もしかして俺たち、帰れないってことですか?
お台場テレビで死別したはずの兄夫婦と出会った上坂は、本来の時間では決して交わることのない2人との貴重な時間を過ごし、どうせまたすぐ会えるだろうに、今生の別れみたいにハンカチを濡らして寂しがる義姉に手を振って別れた。
テレビ局を出ると外はすっかり暗くなっていて、間もなくフィナーレを迎える24時間テレビを一目見ようと集まった人たちでごった返してた。
上坂はそんなお祭り騒ぎの中を高揚した気分で歩いていた。話でしか聞いたことのなかった兄と会えたことが、なんだか無性に嬉しかったのだ。しかも彼には誰もが羨むような素敵な奥さんまでいて、とても幸せそうだった。
物心ついた頃から親戚には、兄は不治の病で死んだと言われ、彼の莫大な治療費が原因で一家が離散したと聞かされて育った。そんな不幸な兄が、こうしてちゃんと幸せに暮らしていける世界もあるんだと思ったら、すごく救われた気がしたのだ。
そんな上坂の晴れやかな気分が伝播したのか、日下部もニコニコしながら、
「良かったですね、お兄さんに会えて」
「まあな」
「ところでこれからどうしましょうか? 家に帰りたくても、こっちの家が見つかるとは思えないし……」
2人は義姉にGBと会わせて貰えることになったのだが、流石にテレビの収録がある今日は無理だから明日以降にしてくれと言われた。上坂のスマホに追って連絡をするとのことだが、それまでどうやって時間を潰せばいいのかが分からない。実は2人とも、まだこっちの世界で自分がどこに住んでいるのかすらわかっていないのだ。
日下部が元の世界でどこに住んでいたかと言うと、彼は美空学園の寮に入っていて、美空島自体が無いこの世界でそれが見つかるとは思えないのだそうだ。それなら実家はどこにあるのかと尋ねたのだが、北海道と言われては返す言葉もなかった。そう言えば、美空学園は超能力者の疑いのある連中を全国から集めていたはずだから、こういうことも有りうるのだ。
かくいう上坂の方も自分の家というものが分からなかった。東京インパクト前は立花倖と一緒に暮らしていたが、すでに調べが付いてる通り、その家は存在自体が無くなっていた。
兄が生きているのだから、多分両親が暮らす実家もどこかにあるのだろうが、流石に自分ちがどこにあるのか? なんて、口が裂けても聞けなかった。所持品のスマホのデータを隈なく探せば手掛かりくらいは見つかるかも知れないが、普通に考えて自分の家の住所をどこかにメモるなんてことは無さそうだから、あまり期待は出来ないだろう。
そんなわけで2人揃って行く宛がないので、仕方ないから野宿する流れになった。ドヤ街の安宿のような場所にも興味はあったが、単純にお台場からでは交通の便が悪すぎるので、ひとまず今日は諦めることにする。
幸い、義姉がお小遣いをたんまりくれたから、着替えと食事には困らずに済みそうだった。ただ、いつまでこっちの世界にいるかわからないから無駄遣いは出来ないだろう。と言うか、本当に元の世界に戻れるのだろうか? なんとなく、GBをとっ捕まえればなんとかなるように思っていたが、その確証はないのだ。ただ、悲観しても何も始まらないから、今は考えないようにしているしかないのだが……
2人は取り敢えず、お台場テレビにほど近くにあった衣料品店で服を調達し、コンビニで食料を買い込むと海底トンネルをくぐって第二防波堤の海の森公園を目指した。かつての東京オリンピックの水上競技会場であり、そして東京インパクトの時、上坂が居た懐かしの公園である。
公園はアベックだらけで男二人じゃ肩身が狭かったが、そんなことも言ってられないので覚悟を決めると、彼らはアベック達に冷たい視線を投げかけられながら、一日中歩き続けてベタベタになった体を公園の水飲み場で流し、買ってきた服に着替えて、脱いだ服をじゃぶじゃぶと洗った。洗った服をその辺の木にかけていると、気がつけば周囲から人は居なくなっていた。あまりにも生活臭をさせすぎて、見てるほうが居たたまれない気持ちになったのだろう。
その後、コンビニ弁当を黙々と食べ、ついでに調達してきたダンボールを敷いてその上に寝っ転がり、今が夏で良かったなとくっちゃべりながら、上坂は持っていたスマホをいじり始めた。自分だけネットで暇つぶししてるわけではなく、家の住所がどこかに書かれてないか探るためである。
残念ながらというか、案の定と言うべきか、こちらの世界の上坂も個人情報を書き込むようなヘマはしていないようだった。日記帳みたいなアプリはないかと探したがそれもなく、ブラウザの履歴を辿っても目ぼしい情報は見つからなかった。そして最後に、誰か共通の知り合いが居ないかと思ってアドレス帳を眺めていた時、兄の携帯と、実家の電話番号を見つけた。
実家に電話をかけたらどうなるんだろうか……兄が生きているということは、もしかして母も生きているんだろうか……その事実に気づいた瞬間、上坂はスマホをいじる手が動かなくなっていた。
「先輩、どうですか? 何か見つかりました?」
上坂が身動き一つせずぼんやりしていると、日下部が怪訝そうに聞いてきた。彼はハッとしてスマホの画面を消すと、
「いや、やっぱり何も見つからないや。まずはGBに会って、それから考えたほうがいいかも知れない」
「そうですか……お先真っ暗ですね」
日下部の長い溜息が周囲にこだました。
公園から見上げる夜空は都心のすぐ近くだと言うのに、そこそこ星が見えた。単純に公園が暗いのと、都心とは言っても海の上だから、思ったより光害の影響を受けずに済んでいるようだ。まあ、そうでなければ、あの日上坂がわざわざこんなところまで星を見に来る理由がない。
今日もあの日みたいに公園内にはカップルがたくさんいて、空を見上げているようだった。ペルセウス座流星群のようなイベントもないのに、彼らは一体どんな話をしているのだろうか。
「……俺たち、これからどうなっちゃうんでしょうか」
お互いに口数が少なくなる。昼間はまだ状況把握に努めようとして、やることがあったから気が紛れたが、夜になってあとは寝るだけになってしまうと、途端に頭の中が不安でいっぱいになった。
「もしかしたら、これからどうなる、じゃなくて、どうしてこうなったのかを考えたほうがいいのかもな」
「……と言いますと?」
「ただ漠然と意味もなく動き回っても何にもならないのは、この半日でわかっただろう? 俺たちはGBをとっ捕まえるために色々やったけど、その際に何か元の世界に戻る方法の、切っ掛けみたいなものすら見つけてないじゃないか。もし仮に、明日お義姉さんにGBと会わせて貰えたとしても、それで元の世界に帰れる保証もないし……」
「三千院先輩はどうして俺たちの顔を見て逃げたんでしょうかね」
「さあなあ……でも、そのお陰ではっきりしたことはある。あいつは元の世界の俺たちのことを知っている。つまり、あいつも俺たちと同じように、この世界に迷い込んだと考えて良さそうだよな」
「迷い込んだ……ですか」
日下部は寝っ転がって空を見上げながら、ポツリと呟くように言った。
「そう言えば、元の世界の俺達の体って、どうなっちゃったんでしょうかね……?」
「……え?」
日下部は寝っ転がったまま、ごろりと体だけを反転してこっちを向いた。
「よくわかんないんですけど、俺たちって意識だけがこっちの世界に飛んできたんですよね? 俺は見たこと無いジャージ着てましたし、先輩なんか髪の毛が黒くなってるし」
「ああ、そうだな。じゃあ、もしかして今頃、元の世界の俺達の体に、こっちの世界の俺達の意識が乗り移ってるんだろうか?」
「いや、それはないと思いますよ」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
日下部がやけにはっきりと言い切るので、驚いた上坂は体を起こして、寝転がる彼の方をまじまじと見つめた。少し詰問口調だったせいか、彼は少し慌てた感じに、
「いやその、俺達って、あの公園で目が覚める直前、病院で医者に話を聞いてたじゃないですか?」
「ああ」
「あの時、先輩がいきなり何の前触れもなく苦しみだしたかと思ったら、白目向いて失神しちゃったんですよ。それで医者がびっくりして先輩のことを介抱してたんですけど、意識が全然戻らなくって……そのうち政治家の先生が慌てだして、俺もどうしていいか分からなくって、パニクってたら急に眠気がしてきまして……あれ? おかしいなって思いながら、なんとか踏ん張ろうとしたんですけど、そのまま椅子に倒れ込むように落っこちてったら、気づいたらもうあの公園に居たんです」
強烈な眠気に襲われてフラフラになった日下部は、目をつぶった瞬間、ジョギング中の体に乗り移っていたらしい。いきなりそんな状態になって、驚いてる余裕もなく、近くに居た女の人にぶつかってしまい、わけもわからず謝っていたら、髪の毛が黒くなった上坂が駆け寄ってきたそうである。
「じゃあ、俺とおまえは時間差でこっちの世界に飛んできたわけか」
言われてみれば、上坂があの公園で目覚めてから日下部と合流するまで、結構な時間があった気がする。彼はその間に状況確認をして、ここが羽田空港のある別世界であることに気づいたのだ。
「はい。それで、俺の意識があっちにある間は、意識を失った先輩が目を覚ますなんてことは無かったんですよ。もし、こっちの意識があっちに乗り移るんなら、それっておかしいじゃないですか」
「……そうだな。俺たちの意識はこっちの体にシームレスに乗り移った感じだったもんな。ジョギング中だったおまえの存在がそれを物語ってる。もし意識が交換されるなら、こっちの俺が目覚めたと同時に、あっちの俺も目覚めてなきゃおかしい」
でも、日下部が見た意識が飛んだあとの上坂はそんなことがなかった。医者が慌てるくらい唐突に失神して、その後も目を覚まさなかった。となると、今もそのまま眠っている状態にあると考えるのが妥当かも知れない。
「あれ……? でも、これって……」
「どうかしましたか?」
「あのさあ、もし今も、向こうの俺が眠ってるんだとしたら、多分俺の意識がこっちにある限り、ずーっと目覚めないってことだよな。もしかして、これって眠り病ってやつなんじゃないのか?」
日下部はハッとして目を見開いた。
「こっちの三千院先輩は俺たちに気づいてましたよね」
「うん。でも、こっちの俺たちには学校という共通点は無いんだ。だから普通なら気づくはずがない。逆に気づいたって言うなら、俺とおまえみたいに、向こうの記憶があるってことになる」
「そして向こうの三千院先輩は眠り病で、もう一週間も目を覚ましていない」
「つまり、俺達もその可能性が高い……」
これって相当ヤバイんじゃないのか……
「もしこれが本当に眠り病ってやつの正体なら、確か、医者は治療法がないって言ってたはずだ」
「お、俺たちもしかして、このまま帰れないってことですか!?」
焦り始めた日下部が泣きそうな顔をしている。
「それは分からない。状況は相当不利だが、諦めるわけにもいかないだろう。とにかく、もう少し真剣に何が起きてるか考えたほうがいいかもな。他に何か覚えてることはないか? なんでもいいんだ」
「そう言われましても……医者が言うには眠り病は不治の病だってことと、あとは……そう言えば、流行りだしたのは最近だけど、元々は20年くらい前からあったって言ってたかも」
「20年前ねえ……いや、20年くらい前!?」
上坂は脳裏に嫌な予感が走るのを感じた。日下部は突然目を見開いて深刻そうな表情をする彼に向かって尋ねた。
「何か気づいたんですか?」
「ああ……いや、でも……まさかなあ……」
「何か気づいたんなら話してくださいよ。もう今さら何があっても驚きませんから」
「あ、ああ……実は、俺は今日、兄さんと生まれて始めて会ったって言っただろう?」
「はい」
「兄さんは、あっちの世界では俺が生まれる前に死んじゃったんだよ。その死因は、ある日突然、原因不明の病気で寝たきりになって、そのまま目覚めることがなくなってしまい、治療費を払えなくなった挙げ句の衰弱死だったそうなんだけど……」
「それって……」
「もしかして、兄さんは眠り病だったんじゃないか?」
上坂はそう呟くように言うと、自分のスマホを取り出した。そしてさっき調べたときのように、アドレス帳から兄の携帯番号を見つけると、日下部に目配せをしてから、気を落ち着かせるために、大きな深呼吸を一つしてから、その番号に電話をかけた。
トゥルルルル……トゥルルルル……呼び出し音が鳴って、
『……もしもし? 一存か。さっき会ったばかりなのに、電話かけてくるなんて。今日は珍しいなあ、一体どうしたんだ?』
「えーっと、ちょっと兄さんに聞きたいことがあって……」
『兄さん??』
「あ、ふ、藤木……? に聞きたいことあってさあ。時間いいかな?」
『ああ、なんだよ』
上坂はスマホを持つ手を変えようとして、それを落としそうになった。無駄に手のひらに汗をかいていて、気持ち悪かった。
「ちょっとおかしなこと聞きたいんだけど、いいかな?」
『だから、なんだよ?』
「思い出して欲しいことがあるんだ。俺が生まれた年のことなんだけど……今から18年前に変わったことが無かったか? なんというか、人に言えない不思議な出来事っていうか、瞬間移動とか、記憶喪失とか、宇宙人に連れ去られたとか……」
『はあ? な~んじゃそりゃ? んなのあるわけないだろう。つーか、18年前のことなんて、普通覚えてないぞ。なんでそんなことが知りたいんだ?』
「いや、だから、色々あって……」
流石にこれじゃ怪しまれるか……上坂はしどろもどろになりながら、なんとかひねり出した言い訳を口走った。
「その……ほら、昼間も尋ねたけど、藤木の先生だった立花倖博士が、そういった瞬間移動だとか記憶喪失だとかの面白い論文を書いてるんだよ。大学で見つけてね」
『へえ~、そうなんだ……そういやあの人、全然そんな風には見えなかったけど、実はすごい人だったんだってな。俺も大学に進学してから知ったんだけど』
「そうなんだよ。それでまあ、興味が湧いて聞いてみたんだけど……何もないならそれでいいんだ。何もないなら」
『ああ、そうかい。何も無かったと思うけど? 役に立てなくて悪かったな。聞きたいことはそれだけか?』
「あ、うん。そうなんだ。忙しいところごめんね」
『別に構わんが……なんかよう、お前、今日はやけに素直だよなあ? 変なタレントに会いたいとか言い出すし……何か困ってることがあるんなら相談しろよ?』
「え!? そ、そうかな? 別にそこまで切羽詰まってるわけでもないんで……それじゃ、また連絡するから」
普段どういう付き合い方をしてるのかがわからないから何とも返答のしようもない。上坂はボロが出ないうちに電話を切ろうとしたが……
『ああ……いや! ちょっと待てよ? お前が生まれた年って言ったら、俺が高2の頃の話だよな。確か、ユッキーが担任だったのも、その年だ』
「あ、そうなんだ。ふ~ん」
『……おかしなこと、だったか?』
兄の声のトーンがほんの少し低く変わった。
「何か思い出したの?」
『母ちゃんや小町に聞いて、からかおうとしてるわけじゃないんだな?』
「からかう? そんなつもりはないけど。えーっと、何かあったの?」
『いや、知らないならいいんだが……おまえが言う通り、腑に落ちない出来事があったなって思い出したんだ』
そして兄は当時のことを思い出すように、真剣味を帯びた口調で話した。
『丁度、おまえが生まれた年だった。高1の最後の春休みにスキーに行ったんだけど、旅先で友達と喧嘩しちゃってさ。俺は子供だったから不貞腐れて、一人で帰っちまおうとして、荷物まとめてバスに乗ったんだ。
ところが、運の悪いことにそのバスが猛吹雪に遭って遭難しちまってな? 視界不良の中、運転手が道を間違えたのか、突然ガタガタ揺れだしたかと思ったら、そのままバスが横転して、まるで洗濯乾燥機の中にでも放り込まれたみたいにぐるぐる回り始めたんだ。多分、崖かどっかから落ちたんだろうと思う。
車内では人が宙に舞って、あちこちにぶつかって血が吹き出て、俺も無事じゃなかった。体中が痛くて、頭かどっか打ったみたいで、まったく動けなかった。そんでバスの窓ガラスが割れて、冷たい吹雪が吹き込んでくる中で、意識が朦朧としていたんだけど……ああ、これはもうダメだ、死ぬなって思った次の瞬間……俺は何故か自分の部屋の机の前で突っ伏してたんだよ。
スキー場から、いきなり自分の部屋だぜ?
パニクっちゃってさ、たまたま家に居た母ちゃんと小町相手に、どうして俺はスキーしに行ったのに家にいるのか、死にかけたのに無事なのか、今はいつなのか、ここはどこなのか、もしかして記憶喪失にでもなったんじゃないかって大騒ぎしたんだわ。
そしたらあいつらゲラゲラ笑いだして、夢でも見たんだろうって。スキーには行ったけど、何事も無く帰ってきたって言うんだよ。俺はそれでも腑に落ちなくて、一緒にスキーに行った奴らに話を聞いてみたんだけど、やっぱりみんな俺の妄想だって言うから、まあ、俺もこんなのおかしな話だし、悪夢でも見たのかなって思うようになってったんだけど……やけに、リアルな夢でなあ。暫くはそのことを忘れられなかったんだ』
その口ぶりは淀みなく、18年も前の話だというのに殆どつっかえることがなく、それだけ記憶に鮮明に残っていることを如実に物語っていた。上坂は確信した。彼は夢だと言っているが、おそらく本当にあったことなのだろう。
『おまえの言うおかしなことって、こういう話か? なあ、おまえには何か心当たりがあるっていうのか? 俺はあの時、夢でも見たんだろうって諦めたんだけど、もしかしてあれは、本当にあった出来事だったんだろうか。実はずっと気になっていたんだが』
上坂はその言葉に曖昧な返事しか出来なかった。
その後、食い下がる兄の追求を交わし、何かわかったら連絡するとだけ言って電話を切った。
兄が本当に自分たちと同じなら、事情を話したら協力してくれるかも知れないが……上坂はそうするのはリスクがあると思い、それ以上彼に話を聞くことを断念した。
何故なら兄の肉体は、もう元の世界にはないのだ。
これから先、もし上坂達が元の世界に戻れたとしても、兄の場合はそれは決して不可能なのだ。
向こうに肉体がなければ、こっちから戻れないというだけならいい。困るのは、あっちに肉体が無いのに魂だけが元に戻ろうとしてしまった場合、一体彼がどうなってしまうのか……下手したら死んでしまうんじゃないか。その可能性が否定出来ない限りは、こんなことには絶対に突き合わせられないだろう。
そして、彼の話を聞いて一つわかったことがある。
彼は18年前に眠り病にかかって、それ以来ずっとこっちの世界で暮らしていた。向こうの肉体が無くなろうが何しようが、こっちにはまったく影響がなかった。この世界の肉体とあの世界の肉体は、全く関係がないのだ。それは言い換えれば、上坂の能力が使えない今、こっちからあっちに帰るのは絶望的ってことなんじゃないのか。
上坂はこの世界に飛ばされてきた時、なんとなくすぐに帰れるだろうと、どこか楽観視していた。だが、今まで集めてきた情報は、そんな甘い考えを悉く否定するものばかりだった。




