それが、あなた。
静まり返った深夜の公園で、上坂と日下部の2人は不気味な集団に取り囲まれていた。黒いスーツにサングラスで表情を隠した男たちは一体何者なのか……そのガタイの良さからカタギでないことだけは分かり、上坂達はどうにかして逃げ出そうとしたが、それを制するように男たちの間から出てきた女性は、恭しく上坂の前に傅くと敵意がないことを示すのだった。
「私の名はマリー・フランソワーズ・テレーズ・デュ・ローゼンブルク。お迎えにまいりました。救世主様」
純白のドレスに透き通るような真っ白い肌、サラサラのブロンドヘアは風で靡くたびに、星でもばらまいてるのではないかと思わせるくらい輝いており、その深淵を覗き込むような青い瞳はサファイヤのように美しかった。その落ち着いた物腰と、どことなく気品を感じさせる声は、どこぞの王侯貴族だと言われたら、そのまま信じてしまいそうなくらいである。
そんな彼女に見惚れていた時、上坂の頭を過ぎったのは、ローゼンブルクとは確か欧州にある小国の名前じゃなかったか……ということだった。まあ、ただの偶然だろうと思いながら、呆然と彼女のことを見つめていたら、その背後から慌ただしい素振りで一人の男が飛び出してきて、
「テレーズ! 侍従たちの前でそのような格好はなさらないでください。一国の姫がそんなことをなさっては、公国の沽券に関わりますよ!」
そんなセリフをオーバーアクションで嘆くように叫んだ。
上坂は『姫』という言葉を聞いて、本当にどこかの国のお姫様だったのかと驚いた。だが、それ以上に彼を驚かせたのは、その姫様を嗜める男に見覚えがあったことだった。
上坂は苛立たしげに自分のことを睨んでいる男に向かって言った。
「あれ……御手洗さん? あなた、御手洗さんですよね?」
睨みつけていた相手に突然自分の名前を言い当てられて、御手洗は一瞬だけ動揺を見せたが、すぐにまた気難しそうな表情を作ると、威圧するように上坂に向かって言った。
「……ええ、確かに私の名前は御手洗ですが。あなたとお会いしたことはありませんよね。どうして私の名前をご存知なのでしょうか」
「どうしてって言われると困っちゃうんだけど……」
まさか羽田空港が無いこことは違う世界で知り合ったとは言いづらい。上坂はどう返事すればいいか頭を悩ませたが、すぐに彼が議員だったことを思い出し、
「そうだ。ほら、あなた議員さんだったでしょう。ホープ党の。それで知ってたんですよ」
「ホープ党だって!?」
すると御手洗は心底軽蔑するような目つきで歯をむき出しにしながら言い放った。
「冗談じゃない! 私をあんな自分ファーストの会みたいな幼稚な連中と一緒にされては困ります! 侮辱です! 名誉毀損で訴えますよ!?」
「え!? そ、そうなんですか!? すみません」
なんか知らないが、物凄い剣幕で怒られた。こっちの御手洗はホープ党が大嫌いらしい。政治的なイデオロギーのことはよくわからないが、世界が違うだけで言ってることがこんなに変わるものなのだろうか。
「それに、私は議員なんてガラじゃありません。あんなのは暇な老人に任せとけばいいんですよ。どうせ、何を言っても無駄なんだから」
ヤサグレたセリフを吐きながら御手洗は不愉快そうに鼻を鳴らした。全く彼らしくないセリフだ。それでわかったことだが、どうやらこっちの御手洗は完全に上坂の知る御手洗とは別人のようである。こっちの彼は政治家でもなければ、政治にも関心がない。もちろん、縦川とも知り合いじゃないだろうし、上坂とは何の接点もないようである。
下柳の時に経験済みだったからそれほどショックでは無かったが、それでもやっぱり、知ってる人に知らないと言われるのは結構堪える。尤も、一方的に知られてる相手の方も気味が悪いだろうから、おあいこなのだろうが……
そんな具合に2人がギスギスしていると、間に割って入るようにテレーズが話しかけてきた。
「御手洗先生、そろそろこの辺でお引きください。救世主様がそうおっしゃるなら、それは全て事実なのでしょう」
「なにを仰るんですか。私がそんなものではないことは、あなたが一番ご存知のはずだ」
「ええ、確かに今のあなたは議員ではありません。御手洗財閥の次期当主で、ローゼンブルクバンクの日本支社長です。でも救世主様がおっしゃるのであれば、きっとあっちの世界であなたは議員さんなのですよ」
「またそれだ」
御手洗は呆れるような素振りで、やれやれとお手上げのポーズをしてみせた。テレーズのことは敬愛しているが、その言動にはついていけないと、そう言った感じだった。
逆に上坂の方は、彼女の言う『あっちの世界』という表現が気になった。この状況で出てくる言葉なら、あっちの世界とは多分、上坂達がいた元の世界のことだろう。上坂は隣に居た日下部と目配せし合うと、
「あっちってのはどういう意味ですか? えーっと、まりー……なんとか……ローゼンブルクさん?」
「テレーズとお呼びください」
「じゃあ、テレーズさん……」御手洗が人を殺しそうな目つきでギロリと睨む。「テレーズ……様。テレーズ様、もしかしてあなたは、今俺達に起きている困った出来事について、何か心当たりがあるんでしょうか」
すると彼女は頷いて、
「私……ではなくて、預言者様の御神託といった方が正しいでしょう。私はただ今日、この日、あなたがここに現れるであろうことを、ご託宣たまわったのです。この世界であなたがお困りであるのなら、お助けするようにとの神の思し召しなのです。救世主様」
「そ、そうなんですか……ところでその、救世主様ってのはそろそろやめて欲しいんですけど……俺はそんなんじゃないし」
「お気になされるのであればやめましょう。ですが、あなたが私の救世主様であることには変わりないのですよ?」
そんなこと言われても、身に覚えがあるはずない。御手洗もなんだか不愉快そうにしているし、周りの黒服たちも内心どう思ってるかわかったもんじゃない。上坂がそれを不安がっていると、その空気を察したのか、
「ではなんてお呼びすればよろしいでしょうか?」
「普通に上坂で……」
「かしこまりました、上坂様。それでは、いつまでもあなたをこのような場所に留めておくわけには行きません。よろしければ我が家までご案内いたしましょう。御手洗先生。上坂様にお車とお召し物のご用意を……」
「いやいや! ちょっとまってください、テレーズ様」
露骨に嫌そうな顔をしている御手洗に変わって、上坂のほうが慌ててそれを辞退した。
「そんなことしてもらういわれは無いですし、そもそも、あなた方が何者かもわからないのに、喜んでホイホイついていくわけには行きませんよ」
「ご遠慮なさらずに」
「いや、遠慮してるわけじゃありません……単純に、ついていくには持ってる情報が少なすぎて、これじゃまだ信用ができないってことですよ」
信用できないと言う言葉に反応して、御手洗が怖い顔で睨んできた。あっちの彼のことを知ってるから、余計にそれが怖く感じる。上坂は引きつった笑みを浮かべると、半歩下がって日下部の影に隠れた。こんな怖い連中についていけるわけがない。それを裏付けるように、前に押し出された日下部がキョドっていた。
そんなやり取りを見てテレーズはため息を吐くと、
「御手洗先生、あまり上坂様を怖がらせないでください」
「しかし……」
「あなたがどのように感じてらっしゃるかわかりませんが、私にとってこの御方はとても大切な方なのです。命の恩人なのです。そのような方を怖がらせるようであれば、例え先生であっても許しませんよ」
御手洗は苦々しそうに唇をとがらせると、
「……すみません。ですが、私も心配なのです。ここ最近のあなたときたら、預言者などという小娘の言うことを聞いて、私には想像もつかないようなおかしなことばかりをおっしゃって。我が御手洗家は大公陛下から大事な姫様をお預かりした身。あなたに万一のことがあったらと思うと、とても気が気ではなくなってしまうのです」
「そのお気持ちは大変うれしく思います。ですが、私には私の事情があり、それは今の先生には、とても理解してもらえないようなことなのです。いつか、あなたに笑って話せる日が来るかとは思いますが、どうかそれまでは、私の馬鹿な行動を黙って見守っていてはくれませんでしょうか」
「……テレーズがそうおっしゃるのであれば……仕方がありません。私はこの者たちの服でも調達してまいりましょう」
御手洗はしゅんとしょげ返りながら、テレーズに一礼すると、まるで捨てられた子犬のようにトボトボと背中を向けて去っていった。その背中はあまりに哀愁に満ちていて声が掛けづらかったが、
「あ! 御手洗さん! 洋服ならさっき買って着替えたばっかりで……」
「そんな貧相な格好で姫様の周りをうろつかれてたまるかっ!」
彼は一喝すると、ドスドス足音を立てて公園から去っていった。まあ、元気が出たならそれで良しだろう……
何人かの黒服がそんな御手洗の後に続き、開いたスペースをまた等間隔で黒服たちが埋めた。まるで某北国のマスゲームみたいだ。その訓練された動きを感心して見ていると、テレーズが申し訳無さそうに謝罪してきた。
「ご気分を害されたのであれば申し訳ございません、上坂様。御手洗先生は、私のことをまだ小さな少女のように思われていて、過保護にされているのです」
「御手洗さんとはどういったご関係で?」
「私がまだ学生だった時分、家庭教師をなさってくださいました。私の日本語が達者なのは先生のお陰なのですよ」
「ああ、なるほど。そうだったんですか」
「私がワガママを言って、ここ東京で暮らしていられるのも、先生が面倒を見てくださるからなのです。お陰で今日、念願叶ってあなたとお会いすることが出来ました」
「それなんですけど……」
上坂は手を翳して彼女の言葉を制した。さっきから気になっていたのはそれだ。彼女は上坂のことを救世主と呼ぶ。ここで待っていたと言う。上坂達が困っているなら手助けをすると言っている。
確かに、自分たちは今とても困っていて、その厚意は純粋に有り難かったが……だからといってホイホイとついていけるほど、相手のことがわかってない。
「テレーズ様はどうして、俺のことをそんなに気にかけてるんですか? 俺たち、一度も会ったことありませんよね? なのにいきなり現れて……そう言えば、御手洗さんは預言者がどうのこうの言ってましたけど、その辺の事情を、もう少し詳しく教えてくれませんか」
するとテレーズは我が意を得たりと言った感じに満面に笑みを浮かべながら、
「上坂様は覚えてらっしゃらないかも知れませんが、私達は以前にここで会ったことがあるのですよ?」
「え? ここで……?」
「はい」
そして彼女は語りだした。それは5年前、上坂が……いや、人類が忘れたくても忘れられない、あの日の夜に起きた出来事だった。
「あれは今からおよそ5年前。初夏のことでした。その日はペルセウス座流星群が見られるということで、ここ海の森公園は沢山の人で賑わっておりました。その日、お忍びで東京の街を訪れていた私は、身分を隠して人混みに紛れ、お祭りの夜を楽しんでおりました。空には流星が舞い散り、星が光るたびにあちこちから歓声が上がる。そんな時、1つの星が上空でパッと明るく輝いたかと思うと、火の玉になって東京の街に降り注いだのです……」
上坂は寒くもないのに背筋が凍りつくような思いがした。その理由は言うまでもない、彼女の言ってることは間違いなく、5年前に上坂も経験した出来事なのだ。
しかし、それはありえない。何故ならここは、東京インパクトが起こらなかった世界なのだ。
「それじゃあ、あなたは東京インパクトを経験したと言うんですか!?」
「はい」
「そんな馬鹿な! それがもし本当だというのなら、あなたはあの大爆発から、どうやって助かったというのですか? あなたはあそこにある、東京インパクトの爆心地、羽田空港のことをどう説明するというのですか?」
すると彼女は当たり前のように苦笑しながら言った。
「その理由は、今のあなたが一番ご存知なのではないでしょうか」
上坂は息を呑むように出かかっていた声を飲み込んだ。
「それじゃあ、あなたは……俺達みたいに、意識だけがこっちに飛ばされたと言うんですか?」
テレーズは少し伏し目がちになると、かつて起きた出来事を懐かしそうに、と同時に悲しそうに、まるで教会にある懺悔室の中で神父に語っているかのように、厳かな口ぶりで淡々と話し始めた。
「5年前のあの日、上空で火の玉が割れると、この一帯はパニックになりました。上空で割れた隕石は徐々に大きさを増してこちらへ向かってくる。その巨大な火の玉に恐れをなした人々が、この場から逃れようとしてバラバラに駆け出すと、行き場を失った私は波に揉まれるように転倒して、この場に置き去りにされてしまったのです。
周囲には私と同じようになぎ倒された人々。中にはドミノ倒しで圧迫されるように倒れて、うめき声をあげる怪我人もいました。そんな中、空を見上げれば、火の玉はどんどんこっちに近づいてくる。ただそれはここを逸れて羽田空港の方へと向かっているらしく、直撃だけは免れそうだとわかった私達の間では誰ともなく安堵の息が漏れました。
ところがその時です。まだ火の玉が地上に達しても居ないというのに、突如あちらの羽田空港の方から閃光が走ったかと思うと、周囲は真っ白な光に包まれて、公園の盛り土は削られ、人々は吹き飛ばされ、跡形もなく消え去っていったのです。
猛烈な爆風が襲い、公園は壊滅状態でした。ですが、いつまでも続く熱と光と暴風の中で、不思議と私は無傷でいられたのです。周囲の悲鳴すらかき消してしまうほどの爆音の中、私は恐る恐る目を開きました。すると私の目の前に、いつの間に現れたのか、爆心地の方角へ向けて手を翳している1人の少年が佇んでいたのです。
私が助かったのは、その人のおかげでした。ノートパソコンを小脇に抱えたその人の周囲だけが、何故かポッカリと爆風が避けて通っていったのです。それはまるで、その空間だけが世界から切り離された別世界のように見えました。
たまたま彼の周囲にいた私は、彼の作り出した球体の内で、運良く生きながらえることが出来たのです。それはまさに神の奇跡でした。この方は、きっと神の遣わした天使に違いない。私はそう思ってその御尊顔を拝見させていただきたく、その人に声をかけたのです。
それが、あなた。
私の声に気づいたあなたが振り返り、私達は目が合いました。すると、次の瞬間、私は唐突な眠気に襲われて、フラフラと地面に突っ伏した後……気がついたら、人で賑わうこの公園に倒れていたのです」
テレーズはこの時、世界を移動してしまったらしい。
それからの彼女の混乱ぶりは、今の上坂達も他人事のようには思えなかった。
「辺りはすっかり様変わりしていました。いいえ、元に戻ったと言ったほうが正しかったかも知れません。公園には流星群を見るために沢山の人々が詰めかけて空を見上げており、どこかで流星が煌めくたびに、あちこちでため息のような歓声があがったのです。
私は、時間が巻き戻ったような錯覚を覚えました。もしかして私だけが未来を見てきたのでは無いかと……ここにいたら、また同じような出来事が起こるんじゃないかと。
私はすぐにこの場から立ち去るように、周りの人々に奇異の目で見られながら警告し続けました。ですが、誰も私の言葉になど耳を傾けてくれるわけもなく……気がつけば私は侍従たちに取り押さえられて、引きずられるようにして大使館まで連れ帰られたのです。
その日は一晩中、流星が落ちてくるんじゃないかと気が気ではありませんでした。ですが、一晩が過ぎ、数日が過ぎて何も起こらないことが分かると、私は自分が見たそれは夢であったのだと思うようになっていきました。周りの人たちはみんなそんなことは無かったと言うのです。私だけが大騒ぎしていたのですから、私のほうが間違ってると思うが当然ですよね。
ですが、私はそれでもあの時起きた出来事を忘れることが出来ず、あれ以来、公国に帰らずにこの国に留まり続けておりました。ここにいれば、またあの時の天使様に会えるのではないかと、そう思って……」
彼女は上坂にニコリと笑いかけたかと思うと、すぐに表情を曇らせて、
「ところが、つい最近のことです。私は頻繁に同じ夢を見るようになりました。夢の中で私は、どこかの病院のベッドの上で寝たきりになっているのです。
それは植物状態というのでしょうか。耳は聞こえますが、喋ることも目を開けることも出来ない。身動き一つ取れずに、ただベッドの上に寝転がっているだけといった、金縛り状態です。看護師さんが来て、定期的に寝返りをうたせてくれる以外に、病室では何も起こりません。時折、見舞い客が来て、ため息を吐いて帰っていくだけです。凄くもどかしい体験です。
私はその見舞客に訴えかけようとするのですが、体は全く言うことを聞きません。それを何度も何度も繰り返しているうちに、その人が私の良く知っている人だと気づきました。彼は私が寝たきりになってしまったことを、まるで自分のせいみたいに責めていました。私は悲しみに暮れるその人に、そうじゃないと言いたくて、また頑張って体を動かそうと試みるのですが、やはりどうしようもありませんでした。
ところで、そんな夢を見始めてから暫く経ち、つい最近のことでした。私はこの街で流行りだした眠り病なる病のことを知りました。その病気に罹ると、患者は原因不明の寝たきり状態になり、回復の見込みはない。正に、夢の中の私みたいな状態だと思いました。
そして私は……突拍子もないことだとは思いつつも、もしかして夢の中で私は眠り病に罹っているのではないか? ……そう思うようになったのです。何しろ、何にも面白くない夢をずっと見続けているのですから、そうとでも考えなければおかしくなってしまいそうだったのです。
それから私はこの現象を詳しく調べるために、力になってくれそうな人を探しました。最初はお医者様や医学部の先生方に尋ねて回りましたが、全く何の手掛かりも得られず、次に警察やジャーナリストを頼りましたがこちらも駄目。最終的に私は悪魔にでも取り憑かれているのではないかと思い、祈祷師や占い師にまで相談をしたのですが状況は改善されず、もはや手の打ちようが無くて困り果てておりました。
ところが、そんなある日、私は預言者を名乗るお方と偶然に知り合いになったのです。その頃の私は日に日に鮮明になってくる夢に悩まされて、ダメでもともとの精神でスピリチュアルなパワーを求めて、都内のパワースポットを巡っておりました。預言者様はそんな私がパワーを求めてたまたま訪れた聖域に、偶然いらっしゃっていたのです。
預言者様は私を見るなり言いました。私、テレーズの肉体はここには無いと。おかしな話です、それじゃあ、今あなたと話している私は何者なのかと……ですが私は我が意を得たりと思ったのです。夢の私と今の私、どちらが本当の私なのか、私はずっとそのことで悩んでおりました。預言者様は、そんな私が何も言わないうちから、今の私の状態を見抜いておられたのです。
私は預言者様に尋ねました。もしかして、預言者様なら本当の私を助けてくれるのではないかと。しかし彼女は言いました。自分には出来ないが助言なら出来る。もし、私が元の世界に戻りたいのであれば、私がこうなってしまった切っ掛けとなった地に、今日のこの日にまた訪ねてみなさいと。そこに救世主が現れ、私を導いてくださるだろうと。
そして今日、言われたとおりに公園へやってまいりますと、そこにあなたがいらっしゃったのです。救世主様」
全ての話を聞き終えて、上坂は彼女の境遇を理解した。彼女はおそらく、5年前の東京インパクト事件の際に、何らかの力が働いてこっちの世界に魂だけが飛んできてしまったのだろう。そして肉体はあっちの世界に残された……今の上坂達と同じように、眠り病とやらに罹ってしまったのだ。
彼はその事情を飲み込むと、期待に胸を膨らませているような好奇の視線を向けてくる彼女に向かって言った。
「俺は救世主なんかじゃないですけど……でも、テレーズ様が言ってることには身に覚えがあります。俺は確かに東京インパクトのあった日、ここに来ていました。壊滅状態のお台場で、どうして俺だけが殆ど無傷で生き残っていたのか不思議に思っていたけど……あなたが言うことが本当なら、辻褄が合う」
「やっぱり! あなたが私を救ってくださったのですね、上坂様」
「いや、それは違います! 俺にそんな能力は無いですよ。あなたが嘘を吐いてるとは思えないですけど、本当にそれが俺だったのか……残念ながら、俺はあの時、何が起きたのかはさっぱり覚えておりません。でも俺たちが、あなたが寝たきりになっている世界から来たであろうことは間違いないでしょう。あなたが見たという夢の話は、俺達の世界の東京で起こったことと一致するから」
「では、あなたは私をお救いになるために、わざわざこの世界にいらっしゃってくださったのですか?」
「いや、それも違います。俺たちは偶然、こっちの世界に迷い込んでしまっただけなんです……それで何とかして元の世界に戻る方法を探していたんですけど、そうしたらあなたが現れて……」
「まあ、そうだったのですか?」
「その、預言者ってのは一体何者なんですか? どうして俺たちがここに来ることがわかったんだろう……もし良かったら、一度その人に会わせて貰えないでしょうか。そうしたら何か分かるかも」
すると彼女は心底困ったような泣きそうな表情を見せて、
「申し訳ございません。残念ですが……預言者様とは一度お会いしたきりで、あれ以来、色々なパワースポットを回ってみましたが、二度とお会いすることは出来ませんでした。あの時、ご連絡先を聞いておけば良かったのですが、その時はまだ半信半疑で……」
彼女はそう言って上坂に謝罪すると、名誉挽回とばかりに勢い込んでこう続けた。
「ですが、こうして預言者様のおっしゃっていたことが本当だとわかった以上、今後、私があなたに救われるということもまた事実なのでしょう。ですから上坂様、こちらに滞在中は是非とも私にあなたのサポートをさせてください。私に出来ることであれば、なんだってやりましょう。どうぞご遠慮なさらず、なんでもお申し付けください」
上坂はその勢いに少々尻込みしたが、彼女の話を聞き終えた今、彼女を信用しない理由はどこにも無いと思い、
「わかりました。あなたのことを信用します。俺も出来る限りのことはやってみます」
上坂達は同意すると、彼女と共に元の世界に戻る方法を探すことを約束した。




