パパはテロリスト
口の中に逆流してきた酸っぱい胃液を飲み下しながら、着替えを覗いてしまった上坂は涙目で謝罪した。アンリははだけた自分の上半身を服で隠しながら、いいからとっとと出て行けと言って、彼の尻を蹴飛ばした。
尾てい骨にドスンと衝撃が走って、じわじわとくる激痛に絶えきれず、上坂は江頭2:50みたいな奇妙な動きをしながら、転がるように廊下へと出ていった。ガラガラピシャンと教室の扉が乱暴に閉められて、背後ではアンリが急いで服を着替えているらしき衣擦れの音が聞こえてくる。
痛みが引いてようやく考え事が出来るくらい回復すると、上坂はハッとして近くの教室の窓から外の様子を窺った。隣の部屋の衣擦れの音が聞こえてしまうくらい、世界は静寂に包まれているのだ。それもそのはず、さっきまで騒がしかったグラウンドの陸上部員たちが、まるでビデオ録画の一時停止みたいにピタリと止まっていた。上坂の能力はちゃんと発動していたのだ。
とすると、この間もそうだったが、この静止世界で何故かアンリだけが動いているというわけだ。上坂はずっとこの力は自分特有の能力であり、まさか自分以外の人間が同じ空間(それとも時間?)で動けるなんてことは考えも及ばなかったのだが、どうやら認識を改めねばならないようである。
それにしても、どうしてアンリなのだ? つい最近知り合ったばかりで、別段親しいわけじゃない。学校の友人ということ以外には、彼女との共通点は殆ど無い。もしかして、彼女も自分と同じ能力を持っている能力者と言う可能性ならあるだろうが……
しかし、もしそうなら今まで上坂が能力を発動した際、常に彼女も巻き込まれてなきゃおかしいのではないか? 例えばこの間、競馬場で時間が止まった時、多分彼女はシャノワールで仕事をしていたはずだ。だが、その後で店に訪問した時、彼女はそんな素振りは全く見せてなかった。だから彼女がこの能力に巻き込まれたのは、やはり恵海の演奏会の時が初めてだったと考えていいだろう。
とにもかくにも、上坂が能力を認識してからおよそ5年。その間、こんなことは一度として無かったのだ。それが突然こんなことになってるのは、何か原因があるに違いない。考えられるのは、アンリの能力者としての力か、もしくは美夜の存在だろうが……
そんなことを考えていると、背後に足音が近づいてきた。振り返ると仏頂面のアンリが上坂のことを非難がましい目つきで睨んでいる。彼は肩をすくめて亀みたいに首を縮こませながら、バツが悪そうに言った。
「悪かったよ。委員長がいるなんて知らなかったんだ」
「知ってたらやらなかったってわけ? あんたまさか……この能力を使って、今までも同じこと繰り返してたんじゃないでしょうね」
「んなわけあるかっ! ちょっ……マジでそういう目で見るのやめてくれよな? 俺、そんな風にみんなに見られたら、生きていけないぞ」
「……しょうがないから信用してやるけど。それにしても、本当にとんでもない能力ね。時間が止まってるのに、自分は自由に動けるなんて。悪用しようと思ったらいくらでも悪用できるんじゃない?」
「だから、何も悪さはしてないっての」
「それで、これはどうやったら元に戻るの? この間も良くわからないうちに元に戻ってたけど……」
「ああ、それなら……能力が発動するために吐いた嘘を現実に変えればいいんだ」
「……嘘?」
上坂はコクリと頷いた。
「美夜に言わせると、俺の能力は世界改変能力なんだってさ。世界を変える……というか、あり得たかも知れない別の平行世界に移動することらしい」
「ふーん……美夜ね」
アンリはどことなく不機嫌そうに低く呟くと、
「あの時、私と一緒に静止した世界で動いていた自称人造人間ね……ねえ。あれは一体、なんだったの? あいつ、私のことをテロリスト呼ばわりしてたんだけど……」
上坂はその言葉にピクリと反応すると、口端を歪めながら言った。
「美夜は……その……俺が昔作ったドローン兵器の、AIの人格部分だけを抜き出した子らしいんだ」
「……ドローン兵器。そう、そういうこと……」
アンリは多少そういう可能性も考えていたのだろうか、案外落ち着いた口調で続けた。
「あんた、あの日も言ってたけど、あの殺人兵器を作ったのはあんたで間違いないわけね?」
「……ああ」
上坂がそれを認めると、アンリは少しだけ間を開けてから、
「そう……またあんたの能力に巻き込まれて迷惑に思ってたけど、でも、ちょうど良かったわ。あの日なし崩しになっちゃったけど、ちゃんと話を聞かせてもらえないかしら。あんたが……どうしてあんなものを作らなきゃならなかったのかを」
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今まで見たことのないような真剣な表情をしたアンリに連れられて、上坂は学校の屋上へと上がってきた。夏休み中の屋上には誰も居なくて、バスケットコートを兼ねた広い広場は閑散としていた。アンリとしては、込み入った話を誰かに聞かれることを嫌った上での行動だったが、仮に誰かが居たとしても、今は2人以外に動けるものなどいないのだから、そんなことを気にする必要などなかったろう。
彼女は落下防止用のネットが張られた手すりからグラウンドの様子を見下ろして、ここまで来た意味はあまりなかったなと、その手すりに持たれるようにしながら上坂の方へと振り返った。
風は凪いでおり、おそらく少しの空気も動いていないんじゃなかろうか。この炎天下だと言うのに、照りつける太陽の日差しは何故か穏やかで、蛍光灯みたいにその熱さを感じることは無かった。そう言えば、汗も掻いていない。さっきまであんなに暑かったはずなのに……
本当におかしな世界だなと思いながら、アンリはまるで13階段を上がるような顔をしている上坂に向かっていった。
「本当に時間が止まってしまっているみたいね……ここからあんたを突き落としたら、一体どうなるのかしら? 私はここに一生閉じ込められたまま、元に戻れないのかな」
彼女の不穏当な発言に上坂は口を一文字に引き結んで何も答えなかった。彼女は固くなっている彼に向かって肩を竦めて見せてから、
「冗談よ……でも、あんたがあの兵器を作ったのは冗談じゃないのよね」
上坂は何も答えない。元々返事を期待していなかった彼女は、淡々と続けた。
「あれのせいで、大勢の人が死んだ。多分もう気づいてると思うけど、私のパパもあれに殺られた。中東の混乱が飛び火して、一時期テロが横行してた欧州は、あれのお陰で落ち着きを取り戻したってアメリカは自画自賛しているわ。でもそれは加害者の側の勝手な主張よ。確かに欧州のテロは落ち着いたけど、中東ではまだ戦闘は続いている。あの、ドローン兵器は相変わらず猛威を奮って、人を殺し続けている……
私の……私の仲間も大勢死んだわ。眼の前で次々と殺られた。あれに狙われると本当に為す術がないのよ。数百台からのドローンが一斉に飛んでくるんだもん。いくら落としても無駄。私は人間ってのは本当に水で出来てるんだって、あの時初めて理解したわ。標的は全方位から蜂の巣にされて、死体の判別もつかない。現場には血溜まりが広がって、肉片があたりに飛び散って、本当に酷い死に方だったわ」
彼女はそう言って上坂の目をじっと睨みつけた。彼はその瞳から逃れたくてしょうがなかったが、ここで目を逸らしちゃ現実から目を逸らすのと一緒だと思い、甘んじてそれを受け止めた。
「あの兵器で殺された人は数万とも数十万とも言われてる。あんたがやったことよ。あんたは……自分が何を作ったのか、本当に理解してたの? こうしてある日、あんたのところに、あんたを恨んでる人がやってくるって、少しでも考えていたの」
上坂は自分の心臓が痛いほど早鐘を打っているのを感じていた。胃の奥がキリキリと痛み、殴られてもいないのに横隔膜が圧迫されるような違和感があって、今にも吐き出しそうだった。
だがそれでも彼は歯を食いしばると、
「……いつか、そういう人が来るんじゃないかと思っていた。もしもそうなっても、仕方ないと思ってた。おまえが言う通り、俺がやったことは許されないことだと思う。言い訳はしない。謝罪でも賠償でもなんでもするよ。もし、それでおまえの気が済むんなら、俺のことをどうしてくれたっていい……殺したいくらい憎んでるのなら、それも仕方ないと思ってる」
上坂はそんなセリフを、どうにかこうにか絞り出すように吐き出した。噛み締めた奥歯がぎりぎりと痛み、血が滲んでいるようだった。血を嚥下するときの生暖かくて気色悪い感触が、食道を伝い胃に落ちていく過程でさらなる吐き気を呼んでいた。血の気が引いて頭痛がする。彼女の姿がぼやけて見えるのは涙が滲んでいるからだろうか。
本当は、こんなことしたくなかった。こうなることは分かっていたのに、だけど、そうせざるを得なかった。あの時、逃げて死ぬか、生きて戦うか、彼に選択肢は殆ど残されていなかった。そして彼は、誰かを犠牲にしてでも生き残ることに決めたのだ。自分が作っているものが兵器だと分かっていても、自分が直接手を汚さないのであれば、別に構わないと思ってしまったのだ。
「それは許されることじゃない。あの時の俺はそれが分からなかったんだ。全部、俺が悪かった。だから許してくれとは言わない。でも謝ることだけはさせてくれ」
彼はそう言うと、屋上の手すりにもたれかかってる彼女の前で、深々と頭を下げながら、
「すまなかった。俺が作りだした兵器のせいで、おまえが不幸になったのなら、何をされても俺は自業自得だと思ってる。だから好きにしてくれ、俺はそれを何だって受け入れるよ」
「格好つけるんじゃないわよっ!!」
上坂が地面を見つめるように頭を下げると、そんな彼に向かってアンリの影が伸びてきた。彼女は、そんな彼の殊勝な態度を見るや否や、どうしようもなく腹が立って、まっすぐ駆け寄ってその頭をかち割ってやろうかと思った。でもすぐに、上坂の頭はすでに割れていることを思い出して、彼女は振り上げた拳の行き場を失ってしまった。
だから彼女は、代わりに彼の肩を掴むと、ぐいっと乱暴に引き上げて、その目をじっと睨みつけながら言うのだった。
「すぐ謝んのはやめなさい。ちゃんと言い訳しなさい。あんたはそうやって自己憐憫に浸ってれば気分いいかも知れないけどさ、もっと周りのことも考えなさいよ! あんたのそれは、ただの逃げでしょう! 殴られてもいい、殺されてもいいなんて、軽々しく口にしないでよ」
「い、いや……でも」
アンリはピシャリと言い切った。
「だって、あんたはそれでも生きてきたんでしょうが。生きるために、嫌なこと全部受け入れて、言いなりになって、無様に生き延びてきたんでしょうが。本当に殺されてもいいなんて思ってたんなら、こんなことしなきゃ良かったじゃない」
怒りに任せてぶちまけられた彼女の声が、上坂の耳にキンキンと響いた。彼の胸ぐらをぎりぎりと締め上げる手が、ブルブル震えていた。
やがて彼女は振り上げた拳をゆっくりと下ろすと、彼を突き飛ばすように掴んでいた胸ぐらの手を離して、よろけている彼に向かって押し殺すような声で続けたのだった。
「……エイミーさんから聞いたわよ。あんたが、アメリカでどんな目に遭っていたかって」
「エイミーが……?」
「辛い目にあったんだって、仕方なくあれを作ったんだって。だから許してくれって言ってたわよ。自分は何にも関係ないのに……なのに、肝心のあんたがあっさり諦めて、全部俺が悪いんだなんて言ったら、彼女の気持ちが台無しじゃないの。
理由があったんでしょう? そうしなきゃならなかった理由が。後悔してようが何しようが、こうして生き恥晒してるんでしょう。だったら自分ひとりで納得してないで、ちゃんと話して聞かせなさいよ! あんたがアメリカで何をされたのか。どうしてあの兵器を作らなきゃなんなかったのか。教えてくれなきゃ分からない、私だって怒りのぶつけようがないじゃんか!」
上坂は身を乗り出すようにして問い詰めるアンリに気圧されて、背筋が仰け反り返ってしまった。彼の顔を睨みつける彼女の瞳は、猛獣のように鋭く光る、意志の塊のようだった。彼はそんな瞳に射すくめられて、迷いながらもかつて自分に起きた出来ごとを語り始めた。
5年前、隕石落下後の東京で生き延びていた彼が拉致されてアメリカに渡ったこと。
彼を捕らえた者たちに、拷問を受けていたこと。心を壊され、言いなりになるしかなかったこと。そんなときに手に入れたこの力で、生き延びるために兵器を作りはじめたこと。
彼を拉致した者たちは、上坂の命なんてなんとも思っていなかった。今にして思えばはっきりと分かる、彼らは、立花倖を殺すためだけに、関係ない数十万の人達を巻き添えにしたのだ。
上坂はそんないかれた連中を相手に、いつ殺されてもおかしくない状況下で、兵器を作らされていた。上坂が利用できる間は、彼らも彼を殺そうとは思わなかった。だから上坂は、それが人殺しの道具だと分かっていても、求められる限り自分の力を提供し続けるしかなかった。
「自分が作ってるものがどんなものかってことは、よく分かってた。これが世に出回れば、どれだけ多くの人達が命を失うかってことも、想像くらいはしていた。だから本心では作りたくないって思ってたよ。でも、実際にそれが戦場に投入されて、数万人の命が奪われたって聞いたとき、俺は寧ろホッとしていたと思う。
彼らの要求に応えられて良かったと……これでまだ暫く生きながらえることが出来ると……彼らは確かに数十万の命を一瞬で奪った。なのに、俺もそれと同じくらい、自分の知らない誰かを殺す機械を作ってしまったのに、何の感慨もなかったんだ」
静寂に包まれた屋上で、彼の言葉が虚しく響いた。周りには人っ子一人居なくて、グラウンドでは静止した陸上部員たちが、影絵みたいに不気味に固まっていた。世界は白黒のモノトーンに包まれており、まるで新聞紙に描かれた水墨画みたいに、どことなく空々しい感じがした。鳥の鳴き声も、風の音さえも聞こえない。耳鳴りがするほどの静寂の中で、彼の後悔だけが続いていった。
「俺はただ……怖かったんだ……」
彼は絞り出すように言った。
「生きたかったんだ。死にたくなかったんだ。死ぬのが怖かったんだ。あいつらの言いなりになるのはいけないことだって分かってても、逆らえなかったんだ。あの時の俺は、弱くて……卑怯だった。
いきなり知らない連中にとっ捕まって、何もわからないのに殴られて、ボコボコにされて、頭を割られて、脳みそをぐちゃぐちゃにかき混ぜられて……ああ、俺は死ぬんだって、何度も何度も絶望して、死の恐怖を味わわされて……もうとっくに神経は麻痺していたのに。それでも生きていたかったんだ。
それから暫くして、俺はこの兵器のお陰で彼らの手から逃れることが出来た。俺が捕らえられていたビルにテロリストが侵入して、俺が作った兵器で俺を拉致した連中を殺して……何十人も、何百人も、何千人も殺して回ったというのに、ああ、やっと解放されるんだってその程度にしか感じなかったんだよ。
アメリカから解放されて、この国に戻ってきてからもそうだった。この平和な国で、俺がこうしてのほほんと暮らしてる間も、どこかで俺が作り出した兵器が人を殺してるんだろうなって思っても。でも俺にはどうしようもなかったろって、他人事のように思ってたと思う」
彼はそこまで一気に口にすると、自分自身に失望するかのように、長い長い溜息を吐いた。そして呼吸するのを忘れてしまったかのような掠れた声で、
「だから、言い訳はしないよ。おまえは憎んでいいと思う。もし俺が後悔して深く反省しているならともかく、そうじゃないんだから。俺は許されていいとは思えない」
上坂がそう心境を吐露すると、アンリも彼と同じように長い長い溜息をついてから、まるで天から何かが降ってくるかのように忌々しそうに空を見上げて、諦めるような口ぶりで吐き出すように言った。
「そんなわけないでしょう。私は許すわ。許すわよ」
その声が、あまりにもサバサバとしていて、どことなく温かみを感じさせるものだったから、上坂は自分が聞き間違えたんじゃないかと思って、思わず彼女に問いかけていた。
「……どうして?」
「どうしてって……あんたねえ……本当に自分が悪いと思ってないようなやつが、そんな殊勝なこと言うわけ無いでしょう。もっと言い訳するわよ……自分が悪いって思ってないんだから、言い訳して自分の正当性を主張するわよ。
あんたは心から反省して、そして深く傷つている。それくらい、私にだってわかるわよ。だったらもう、私から何も言うことなんてないじゃないさ」
「いや……だって、俺は……俺が憎くないのか?」
「憎くないわね」
彼女は間髪入れずそう断言した。
「だってあんた……生きたかったんでしょう? 脅されて無理やりあれを作らされたんでしょう? それってあんたの意思じゃない。なのに、そんなあんたを恨んでも仕方ないじゃない。恨むなら、あんたを脅したやつらの方を恨むわよ。当たり前じゃないの」
「でも、俺が逆らってさえいれば……」
「だから、それが出来ないくらい怖かったんだって、自分で言ったんじゃないの」
上坂は今度こそ黙るしか無かった。言い訳はしないと言ったくせに、自分に不利な言い訳だけはどんどん出てくる。なのにもう、そんなの関係ないくらい、アンリは彼のことを許してしまった。だからもう、どんな言い訳も出てこなかったのだ。
彼女は言った。
「それじゃ仕方ないわよ。話を聞いてるだけでも、私だって怖いもん。当事者ならなおさらでしょうね。あんたは自分が悪い悪いって言うけども……悪いわけないじゃない。これくらい、普通分かるもんよ。あんたは長い間酷い目に遭って、神経がすり減ってしまったんだ。諦めなきゃいけないことが有りすぎて、諦めなくてもいいことまで諦めてしまってるんだ」
上坂はまさか被害者であるはずのアンリがそんなことを言ってくれるとは思いもよらず、どこか罪悪感の混じった、嬉しいような、苦しいような、不思議な感情が胸のうちにこみ上げてきた。彼女のその慈悲的行為に、何か返事を返さなきゃと思うのだが、言葉にしたら気持ちが溢れ出してしまいそうな気がして、彼は呼吸する以外に何も出来なかった。
彼女はそんな彼の気持ちを知ってか知らずか、相変わらず遠くの空を見つめながら、何かを思い出すかのような口ぶりで続けた。
「そんな風に簡単に自分を投げ出さないでよ。あんたは山羊じゃないんだから」
「……山羊?」
「一部の草食動物は外敵に襲われると、敵の一番近くに居る個体が犠牲になって、仲間を守るんだって。そうDNAに刻まれてるんだって。実際に山羊を脅かしてみたことあるけど、金縛りにあったみたいにいきなり体が固まってしまって、ホントに自分の身を投げ出すのよ。そして、まるで人形みたいに動かない。そこに意思はまったく感じられないわ」
そしてアンリは上坂から視線を外すと、懐かしそうな顔をしながら、自分の身の上話を語り始めた。彼女が生まれてから今まで生きて歩いてきた人生。それは主に彼女を育ててくれたパパのことだったのだが……彼のことを語っている時の彼女の顔は、どこか生き生きとして見えながらも、時折悲しそうに歪むのは、まるで彼の行く末を暗示しているようだった。
「私のパパはテロリストだったのよ……って言っても、血は繋がってなくて、育ての親なんだけどね。そのパパが教えてくれたのよ。私達は人間だ。仲間のために犠牲になるとしても、そこに自分の意志がなければ人間とは呼べない。私達は祭壇に捧げられる山羊じゃないんだ。だから武器をとって戦うんだって」
静止した世界の中で、彼女の話は続いた。




