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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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Emi Shiraki

 それから数日の時が過ぎた。その間、上坂は立花倖を探して思いつく限りのアプローチを取ってみたが、その行方は杳として知れなかった。


 彼女は確かに存在している。それは兄夫婦や学校の先生たちが、懐かしそうに彼女のことを話してくれたことからも明白である。だが、そこから先の彼女の行方を追おうとしても、高校を退職した直後にパッタリと足取りが途絶えてしまうのだ。彼女は高校を辞めた後、どこか別の学校に転勤したわけでもなく、かと言って他業種に転職した形跡もなく、学校の事務方が離職票を書いてそれっきりのようだった。


 そんなわけで、上坂はもう国内で彼女の行き先を探すのをやめて、もっと過去に遡って探すことに切り替えた。そもそも、彼女ほどの人物が、どうして日本国内で高校教師なんてつまらないことをやっていたのか、理由がわからないくらいなのだ。


 上坂が知る限り、立花倖は16歳で渡米して飛び級でMITに入学し、主席卒業したと言う経歴の持ち主だった。それが何をとち狂ったのか、日本に帰ってきて高校教師になって、兄の担任をやっていたらしいのだ。どうしてそんなことをしていたのか、その理由は教えてくれなかったが、そんな彼女がいつまでも日本で燻っているわけがないだろう。おそらく、成美高校を辞めたあと、なんらかの研究機関に再就職したはずだ。


 考えられるのは、世界が変わっても人間が違うわけじゃないのだから、彼女はこの世界でも似たような研究をしてる可能性が高いということだ。AYFカンパニーが無いから、美夜のような人造人間を作ろうとは考えてないかも知れないが、ナナのように人間らしく物事を考えられるAIの研究に従事している可能性なら大いにあるだろう。そういった研究施設を片っ端から調べて回れば、いずれ彼女にたどり着くかも知れない。


 というわけで、上坂はローゼンブルク公国のコネに頼んで、アイビーリーグ出身者に片っ端から彼女の行方を尋ねてもらうことにした。今からおよそ20年くらい前に自然科学を学んでいたものなら、中には彼女の行方を知っている者がいるかも知れない。そんな具合に上坂達は地道に聞き込みを始めた。


 他方、日下部はといえば、彼は彼で何やら問題を抱えているようだった。


 彼はGBを説得するためにテレビ局の撮影現場に行ったのだが、GBが最高と言っていたはずのタレント活動を見学してても、彼には到底楽しそうには見えず、かなり違和感を感じているらしい。


 この世界でGBは、一昔前のリアクション芸人みたいなお笑いを提供しているようなのだが、その際に行われる仲間たちからのイジり(・・・)が、やらせではなく、本物のイジメのようにしか思えないのだそうだ。


 GBの番組はゲーム実況でも食レポでも、体を張ったあらゆるネタでも、とにかくGBが何かをやってる周りで彼の言う仲間がイタズラをして、イライラした彼がついに癇癪を起こして超能力を発揮するというパターンが殆どらしいのだ。


 それが日下部には不快にしか思えず、彼をモヤモヤさせているようだったが……上坂にはどうしてGBの番組がそういう体裁を取るのか、その理由は分かる気がした。


 上坂もそうである通り、超能力は能力を発動する条件が存在する。上坂の場合それは嘘であり、そしてGBの場合は恥なのだ。


 彼は恥ずかしいという気持ちを抱くと能力が発動する。実際には、あの日校舎裏で彼の力が暴走したように、身の危険を感じた時に発動しているようであるが、彼にとっては恥をかくことも、暴力にさらされることも、同じく恐怖を感じさせる出来事なのだろう。


 そのため、彼がテレビやYouTubeで能力を見世物にするには、そう言った状況に置かれなければならない。それで手っ取り早いのがコントじみたお芝居を打って、彼に恥や恐怖を感じさせようと言う狙いがあるのだろう。


 それが日下部の言う通り、イジメのように感じるというなら、多分その気持ちは本物だろう。だが、あっちの世界でも彼はYouTubeで能力を見世物にしていたのだから、このヤラセ行為は彼も納得の上でやっている、いわば演出に違いない。


 上坂はそう説明したのだが……


 しかし、日下部はそれでも違和感が拭いきれないようだった。GBが眠り病になってしまったのは、彼をイジメから救おうとした後の出来事だったから、その気持ちも分からなくもないが……上坂はそれ以上何も言うことが出来ず、あとのことは日下部の好きにさせることにした。


 そしてもう一人、探さねばならない人物がいる。


 テレーズに上坂の存在を示したとされる預言者と呼ばれる少女の行方である。


 もしも彼女が、上坂が別の世界からこの世界に現れるということまで予知していたとするならば、実は立花倖よりもこちらを優先して探したほうが良いくらいかも知れない。少なくとも彼女は、別の世界からテレーズが迷い込んできたことを知っていたようだから、もしかすると平行世界へ干渉する何らかの方法を持っている可能性があるのだ。


 尤も、それは直接的な移動手段のような便利な力ではないだろう。もしそうなら、テレーズが今ここにいるはずがない。彼女の望み通り、預言者がテレーズを元の世界に戻してやれば済んだ話である。預言者はそうせず、いずれ現れるであろう上坂に頼めと言ったのだ。


 その事実からすると、上坂には元の世界に戻る能力があり、預言者にはないということになるが……現在進行系で困り果てている身としては、何かの間違いなんじゃないかと言いたくもなる。果たして預言者は今どこで何をしているのだろうか。


 未来を見通す力があるというなら、向こうの方から寄ってきそうなものなのに、立花倖同様に彼女の行方も未だに分からないままだった。


 分からないと言えばもう一つ分からないのが、彼女が上坂のことを救世主と呼んでいたことである。何故、彼女は会ったこともない彼のことをそんな風に呼ぶのか。そもそも、救世主とはどんな意味なのだろうか。東京インパクトの際、テレーズが見たと言う上坂の力……もしそれが彼女の夢ではなくて本当のことだったなら、確かに彼は救世主と呼ぶに相応しい人物かも知れないが……


 いかんせん、何も覚えてない彼には我が事ながら荒唐無稽過ぎて、信じられそうもなかった。だから預言者よ、いるなら早く出てこいと願いながら、上坂達は立花倖と預言者の2人を探していたのだが……


 どっちも見つからないまま、日数だけがどんどん過ぎていった。


******************************


 それから1週間後……ようやく探し求めていた人の居所が判明した。


 見つけたのは御手洗の部下の一人で、昔の新聞を調べていた際に偶然その名前を発見したらしい。勢い込んでやってきた御手洗の第一報に、最初上坂は期待に胸を膨らませたが、ところが残念ながらその報告は決して喜ばしい知らせではなく、彼を非常に落胆させるものだった。


 先に見つかったのは預言者ではなく、立花倖の方だった。


 やはり彼女はアメリカで就職していたのだが、その就職先が本当に意外な場所であり、更にそこで彼女に起きた出来事と言ったら、予想だにしない最悪のものだったのだ。


 なんとこの世界の立花倖は、上坂を拉致したあのFM社……Fiber Mechatronics社に勤務していたのだ。


 彼女はFM社でAIの研究をしており、ソフトウェア部門のリーダーだった。ところが今からおよそ5年前、彼女は突然FM社を退職すると、日本に帰国するために乗った飛行機が太平洋上で消息を断つという事件に巻き込まれていたのだ。


 航空管制システムから突如として消え去った彼女の乗った飛行機は、始めは墜落を疑われたようだがその残骸すら見つからず、当時は飛行機業界最大のミステリーと騒がれたようだった。だが元の世界で上坂に起きた出来事を思い返せば、こんなのはミステリーでも何でも無いだろう。


 彼女の乗った飛行機は、恐らくは太平洋のど真ん中で撃ち落とされたのだ。そんな場所で撃墜されたら、残骸なんて見つかるわけがない。


 上坂は頭を抱えた。


「……GBが超能力を使える理由を失念してた。FM社はこっちの世界でも、移民監視システムを作り上げていたんだ。先生は他ならぬ自分の務めている会社内でその徴候を見つけ、あっちの世界同様にそれを告発しようとしたんだろう……そしてFM社を退職し、多分米国で公表をしようとしたけど失敗し、日本に逃げようとしたところを消されたんだ」


 事故の報告を聞いた上坂が嘆くようにそうつぶやくと、それを聞いていた御手洗が、


「本気ですか? それじゃあ君は、何かを告発しようとしていた立花倖を消すためだけに、FM社が旅客機の乗客約500名を道連れにしたって言うんですか?」


 御手洗は訝しげな表情で眉を顰めた。彼はFM社という会社が裏社会に繋がっていて、こういうことを平気でやってのけることを知らないのだ。


「ええ、間違いないです」


 上坂がそう断言すると、御手洗はいよいよ胡散臭げな表情で、


「そんな馬鹿な。スパイ映画じゃあるまいし、21世紀も半ばに差し掛かって、そんなことが起こりうるなんて有りえませんよ。大体、太平洋上で飛行機を撃墜なんてしたら、米軍が飛んできますよ。そんな発表は無いんだから、普通に墜落したと考えるほうが……」

「その米軍もグルだとしたら?」

「そんな馬鹿な!?」


 上坂はため息を吐いた。


「御手洗さんは信じられないかも知れませんが、俺のいた世界じゃもっと酷いことになってるんです。FM社は自社が関与した非人道的な事件を隠蔽するためだけに、テレーズ様が言っていた羽田空港の爆発……東京インパクトを引き起こしました。それにより一瞬にして数十万の命が失われ、この近辺は壊滅状態、東京は今も復興の後遺症に悩まされてます。それがFM社……いやイルミナティという組織なんですよ」


 そんなもの信じられない……御手洗の顔が如実にそう物語っていた。普通誰だって、いきなりそんなことを聞かされても信じられないだろう。自分の身に起きた出来事一つ一つを順番に説明していけば、いずれ理解してくれるかも知れないが、上坂はとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。


 信じたくないなら信じなければいい。自分の好きなように考えればいいじゃないか。


 立花倖が死んだ……その事実が、彼の心に重くのしかかって何も考えられなかった。


 彼女がいれば、必ずこの窮地を脱することが出来るというわけではない。だが少なくとも、この状況を脱出する力となってくれただろうし、気分的にどれほど救われただろうか……


 彼の人生の中で、いつも彼女は精神的支柱だった。その支柱を失ってしまった今、彼はこれから何をしていいのかさっぱりわからなくなっていた。


 元の世界と繋がった糸は、残すは謎の予言者だけである。確かに彼女を見つければなんとかなるかも知れない……しかし、そもそも上坂が現れるであろう未来を予知したという彼女が、未だに姿を現さないのはどういうことだろうか? テレーズに予言するだけして、自分はこそこそしている理由がどこにある? 彼女は上坂に会いたくない事情でもあるのか? それとも何か根本的な間違いでも犯しているのではないか? これから一体、どうすれば良いというのだろうか……?


 上坂は絶望的な気分になりながら立花倖が搭乗していたという飛行機事故の記事を目で追った。彼女が乗った飛行機は日本へ向かおうとしていたことからしても、乗客はほとんど日本人だらけだった。そのため、当時は日本で相当話題になったらしく、国内の記事は新聞のみならず、ネットで検索をかけてもいくらでも見つかった。


 その大概は、消えた飛行機の行方を勝手な予想で検証する憶測記事で、中には米軍に撃ち落とされたというズバリそのものの記事もあった。もちろん、そんなのは誰も本気で信じてないゴシップ記事で数は少なく、大体は太平洋上で何らかの機械トラブルがあって墜落したと見る向きが多かった。


 全国紙は始めは乗客の安否を気遣う内容を掲載していたが、事件から日が経つに連れてそれは徐々にトーンダウンし、最終的には追悼記事へと変わっていった。亡くなった日本人乗客は490名で、外国人が30名。他に乗務員が20名。事件から3ヶ月が経過して全員が死亡認定された。


 上坂は本当は何かの間違いじゃないのか? と一縷の望みをかけて、追悼記事の中の立花倖の名前を探した。実際には乗ってなかったとか、名前が掲載されてないんじゃないかとか、そんな気持ちでローマ字で書かれた乗客名簿を上から順番に見ていく……


 そして彼は、そんな自分の行為をすぐに後悔するはめになった。


 彼は立花倖の名前が載っていないどころか、もっと別の、あってはならない名前を見つけてしまって……彼は視界が暗転してしまうくらい、自分の血の気が引いていくのを感じた。


「う、嘘だろ……」


 上坂が独りごちる。テレーズが尋ねた。


「なにか見つかりましたか? 手がかりになるようなものとか……?」

「いや……」


 上坂は真っ青になりながら、焦点の合わないうつろな表情で、


「先生の他にも、知り合いの名前を見つけて……とても、親しい人だったもんだから」


 搭乗員名簿に彼にとってとても大切な人の名前が並んでいた。


 Yuki Tachibana, Emi Shiraki, Anju S……


 二人の名前が並んでいるのは、多分席の並びがそうだったからだろう。こっちの世界でも、立花倖と白木家は縁があり、なんらかの理由でこの時彼らは同じ飛行機に搭乗していたのだ……


 そして死んだ。


 倖も恵海も……


 上坂は恵海のことを思い出し、その美しい顔が血に染まっていく姿を想像して、胃の中に鉛でも飲み込んでしまったかのような、物凄い圧迫感と吐き気が襲ってきた。


 彼は真っ青になりながら、


「……すみません……ちょっと、外の空気、吸ってきます……」


 絶望的な表情で力無くそう呟くと、縋るような瞳で見つめてくるテレーズの視線を掻い潜って、彼女の部屋から逃げるように出ていった。


 バタン……っと音を立てて、玄関の扉が閉まる。


 残された御手洗達2人は、そんな彼の後ろ姿を見送ると、どちらからともなくバツが悪そうな表情をして、お互いにため息を吐いた。


「……上坂君にとって、立花先生と言う方は相当大きな存在だったんですね」

「お話を聞いた限りでは、上坂様の育ての親のようですし……あんなにショックを受けてしまうなんて、おいたわしい……」


 テレーズはそう言うが、御手洗が調べた限り、この世界の立花倖と彼にそういった関係は存在しない。そもそも、存在していたらこうして探す必要もないのだから、おかしな話であるのだが……


 正直なところ、御手洗は眠り病がどうとか、別の世界があるだとかは、ほとんど信じていなかった。少し感受性の強いテレーズが、夢見がちな乙女のように、自分が見た夢と現実を混同しているだけだと思っていた。


 だが、あの日彼女の言う通り、海の森公園に現れた上坂一存……そして一緒にいた日下部ユーリと話をしているうちに、段々自信が無くなってきた。もしかしたら、本当に彼らの言う通り、この宇宙には別の平行世界があるのだろうか。


 あるのだとしたら、そこで御手洗は何をしているのだろうか?


 そこでテレーズは寝たきりになっていると言うが……


 もし、彼女の望み通り、上坂がテレーズをあっちの世界に連れて行ってしまったら、こっちのテレーズはどうなってしまうのだろうか。


 ちょっと前までならバカバカしいと一蹴して考えもしなかったことが、いつまでも脳裏から離れなかった。


「……それにしても、イルミナティ……でしたか。その言葉はどこかで聞いたことがあるような気が……」


 御手洗が難しい顔をして考え事をしていると、同じく腕組みしながら首を捻っていたテレーズがぽつりと呟いた。


「ああ、それなら多分、テレビかなにかじゃありませんか? イルミナティってのはフリーメイソンみたいに、オカルトでは定番の秘密結社のことです……まさか、そんな名前を出してくるなんて、彼もよっぽど疲れてるんでしょうか」


 するとテレーズは物思わしげに眉を顰めながら、


「なるほど、そうでしたか。もしかしたらそれでかも知れませんが……でも、そういうのではなくて、もっと別のどこかで聞いたことがあるような気もするんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、それがいつだったか、どこだったか、とても似つかわしくない人が言ってたものだから、印象に残っているのですが……24賢者とか、300人委員会とか、なんかそんな会話をしてたような……うーん……思い出せません」


 テレーズはおかしなことをブツブツと呟いている。また夢でも見ているのでは無いかと言ってしまいそうになるが、みんながみんな、ただの夢だろうと思っていた別世界の話や預言者の話が、こうして上坂一存と言う現実として出てきてしまったのだから、彼女の話は一概に下らないと言ってしまわない方がいいだろう。


 それにしても、上坂はそんなオカルトチックな話にまで巻き込まれているのか……一体、どんな人生を歩んできたら、これだけの不幸に見舞われるというのだろうか。御手洗はなんだか無性に彼のことが気の毒に思えてきた。


 思い返せば、テレーズは上坂のことを救世主(メシア)と呼んでいた。預言者にそう言われたからだろうが、あんな子供を旧約聖書に出てくる救世主になぞらえて崇めてしまうのはどうなんだろうか。少なくとも今の彼は、育ての親が死んだことにショックを受け、母親が恋しくて泣いてしまうような子供なのだ。


 あまり期待しすぎても可哀相だろう。彼の力がホントか嘘かは分からないが、こっちにいる間は、せめてもう少し優しくしてやろうかと御手洗は思った。


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