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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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これはただのイジメだ

 上坂達が世界を縮めているころ、日下部は1人ゆりかもめに揺られながら、レインボーブリッジの上を通過していた。三田のローゼンブルク大使館を出てから芝浦ふ頭駅へ歩き、台場駅までたった2駅ほどであったが、平日の列車は人も少なく、一昨日あれだけ苦労したのが嘘のように快適だった。


 列車を降りて通りに出るとすぐ、絶え間なく流れる車列の向こう側に、お台場テレビの派手な社屋が見えてきた。


 展望台にもなっている意味不明な球体は一般にも公開されているらしく、ドラマなんかでもよくお目にかかる長階段と共に、お台場テレビの代名詞となっている。今日も平日だと言うのに沢山の人で賑わっていて、楽しげな家族連れやカップルがビルの中に吸い込まれていく様は、ここが観光地なんだなということを改めて思い出させた。


 通りを渡り、風船を持った子供たちがはしゃぎ回る間を抜けて、日下部もテレビ局の中へと入っていく。


 一昨日、上坂と共に取っ捕まった玄関に入ると、悪いことをしてるわけではないのに、やけに緊張した。あちこちに佇んでいるガードマンたちが、自分を注視してるんじゃないかと妙なプレッシャーを感じる。


 今日は何も悪さしてませんよ、アポイントもありますよと、念仏のようにブツブツ唱えながら、玄関ロビーをおっかなびっくり眺めていると、1人のスーツ姿の女性が近づいてきた。


「あなたが藤木さんの弟さんですか?」


 日下部はオドオドとしながら首を振って、


「あ、あの、先輩は今日は別でして、俺は先輩の後輩なんですけど、馳川小町さんがその……」

「ああ、馳川が言ってたもうひとりの方ね。うちのジーニアスボーイとも知り合いなんだってね。もしかして、芸能界のお仕事に興味があるんですか?」

「いいえ! 滅相もない」


 日下部が首がちぎれるんじゃないかと言うくらいブンブンと首を振ると、彼女はクスクスと笑いながら、


「今日はジーニアスボーイの撮影の見学がしたいんですって? エキストラくらいなら頼めば出させてもらえると思うわよ?」

「いや、俺は先輩に会えればそれだけでいいんで」

「あらそう、残念ね。それじゃあ、その先輩のとこに行きましょうか」


 そう女性に促された日下部は、一昨日も会った受付の人に通行証を貰って局内に入った。あの時もそうだったように、今日も道行く人々が例外なくおはようございますと挨拶をしてくる。


 女性につられてなんとなく挨拶しながら迷路みたいな廊下を抜けていくと、やがて局内の一つのスタジオに到着した。廊下とは違いだだっ広くて天井が高くて、轟々と音が聞こえるくらい空調が効いてるはずなのに、やけに暑苦しさを感じさせる場所だった。多分、あちこちにある照明から物凄い熱が発しているのだろう。


 案内してくれた女性が番組スタッフに挨拶しに行ってしまったので、日下部が手持ち無沙汰にスタジオ内を観察していると、スタジオの中央にテレビでよく見る有名人が集まって何やら打ち合わせのようなものをしているのが見えた。そのメンバーを見てすぐに何の番組かはわかった。多分、お台場テレビの顔とも呼べるご長寿お笑い番組だ。メンバーがプロレス的な笑いが好きなのか知らないが、イジメを助長するようなコントが多いので、日下部自身は見ていなかった。


 それにしても、こっちのGBはこんな高視聴率な番組に呼ばれるくらい有名なんだなと感心していると、


「どもども~!」「ジーニアスボーイと愉快な仲間たちで~す!」「お世話になっておりま~す!」


 妙に馴れ馴れしい声が聞こえて、スタジオ内にゾロゾロと渋谷とかにでも居そうなヒップホップ系の若者たちが入ってきた。多分、GBとYouTubeチャンネルをやっているメンバー達だろう。


 その瞬間、打ち合わせをしていた番組メンバーは一瞬だけ不快そうな表情を見せたが、すぐにしれっと愛想笑いを作って、入ってきた若者たちに対して実にフレンドリーな挨拶をしはじめた。多分、ユーチューバーが嫌いなのだろう。一見すると和やかな雰囲気にも見えるが、その裏にあるギスギスとしたマウントの取り合いが見え隠れしていて、なんとも嫌な現場だった。


 そんなギスり合いの中に、このYouTubeメンバーたちのマネージャーである、日下部を案内してくれた女性が駆け寄っていく。ほったらかしにされた日下部が、1人だけ蚊帳の外でふわふわとしていると、そんな彼を見つけたGBが目を丸くしながら近寄ってきた。


「あれ? なんだ。日下部だっけか。今日も来たの? 上坂はどうしたんだよ」

「上坂先輩は別の用事で……それより先輩、もう帰りましょうよ。テレビなんか出るより、普通に暮らしてたほうがきっと気楽ですよ」

「なんだあ? おまえ、1人で俺を説得しに来たのかよ? 帰れ帰れ、邪魔するんならスタッフに言って追い出すぞ」

「そんな事言わずに……」


 日下部が情けない顔をしてGBを説得しようとすると、彼はフンッと唇を尖らせながら、苛立たしそうに言った。


「その話なら昨日散々やっただろう! 何度も言わせるなよ……俺があっちに帰ったところで、どうせ誰も待ってやしないんだ。それより、こっちに残ればこうしてテレビにも出演出来るし、YouTubeから金も貰えるし、友達だって居るんだぞ」

「友達って……あそこの派手な人たちですか? なんか、先輩の友達って感じがしないんですけど」

「おまえ、人を見た目で判断するのかよ」

「そんなことないですけど……それに、先輩は向こうに待っててくれる人が居ないって言いますけど、そんなことないですよ。少なくとも、上坂先輩は本気で心配していましたし、外田(とだ)先生だって先輩がいつまでも寝たきりだったら、きっとショックで一生モノのトラウマになっちゃうと思います」

「そ、そうか……ふ~ん、そうか。上坂は、まあ、わかるけど……外田? ……どうして外田が関係あるんだ?」


 そう言えば、外田がイジメの現場を見つけたのは、GBが気絶した後だった。日下部は、あの後何があったのかを彼に話して聞かせた。するとGBはほんの少しだけ感心した顔を見せて、


「そうか……そんなことがあったんだ。あのままやられっぱなしなのは悔しかったけど、外田が仕返ししてくれたんなら良かった。少しスッキリしたぞ」

「だから帰りましょうよ。多分、俺達がこっちに来てるせいで、外田先生相当追い詰められてると思いますよ」

「だから嫌だって言ってるじゃないか。俺はこっちで楽しく暮らすんだ。帰りたいならおまえたちだけで帰れ。大体、帰る帰るって言っても、どうやって帰るのか、帰り方もわからないんだろ」

「そうですけど……」


 2人がそんなやり取りをしてると、


「そろそろリハ入りまーす! 出演者の方は所定の位置にお願いしまーす!」


 番組スタッフらしき男が丸めた台本を掲げて大声で叫んだ。タレントたちがそれぞれ、よろしくお願いしますと挨拶しながらカメラの前へと歩いていく。GBもそれに応じて大声で返事を返すと、


「俺はこれから仕事なんだ。悪いな」

「あ、ちょっと、まだ話は……」

「まあ、俺の勇姿を見たいって言うなら、そこで見学してればいいぞ。でもいくら説得されても、俺は帰らないからな」


 GBはそう言うと、日下部を振り切ってスタジオの中央へと歩いていってしまった。日下部をここまで案内してくれた女性が近寄っていって、台本を渡しながらなにやら色々アドバイスのようなことをしている。


 テレビのことはわからないが、本当にこれから本番のようだ。流石にそこまで邪魔するわけにはいかないから、大人しく撮影が終わるのを待つしかない。


 日下部は邪魔にならないように隅っこに寄ると、壁に背中を預けてため息を吐いた。上坂に大見得を切った手前、なんとしてでも説得しなければと逸る気持ちはあるのだが、具体的にどうすればいいのか分からない。


 日下部は目立つことが好きじゃないから、GBの気持ちは良く分からなかったが、タレントになりたくてツイッターやユーチューバーが無茶して炎上するような事件を、あっちの世界でも何度も見てきた。労せずしてなれるなら、タレントになってチヤホヤされたいと言う気持ちもわからなくない。


 でも、なんか違うんだよなあ……と思いながら、日下部が撮影を漠然と眺めていると……


「……あれ?」


 その撮影風景を見ていて、彼はなんとなく嫌な雰囲気を感じ取った。


 撮影はごく普通のコントのようで、スタジオに作られたセットの上でGBや仲間のユーチューバー、そして関西芸人が中心のタレント軍団がお芝居をしている。GBやユーチューバーが何かを言うたびに、大御所タレントがハリセンでバチンバチンと子気味いい音を立ててツッコミを入れ、撮影は一間和やかに進んでいるように見えるのだが……


 それを何故かは知らないが、遠くの方で難しい顔をしたパネラーみたいなおじさん達が、じっとその様子を窺っているのだ。


 あの人達は何をしてるんだろう? ぼんやりとその顔を見ていたら、ふっと古い記憶の中で、UFOや超常現象をなんでもかんでもプラズマで説明する大学教授の顔を思い出した。


 そうこうしているうちに、中央のセットでコントが始まり、GBが妙な小芝居を1人でやらされている。GBの演技は下手過ぎて、学芸会のお遊戯を見ているようだった。多分、練習すらしていないのだろう。それを周囲のタレントたちがニヤニヤとしながら見ており、ここぞという場面でカメラの前に割り込むと、ドギマギするGBをからかって笑いに変えていた。


 いわゆる、リアクション芸みたいなものだろうか。GBの焦り方を見ていると真に迫っていて見ていられない。一見するとただの嫌がらせにしか見えないが、ちゃんと台本があるはずだから、そんなわけはないんだろうが……どうにも不快な印象が拭えなかった。


 GBはどうしてあんなに追い詰められてるんだろう。どうして周りのタレントたちは、彼の嫌がることばかりするんだろう。仲間のユーチューバーたちも一緒になって彼を揶揄し、まるで学級裁判みたいだなと思ったところで、彼らの真意がわかった。


 次の瞬間、からかわれ続けていたGBが癇癪を起こし、スタジオのセットがガタガタと揺れて、あちこちに置かれていた水風船やら粉の入った風船やらがパンパンと割れだした。途端にタレントたちが水浸しになったり粉まみれになったりして、今までにない劇的な光景が瞬時に作られた。


 ガヤ芸人たちが一斉に笑い声を上げて、それまでやりたい放題だったタレントたちが情けない顔をしてリアクションを取っている。それを遠巻きに眺めていた大学教授たちが、やらせだ! 手品だ! プラズマだ! と言って騒いでいる。


 彼らは初めからGBの能力を見世物にして、その真偽を確かめるために学者たちを集めていたのだ。からかうだけからかって、精神的な負荷をかけるだけかけて、あとは大学教授と口だけ達者な芸人たちがバトルを繰り広げ、美味しいところは全部タレントが取っていってしまう。


 GBはただただ損な役回りでしかない。いや、それどころか、これはただのイジメだ。


 だが、GBはそんな扱いをされているのに、仲間と一緒になって笑っていた。元々、彼は自分の超能力を見世物にして動画再生数を稼いでいたらしいが、果たしてこんな情けない姿を全国に晒すことが、彼の目指していたことなんだろうか。


 タレントになれて嬉しいと彼は言っていた。あっちで楽しいことは何一つ無かったとも。本当にこっちに残ることは楽しいことなのか……なんだか釈然としないものを感じながら、日下部は撮影現場を遠巻きに眺めていた。


********************************


 ギャギャギャッ!!


 っと、タイヤを滑らせながら、武蔵五日市駅前に黒のハチロクが滑り込んできた。買い物帰りにバスを待っていた気の毒なおばちゃんが、ギョッとして買い物袋をバサッと取り落とす。派出所から警官が飛び出してきてジロリと睨みつけたが、運転席に座っていた金髪女性のにこやかな笑顔を見ると、何も言わずに引っ込んでしまった。日本人はどこまでいっても外国人に弱い民族である。


 助手席の扉が開いて、フラフラになった御手洗が今にも吐きそうな顔をして車から駆け出していった。朝にはバッチリきめていたスーツがもうヨレヨレである。上坂も後部座席から助手席のレバーを引いて倒すと、這い出すようにして車から転がり出て、およそ1時間ぶりに腰を伸ばした。天気は快晴で清々しい陽気である。


 テレーズの荒っぽい運転には参ったが、途中からGに抗うことをやめて、5点式のシートベルトに身を委ねてからは楽になった。首都高環状線から4号線に乗り換えるあたりで、パトカーに追いかけられていた気がするが、いつの間にか居なくなっていたのは外交官ナンバーのお陰だろうか。


 高速道の流れる壁が灰色に見えるくらい、唖然とするような速度を出していたが、実際に身の危険を感じたのは寧ろ下道におりてからだった。テレーズの、名古屋でも滅多にお目にかかれないような上品な操縦は、いつ人間を轢くんじゃないかとヒヤヒヤして心底心臓に悪かった。


「本当にここでよろしいのですか? どこでも車でお送りいたしますよ?」


 天国にでもの間違いではないか……上坂はブルブルと身震いをさせながら、愛想笑いを浮かべて言った。


「いやいや、ここから歩いてじゃないと上手く思い出せないんです。俺のいた世界では東京が壊滅しちゃったから、この辺の雰囲気もガラリと変わっちゃったんですよ」


 上坂がそう言うとテレーズは残念そうに肩を落とした。実際には都心と違って郊外はそんなことはなかったのだが、単にこれ以上彼女の運転に付き合っていたら、御手洗が死んでしまうと思ったからだ。


 その御手洗はすぐ近くの街路樹にもたれかかってぐったりしていた。本当は胃の中身をぶちまけたいんだろうが、テレーズの手前、そんな格好悪い姿は見せられないといったところだろうか。


 今朝、出掛けにいきなり現れ、2人の間に強引に割って入って、上坂を威嚇するような顔をしていた彼のことを、いくら相手が大切な人だからって大人げないなと思っていたが、今は寧ろ彼女のためならここまで体が張れるなんてと好感が持てるような気がした。


 因みに、駅から歩いていかないと場所がわからないというのは本当だった。白木邸へ行ったのは、先月縦川と2人で訪問した時と、あとは5年以上前の出来事だ。慣れない車の中から口頭で指示しようにも勝手がわからず、おまけにテレーズの車の狭い後部座席からでは、前があんまり見えないのもあった。


 そんなわけで御手洗の回復を待ってから、3人は徒歩で白木邸へと向かった。御手洗がまだ大変そうだったので、別に付き合わなくても良いと言ったのだが、もしも相手が上坂のことを知らなかった場合、知らない男子高校生がいきなり訪ねてきたら困るだろうと言われて納得させられた。


 駅を離れて500メートルも歩くと、すぐに秋川渓谷の清涼な風が吹いてきた。小川の流れは透明で、澄んだ空気が清々しい。


 そんなピクニック日和の参道をえっちらおっちら歩いていくと、間もなくトンネルがあって、その先に脇道のような山道が見えてくるはずだった。ところが、行けども行けども、白木邸へと続くその山道が見つからない。そのうち、次のトンネルにたどり着いてしまったので、記憶違いだったかとその近辺も隈なく探してみたが、ついぞ白木邸は見つからなかった。


 もしかして、この世界に恵海の家は存在しないのだろうか? 一昨日、彼女を探していた時、彼女の父親の会社も見つからなかったのだ。となると、こんな場所に広大な敷地を持つ豪邸を建てることも難しいかも知れない。


 最終的にその予想は正しくて、グーグルマップで航空写真を見たことで、彼女の家が存在しないことが確定してしまった。こうなると、立花倖を探すのはますます難しくなってくる。上坂が唇を噛んで思案に暮れていると、


「まだ会社の登記は調べていないんですか?」


 御手洗が呆れるようにそんなことを言ってきた。もちろん、そんなもの考えすら及ばなかったので詳しく聞いてみると、


「会社の名前が分かってるなら、わざわざこんなとこまで足を運ばなくても、普通は帝国データバンクなんかの信用調査会社で、会社を検索するのが早いですよ。もしかしたら、君の世界? の大企業が、こっちではただの中小企業なのかも知れない、そうだったらネットで検索しただけでは見つからないかも知れないでしょう?」

「なるほど……やり方がわからないんで、お願いできますか?」

「もちろんです。ただし、今度からこういうのはテレーズに相談する前に、私に相談してくださいよ?」


 御手洗は山道を歩いて上機嫌なテレーズに聞こえないくらい小さな声でそう言うと、スマホを取り出して自分の秘書に連絡を入れた。


 だが、上坂たちが探しても見つからなかったように、AYFカンパニーはこっちの世界でも登記されていないようだった。


「……業態や社名が違う可能性もある。代表の名前は分かりますか?」

「えーっと……確か白木ノエル」


 エイミーは父親の名前を芸名にしていたはずだ。それを思い出して、その名前で検索をかけてもらったところ、それでも彼女の父の会社は見つからなかった。ただ、ノエルという名前が珍しかったから目を引いたのか、


「上坂君。部下が言うには新垣ノエルと言う人が社長の会社があるそうだけど……」

「新垣ですか……? うーん……聞き覚えがないですね」

「そう……じゃあ関係ないのかな。社名は新垣ドール製作所……扱ってるのは、医療機器……」

「医療機器!? AYFは世界有数の医療機器メーカーでした。義手や人工臓器なんかの。もしかしたら関係あるのかも!」

「え? そうか……あ、いや、どうだろうな……違うんじゃないかな?」

「どうしてですか? その新垣製作所ってとこに連絡取ってみましょうよ」

「いや、医療機器って言ってるけど、そんな凄いものを扱ってるわけじゃないんですよ」

「まだ規模が小さくて扱えないのかも。とにかく行ってみましょうよ」

「うーん、どうだろう……多分、別人だ。行かないほうが良い」

「どうして!?」


 上坂はどうして御手洗は急に意地悪するようなことを言うんだと腹を立てたが、御手洗の方は仏頂面を作ると、


「……医療機器って書いてあるけど、この会社、作ってるのはラブドールだ。大人のおもちゃなんだ。言わせるなよ……」

「あ……そうですか。じゃあ、違いますね」

「ええ、違うはずです」


 2人の検索は無駄に終わった。


 その後、最後の望みとして、兄の母校である成美高校へと行くことにした。


 ダメで元々、学校の教職員にちょっとでも話を聞ければそれでいいと思っていたのだが……


 ところが校内に入ると、夏休み中にもかかわらず部活動をしていた生徒たちが次々とやってきて、何故か上坂に挨拶してくる。なんだこれ? と思っていると、職員室から教職員までもが出てきて、


「藤木じゃないか! 久しぶりだなあ……今日はどうしたんだ?? 先生に会いに来てくれたのか? なーんつって、がっはっは!」


 と言って、実に嬉しそうに上坂の背中をバンバンと叩いて歓迎してきた。


 どうやら上坂はまったく知らなかったのだが、兄だけではなく、こっちの上坂もここの卒業生だったらしい……それもかなり教師の覚えが良い優等生だったようで、職員室に招かれると大学生活についてあれこれ聞かれて難儀した。


 上坂が進退窮まっていると、こういった腹芸が意外といけるらしい御手洗が色々と合いの手を入れてくれたり、テレーズが全く日本語が出来ない外国人のふりをしてくれたお陰で大いに助かった。


 三人でべらべら英語でやりとりしてると、教師たちは目を白黒させていたが、それで話のイニシアチブを取れたので、上坂がダメ元で立花倖の話を聞いてみたところ……


「立花倖……? ああ、立花先生なら、覚えておりますよ」


 眼鏡を掛けたおばあちゃん先生が、実に懐かしそうに目を細めながら彼女の話をしてくれた。ただ、残念ながら彼女の現在の行方までは知らないらしくて……


「かれこれ、18年も前のことですからねえ……立花先生は、2年でここを退職されて他所へ行ってしまいましたし……そうそう、あなたのお兄さんとも仲が大変よろしかったんですよ? お兄さんと言えば、在学中は生徒会の副会長も勤めたムードメイカーで……」


 思いがけず兄の逸話が聞けたのは嬉しかったが、立花倖の手掛かりは、これであらかた調べ尽くしてしまった。


 立花倖はこの世界に確かに存在する。彼女のことを懐かしがる人々が何人も居る。だが、肝心の本人の行方は、今の所全く掴めそうになかった。


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