俺はお前とは違うんだ!
上坂達はテレーズに案内されて、三田駅前にあるローゼンブルク大使館へとやってきた。普通、大使館などという場所には縁がないので、上坂はきっととんでもなくセキュリティの厳しい監獄みたいな場所だろうと思っていたが、たどり着いたのはごく普通のどこにでもありそうなマンションだった。
ローゼンブルク大使館はそのマンションの一階部分を占めていて、最上階に大使の居住区画が設けられている他は、分譲マンションとして売りに出されているらしい。
世の中にはそんな大使館もあるのかとビックリしながらマンションに入ると、一階のエントランス部分に24時間コンシェルジュとガードマンが詰めて居て、監視カメラで館内を隈なくモニターしているというさすがの警備体制だった。
その立地とサービスのおかげか、見た目は普通の分譲マンションであったが、実際には目玉が飛び出るくらいの高級マンションであるらしく、結局、居住者は職員や政府関係者だらけなのだそうだ。
そんな話を聞きながら最上階のテレーズの部屋(要するに彼女は大使だったというわけだ)に案内されると、2人はだだっ広い応接間に通されて借りてきた猫みたいに小さくなっていた。くつろいでくださいと言われても、こんなホテルのロイヤルスイートみたいな場所では落ち着かない。何しろ、さっきまで公園でダンボールを敷いて寝てたくらいだ。
御手洗に無理やり着替えさせられた服が突っ張って、座っていると落ち着かないので、手持ち無沙汰にうろつき周り、そわそわしながら窓の外を覗いてみると、昼間訪れたレインボーブリッジとお台場の夜景が見えた。すると、この近辺も東京インパクトではかなりの被害を受けたはずである。あっちの世界でここはどうなっているのだろうか。
「そう言えば、もう一つ気になったことがあるんですけど。どうして俺の名前を知ってたんですか?」
紅茶を淹れて戻ってきたテレーズに、上坂は今日、いきなり名前を呼ばれたことを思い出して尋ねてみた。さっき話を聞いた限りでは、あっちの世界で上坂が彼女に名前を告げたとは到底思えない。そもそも、自分ですらその時のことを覚えていないのだ。
すると彼女は、これまた預言者に聞いたのだと言っていた。預言者が言うには、救世主の名前は上坂一存で間違いない。だが、テレーズが知っている上坂が、必ずしも上坂であるかどうかは分からない。だからもし彼に会えたら核心を話す前に、それが本物の上坂一存であるかどうかを確かめておくべきだ、とか言っていたそうである。
一見すると何を言っているか分からなかったが、その後のテレーズの話を聞いて理由がわかった。
テレーズは、預言者と出会って上坂一存と言う名前を知り、好奇心から、実は今日が来るよりも前に、彼のことを探していたそうだ。ところが、御手洗の手を借りても、大使館の力を持ってしても、今日の今日まで上坂一存は見つからなかった。だから今日、彼女は半信半疑であの公園までやってきたそうである。
どうして上坂が見つからなかったのか。それもそのはず、こっちの世界で上坂は上坂ではなく、藤木一存を名乗っているはずだ。つまり、預言者はそのことも見越して、仮に今日お台場で上坂に会うよりも前に、偶然藤木一存に出会ってしまっても、話が通じないだろうと言うことを仄めかしていたわけである。
それにしてもこの預言者は何者なのか……
薄気味悪いほど、上坂の未来を的中させていたこの人物には実は心当たりがあった。
テレーズの言う預言者の風体風貌から推測すると、以前、寺で境内の掃除していたところ、突然団体で入ってきて、美夜と口喧嘩を繰り広げていたおかしな格好をした少女が思い浮かんだ。ただいかんせん、随分前の出来事であり、彼女がどこの何者であるか、なんて名前だったかは思い出せそうもない。縦川が寄進帳に名前を書かせていたはずだが、別世界の出来事だから、そんなもんがあっても今はどうしようもない話だ。
そして連鎖的に思い出したのだが、あの時、倖に言われて彼女のことを見張っていた上坂は、彼女の口から眠り病の話を聞いていたのだ。あの時はどうしてこんな話をするのか分からなかったが、今となっては多分、いずれ上坂がこうなる未来を予測していたということなのだろう……
仮にもし、あの時の彼女が、テレーズの言う預言者であるとしたら……彼女は2つの世界を股にかけて、上坂に影響を与えているということになる。
そんな人間が居るなんて、考えられるだろうか? とてもじゃないが考えられそうもない。ただの偶然の一致と捉えるほうが賢明と言えるだろう。
だがそれでも、完全にその可能性は捨てきれなかった。何しろ、上坂自体が荒唐無稽な能力を持っているのだから、同じような能力者が居ても不思議ではないのだ。とにかく彼女が何者であるか、一度会ってみるしかない。
そんなわけで、上坂はテレーズと話を突き合わせると、彼女を探してくれるようにお願いしておいた。もしかしたらこの預言者なら、元の世界への帰り方が分かるかも知れないからだ。
尤も、彼女について分かってることは、多分14歳でどこかの中学に通っていて、都内のパワースポット巡りをしていたということだけだ。あとはあの目立つ格好を頼りにどこまで近づけるか……上坂はさほど期待しないで、彼女の報告を待つことにした。
明けて翌朝……
前日の怒涛の出来事で、精神的にも肉体的にも疲れ切っていた上坂と日下部は、昼近くになってようやく目が覚めた。いつもの煎餅布団ではなくクッションの効いた、信じられないほど寝心地のいいベッドのせいもあったかも知れない。
2人は昨晩、後からやってきた御手洗にテレーズの部屋から追い出されてしまい、結局同じ建物内の一室を間借りすることになった。最上階の大使公邸と違って、分譲区画は日本人サイズの3LDKだったが、庶民としては逆にそっちの方が落ち着いた。家具が備え付けてあったのはここが留守宅だからで、部屋主はテレーズの遠縁の大金持ちの貴族らしい。
自分の家のようにくつろいでくれと言われはしたが、はいそうですかとくつろげるほど神経は図太くなく、2人は起きるなりいそいそと部屋の掃除をし始めた。まるで寺の生活と変わらないなと思っていると、玄関のチャイムが鳴って、コンシェルジュが朝食のための出前のメニューを持ってやってきた。
至れり尽くせりのサービスに恐縮しつつも、一体、どうやって上坂達が起きたことを知ったのだろうかと無駄なプレッシャーを感じながら、朝食を取りつつ今日の予定を話し合っていたら、義姉から着信があった。
『もしもし? サイキックデブなら夕方にでも会わせられるわよ。どこ連れてきゃいいの?』
なんでも事務所の若い女の子にファンなんですと言って誘わせたら、鼻の下を伸ばして食いついてきたらしい。このまま騙し討ちで連れて行くから、好きな場所を指定してくれと言われたので、ちょっと迷ってから田町駅前のカラオケボックスを指定した。
ここなら女の子もカラオケに行こうと誘い出しやすいし、防音が効いてるから変な話をしても聞かれる心配がない。
というわけで、コンシェルジュに今日の予定を伝えてから、2人は指定のカラオケボックスまでてくてく歩いていくことにした。どうせ階上に住んでるのにテレーズに直接言わなかったのは、なんか御手洗が嫌がりそうだからだ。
なんというか、こっちの御手洗はあっちと違って高圧的で近寄りがたい。言ってしまえば、オスっぽい。多分、彼女のことが好きなんだろう。同じ男としてその気持ちはなんとなく分かるから、あまり刺激しないでおいたほうが賢明だ。
オスと言うのは悲しい生き物なのだ。やれるかどうかも分からない女のために、身分差を承知しつつ尽くしてしまうのも居れば、やれると思ったらどこにでもホイホイやってきてしまうのも居る。
GBは指定されたカラオケボックスで待ち構えていた上坂達を見つけるなり、地面に突っ伏して騙されたと叫んだ。
「下ろしたてのパンツ履いてきたのに!」
どんだけ期待してたんだと半ば呆れ、半ば同情しつつ、上坂達はGBを両側からガッチリと固めると、受付の店員が唖然と見つめる前を平然と通り抜け、無理矢理ボックス内に連れ込んだ。
端っこからスポンジがはみ出してるソファに放り投げられたGBは、シクシクと泣き声を上げながら、
「騙したな! こんなにも期待していたのに、男の純情を弄びやがって!」
「ええいっ! 騙し討ちしなきゃならなくなったのはお前のせいもあるだろう、昨日声かけたら知らないなんて言いやがって……あの後どんだけ大変だったか。つーか、やっぱお前、俺達のことに気づいていたんじゃねえかっ!!」
「うっ!? やっ……えーっと、知らない……」
「今更言わせると思うか!!」
上坂がぷりぷりしながら問い詰めると、元々気が弱いGBはシュンとなって項垂れた。もう少し抵抗すると思っていたが肩透かしである。女の子に会えるのをよっぽど期待していたのか、その背中は哀愁に満ちていて声をかけづらいものがあった。彼はブツブツと愚痴るように独りごちた。
「くそう、くそう、見た目が違うから思わず反応しちゃったけど、あの時最初からしらばっくれてれば……」
こっちも騙し討ちをした手前強くは出れず、上坂は少々トーンを下げて話を続けた。
「こうして捕まえた以上、もう逃げられないぞ。あの時、俺達のことに気づいていながら逃げたのは、やっぱりお前も別の世界から移動してきたからだな」
「お前もと言うことは、やっぱり上坂達もなんだな。一体全体、どうやったか知らないが、俺を元の世界に連れ戻すために、こんなことまでするなんて……」
「いや、別にお前のためってわけじゃないんだけど」
「あ、そうですか……」
GBは更に落胆の表情を見せる。嘘でもいいからそうだと言っておけば良かったろうか。能力のせいで基本的に嘘を吐けなかったから、上坂はつい本音を口走ってしまうくせがある。もうちょっとオブラートに包んで言えば良かったと反省しつつ、
「悪かったよ。おまえのことだってもちろん心配してたさ。でも、今はもうそんな状況じゃなかったし……とにかく、元の世界に戻ろうぜ」
「え、いやだよ。やっとこっちの生活に慣れてきたのに」
「お前はあっちの世界で自分の体がどうなってるか知らないんだろう。実は事件があってから1週間、おまえはずっと寝たきりの植物人間状態だったんだぞ?」
「何? 俺、そんなことになってるの??」
「ああ、俺たちはそんなお前を見舞うために病院に通ってたんだけど、昨日医者にお前の容態を聞いていたら、突然こっちの世界に迷い込んでしまったんだ。でも帰り方が分からなくて、困ってたらお前のことを見つけてさ。だからお前が何かを知ってるんじゃないかと思って、こうして追いかけてきたんだ」
するとGBは感心するようなホッとするような、なんとも不思議な安堵の表情を見せて、
「そうだったのかあ……俺はてっきり、お前たちが無理矢理俺のことを連れ戻そうとしに来たんだと思ってたんだけど。そうじゃないんだな」
「連れ戻すも何も、帰り方がわからないって行ったろ? お前、何か知ってるのか?」
「いいや、何も知らない」
あっけらかんと言うGBの姿に、上坂は愕然として固まってしまった。その可能性は考えなかったわけじゃないが、藁をもすがる思いだったから出来るだけ考えないようにしていた。
GBは何にも知らなかったのだ。それじゃあどうやったら元の世界に帰れるんだ? それよりも、このまま帰れなくなったら、一体自分たちはどうなってしまうんだろうか? 兄のことを考えれば、いきなり死ぬってことはないだろうが……
真っ青になりながらそんな事を考えていると、GBがぼそっと何食わぬ顔で言った。
「上坂、おまえ帰りたいのか?」
「そんなの当たり前じゃないか。と言うか、お前が眠り病になってから1週間。お前はこっちの世界に居て、元の世界に戻りたいと思わなかったのか?」
するとGBは目をパチクリさせながら言った。
「どうして?」
「どうしてって……今言っただろ? おまえの体は、あっちの世界で寝たきりになってんだ。このままじゃいずれ体が衰弱して、死んでしまうかも知れない。みんな心配してるし、出来るだけ早く帰ったほうがいいよ」
「あっちの俺? そうか、あっちにも俺が居るのか……なあ、あっちで死んだら、今の俺も死んじまうのか?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか。上坂の兄のことを考えれば、命の危険は無いと見ていいだろうが……
「いや、それは平気っぽいんだけど」
「なら、いいじゃないか。もう、こっちで暮らしていけば」
上坂は信じられないものでも見るような目つきでGBのことを見た。GBは端から、元の世界に帰ることを諦めているようだった。どうしてそんな簡単に諦められるのか、しかし当の本人の方は実にあっけらかんとした表情で、
「おまえはみんなが心配してるって言うけどさ、本当にみんな心配してたのか? 俺の両親や、クラスメートの1人や2人、見舞いくらいには来てたのか?」
「それは……」
「どうせ、誰も来なかったんだろう」
上坂は言葉に詰まった。GBの言うとおりなのだ。この一週間、病院に両親が現れることはなく、クラスメートは上坂を除いて誰も来なかった。時折、担任の鈴木が見舞いに来た他は、先生たちも初日に一度来たきりで、それから一度も見かけてない。
本当のことを言っていいのだろうか。気休めでも、嘘を吐いて、彼の気持ちを楽にしてやったほうがいいんだろうか……上坂が何の返事も返せずに居ると、GBはまったく気にしていない感じで、実に清々しい口ぶりで続けるのだった。
「お前にはもうバレてるだろうから言ってしまうけど、俺には友達なんか1人もいないし、両親は不仲でずっと家庭内別居状態だったんだ。俺は親からも嫌われてて、おまえなんか本気で居なくなって欲しいって思われてるんだよ。それに比べてこっちは天国だぜ。両親はとっくに離婚してて、俺は爺ちゃん婆ちゃんと仲良く暮らしてる。学校にも普通に通ってて、友達も居て、俺は人気ユーチューバーなんだ。昨日見た通り、テレビにも出ている。凄いだろ? マネジメント会社とも契約してて、お金はがっぽがっぽ入ってきて、みんなが俺のことを好きだって言ってくれるんだ」
「いや、だからって、現実に帰らずに、こんな夢みたいな世界で暮らしてちゃいけないだろう。それに、おまえは誰も居ないっていうけども、少なくとも、俺とこいつはおまえのこと心配してたんだぜ?」
上坂がそう言うと、GBは少し意外そうに目を丸くしてから、彼らしくない落ち着いた表情で続けた。
「ありがとうよ。素直に嬉しいよ。おまえ、俺のこと心配してくれたんだな」
「ああ、だから」
「でも、それだけだろう? おまえには悪いけど……」
そう言われてしまうと、上坂は何も言い返せなかった。GBは淡々と続けた。
「18年かけて生きてきた結果がこれなんだ。俺は殴られて意識が遠くなって、気がついたらこっちの世界に居た。始めはビックリしたけど、すぐにこっちの方がいいって思うようになった。きっと神様がくれたやり直しのチャンスなんだと思ったんだよ」
「それは……それでも、おまえが18年かけて築き上げてきた世界だろう? 何もかも捨てて、こんな夢みたいな世界に逃げ込んでしまっていいのかよ」
「逃げることの何が悪いんだ。夢を見て何が悪い。お前、俺がこっちに来る前に、何があったか覚えてるか? 俺はあっちに帰ればまたイジメられるんだ。今回の奴らはもう手を出してこないかも知れないけど、どうせまた別のやつが俺にちょっかいをかけてくるんだろう。殴られて、馬鹿にされて、国からも犯罪者みたいな扱いされてさ。俺の人生、ずっとそんなもんだった。どうしてそんなところに戻りたいと思えるんだ。
こっちに居れば、俺の力はみんなに夢を与える不思議な力だ。友達も居て、みんなが優しくしてくれる。両親がいがみ合ってる姿も見ないで済むんだ……」
「いや、でも、ずっとこっちに居たら、また状況も変わってくるぞ? その時に戻りたいと思っても、向こうに体が無くなってたら戻れなくなるかも知れない」
「それでもいいよ。仮にもし、何らかの罰があたるとしても、俺はこっちの世界を選ぶよ。だって、元の世界のほうが、ずっと罰ゲームを受けてるようなどうしようもない世界だったんだ。おまえは元に戻ろう戻ろうって言うけども、こっちに残るのが、そんなにいけないことなのか?」
上坂の脳裏に兄の顔がちらつく。
「それは……わからないけど」
「そうだろう? だったら、俺の好きにしたっていいじゃんか。こっちに残れば、俺は人気ユーチューバーなんだ。テレビにも出ちゃうタレントなんだ。もう嫌なものを見ないで済むんだ。友達だって居るんだ。確かに自分の力じゃないかも知れない……でも、過程がどうだろうが、俺はなりたい自分になれたんだよ。元に戻るなんてありえない。冗談じゃないよ」
上坂は言葉に窮した。GBの言う通り、彼は元の世界に戻っても、いいことがあるとも思えない。それよりこっちに残りたいという彼を無理矢理説得して元の世界に戻したとしても、果たしてそれが彼にとっていいことなのだろうか……
「おまえだってそうだぞ、上坂」
「え?」
上坂が唸り声を上げて考え込んでいると、GBが言った。
「おまえだって、こっちの世界がいいなら残ったっていいんだぞ。おまえ……あっちの世界だと髪の毛真っ白じゃん。頭に凄い怪我もしてるじゃん。それに何より、美空学園なんて、あんな監獄みたいなところに入れられちゃってさ、色々あったんじゃないの。
でも、こっちの世界のお前は髪の毛は黒いし、ずっと生き生きした顔してる。なんつーか……向こうだといつも人生に絶望したようなしかめっ面しかしてないくせに、こっちのお前はどっか穏やかじゃん。眉間にシワも寄せてないし……多分、向こうであったような苦労が、こっちでは無かったんじゃないか?」
図星だった。GBの言う通り、こっちの上坂は向こうであったような絶望的な経験を何一つしていないはずだ。普通に暮らしていて、普通に成長して、ごく当たり前の幸せを掴んでいるはずだ。
ちゃんと両親が揃っていて、大学にも通わせてくれて、頼れる兄がいて、優しい義姉がいる。夜中にいきなり電話をかけても、息子の心配をしてくれる母がいる。
もし、その気なら、こっちの世界に残って、彼らと面白おかしく暮らしていってもいいんだ。それは、とてもとても、魅力的なことのように思えた。
だが、上坂はそんな迷いを打ち払うかのようにブルブルと首を振ると、
「いや、駄目だ! 俺は現実に帰らなきゃいけない。俺が帰らなかった心配してくれる先生がいる。エイミーがいる。俺はお前とは違うんだ!」
上坂は追い詰められるようにそんなセリフを口走るや否や、すぐにハッと息を飲み込んだ。自分が言ったことが信じられなかった。彼は情けない自分のセリフに後悔し、真っ青になった。
GBはそんな上坂のことを、悲しげな表情で見つめながら、
「いいんだ。おまえが思ってる通りだ。俺には、心配してくれる人は誰も居ない。それが分かるから、こっちに残りたいんだよ……お前たちが帰りたいと言うなら止めないし、帰る方法がわからないなら、見つける手助けだってするよ。でも、俺を連れ戻そうなんてしないでくれ……」
そしてGBは実に清々しい笑顔を見せながら、
「頼むよ」
と言って頭を下げた。
上坂はそんな彼に向かって何も言うことが出来なかった。
この世界は一体何なんだろう。夢かも知れない。幻かも知れない。けれど、だから現実を見つめなきゃいけないなんて誰が決めたんだろうか。こっちが良いとGBが言うのなら、こっちに残してやるのが友達なんじゃないだろうか。
説得は失敗し、逆にこっちに残るように説得された上坂は、ほとんど何も言い返すことも出来ずに、振り出しに戻ったような焦燥感を感じていた。