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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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なんだよそれ

 校舎裏で猛り狂う外田(とだ)の凶行は留まるところを知らなかった。彼に殴られていた不良の顔面は血で真っ赤に染まり、助けようとして外田に飛びかかっていった仲間たちも、まるで猛獣に振り払われるハエのように軽々と地面に転がされ、どこもかしこも血だらけで、まるで凄惨な殺人現場でも見ているようだった。


 抵抗していた不良たちは、やがて体力が尽きると地面に這いつくばり、外田に対して命乞いを始めた。どんなにいきがっていても所詮は子供で、体育会系一筋で数十年鍛え続けてきた男に対しては為す術がなかったのだろう。彼らは血と涙でグシャグシャになった顔を晒しながら、その場に正座させられて外田の説教をメソメソしながら聞いていた。興奮する外田の絶叫じみた声はヤクザそのもので、殆ど中身はなかった。


 それにしても一体ここで何が起こったというのか。止めればいいのか、逆にどっちかに加勢すれば良かったのか、遠巻きに見ているだけではさっぱり分からなかった。


 校舎裏には崩落した校舎の外壁が瓦礫となってうず高く積まれており、その傍らには失神しているGBと、そんな彼に泣きながら大丈夫ですかと呼びかけ続けている一年生がいる。その光景を見て思いつくのは、せいぜい不良どもがGBたちに、何か良からぬことをやったのだろうということだけだった。


 とりあえずどうしていいか分からない上坂とアンリがまごついていると、やがて騒ぎを聞きつけて職員室の方から教師たちがやってきた。彼らは現場を見て暫し唖然としていたが、すぐに我に返ると外田の方へと駆け寄っていって、まだ興奮して覚めやらない彼に落ち着くよう必死に説得していた。


 おばさん養護教員が駆けつけてきて、助けを求める一年生に応じてGBの手当をする。彼女はその場でGBの血を拭い、消毒したり包帯を巻いたりして応急手当をすると、今度は不良たちの方に取り掛かろうとしたが、外田が怖くて近づけない様子だった。


 やがて、学校の外からサイレンが聞こえてきて、グラウンドに何台もの救急車が停まった。車の中からストレッチャーが降ろされて、野次馬の間を抜けて近づいてくると、未だに意識を失ったまま寝転がされていたGBを運んでいった。


 彼のことが気になった上坂は同乗を願い出たが、先に乗車していた教師に阻まれて、その場に残されてしまった。同じく取り残されてしまった一年生と2人でオロオロしていたら、それを見ていたアンリが、どうせメガフロートから運ばれていくのはすぐ対岸の総合病院しかないからと指摘してくれて、彼らは徒歩でそちらへ向かうことにした。


 上坂たちが病院に着くと、少し遅れて別の救急車に乗せられた不良たちが搬送されてきた。正直、彼らにはまったく好感が持てなかったが、血でぐしょぐしょになったタオルを見ていると、さすがにこれはやりすぎなんじゃないかと言葉が出なかった。


 遅れてやってきた学校関係者たちの会話を聞いていると、どうやら加害者である不良の方も、顔面の陥没骨折で緊急手術が必要らしい。それをいい気味だとは思えなかったが、素直に同情する気にもなれなかった。


 それよりGBの方はどうなってるのか? 教師に聞いても教えてくれないから、仕方なく道行く看護師や医師にたずねて回った。結局、容態はよく分からなかったが、忙しく動き回る彼らの行動からして、どうもGBは現在集中治療室に入れられてるらしい。


 校舎裏で見かけたときは、まったく様子が分からなかったが、未だに意識が戻らないことからしても、思ってるより事態は深刻なのかも知れない。落ち着かない素振りでウロウロしている一年生をなだめて、2人で集中治療室前の椅子に座る。


 その一年生の名前は日下部(くさかべ)ユーリと言った。案の定、以前にも校舎裏で不良共にイジメられていたやつだった。夏休み中まで一体何をやってるんだと怒りが収まらなかったが……そんな彼の話では、今日も校舎裏で彼がイジメられていたところ、不意にGBが駆け込んできたらしい。多分、上坂と別れた直後のことだろうが、GBはハァハァ息を切らしながら、校舎裏でイジメの現場を目撃してしまうと、まるで自分がやられてるかのような苦悶の表情を浮かべて、その場で行きつ戻りつしはじめたらしい。


 一見して意味不明な行動だったが、多分、彼なりにイジメを止めようとしていたのだろう。しかし、彼には複数人の不良たちに突っかかっていくほどの度胸はなくて、逃げるでもなく、文句を言うでもなく、その場でぐるぐると情けない顔をして回るしかなかったのだ。


 不良たちは最初はGBに手を出そうとはしなかったそうだが、そんな彼の行動がよほど可笑しかったのか、興味を持つと今度は日下部の代わりにGBをイジメ始めた。


 標的が自分に移ったことでGBも腹を括ったようで、こんなことはやめるんだと不良達に言ったらしい。だが、震える声でそんなことを言っても、彼らを喜ばせるだけで、すぐにGBは不良達のいい玩具にされ、殴られ蹴られ、リンチを受け始めた。


 GBは威勢は良いが荒事は苦手で、殆どサンドバック状態だったらしい。あとで聞いた話であるが、不良たちはそんなGBの反応が面白かったから、イジメはよりエスカレートしていったそうである。彼らが言うには、日下部は小さくて殴っても手応えがないが、GBはデブでずっしりしてるから殴り甲斐があったんだとかなんとか……


 そのゴミみたいなセリフには腹が立って仕方なかったが、そんな理由でボコボコにされながらも、GBはそれでも必死に抵抗したらしい。不良たちは知らなかったのだろうが、GBは学校でも珍しいサイキックであり、やがて不良たちに殴られ続けた彼の力が暴走し始め、派手に周囲を壊し始めた。


 それが上坂たちの見かけた土煙と瓦礫の山の正体だったのだ。


 ところで、忘れちゃいけないのが、能力者というものは人に直接危害を加えることが出来ないということだ。GBの能力は木を倒したり校舎を壊したりするが、不良たちにはかすり傷一つ負わすことが出来なかった。


 しかし、いきなり能力を使われた不良たちは、それがGBの反抗の意思表示と見て取った。彼らは身勝手に逆ギレすると、落ちてきた木の棒や瓦礫で彼のことをタコ殴りにしてしまった。


 意識を失って地面に倒れ伏すGBに更に危害を加えようとする不良たちに対し、日下部は何も言えずに震えて見ていることしか出来ない。ところが、そんな時、校舎裏にビリビリと響くような怒声が轟いた。


 GBを追いかけてきた外田が、イジメの現場を発見してしまったのだ。


 彼はボロボロになって倒れているGBと日下部の姿を見つけて、そこで何が起きたのかを察すると、激高して不良共を叩きのめした。あとは上坂も見てのとおりである。


「すみません、先輩……俺が……俺があの人達に反抗できれば先輩がこんなことになることはなかったのに」


 日下部は自分のせいでGBが大怪我をしてしまったのだと自分を責めた。そんなわけは無いだろう。


「おまえが悪いわけないよ。悪いのはどう考えても、面白半分にGBをボコボコにした、あの不良連中だろ……くそっ! あいつら、絶対許せない」


 とは言え、許せないといったところで何が出来るわけもなく……


 おまけに上坂は、そんなことを言っておきながら、頭の中では全く別のことを考えていた。


 もしかしたら、悪いのは不良連中でも日下部でもなくて……自分のせいだったんじゃないか?


 自分があの時、外田のシゴキに耐えきれず、GBに一緒に逃げようと言ったから……彼を巻き込まずに一人で逃げるか、せめて一緒に逃げていれば、もしかしてこんなことにはならなかったのではないか……


 もちろん、それは馬鹿げた考えだと分かっていたが、上坂はその馬鹿げた考えがいつまでもいつまでも頭から離れなかった……

 

**********************************

 

 やがて時間が経ち、手持ち無沙汰に病院内でうろうろしていると、だいぶ遅れて担任の鈴木がやってきた。彼は病院に上坂たちが残っていることに気付き、もう帰りなさいと言って追い返そうとしたが、それでも2人が粘ろうとする姿勢を見せると、根負けしていろいろと話してくれた。


 やはりと言うか、GBは今でも意識不明の重態で、集中治療室に入れられているようだった。外傷は大したことないそうだが、頭を強く打ったせいなのか、とにかく意識が回復しないので予断を許さない状況らしい。


 そんなわけで現在、保護者を呼んでいるそうだが、彼の家庭環境が一体どうなっているのか……息子がこんなことになってしまったと言うのに、親は仕事が忙しいからと言って未だに病院にすら向かっていないそうだった。事情はよくわからないが、彼らは息子が美空学園のような監視施設に入れられたことが許せないらしい。彼が超能力者であるということすら気に入らないのだ。


 何だかそんな話を聞いていると、親が居ない身としては、遣る瀬無くて涙が出そうな思いがした。GBは上坂やアンリとは違って、親が居ないわけじゃないのだ。


 果たして自分みたいに親が死んでしまった子供と、生きてるのに息子が危篤でも駆けつけようとしない親が居るのと、一体どちらの方が気楽なのか……比べられるわけじゃないが、上坂はGBに同情していた。


 もしも彼が目覚めた時、誰も居なかったら可哀相だろう。その日、上坂は病院で一夜を明かした。同じく居残った日下部と交代で眠り、朝になって担任の鈴木が戻ってくるまで、集中治療室前の椅子に座っていた。


 しかし結局、GBが目覚めることも、彼の両親が駆けつけることも無く、上坂と日下部は何だか自分が傷つけられような気分になりながら、家に帰るために病院を出たのであった。


 別段、親しいわけじゃない。


 付き合いだってそんなにあるわけじゃない。


 なのに、なんだろうこの悔しい気持ちは……


 帰宅のために乗った水上バスのデッキで、いつぞやみたいに船内に入ることなく東京湾を見つめながら、上坂は潮の香りのする風に吹かれていた。


「あ、上坂君、おかえり。昨日は大変だったんだって?」

「うん……朝のお勤めは?」

「もう終わったよ。俺は布団を干してくるから、先にご飯食べちゃってよ」

「手伝うよ」


 寺に帰ると丁度朝のお勤めを終えた縦川が、本堂の縁側に布団を運んでいるところだった。上坂は縦川の手伝いをしてから、まだ眠っていた美夜を起こしに行って、およそ1日ぶりの食事を取った。


 寺務所の続きにある食卓で、半分眠りながらご飯をかきこむ美夜の姿をぼーっと見ていると、食欲が無いのか? と縦川に聞かれて、我に返った。上坂はムキになってそれを否定すると、飲み下すように食物を腹に詰め込んだ。


 寺務所のテレ東しか映らないテレビからお天気キャスターの声が聞こえてくる。今はまだ降ってないが、今日は午後から雨が降るらしいので、傘を持って出掛けてくださいと、テンプレートなセリフのあとに、起き抜けに聞くとまた眠くなってしまいそうな、まったりとしたジングルが流れて、社会ニュースのコーナーが始まった。


『昨日、ここ東京湾美空島の美空学園校内で暴行事件が発生し、同校の教員が逮捕されました。事件を起こしたのは同高校の指導教員、外田(とだ)マサオ容疑者53歳で、調べによりますと外田容疑者は、日頃から一部生徒により繰り返し行われる喫煙等の非行に腹を立て、被害者となる少年に対し指導名目で一方的に暴行。そのあまりの苛烈さに被害少年の友人が止めようとしたところ、その態度が気に食わないと激高し、さらなる暴行に及んだとのことです。これにより最初に暴行を受けていた少年は顔面陥没骨折など、全治半年以上の重傷、友人らも全治1週間から2ヶ月の重軽傷を負ったとのことです。少年らは現在、搬送先の病院に入院しており、警察の調べに対し学校に戻るのが怖いと精神的な恐怖を訴えているようです……』


 キャスターがニュースを読み終わると、スタジオの中央に座ったコメンテーターが正義ぶった調子で不快感を表明し、その周りを取り囲む出演者たちが深刻そうな顔でそれに同調していた。


 縦川はその無責任なニュースを聞いて眉を顰めつつ、確か外田という教師は上坂の転入時にも一悶着あったやつだと思い出して、


「外田って確か学校に挨拶に行ったときに会った先生だよね。おっかないなあ~と思ってはいたけど、こんな暴行事件を起こしちゃうなんて……とんでもない先生だったんだな。上坂君に何もなくって本当に良かったよ」

「……なんだよそれ」


 縦川がニュース番組を見ながらありきたりな感想を述べていると、上坂の方は怒りを隠しきれない様子で、声を震わせながら、腹に響くような低い声で、呟くように言った。


「そりゃあ、外田はとんでもないパワハラ教師だし、はっきり言って大嫌いだけど……こんなの一方的過ぎるだろう。どうして何もかも外田が悪いように言うんだ? どうしてこいつらは、GBや日下部のことは言わないんだ。確かに暴力を振るった外田は悪かったけど、こうなった原因はあいつらが日下部をイジメたり、GBを病院送りにしたせいだろう。なのにそのことには何一つ触れないで、全部外田のせいにするなんておかしいよ」


 普段はあまり喜怒哀楽を表に出さない上坂が、珍しく憤りを露わにしている姿に、縦川は驚いた。事情を詳しく知らなかった彼は、昨日あった本当の出来事を教えられて、上坂の怒りを理解した。


「なるほど、確かにそれが本当ならニュースが言ってることは間違ってる。なんでこんなことになっちゃってるんだろう?」

「さあ、さっぱりわからないよ」


 2人は首を捻って考えたものの、その理由はまるで思いつかなかった。


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