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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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なら、二手に別れよう

 GBとの話し合いは不調に終わり、2人は意気消沈しながら大使館に帰ってきた。上坂と違って日下部の方はまだGBの説得を試みようとしていたが、GBの意思は硬く、覆すのは難しそうだった。


 そもそも、大前提として彼らは間違っていたのだ。上坂はなんとなく、GBなら元の世界への戻り方を知っているか、少なくとも何らかのヒントくらいは持っていると考えていた。この世界に来た切っ掛けがGBの見舞いをしていた最中に起きた出来事だったし、来て早々、彼が2人を避けるような素振りを見せたから、そうなんじゃないかと、勝手にそう思い込んでいたのだ。


 だが、今日話してみた限り、それは間違いで、彼は自分自身がこの世界に迷い込んでしまった理由を知らなかったし、もちろん元の世界への帰り方も分からないようだった。帰り方も分からないのに、一緒に帰ろうと言ったって、それに何の意味があるというのだろうか。


 結局、カラオケボックスでわかったのは、GBがこの世界から帰りたくないという意思表示だけであった。


 マンションに帰り、クロークに預けておいた鍵を取りに行くと、朝食のときにも世話になったコンシェルジュがいて、テレーズが呼んでいると告げた。部屋には戻らず、そのままエレベータに乗って最上階へ行くと、ドアが開く前からその前で待っていたらしき彼女が笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、上坂様。首尾はいかがでしたか?」


 その邪気のない笑顔を見て思い出した。


 GBがあっちに帰りたくないのとは逆に、彼女の方はどうにかしてあっちに戻りたいのだ。


 一国の姫である彼女には、あちらに待っている人たちが大勢いる。おそらくは御手洗や侍従、それに国の家族達のことであろう。彼女は最近頻繁に見るようになった夢であちらの状況を知り、一刻も早く状況を打開したいと思っているのだ。


 そんな時、預言者に上坂のことを聞かされて、東京インパクトの時に出会った彼がこうして現れたのだから、彼女の期待はいやが上にも盛り上がるだろう。


 上坂はそんな彼女の期待とは裏腹に、なんの手土産も持って帰れなかったことを後ろめたく思いながら、夕食を取りながら今日あった出来事を報告した。


「……それでは、お友達は何も知らなかったのですか?」

「ええ、これで振り出しに戻ってしまいました。俺たちがどうしてこっちに来ちゃったのか、どうやったら帰れるのか……今の所ヒントになるようなものすら何一つわかりません。テレーズ様のご期待に沿えなくて申し訳ありません」


 上坂が頭を下げると彼女は大慌てで手をブンブンと振りながら、


「いいえ! 頭を下げないでくださいませ。私には出来ないことを代わりにやっていただいているのに、非難などあろうはずがございません。それに、帰れなくて落胆なされているのは上坂様も同じことでしょう」

「そう言っていただけると救われますが……」


 彼はため息混じりにそう呟くと、頭を振って考えを切り替えるように続けた。


「取り敢えず、やり方を変えます。GBに会えばなんとかなると思ってた大前提が間違っていたのだから、俺たちがこっちの世界に飛ばされた原因は、もっと別のものにあるのかも知れません。その何かを見つけるんです」

「具体的に、その何かに、あてはあるんでしょうか?」

「2つあります。まずはテレーズさんが出会ったという預言者……彼女が何かを知っているのは明白です。引き続き彼女を探しましょう。あとは、こういう時に頼りになってくれそうな、俺の先生を見つけましょう。多分、この世界で俺と彼女は知り合いじゃないでしょうけど、俺達の身に起こった出来事を話せば、きっと興味を持ってくれます」

「……このような荒唐無稽な話を信じてくださるんでしょうか?」

「大丈夫ですよ、多分。先生はそういう人ですから」


 上坂が当たり前のようにそう断言すると、テレーズは一瞬だけ目をパチクリさせてから、すぐに破顔して、


「上坂様は、よっぽど、その先生を信頼していらっしゃるようですね。お会いできるのが今から楽しみです」

「……テレーズ様も先生に会ってみたいんですか?」

「はい、会ってみたいです。そうそう、都内を回るならば足が必要でしょう。明日からは私も同行させて貰えませんか」


 まさか一国のお姫様がそんなことを言い出すとは思わず、上坂は目を丸くした。


「そうしてくれると助かりますけど、でもいいんですか?」

「もちろんです。実を言えば、今日だって、日中はお二人のことが気になって、仕事が手に付きませんでした。これでは先が思いやられると、大使館員にも叱られる始末。明日から暫くの間は公務をお休みさせていただきましたから、可能な限りご一緒させていただけると嬉しいです」

「そりゃ願ったり叶ったりです。明日は、先生と共通の知り合いを尋ねてみようかと思って、東京都の端っこまで行くつもりだったんです」

「なら車を出しましょう。私これでも運転は上手いんですよ」


 同行どころか、運転手まで買って出てくれるらしい。至れり尽くせりで返って恐縮してしまうなと、上坂がなんてお礼を返せばいいかと悩んでいると、難しい顔をした日下部が口を挟んできた。


「ちょっと待ってください。そしたら三千院先輩の方はどうするつもりですか? このままほったらかしちゃうんですか?」

「ほったらかすも何も、本人が帰りたくないと言ってるんだから、もうどうしようもないじゃないか」

「でも先輩、このまま何もせずに自分たちだけ元の世界に戻っちゃっていいんですか? いくら三千院先輩が良いって言ってたからって、俺達が元の世界に戻ったら、あっちで彼は相変わらず寝たきりなんですよ?」

「そうか。そうだなあ……戻った後のことも考えなきゃいけないのか……」


 日下部の言う通り、もしもこのままGBを放置して帰ってしまったら、息子の見舞いにすら来なかった両親の元では、一生寝たきりのままか、遅かれ早かれ彼は死を迎えることになってしまうかも……


 上坂の兄のことを考えれば、それでGBの魂が消滅することもないんだろうが、それは向こうに戻った自分たちには確かめようが無いんだし、そもそもそうなった時に、自分たち自信がそう割り切れるかどうか……他ならぬGB自身が戻りたくないと言っていたと分かっていても、多分、上坂達は後悔することになるだろう。


 かと言って、彼の意思を尊重もせず、無理矢理帰らせるというわけにもいかないだろうし……上坂はブルブルと頭を振った。


「いや、どっちにしろ、まだ帰れると決まったわけじゃないんだ。まずはその方法を探すのが先じゃないか? 改めて説得するにしろ、具体的に帰る算段がついてからじゃないと、現時点ではこれ以上の説得は難しいと思う」

「そうでしょうか……」


 そう言ってうつむく日下部の顔は見るからに煮え切らない感じだった。多分、彼は上坂と違って、GBがこちら来てしまったことに責任を感じているからだろう。


 彼にしてみれば、GBが眠り病になってしまったのは、自分がイジメられていたのを助けてくれようとしたせいなのだ。だから、いくらGBが今となってはそれで良かったと言っていても、中々受け入れられないのだろう。


 上坂はその気持ちを察すると、


「……なら、二手に別れよう。俺は元の世界に帰る方法を探す。おまえはGBを説得する。今はもう泊まる場所の心配もしないでいいし、いつでも連絡をとりあうことが出来るんだから、ずっと一緒に行動する必要もないしな。手分けして、自分のやれることをやろう」

「そうですね。俺は多分、先輩について行っても、何の役にも立たないでしょうし、そっちのほうがいいです」

「なら決まりだ。GBの連絡先はさっき聞いといたから、おまえに渡しとくよ。あとは義姉さんに頼んでなんとかしてもらおう。一応、俺達の最終目標は、元の世界に帰るんだってことを忘れないでくれよ? なにか気がついたことがあったら、すぐ連絡してくれ」

「わかりました」


**********************************


 翌朝。昨日同様、起き抜けに狙いすましたかのようにやってきたコンシェルジュに朝食を頼み、2人でそれを食べながら今日の予定を話し合っていると、玄関のチャイムが鳴ってテレーズがやってきた。


 初めて会った時のような清楚なサマードレスとは違って、今日の彼女は白のジーンズにダンガリーシャツと言うラフな出で立ちに、自慢の金髪をポニーテールに結んで、かなり活動的に見えた。


 その見た目とお姫様という響きから、勝手に大人しいイメージを想像していたが、案外こういったスタイルも似合うんだなと思いながら、お台場テレビへ向かう日下部と別れて地下駐車場に向かった。


 場所が場所だけに、ピカピカに磨かれたドイツの高級車が並んでいる駐車場を歩いていると、上坂はこのうちの一台に乗るのかと思って気後れしたが、テレーズが自慢げにエンジン音を響かせて彼の前に付けた車は、見た目小さなトヨタ車だった。


 車種にうとい上坂がコンパクトカーってやつかな? と思いながら、


「小さくてかわいい車ですね」


 と言うと、テレーズは満面に笑みを浮かべながら、


「そうなんですよ! こんなに小さいのにとっても賢くて、乗り手の言うことをよく聞いてくれるいい子なんです。都内では中々乗る機会がなくてまだ1万キロも走ってないんですけど、もう私の手足みたいなものですよ」


 嬉々として愛車の自慢を始めた。普段の様子とは違って多弁なのは、よっぽどこの車が好きなのだろうか。機械をつかまえて賢いという表現はどうなんだろう? と思いつつ、愛想笑いをしながら狭い助手席に苦労して乗り込んでいると……


 ダンッ!!


 っと、でかい音が地下駐車場に響いて、ビックリして顔をあげたら、ボンネットに両手をついて、怖い顔をしてこちらを睨んでいる御手洗の姿があった。


「ああああっ!! 御手洗先生! いくら先生でも、私のハチロクちゃんにこんなことして、許しませんよっ!! 今すぐ離れなさい! 指紋がつく!」


 途端に悲鳴が上がって涙目のテレーズが抗議する。御手洗は若干気後れしたような顔を見せたが、すぐにまた元通りの怖い顔を作ると、


「テレーズ、公務をほっぽり出して何をやってるんですか! あなたは、こんなことをするために日本に来たわけじゃないでしょう!」

「大使館員の皆さんにはちゃんと許可を取っております。私は上坂様のお手伝いがしたいんです」

「そうならないように、あなたに代わって、私達が苦労して預言者を探していたというのに……まったく、目を離したすきに私達に内緒でこのようなことをされては困ります」

「だって、言ったら反対するじゃありませんか」

「当たり前です! どこの世界に、お供も付けずに1人でほうぼう飛び回る王族がいると言うんですか!」


 その言葉を聞いて上坂は、あ、やっぱり無断だったんだな……と顔がひきつってきた。テレーズは昨日、今後の方針について作戦会議をしている時から、なんとなくこそこそしている感じだった。きっと御手洗の言う通り、彼らに預言者を探す手伝いをさせる代わりに、本人は大人しく公務をこなすと約束していたに違いない。


 どうせ今日は西多摩の白木邸まで偵察に行こうとしただけなのだ、場合によっては無駄足になる可能性もあるのだし、別に一人でも構わないので、御手洗にそう伝えようとしたのだが、


「まったく……こうなると言っても聞きませんよね、あなたは。どうせ無理に引き止めても仕事にならないでしょうし、今日のところは見逃してあげましょう」

「いいんですか?」

「はい。そのかわり、私もついていきます。構いませんね?」


 御手洗がそう言うと、テレーズはパーッと顔を輝かせて、


「まあ、それは名案です。旅は道連れと言いますし、きっと大勢のほうが楽しいですわ」


 などと言っている。もちろん旅では無いし、楽しくする必要も無いんだし、御手洗がついてくると小うるさそうだし、上坂はやっぱり1人で行動しようかどうしようかと逡巡していると、


「では、上坂君は後部座席に移ってください。私が助手席に乗りますから」

「え? いや、ちょっと」

「ほら、早くしなさい。私の気が変わる前に」

「いや、だから……狭い」


 上坂は1人で行くと言おうとしたのだが、彼が言い終わるより前に、御手洗が強引に上坂を後部座席に詰め込んでしまった。その無理矢理座席を付けてみましたと言わんばかりの狭いシートは、座席という概念をあざ笑うかのように真っ直ぐ座ることすら出来なかった。これでもし日下部まで居たら、とんでもないことになっていたぞと思っていると、


「上坂君、呆けてないでシートベルトを早くつけなさい。あと、運転中は歯を食いしばってないと、舌を噛みますよ」


 助手席に乗った御手洗が、何故か真っ青な顔をして後ろを振り返り、上坂に向かって言ってきた。


 舌を噛むとは、一体どういうことだろう? と思いつつ、言われたとおりにシートベルトを探してみると、何故か腰につけるやつではなくて、本格的な5点式のものが備え付けられているのが見えた。


 こんなもの、レーシングカーでもなければ、チャイルドシートでしかお目にかかったことが無いぞ? と思いつつ、慣れない手付きでカチャカチャやっていたら、


「行きますよ」


 テレーズの声が聞こえたかと思うと……


 キュキュッ!!


 っとコンクリートの地面をタイヤが切る音が聞こえて、次の瞬間、上坂は突然生じたGによって後部座席に張り付けられていた。


 胸が圧迫されて息が詰まる。


 何事か? と目を白黒させながら前方を見やると、いつの間にやら、外は地下駐車場から太陽に照らされたアスファルトの一般道に変わっていた。


「ちょっ、え? うそ? なに? これ?」


 ワープでもしたんだろうか。なんで自分はこんなにも右に左に踏ん張ってるんだ? と思う間もなく、次々と景色は後方へと流れていく。助手席に座った御手洗が、クリスチャンでもないくせに十字を切っている。


「上坂様。秋川渓谷でよろしいんですよね? 峠を走るのは久しぶりです。近くに着いたら行き先を口で指示してくださいね」


 運転席からのんきな声が聞こえてきたが、上坂は奥歯を噛みしめることに必死で返事は出来そうもなかった。テレーズは返事がないのは良い返事と言わんばかりに、鼻歌を歌いながらリズミカルにハンドルを切っている。


 気がつけば、いつの間にやら周囲は首都高の殺風景な防音壁に変わっていて、流れる景色は更に速度を増していた。誰だ? この女に免許を与えたのは……上坂は流れ行く景色を絶望的な思いで見送りながら、今何キロ出てるんだろうか、法定速度ってどういう意味だったろうかと、世界を縮めようとしている女の後頭部を寿命を縮める思いで見守っていた。


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