識に上らないが、上坂が来てから一応この寺は東京都の監視下に置かれて、警備されていた。と言っても、国賓や要人というわけでもないから、そのレベルは推して知るべしといったところだった。実際、立花倖はここの警備が無防備すぎるからと言う理由で、暫くすると姿を晦ましてしまったくらいだ。御手洗の言う通り、上坂を一人で残すのは心細いかも知れない。


「そう……ですね。妥当だと思います。でも、どこへ連れて行くつもりですか? 下手に軟禁状態みたいなことをすれば、彼の信頼を失うことになりますよ?」

「それなら、うってつけの場所があります」

「どこです?」

「美空学園の学生寮です」


 その提案はまったく予期することが出来ず、縦川は目をパチクリするばかりだった。学生寮とセキュリティと言う単語がまったく結びつかない。だが、御手洗は自信満々な様子で、


「おっしゃりたいことは良く分かりますよ。でも、学生寮ってのもバカにしたものじゃないんですよ。あそこはメガフロートの端っこにあって、アクセスの手段が限られてます。学園都市という土地柄、学生以外の人物が紛れ込んだらかなり目立ちます。おまけに、子どもたちが何をしでかすかわかったもんじゃないから、警備員を兼ねた教職員によって24時間の監視体制にあります。朝晩、食事はつきますし、大浴場は入り放題。しかも、最近の学生はプライバシーを尊重されているから、全部屋オートロックの個室です」

「う、羨ましいですね。俺が引っ越したいくらいだ」

「そうでしょう? しかも、あの事件後、三千院君が入寮していますし、日下部君も暮らしてます。これなら上坂君も嫌がらないでしょう」

「ああ、あの二人がいるなら、そうですね。なんなら、このまま卒業までそちらのお世話になったほうが良さそうだ」

「そのつもりで手配しておきましょう。あ、もちろん、立花社長の許可が戴けるならですが……いかがでしょうか」


 御手洗から話を向けられると、それまで横で他人事みたいにそれを聞いていた愛は意表を突かれたように背筋を伸ばし、慌てるような口調で言った。


「あ、はい。よろしくおねがいします。というか、私が口を挟むようなことじゃないと思いますので……」

「そうですか。では、そのように取り計らわせてもらいます」

「でもあの! 一つだけよろしいですか?」


 御手洗が流れるような手付きで各方面に連絡を入れようとすると、愛が慌てて遮るように声を上げた。


 取り出したスマホを引っ込めて、御手洗が向き直る。何か聞きたいことでもあるのだろうか。


 縦川と御手洗が首を傾げて待っていると、


「私が口を挟むことではないんですが、もうひとり、彼の今後について尋ねておいたほうが良いといいますか……皆さんにお伝えしておいた方が良いと思う人物に心当たりがありまして」

「えーっと……どちら様でしょう?」

「一存の、実の父親です」

「え!?」


 愛を除く、その場にいる全員が同時に素っ頓狂な声を上げた。縦川も御手洗も、江玲奈も恵海も、寝耳に水の出来事に開いた口が塞がらない感じである。


 縦川は目をパチクリしながら尋ねた。


「上坂君のお父さんって、生きてるんですか?」


 だいぶ失礼な話だが、真っ先に口をついて出た言葉がそれだった。縦川はすぐにそれが失言だったと思い、あわあわと自分の口を塞いだ。


「ええ、生きてますよ。行方不明だっただけです」


 対して愛の方は落ち着いた素振りでそう返した。


 言われてみれば確かに、上坂は天涯孤独の身……というイメージが先に立ってしまって、忘れてしまっていたが、借金を負った上坂の父親は姿を眩ましたが、誰も死んだとは言っていなかったはずだった。


 彼の父は、借金だらけの自分と一緒にいても上坂が苦労するだけだと考え、もう離婚して縁がなくなった母方の親戚に預けたつもりでいたはずだ。ところが上坂はそこでたらい回しに遭い、見るに見かねた立花倖が引き取った。その父親が生きていたわけである。


 愛は続けて言った。


「と言うか、姉さんも一存のお父様が生きてることは知ってたはずなんですよ」

「え? そうなんですか?」

「はい。今から八年くらい前のことですが、ついに莫大な借金を返済されたお父様が、ある日姉さんのところに謝罪に現れたそうです。姉さんは一存を引き取りに来たのかなと思ったそうですが、今更子供を返せなんて虫が良すぎることは言えないし、一存もいきなり父親が出てきたら混乱するだろうと……謝罪だけして帰っていったそうです。それ以来、毎月養育費を送ってくださっていたようですが……」

「そうだったんですか? 先生、まったくそんな素振りも見せなかったから……生きてるんなら、話してくれれば良かったのに」


 縦川はそう悔やんだが、きっと彼女もそのうち話すつもりでいただろう。おそらくは上坂が成人したらとか、そういった節目が来るまで待っていたのではないか。まさかこんなに早く自分が死ぬなんて思わなかっただろうから、隠していたというよりも言いそびれた感じだろう。


「五年前に姉さんたちが死んでからは……いや、生きてたんですけど、ややこしいですね……とにかく、死んでからは、毎月命日にお花を贈ってくださるようになりました。その縁で今でもあちらの住所は把握しているのですが、こうなった以上、一存にもお父様のことを話したほうが良いのでは……?」

「そ、そうですね……」


 縦川と御手洗はお互いに顔を見合わせながら頷いた。


「会う、会わないはともかくとして、上坂君には伝えておいたほうが良いでしょう。その後、彼がどうするかは……彼の自由意志にお任せするしかないですけど。因みに、どちらにお住まいなのです?」

「北海道です」

「北海道ですか……困りましたね。我がホープ党は北海道では地盤が弱くて、もし彼がお父さんと一緒に暮らしたいと言いだしたら、フォローしきれるかどうか……」

「そんな事、気にするまでもないだろう」


 御手洗が渋い表情でそうつぶやくと、呆れるような素振りで江玲奈が言った。


「あれだけべったりだったユキと一緒に行かず、一人で日本に残ったやつだぞ。彼はもう自立していて迷わないだろう。もしかしたら父親に会いには行くかも知れないが、いまさら一緒に暮らすなんて言いださないさ。別々の道を行くことを選ぶはずだ」

「そう……ですね。そうでした」

「それよりも、彼が一日も早く立ち直るようにフォローすべきだ。彼は、僕のわがままで残ってくれたようなものなのに、僕は彼に報いるようなことは何一つとしてやれていない。そうしなきゃ嘘だろう」


 江玲奈がそう言うと、愛が感心のため息を吐きながら言った。


「あなた、取り乱していたとは言え、一存にあんな理不尽に責められていたのに、そんな風に庇ってくれるなんて、小さいのに偉いわね……お姉さん、感心したわ」

「本当は見た目ほど小さいって歳でも無いんだがね……」

「もしかして……あの子のことが好きなの?」


 愛が好奇心に満ちた表情でそう突っ込むと、江玲奈は苦笑いしながら、


「もちろん、上坂には好意を抱いているよ。でもそんな艶っぽいものじゃないさ。第一、彼はそこにいる恵海と付き合っているんだ。横恋慕など僕の柄でもない」

「ええ!? そうだったの? あんた達、いつの間に……」


 愛が目をパチクリさせながら顔を見つめると、恵海はバツが悪そうに縮こまってしまった。さっきから一人、大人たちの会話に入っていけず、居心地が悪いのかも知れない。


 愛はそんな恵海の姿を見て、少し考えてから、


「そう言えば、あんたあの子のこと好きだったもんね……ずっと山に引きこもってたのが、急にやる気を出して活動を始めたって言うから、私は単純に喜んでいたけど……そっか、あんた一存が生きていたってわかったから、彼のためにピアノを弾いたのね?」

「う……はいですの。社長にバレないようにって、倖先生に言われて……元々、本格的な復帰はするつもりは無かったんですの。それなのに、どうして復帰したのかと問われると返事しづらくって」

「それでコソコソ逃げ回ってたのか……事情はわかったわ。でもねあんた、結局あんた次第だけど、芸能界に復帰するかどうか、やるやらないはハッキリしなさい。この業界、中途半端が一番いけないわ。ファンも恋人と同じよ。気だけ持たせて何もあげなきゃ、いずれそっぽを向かれてしまう。このままだと、誰からも相手にされなくなってしまうわ。あんた一存のことが好きなんでしょう?」

「は、はいですの」

「ならしっかりしなさい。一存にとって今が一番つらい時期よ、あんたが支えてあげなきゃなんないでしょ。それなのにあんたの気持ちが中途半端なままじゃ、二人して流されるだけになっちゃうわよ。今はまだ分からないかも知れないけど、人が人を支えるってのはね、ただ寄り添っているだけじゃ駄目なのよ。時には厳しいことも言わなきゃ駄目。彼がどうするかではなく、彼にどうしてあげたいのかを考えなさい。それだけの土台があんたにはあるんだから」

「は、はい……」

「まあ、ドイツから帰ってきたら、またお話しましょう」


 愛がそう締めくくると、二人の会話が終わるのを待っていた江玲奈が、


「話は終わったかな? 少し尋ねておきたいのだけど、その君のドイツ行きのことだ。社長、君はドイツでユキが何をやっていたか、どれくらい知っているのかな? ユキが……何故、殺されたのか」


 愛はその『殺された』という単語を聞いて、一瞬にして気が引き締まっていくのを感じた。彼女は幼い見た目の江玲奈の口から出てくる、その上から目線な口調に若干戸惑いながら、問われるままに生前の倖のことを話した。


「そうね……五年前、姉さんが何かに追われて切羽詰まってそうなのは、漠然とだけど感じていたわ。でも、それが何かは分からなかった。その後、隕石災害で死んでしまったから、それ以上はもう考えなかったけど、まさか姉さんが自分の死を偽装していたなんてね。こうなってしまえば流石に私にも分かるわ、姉さんは何かの陰謀に巻き込まれたのね?」

「ああ。具体的な内容は知らないわけか」

「……もしかして、あなたたちは何があったのか知っているの?」


 愛がぐるりと一堂を見渡す。縦川も御手洗も、その視線に答えるように、黙って江玲奈の方を向いた。彼女は答え合わせを待っている愛に向かって、


「ユキは君達家族を巻き込みたくなくて、死んだふりをしていたらしいからね……彼女のことを思えば話さないほうが良いのかも知れないが、いまさら、それじゃ君は納得出来ないだろう」

「もちろん」

「ならば話そう。そして話を聞いた上で、君にも協力して欲しいんだ」


 そして江玲奈は五年前の東京インパクトから始まる一連の出来事を話した。FM社の汎用チップに仕組まれた移民監視システム。それを公表しようとした倖を東京ごと吹き飛ばそうとした秘密結社の存在。上坂が連れ去られ、彼が作ったドローンが、今起きている中東紛争の火種となり、移民監視システムの副作用で超能力者と眠り病患者が生まれた。


 これら一連の出来事の果てに、世界は乱れ人類は滅亡しようとしている。それを回避しようとして上坂が眠り病患者を救うべく、動き出したところでこの事件が起きてしまったのだ。


 愛は荒唐無稽な話のオンパレードに、最初は冗談でも言われているのかと思ったが、その場にいる誰もが真剣な表情を崩さないところを見ると、どうやら信じるしか無いのだと、諦めにも似た心境で受け入れた。だが、それでも信じられないのは、


「あの隕石が人為的なものですって? しかも、それは姉さんを排除するためだけに行われたという……」

「信じたくないかも知れないが根拠もある。ましてや、実際にユキが殺られてしまった現状では信じるしかないだろう」

「しかし、秘密結社ですか……この業界にいると、そういう裏稼業が主体の団体が実在するというのは、肌で感じてはいたけれど……それにしたって、東京みたいな大都市を街ごと吹き飛ばすなんて、あまりにもスケールが大きすぎて実感がわかないわ。一体、そいつら何者なのかしら」

「その全貌は計り知れないが……王族、セレブ、新興企業の成金などが、一堂に集まって何やらコソコソやってるのは間違いないだろう。ユキはそれをイルミナティという秘密結社だと考えていたようだが」

「イルミナティ……」

「ユキはその存在を公の場に引きずり出そうとして、虎の尾を踏んでしまったのさ。東京インパクト以降、それでも彼女は潜伏しながら機会を窺っていたようだ。だが、眠り病が発覚して、チップの存在を公表するとかえって人類の滅亡が早まると知って、考えを変えた。だからもう、ユキは彼らにとって、危険でも何でも無くなっていたんだが……相手はこちらの事情など知らないから、お構い無しで襲撃してきたのだろう。事情も変わり、欧州に帰った直後で、油断していたのかも知れない」

「それじゃ、姉さんは殆ど無駄死にじゃないの……」


 愛はその事実にたどり着き、あまりの遣る瀬無さに深い溜め息を吐いた。江玲奈はその姿を気の毒に思ったが、今は同情している場合ではない。


「そんなわけで、こちらにはもう相手を害する意図はないんだ。ところが、相手がユキを始末したことで、目的を達成したと思っていればいいんだが、もしもそうじゃなければ、次は上坂が狙われるかも知れない……」

「一存が……」

「彼は若いが、ああ見えてユキと同等の能力を持ち、チップの存在を知ってるからな。肉親が死んで気落ちしているところ申し訳ないが、そんなわけで社長、君には欧州に行くついでに、白木会長と今後の対応について協議してきて欲しいんだ。僕たちは敵のことをほとんど何も知らないが、この数年間、ユキと一緒に戦っていた彼なら何か知ってるかも知れないから」

「わかったわ」

「詳しいことは、和尚が知っている。彼が同行するならちょうど良かった。二人とも頼んだぞ」


 縦川と愛が頷き、その日の話し合いは終わった。


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