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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第一章・エリートとニートは紙一重、語呂もよく似ている
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少し心構えをして聞いて欲しいんだ

 翌日、朝のお勤めを終えた縦川が、ナイアガラフォールさながらに暴落する日経平均株価を呆然と眺めていると、下柳から電話がかかってきた。


 彼は昨晩あれから、現場に居たからという理由で署に呼び戻されて、いわゆる本店の連中に根掘り葉掘りと尋問されたらしい。それで先程ようやく解放されたと愚痴るように吐き捨てる彼に対し、今それどころじゃないと涙目になりながら、ナンピン買いをしつつ聞いた昨夜の顛末は次のとおりである。


 あの超能力者(ユーチューバー)はその後、万世橋署から東京拘置所に移され、最終的に都の更生施設に強制連行されたそうである。昨日、下柳が軽く言及していた東京湾上に作られた『学園』だかなんだかのことだろう。東京湾上にわざわざ作ったのは、脱走を許さないという決意の現れだろうか。


 もしや人体実験でもしてるのだろうか? と尋ねてみれば、「管轄が違うから分からないが、単に軽く能力を調べられてから、監視のつく生活を送ることになるんじゃないか。多分、一生」と、乾いた口調で言っていた。


 それが人道的と呼べるかどうか中々難しいところだが、昨日下柳が言っていた通り、ユーチューバーは累犯率が高いらしいから、今後、効果的な超能力者対策が出来るまで、そうするしかないのだろう。じゃなきゃ我々は怖くて外を出歩けない。


 もしも彼がその施設とやらで立派に更生して、もう超能力を使わなくなれば話は別だろうが、昨日見た限り、あの男が改心する姿は中々想像がつかなかった。どちらかといえば、またいつか爆発して、大惨事を引き起こす可能性の方が高そうである。そして昨日の被害も相当だったが、その時はもっと悲惨な事態が起きるかも知れないのだ。


 被害を受けたシャノワールの方は、一夜明けて営業再開のめどが立たず、暫くは臨時休業を余儀なくされそうだ。何しろ、一生懸命に収集したワインは全滅し、瀟洒な食器も家具も、あまつさえ壁一面の窓ガラスまで割れてしまっては、どうしようもないだろう。幸い、飛び散った窓ガラスは強化ガラスだったそうで、通行人が数人軽傷を負った程度で惨事には至らなかったそうだが、店の方は重症どころかほとんど死に体だった。


 しかも、これを弁償させようにも、額が額だけに犯人たちではどうにもならなそうである。後で調べてわかった話であるが、彼らは戦闘力70万だかなんだかと言ってセレブぶっていたが、実はその程度では年収数百万がせいぜいだそうで、とてもじゃないが支払能力が無かったのである。


 もしも返済の可能性があるとすれば、あの男の超能力を見世物にして荒稼ぎするくらいだが、もちろん今となってはそんなことは出来ないだろう。相方やスタッフは成人していたから、訴えられて実刑になるんじゃなかろうか。まあ、こうなる可能性があると知ってて超能力者とつるんでいたのだから自業自得である。


 それにしても、どうして東京にだけあんな能力者が出てきてしまったのだろうか。下柳はナナの因子がうんたらかんたら言っていたが、それは一体なんぞや。タイミングからして、隕石にでも乗ってやってきたというのだろうか。だとしたら、ただでさえあの隕石のせいで東京はこんなことになってしまったというのに、はた迷惑な話この上ない。


 下柳との電話を終えて、夢中になって株の損失を埋めようと売買していたら、あっという間に前引けしてお昼のニュースが始まった。無駄に緊迫感を煽るジングルの後に、無駄に爽やかな笑顔のキャスターが挨拶を述べ、無駄に最初のニュースを読み上げたと思ったら、無駄に昨日のシャノワールのことを語りだした。


 おやっ? と思ってボリュームを上げて良く聞いてみれば、昨晩、秋葉原の雑居ビルで爆発事故があり、容疑者と思われる男たちを拘束したとだけ述べて、解説の男と軽く感想を交わしてさっさと次のニュースに行ってしまった。超能力の「ち」の字も出さなければ、男たちがユーチューバーだったことすら言及しなかった。思わずハリウッド映画かよと突っ込みそうになるくらいにパトカーが出動し、秋葉原のラーメン屋でも、その話題でもちきりだったというのに妙な話である。


 もしやこれは報道管制というものではなかろうか? 思えば、縦川は今まで超能力者を名乗るユーチューバーがいると言う噂は耳にしていたが、もちろんそんなことまるで信じちゃいなかった。普通に考えて、そんなのが居るとは思っちゃいなかったし、仮に居たとしても、このネット全盛のご時世、隠しきれるはずがないと思っていたからだが……案外そうでもなかったのだと思い知り、彼は愕然となった。


 実際問題、政府が隠していないなら、目撃情報はあちこちで出ていたのだろう。だが考えても見ればそんな眉唾、どこの誰とも知れぬ一般人が騒ぎ立てたところで誰が信じるだろうか。証拠となる動画があってもトリックと思われるのが落ちだし、大体、あの状況で動画なんて悠長に撮っていられないだろうし、シャノワールのあの惨状を後から撮影したところで、爆発事故と言われてしまえばそれまでだ。


 そもそも人間は自分の理解の範疇を越える出来事は信じないように出来ている。それが自分に危害を加えると分かっていても、ギリギリまで信じられないものだ。その証拠に、何かの自然災害がある度に、被害者たちがギリギリまで行動しなかったことが後に判明し、どうしてすぐに逃げなかったのだと我々は無責任に自己責任論を説くではないか。


 ポーン……っとテレビから素っ気ない機械音が響いて、いつの間にか後場が寄り付いていた。午前中で力尽きて午後は取引する気が起きず、ぼーっと値動きを見ていると、脳裏に今日は外に出てないな……と、他人事みたいな考えが過ぎっていった。窓を覗けば快晴である。駄目だこりゃと散歩がてら外へ出かける。


 寺務所を出て、境内を掃除をしていた近所のおばちゃんに、ちょっと出かけてくると挨拶を交わし淡島通りへ。大橋住宅の敷地を通り抜け、東邦病院の裏を抜けて、国道246号線を三軒茶屋方面へと向かう。


 縦川は現在、池尻大橋駅の近くに住んでいるが、かつては二子玉川に住んでいて、学生の頃は鷹宮とよくこの辺で遊んでいた。


 新玉川線はあの日の災害で地盤が緩み、未だに復興の目処が立っておらず、池尻大橋から二子玉川へ行くには今はバスに乗るか歩くしかない。距離は結構あったが、よく渋谷で飲んだ帰りに終電を逃して歩いたことを思い出し、懐かしさに誘われるままに、汗をかきながら首都高の影を歩いた。


 通りは災害前はいつも交通渋滞で混雑していたが、今では無人バスや無人タクシーが多く走っていて、その邪魔をしないように路上駐車を厳しく取り締まっていたから、雰囲気はがらりと様変わりしていた。


 ただ歩道の方は災害前後でほとんど通行量は変わらず、縦川が歩いていると対面から額に汗したスーツ姿のサラリーマンが幾人もやってきて、何度もすれ違った。ベーシックインカムが導入されてから、働かないで済むようになったのだが、それで仕事を辞めてしまったと言う者はあまり聞かない。みんな今でも何かしらの仕事を続けている人が多いようだった。


 おまけに、ホワイトカラーは激戦区だと言うのに、何故かみんなそればかりを目指してハロワに通っているらしい。移民と肩を並べて仕事したくないという心理が働くからだろうか、それでいて仕事は激務で給料が良いわけでもなんでもないのに……


 不思議なものである。


 大昔から人間は働きたくないと相場が決まってて、だから機械を作って生活を便利にしてきたと言うのに、いざそういった社会がやってきたら今度は働くのをやめたがらない。これは一体何故なのだろうか。


 あくせく働く彼らを横目にやり過ごしながら、縦川はその真逆を行く友人の顔を思い出して、スマホを取り出した。


 鷹宮に電話をかけると、今起きたばかりと言った感じの寝ぼけ声が聞こえてきた。どうやら今の生活になっても、結局、引きこもり時代同様に夜型の生活を続けているらしい。全力でダメ人間を具現化してて何よりと、軽く挨拶を交わしてから昨日の話を言及すると、彼も縦川と同じような、なんとも言えないもどかしさを感じていたと答えた。


 何でも、昨夜帰宅した彼はネットに繋ぐと、いいネタが出来たとばかりに早速ライブ配信を行ったそうである。それでシャノワールでの顛末を脚色を加えずに話したのだが、誰も信じてくれないどころか、ネタ乙とバカにされ、嘘松と罵られ、ムキになればなるほど微妙な空気が蔓延して、終いにはなんだか自分でもバカバカしくなってきて、結局「なーんちゃって」とお茶を濁さざるを得なくなったのだそうな。


 考えても見れば、超能力者の存在を口で説明するのは不可能だ。実物を見るしかそれを信じさせる方法がないからだ。かと言って、本人を連れてきて実演させたとしても、画面越しではただの手品にしか見えず、トリックなんでしょう? と疑われてしまえば、やっぱり証明のしようがない。


 結局、情報統制しようがしまいが、誰もそんなもの信じちゃくれないだろうから、統制そのものに意味はないのかも知れない。単に、自分たちは目撃してしまったばっかりに、そんなものを信じるマイノリティの仲間入りにしちまったのだと考えれば、お寒いものだなと二人して苦笑しあった。


 まあ、少なくとも警察はその存在をはっきりと認識しているようだし、自分たちみたいにそれを目撃したことのある一般人だって少なからずいるはずだ。だからずっとこのままと言うことはないだろうが……その時、超能力者というものが、果たして人類に受け入れられるのか拒絶されるのだろうか、それはまた神のみぞ知るである。


 その後、ナナの因子だかの正体は一体なんだろうかと、取り留めもなく話していると、そのうち鷹宮がゲームに集中しだして(実は喋りながらずっと手元ではゲームを続けていたらしい)呆れながらも邪魔しちゃ悪いからと電話を切った。鷹宮はゲームが仕事だと言っていたが、これもワーカホリックと言うのだろうか。


 ともあれ、喋ってる間にだいぶ距離を稼いでいたようで、間もなく前方に多摩川の河川敷が見えてきた。


 多摩川はあの日の災害後、瓦礫で埋もれ、下流域は水浸しで人が住める環境では無くなってしまった。復興が進むにつれそれも徐々に解消されたが、その際に護岸工事をして川幅を広げ、海上と行き来する水運の拠点に変わっていた。二子玉川は田園都市線の始発駅となっていたが、復興時に物流の拠点となった水上バスターミナルとの連絡駅としてそれなりに栄えていた。


 縦川は多摩川の土手に座ると、行き交う小舟をぼんやりと眺めながら、そういえば鷹宮は他の超能力者に心当たりがあるとか言ってたはずだが、聞きそびれてしまったなとぼんやりと考えていた。


 尤も、思っただけですぐに忘れてしまい、その後、ついぞそれを思い出すことはなく、その日は夕暮れどきまでブラブラと等々力渓谷を散歩してから家路についた。


 それを思い出したのはそれから約二ヶ月後、生活に追われるままに日々を過ごし、主役不在の日本ダービーも終わって、関東地方が梅雨入り宣言をした6月中旬のことだった。


 縦川はその日も朝のお勤めを終えてテレ東をつけてオハギャーを叫び、泣きながら下手くそな売買を繰り返した挙げ句、大引けにはあしたのジョーみたいに真っ白に燃え尽きてしまい、がっくりしながら近所のコンビニまで弁当を漁りに行こうとしたら、途中で檀家のおばさんに声をかけられ夕飯を御馳走になって、月夜の散歩をしてからルンルンと家に帰って風呂に入って、テレビを点けて無駄に爽やかなキャスターの顔を眺めていたら、そういえばコンビニに行くついでにビールを買うつもりだったから晩酌の酒がないことを思い出し、仕方なくまた外へ出かける準備をしていたところ、スマホのベルが鳴った。


 着信は下柳で、彼はある意味普通の生活をしているから、こんな時間にかけてくるのは珍しいなと思いながら、いつもの調子でのほほんとした口調で電話に出た。


「縦川か? すまないが、少し心構えをして聞いて欲しいんだ」


 ところが、電話に出た相手はやけに深刻そうな声をしていたものだから、彼は襟を正さずを得なくなった。いつもみたいに雲谷斎じゃなくて、わざわざ縦川と言ってくる。なんだろうと思いつつ背筋を伸ばして、テレビのボリュームを落とし、肩と頬で挟んでいたスマホを手に持ち替える。カチコチと、時計の針の音がやたらと反響していた。


「実は今朝、鷹宮が死んだらしい。変死扱いで司法解剖に回されて、俺の知り合いだってことで情報が入ってきた」


 血の気が引いて、脳みその中で静電気がパリパリするような感覚が走った。妙に視界がクリアになって、頭が目まぐるしく回転するのだが、何を言っていいのか言葉は何一つ出てこない。


「そんなわけで、いま鷹宮家に向かってるとこなんだが、おまえも来るだろう?」


 下柳の声と同時に着信が入り、スマホがブーッブーッと震えだす、確かめて見れば鷹宮からで……


 多分それは死者からの電話のわけはなく、家の誰かが彼のスマホを使ってかけてきたのだろうが……


 縦川はなんだかそれが不吉なもののように思えて、中々出ることが出来なかった。


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