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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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迷いの日々

 その後上坂達は、検査のために2日ばかり病院に足止めを食らっただけで、すぐに退院する運びとなった。医者としては脳に何らかの異常でもあるのではないか? と考えていたようだが、いくら調べてもそんなもの一切ない、完全無欠の健康体であるようだった。一応、念のために数日間は通院するよう言われたが、多分、それすら必要なかっただろう。


 唯一、テレーズだけがリハビリが必要だったが、先に言及した通り、彼女の回復は驚異的なスピードであり、こちらの方も退院は時間の問題であると医者は呆れるように言っていた。彼らとしてはもう、眠り病は病気ではないと結論付けるしかないのだろう。


 しかし病気でないなら、誰が治療すればいいのだろうか……?


 都内には、まだ何人もの眠り病患者がいるらしい。上坂達は治ったが、他の患者はまだ眠ったまま目覚める予兆すらないのだ。


 もしかしたら、GBとテレーズを治せた上坂なら、他の患者たちも治療が可能なのかも知れない。眠り病患者たちは多分GBみたいに、他世界で自分に都合のいい生活を送っているに違いないが、他世界に渡る能力がある上坂なら、行ってその事実に気づかせて、元に戻るように説得すれば治るかも知れないだろう……


 だが、GBですら帰りたがらなかったというのに、知らない人間相手に会いに行ったところで上手く説得出来るだろうか。大体、眠り病患者は都内にしかいないわけではないのだ。世界中どれだけの眠り病患者がいるのかわからない以上、おいそれと自分がやりますとは言いにくかった。


 結局、彼はその可能性に気づきながらも、誰にも言わずに病院を去った。


 そんなこんなで、もやもやしたものを胸のうちに抱えたまま、久しぶりに寺に帰ってきた上坂だったが、ドイツ行きのために姿を晦ましていた倖から電話が入ったのは、退院して間もなくのことだった。


『上坂君? 無事退院出来たようね。一応、こっちでも何とかならないか調べてたところだったんだけど……』


 上坂が眠り病に罹って以降、彼女は彼女で動いていたようだが、まさか上坂が1週間で目覚めるとは思わず徒労に終わってしまったようだ。彼女は結局自分が役立たずだったことを詫びると、取り敢えず一度詳しい話を聞きたいから、近い内に会いましょうと言ったのだが……


『え? 御手洗さんはもうドイツ行きに反対しないって?』

「うん。実は今回の件で彼に貸しが出来たんで……そのことで俺に固執する理由も無くなっちゃったから、もしもドイツに行きたいのであれば、全面的に応援するって言ってたんだけど……」


 ところで、御手洗は饗庭都知事が猛反対すると思っていたようだが、彼女の方ももう上坂に固執してはおらず、驚くほど静かで拍子抜けだったそうである。


 御手洗が言うには、上坂を足止めしていたのは、ホープ党が躍進するには上坂の力が必要なのだと、預言者が言ってたからだった。また預言者は、御手洗の悲願……テレーズを目覚めさせるのもまた上坂だとも言っていたそうである。


 御手洗はそれを、預言者が彼を都合よくコントロールするための方便だろうと思っていたようだ。ところが、今回本当にテレーズが上坂の手で目覚めたことによって、預言者の能力を信じざるを得なくなった。


 その預言者が上坂がドイツ行きにもう反対しなくなったと言うことは、つまり彼女の予言は成就したと考えていいのだろう。実際、テレーズが目覚めたことによって、御手洗の悲願は叶い、彼の所属するホープ党はローゼンブルク公国のバックアップと言う切り札を手に入れたことになる。


 彼の国は領土こそ小さいが、欧州随一の金融国家であり、EUに多大な影響を与えている。アメリカとずぶずぶな関係の政敵リバティ党としては、御手洗は相当やりづらい相手になったと言えるだろう。


「そんなわけで、先生、色々と頑張ってくれてたみたいだけど……申し訳ないです」

『そんなの全然いいわよ、目的はちゃんと果たせたんだし。でも、ふ~ん……預言者ね。多分、上坂君とおんなじで、とびきりの能力者なんだろうけど、何者なのかしら……是非一度、会ってみたいものだわね』

「それなんだけど、俺もそう思ったから、彼女に面会を申し出たんです。そしたら時期を待て、時期が来れば俺たちは自ずと会うことになるって……そしてそのときには、先生も一緒にいるはずだって言われちゃって」

『なにそれ、それも予言ってこと……?』

「あ……そうなのかな? 俺はどうしてすぐに会ってくれないんだって、意地悪だなと思ったんですけど。なんか含みをもたせるような感じで、煮えきらないこと言って、電話を切られてしまいました」

『そう……』


 倖は少し考えるように沈黙してから、


『その理由も気になるけど、まずは彼女について調べてみるのが先決ね。都知事の孫娘であることは間違いないのね?』

「うん。それは御手洗さんが保証してくれてます」

『なら、私の方でも少し身辺を洗ってみるわ。こっちだけ一方的に知られてるのは癪だしね。聞くところによると、それだけ派手な活動をしてるなら、色んな噂が立ってるはずよ。噂の一つ一つを吟味して対策を練りましょう。近い内にそっちに帰るから、そしたらまた話しましょう』

「わかりました。あ、それとドイツ行きの件なんだけど……」

『何かしら?』


 どうしても一緒に行かなきゃいけないだろうか……?


 上坂はそう言おうとしている自分がいることに気づいて驚いた。


 彼にとって倖は大事な家族だ。血は繋がっていないけれど、寧ろ繋がっていないからこそ、自分をここまで育ててくれた彼女は実の親よりも大事な人で、唯一無二の存在なのだ。


 そんな彼女と離れ離れになるなんてことは考えられない。そりゃいつかは親離れしなければいけないけれど、それが5年ぶりにようやく再会を果たしたばかりの今であるわけがないだろう。


 彼女は上坂が死んだと思って、とても悲しんでいたのだぞ。なのに、自分勝手に進路を決めるなんてありえない。


 彼は首をブルブル振ると、


「いや、何でもないです。それより先生、いつ帰ってくるんですか?」

『電話では言えないわ。近いうちとだけ』


 彼女は行動が外部に漏れるのを嫌っているのだろう。もしかしたら本当に密入国してくるのかも知れないし……


 そんな感じでその後しばらく近況を報告し合いながら、その日の電話は終わった。


 明けて翌朝。上坂は約半月ぶりに学校へと登校した。


 前回学校に行ったのは、夏休み中、担任の鈴木に学校を辞めると言いに行ったあの日である。外田に捕まって無理矢理補習を受けさせられ、逃げ出そうとしたらアンリの着替えを覗いてしまい、校舎裏でGBが事件に巻き込まれたあの日だ。


 あのあと、GBのお見舞いで病院に泊まり込んだり、眠り病に罹って他世界に行ってしまったり、検査入院したりと妙な具合(?)に忙しかったせいか、実感は湧かないが、気がつけばいつの間にか暦の上では9月に入っており、世間ではとっくに新学期が始まっていた。


 東京中の学校が集まった学園都市である美空島は、久しぶりに色んな制服で溢れており、水上バスに乗ってやってきた上坂は、いつもの通学路を奇異の目で見られながら進み、無駄に高い塀で囲まれた学校までやってきた。


 どうせ辞めるつもりの学校なら緊張する必要もないのであるが、上坂はなんとなく後ろめたい気持ちでゲートを潜り、久しぶりの教室に足を踏み入れた。まだ転校してきたばかりでいきなり入院なんて派手なことをやらかしたせいか、教室に入るとクラスメートの視線が一斉に突き刺さる。


「お! 上坂も来たか」「大変だったんだってな」「久しぶり~」「カバン置いたらおまえもこっちこいよ」


 ところが、それはGBも同じだったらしい。見ればクラスメートたちが教卓の前に集まっており、その輪の中央にGBがいた。


 ワイドショーが外田の体罰を報道する裏で、GBが2週間も寝たきりだったことは、美空学園の生徒達は知っていた。連絡網が回っており、結構みんな心配していたらしい。だったら見舞いにくらいくればいいのに……GBは登校してくるなりそのことを尋ねられて、気前よく何でも話して聞かせていたようだ。


「異世界転生したってマジで?」「綺麗なお姫様とか出てきた?」「やっぱ魔法とか使えるようになるの? 固有スキルとか」「ってか、おまえサイキッカーだったっけ。あれ役に立ったの?」


 クラスメートに質問攻めにされていたGBが苦笑しながら答えている。


「いや、だからそういうんじゃなくって、世界も自分自身もそのまんまだから……おーい、上坂もこっち来てこいつらに説明してくれよ」

「……こういうのってそんな簡単に話しちゃっていいのか?」


 とはいえ、誰かに止められたわけでもない。こんな荒唐無稽な話、信じたい人間しか信じられないだろうから、言っても特に問題ないだろう。


 上坂は席にカバンを置くと、クラスメートたちの輪に入っていって、自分に起きた出来事を可能な限り科学的に説明しようと試みた。だが無論、そんな話誰もついてこれるわけもなく、相対性理論を説明する時点で断念せざるを得なかった。こうやって自分で説明しようとなるととても難しく、倖の高次元理論は寧ろ問題を非常にシンプルに説明するために生まれたのだなと半ば感心しつつ、かつて彼女が話してくれたフラットランドについての話をしていると、方法なんてどうでもいいんだよと全方向からツッコミが入った。


 結局、みんなが知りたいには、他世界に迷い込んでしまったあとに何が起きるのかであり、それ以外のことはどうでもいいらしい。異世界転生物の小説で、必ずと言っていいほど都合のいい神様が現れるが、あの存在にケチをつける人が居ないようなものである。


 GBは眠り病に罹っていたらしい。眠ってる間の記憶はあるの? 別の世界で普通に暮らしていた? それってどんな世界なの?


 眠り病の原因や、そもそも並行宇宙は存在するのか、そんなことはどうでもいいそうである。


 まあ、普通の人からしたらそんなもんなんだろうなと思いながら、上坂とGBはクラスメートに求められるままにあっちで起きた出来事を話して聞かせた。


 因みに上坂の話で一番ウケたのは、あっちの世界で馳川小町(あね)と親戚だったことだった。兄は居ないけれどこっちの世界にも義姉はいるらしく、彼女を知っている者がとても驚いていたが、それで紹介してと言われても、こっちの世界で上坂と彼女は何の関係も無いから不可能であり、まるでただの妄想を自慢げに話してるような気分になってきて背筋が痒くなった。


 そんな話をしていると、始業のチャイムが鳴りホームルームを行うために担任の鈴木がやってきた。彼は退院しばかりの上坂とGBに軽く言及したが、あとはいつもどおり普通に授業を始めた。


 教室にはもう、いつもの日常風景が広がっている。


 なんだか凄くおかしな現象に巻き込まれたが、終わってしまえば案外こんなものなのである。


 昼休みにはもう眠り病の話は殆ど誰にも聞かれることもなくなり、昼食を取っていたらアンリが近づいてきて、


「ところであんた、ドイツに引っ越すってこと、あいつに言ったの?」

「……いや、まだ」

「早く言ってやんなさいよね? あいつ、あんたくらいしか友達いないんだから」


 彼女はそう一方的に告げると、飲んでいた紙パックのいちご牛乳をちゅーちゅーしながら去っていった。


 彼女にお節介を言われるまでもなく、いずれ言うつもりであったが……実際、いつ切り出したらいいのだろうか。中々タイミングが掴めない。


 そんなことを考えながらGBの方を見ていたら、彼はクラスメートの中で楽しそうに笑っていた。


 夏休み前は、いつも挙動不審に周囲を見回していた。クラスに中々馴染めず、キョロキョロと言うかオドオドしていて、上坂くらいしか話し相手がいなかったのだが、いつの間にこんなに溶け込んでしまったのだろうか。


 もしかしたら眠り病が切っ掛けだったのかも知れない。考えようによっては、死にかけたようなものだから、彼の中で何か死生観みたいなものが変わったのだろう。前とは違ってしっかりと受け答えをしている彼を見ながら、そんなことを考えていた。


 放課後になると日下部がやってきて、三人で病院に向かった。眠り病から回復した瞬間からピンピンしていたのだが、なんやかんや三人共昨日退院したばかりなのだ。一応、何かあったら大変だからと、数日間は病院に顔をだすように言われていた。


 とは言え、行ったところで特に変わったことは見つからなかった。入院中も散々検査したのだが、三人共至って健康体だったのだ。そんなわけで軽く血液検査をしたあとは、今日はもうやることが無くなってしまった。


 上坂はテレーズに声を掛けに行こうか、でも御手洗が居ないと近づけないなと迷っていたら、


「なあ、どっか寄り道してこうぜ」


 と、GBが言い出した。


「ほら、おまえ、帰ったらどっか遊びに行こうって言ってたろ?」

「ああ、そうだな。寄り道……寄り道かあ」


 GBが言ってるのは、あっちの世界からこっちに戻る際に、上坂が言ったセリフだ。不思議な感覚だが、三人は別世界で友情を温め、いずれまた遊ぼうと約束を交わしていたのだ。


 上坂はそのことを覚えていてくれたのかと、なんだか凄く嬉しい気分になった。


 けれど寄り道をすると言っても、ろくに学校に通ったことすらない彼はどうして良いか分からず、誰かが何かを言い出さないかなと2人の様子を見ていたのだが……ここの集まってるぼっち三人では誰もイニシアチブを取るような者がいなかった。


 上坂は言わずもがな、GBは中学時代パシリであったし、日下部は部活一辺倒でろくに遊んだ経験がないのだ。


 そんなわけで三人が三人共、お互いに目を逸しながらソワソワしていると、上坂はこのままじゃなし崩しに解散になってしまうと段々焦ってきてしまい、


「お、おお、それじゃ、俺がいいとこ連れてってやるからよ」

「上坂が? おまえ、普段どんなとこ遊びに行くのよ」

「ついてからのお楽しみだ。すっげー面白いから、期待してろよ」


 と言って、相変わらずソワソワしている2人を引き連れて歩き出した。


 普通ならその辺のカラオケボックスかゲーセンにでも入ればいいのだろうけど、何をしていいか分からなかった上坂は、結局、今まで自分がやってきたことで一番楽しかったことを思い出し、そこへ行こうとしたのだ。


 そして彼が2人を連れてきたのは、船橋競馬場だった。


「あ、あれ……? なんで正門閉まってるんだろ」


 ところが……わざわざ電車を乗り継いで来てみたは良いものの、今日は開催日ではなく、競馬場は無情にも閉まっていた。彼は知らなかったのだが、地方競馬は毎日のように開催しているものじゃなく、数ヶ月に数日間だけ開いてるようなものなのだ。


 せめて縦川に確認の連絡をすれば、今日の開催はどこそこと喜んで教えてくれただろうに、そもそも競馬場の場所なんてここしか知らない彼は、確認すること無く意気揚々と友達を連れてきてしまったのだ。


 上坂は競馬場の鉄格子を掴みながら、なんだかデートの段取りを失敗した男みたいな情けない気分になってしまった。恥ずかしくってとても背後を振り返れない。


 そんな彼がしゅんとしょげ返っていると、事態を察した2人が、


「せっかくここまで来たんだし、ららぽーと寄ってきませんか?」

「そうだな、ゲーセンくらい入ってるだろうし、映画見るのもいいな」

「いま、何やってましたっけ?」

「ほら、上坂、いつまでも門に張り付いてないで、行こうぜ。競馬はまた今度でいいだろ?」

「……すまない。今度はちゃんと調べておくよ」

「先輩、競馬好きなんて渋いっすね。いつからやりはじめたんです?」

「ああ、同居人の影響でさ……夏休み前に友達と遊びに来て……」


 三人はそんなことをくっちゃべりながら、イルミネーションの輝く門をくぐって複合商業施設の中に入っていた。メインストリートを抜けて店内に入ると、なにか特別なことがあるわけでもない平日だと言うのに、中は人でごった返していた。


 上坂達は川の流れみたいな人混みに紛れ、色んなテナントを見て回ったり、ゲーセンで遊んだり、映画を見ようとして、結局その金でラーメンの食べ歩きをしたりして、夜遅くまで遊んだ。


 上坂はこんな風に目的もなく、ダラダラと過ごす放課後がこんなに楽しいことを知らなかった。三人はいつまでも帰ろうとはせず、そのまま閉店時間が来るまで施設内を歩き回っていた。そして楽しい時間が長く続けば続くほど、上坂はドイツ行きのことを、この2人に言い出せなくなっていくのを感じていた。


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