ナンセンスだ!
欧州からとんぼ返りした御手洗は、空港から送迎の車に乗り込むと、休む間もなく縦川の寺へと向かった。今回の渡欧はせっかく手に入れたチャンスであり、そのチャンスをフイにしてまで急いで帰国するのは忸怩たる思いであったが、彼を現在の地位にまで引っ張り上げてくれたのは、なんやかんやホープ党の党首である都知事その人であったから、彼女に強く頼まれると嫌とは言えないのだ。
それにしても上坂は何故いきなり日本から出ていきたいと言い出したのだろうか。アメリカに解放されてからそろそろ4ヶ月、外務省関係者の家に居た時は全くそんな素振りは見せなかった。それが急にそんなことを言い出すのだから何かあったのだろうが、少なくとも御手洗が東京に居た間はおかしな動きは見受けられなかったはずだ。
せいぜい、昔の知人を訪ねに行ったくらいだったが、もしかしてそれが関係あるのだろうか。彼の心証を損ねることを嫌って、行動を制限したりはしなかったが、多少不自由させてもそうしておけばよかったかも知れない。
なにしろ、預言者の言いなりの都知事は大騒ぎするだけで済むが、その尻拭いをするのはいつも自分の役目なのだ。自己保身のためにも、もう少し状況をコントロールすることを考えなきゃならない。
やはり出来るだけ早くあの無能な都知事は見限って独立を考えたほうがいいだろうか。いっそ、リバティ党に鞍替えするのもありか……今回の渡欧でだいぶ自分にも箔が付いた。今なら移籍先になんのポストも用意されてないということはありえないだろう。
そんなことを考えていると車は首都高を降りて下道に入った。薄暗い高架下の国道を抜けて、やたら入り組んだ坂だらけの脇道に入る。池尻大橋は都心に近いが非常に落ち着いた住宅街で、雑居ビルと一軒家が身を寄せ合うように並立して迷路を作ってるといった感じの、不思議な印象の街だった。すぐ隣町が渋谷と言うだけあって、このあたりは山と谷が入り組んでいるようである。
それにしてもこんな場所に寺なんかあるのか……と思いながら車窓を眺めていたら、ビルの間に挟まれたこじんまりとした寺が見えてきた。本山の名が書かれた扁額が飾られた門だけが、やたら立派にみえる。
車の音に気づいたのだろうか、門をくぐって寺に入ると、すぐに柔和な顔をした縦川が出迎えてくれた。上坂の転入以来で久しぶりですと握手を求めると、今回は突然呼び立てて申し訳ないと彼が応じる。
「上坂君が日本を出ていきたいって言ってるんですって?」
「ええ、そうなんですよ、ちょっと色々あって……」
彼はそう言って言葉を濁した。これ以上は本人に聞けということだろうか。
縦川に連れられて本堂から少し離れた寺務所に入ると、中に白髪の青年が待っていた。
これが上坂一存か……髪の毛の色のせいか、超然とした目つきのせいだろうか、妙にちぐはぐな感じのする男であった。写真では何度もお目にかかったものだが実物に会うのはこれが初めてだった。年の割にはなんとも落ち着いており、政治家の自分にも圧迫感を感じさせる貫禄みたいなものがあった。その瞳が多分、地獄を見てきたからかも知れない。
寺務所には上坂の他にも2人の女性が居た。一人はちびっ子で、何故か知らないが御手洗に敵意を剥き出しにしており、もう一人は部屋の端っこで距離を取って、じっとこちらを観察してるように見えた。
なんとなくだったが、彼女のことはどこかで見たことがあるような気がした……何者かな? と記憶を手繰っていると、上坂が話しはじめた。
「御手洗さんですか。忙しいところ呼び立ててすみません」
「はじめまして、上坂一存君。縦川さんから連絡があって驚きました。なんでも、この国から出ていきたいと言ってるんですって?」
「はい。日本を出て、ドイツに行こうかと思います」
「……ドイツへ? しかしまた、どうして急に」
周囲を取り囲むギャラリーのことも気になったが、挨拶もそこそこ、上坂がすぐに本題に入ってしまったので、御手洗はそっちの方に集中することにした。結局、自分の仕事は彼を何とかして慰留することだけなのだ。何を気にしたところでやることは変わらない。
上坂は淡々とした口調で話した。
「数週間前、幼馴染に会いに行ったんですよ。それで色々話してたら、向こうのご両親が一緒に暮らさないかって。実はその幼馴染はご両親がドイツで暮らしてるんですけど、部屋が余ってるから行くところが無いなら来なさいって言ってくれてるんで」
「失礼、監視していたわけじゃないんですけど……それってAYF社の白木会長ですね? 東京都の技術顧問もやってくださってる」
「はい、そうです。俺も、こっちに残って何かするよりは、知り合いのいるドイツのほうが気が楽かなと。どうせ5年間も外国で暮らしてたんです。今更日本に未練はないですし、だったら自分をよく知ってる人たちと一緒に暮らした方が気楽かなって」
「なるほど……」
一見して筋の通った話である。日本政府も彼を死人扱いして、戸籍を回復させる気はないという。そんな状況で日本で飼い殺されるよりは、どっか行ったほうがいい。上坂は続けた。
「日本政府がアメリカ政府のことを気にして、俺を抱え込んでおきたがってるのは分かります。ただそれは俺があの国で酷い目に遭っていたことや、俺が作ったドローン兵器のことを他国にリークされたくないからでしょう? だったら、その件については決して外部に漏らしたりしませんから、もう自由にしてくれませんか。どっちかと言うと、もうこういう連中に関わり合いになりたくないのが本音なんですよ。どうせこの国に俺を知る人は殆ど残っていないんだから、俺も俺のことを誰も知らない国に行って、ひっそりと暮らしたい。そっちの方が安心するんだ」
その気持ちは非常に理解できたが、御手洗はそんな彼の言葉を制すると、それは出来ないと申し訳無さそうな素振りで話し始めた。
「なるほど、あなたのおっしゃりたいことはよく分かりました。ですが、それでも我々としてはあなたに考え直して欲しいとお願いするしか無いんです」
「どうしてですか。俺に何かやらせたいんなら無駄ですよ? もう脅されて兵器を作るようなことはしたくないし、AIの開発ならあなた方の抱えてる東京のチームがいれば十分なはずです」
「技術的な貢献をお願いしたいというわけじゃないんです。そうではなく、実はあなたが東京で暮らしていてくれるというだけで、日米間の政治バランスに影響があるんです」
御手洗は政治家らしい演説みたいな口調で続けた。
「いいですか? 現在、アメリカは前世紀から高止まりする失業率と、膨れ上がり続けた貿易赤字を是正しようとして、超保護主義的な政策を取ってます。彼らは日本や中国、EUに高い関税をかけて貿易の不均衡を是正し、経済を立て直したいと思ってて、世界各国の政府と丁々発止のやり取りを繰り広げているところです。
ところが、ここに東京都の復興問題がかぶさってきます。実は、アメリカ政府が今一番敵視しているのは、中国や日本そのものではなく、復興のために導入した汎用AIとベーシックインカムを駆使して、GDPを増大し続けているこの東京なんですよ。東京のやり方が上手くいってしまうのは、既存の社会システムを変えたくない彼らにとって、非常に思わしくない。
何故なら、東京と同じやり方に変えようとすると、一時的にですが、移民と失業者が増えることになるからです。東京はたまたま復興の過程で変えていくことが出来たから、痛みを伴ってもそれも将来のためと我慢できた。ところが、健全な社会がいきなりやり方を変えようと思うと、どうしても変化の過程でどこかにしわ寄せが出てくる。それが国家全体ともなると、どれだけの混乱が起こるかわからない。だから、権力を保持している旧世代は、自分が目の黒いうちは変えてほしくないんですね。よくある話ですが……
それなのに、東京という実際に上手く行ってるモデルケースがあっては非常に都合が悪い。それで、アメリカ政府は日本の政権与党と共に、東京を抑え込もうと画策しているわけです。それに対抗するために、私達にはあなたの力が必要なんですよ」
「それが、俺となんの関係があるっていうんですか?」
「アメリカは、不当なやりかたでドローン兵器を開発させたあなたが東京にいることで、我々に対して強く出ることが出来ないんですよ。
FM社のテロ事件は世界中で報道され、その背景を探ろうとするマスコミは後を絶たない。もし、あなたという存在が明るみに出たら、現政権に相当の痛手となるでしょう。だから、そのあなたを保護しているということで、我々はアメリカに貸しを作ってることになる。
ところが、もし、そのあなたが東京から居なくなれば、アメリカと日本リバティ党はこれ幸いと我々を押さえつけようとするでしょう。おそらくは、法律を作ってAIやベーシックインカムを使えないようにするはずです。
すると我々ホープ党は……いや、東京を含む日本全体が大きな損失を被ることになるでしょう。そうなったらおしまいだ。既存のやり方を変えたくない旧世界の先進各国と、変化に抵抗がない新世界の途上国とで、GDPの逆転が起こり兼ねません。それを力で押さえつけるようなやり方をしたら、下手すれば世界が大混乱し、戦争になってもおかしくないですよ」
「たかが俺がいるいないってだけで、流石にそんなことにはならないでしょう。大体、それじゃ俺のせいで戦争が起こるかも知れないって、責任転嫁してるようなもんじゃないか」
「でも、事実なんです。あなたがいることでアメリカは東京都のやり方に口出しできないでいる。だから、我々としては、なんとしてもあなたに東京に残ってもらわなければならないんです。どうか考え直してはもらえませんか」
「そんなこと言われても……無茶苦茶だ」
「現に、日本に帰ってきてからは何一つ不自由はさせていないと思いますよ。外務省の庇護下から出た時、出来るだけあなたの要望にお応えしたつもりですし、このあいだ西多摩の方のお友達に会いに行ったときも、その行動を抑止したりしていないでしょう。監視をつけたりもしません。あなたが望むなら、お友達や身内の方々と何不自由なく暮らしていけるように、我々が取り計らいますから、どうか今一度考え直してください」
御手洗がそう言って頭を下げると、上坂は明らかに狼狽した素振りで周囲を取り巻く人々に視線を飛ばしていた。きっと、この数ヶ月で仲良くなった縦川の意見も聞きたいのだろう……
ところが、そう思っていた御手洗の予想とは違って、彼は縦川ではなく、遠巻きに2人のやり取りを眺めている女性の方を気にしているようだった。
「なるほどね……あなたの言いたいことはわかったわ。ホープ党とやらが追い詰められてる状況もね」
御手洗が彼女の方へ視線を向けると、その女性はやれやれと言った感じにため息を吐いてから、2人の会話に口を挟んできた。
「でも、あなたのいうやり方じゃ、結局アメリカに命を握られてるのと同じじゃないの? 上坂君はここでアメリカの都合で飼い殺され、奴らは事情が変わって始末したくなったときに、好きに始末することができるわ。それも、あんたたちのせいにしてね」
彼は顔をあげると、やはりどこかで見たことがあるような女性の顔をじっと見つめながら言った。
「あなたは……?」
「本当は名乗り出るつもりは無かったんだけどね……あなたとはどこかのシンポジウムで会ったことがあるはずよ。今は部下たちがお世話になってるわ」
そう言って彼女は古い雑誌を投げてよこした。御手洗は開かれたページに自分の姿を見つけて目を丸くすると共に首を捻った。それは東京都が汎用AI技術で復興を果たしたとき、その開発責任者として貢献していた故人を称えるために行った追悼式典の記事だった。どうしてこんなものを見せるんだろう……? そう思いながら記事中にある一人の女性の写真に目をやった時、彼の瞳は驚きのあまり目が飛び出んばかりに開かれた。
「ま、まさか……そんな!? あなたは、立花倖博士ですか!? どうしてあなたがここに……いや、そもそも、なんで生きているんですか!」
「それは上坂君が生きていたときに気づいておくべきだったわね。どうして彼がアメリカに拘束されたのか。どうして都合よく汎用AIのような技術が出てきたのか。そしてどうして東京都に、やたらと超能力者みたいな不可解な連中が現れ始めたのか」
御手洗は自分のおかれた状況に精神が追いついていけない様子で、立花倖を見ながら口をパクパクさせていた。彼女はそんな彼の姿を見て、暫く会話にならないだろうと判断すると、
「いいわ……あなたが落ち着くまで、今から5年前に私達の身に起こった出来事を話してあげる。それらをすべて聞いた上で、あなた自身の考えで判断してちょうだい……私は5年前、とある情報を手にしたことで秘密結社に命を狙われていた。彼らは私のことがどうしても邪魔で邪魔で仕方なく、ある日、そんな私を抹殺する方法を思いついた。それがあなた方が言う、東京インパクト……あの隕石は、人為的に起こされたものなのよ」
そして彼女は、あの深夜のシャノワールで語った話を、呆然としている彼に聞かせた。
5年前、移民監視システムを構築したFM社がこっそりとそれをばらまいていたこと。
それに気づいた彼女が事実を公表しようと動き出すと、謎の秘密結社から命を狙われ始めたこと。
そしてあの隕石落下が起きたこと。
生き残った上坂がアメリカに連れて行かれてやられたこと。
脳内に出来た腫瘍が、AIを搭載したコンピュータと連動し、超能力のような力を生み出していたこと。
上坂はその能力で危機を脱していたこと。
そしてこれだけのことをやった敵の正体……イルミナティの存在を仄めかした時、それまで黙って話を聞いていた御手洗の顔が失笑に歪んだ。
「イルミナティ……あなた、本当にそんなSF映画みたいなくだらないものがいるって言いたいんですか?」
「ええ、そうよ」
「バカバカしい。ありえない」
その反応は予想通りだった。今まで何度もやったやりとりだ。倖は大した感慨もなくこう返した。
「じゃあ、上坂君の存在は何なの? どうしてたった一人の青年の進退に、あなたはこうまで拘っているの。アメリカは、汎用AI技術が欲しくて上坂君を拘束したんだと思ってるなら間違いよ。もしそうだったら、すでにそれを手に入れた今、アメリカも日本政府も東京都も、彼の自由を束縛する必要はないはずでしょう。日本を出ていきたいと言うのなら、好きにさせればいいわ」
「それは……」
「なのに、どうしてあなたは外遊先からとんぼ返りしてまで、空港から車を飛ばしてまで、彼を慰留しにやってきたの? まるで小間使いみたいに。もしかして、あなた、誰かにコントロールされてるんじゃないの?」
コントロール? 何を言い出すんだこの女は……御手洗は目眩がした。天才と謳われたあの立花倖が、まさか秘密結社だのなんだの言い出すトンデモだったとは思いもよらず、彼は言葉を無くしていた。
だが、御手洗は彼女の言説に反論しようとして口を開きかけたが、喉に小骨でも刺さっているかのように、何の言葉も出てこなかった。どうしてだろうか、頭のどこか片隅に、何かが引っかかってるような気がするのだ。そのせいで、酷く気持ちが悪いんだが、それがなんだか分からないから対処のしようもない、そんな何かが……
「あなた、ビルダーバーグ会議に出席してたそうね」
「……何故それを?」
「失礼だけど調べさせて貰ったわ。欧州と北米の共同会議は昔から陰謀論が尽きないわ。こいつらが世界を牛耳ってる悪の秘密結社だと声高に唱える人達もいる。実際、この会議の招待客は、後に国家元首になった者も多いわよね。そう考えれば、この会議に出席するということは、将来の出世を約束されたようなものよ。各国政府は、あなたのことを要人として認めざるを得なくなった……どうして、若いあなたが? まさか、あなたの能力を買われたからなんて、本気でそう思ってる?」
御手洗は言葉を失った。
「会議と上坂くんの進退と、どっちを優先すべきかはバカでも分かるんじゃない。なのに、あなたはあちらに残ってせっかく手に入れたコネクションを使い、さらなる出世欲を満たすことをしようとしなかった。それは何故? 本当に、急いで帰ってくる必要があったの? 誰に言われたからここまで来たのよ」
そして彼女は、ショックで顔面蒼白な彼に向かって畳み掛けるように言った。
「あなたは、誰かに、コントロールされてるんじゃないの。身に覚えはない? 本当はそんなことしたくないのに、してることは? どうせ些細なことだから、ちょっとくらい言うことを聞いてもいいやと思ってるようなことは?」
御手洗は返答に窮した。そう言われてみると心当たりは無くはない。彼はいつもわがままな都知事に振り回されていたが、それは彼女が上司だからと言う理由もあるが、殆どの場合、彼女が『預言者』に言われたからだった。そんな得体の知れない人物を信じてる彼女を馬鹿な女だと思って、殆どの場合彼はあまり考えもせずに、彼女の指示に従っていた。
それは裏を返せば、御手洗が預言者にいいように使われてることと同じじゃないのか……?
ビルダーバーグ会議の会場で再会した、ローゼンブルク大公の言葉を思い出す。
何か、おかしな連中が動いているようだよ?
都知事に紹介されて、初めて預言者に会った時、その預言者は言っていた。上坂は救世主で……彼を抑えてさえ居れば、御手洗の夢は叶うんだと。
あの預言者の言葉を唯々諾々と従っていたのは、どこか頭の隅にでも、その言葉がこびりついていたんじゃないか。
「ナンセンスだ!」
御手洗は突然、叫ぶようにそう言い放つと、頭をブルブルと振るって脱いでいた上着をひっつかんだ。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「立花博士……あなたの言うことはナンセンスだ。私は私の力でここまで上り詰めてきた……あなたが生きていたということは誰にもいいませんから。今日は失礼する」
「ちょっと待ちなさいって、上坂君のことはどうすんのよ!」
「縦川さん……あとはよろしくおねがいします」
彼はそう言い捨てると、逃げるように彼女に最中を向けた。寺務所を出ていこうとする彼の背中をつかもうとする手を乱暴に振りほどくと、彼は興奮したように肩を怒らせて寺の門の方へとドカドカ足音を立てながら去っていった。
縦川は、どことなく自信満々に見えた彼がこんな反応をするとは思わず、目を丸くしてそれを見送ることしか出来なかった。
「エリートってのはこれだから……自分が間違ってるってことを、なかなか認められないのよね」
御手洗を見送る縦川の隣に立って、立花倖はため息混じりにそう呟いた。
「仕方ないわ。上坂君、かくなる上は、密出国も視野に入れるしかないわね。私はこれから都内に潜伏して、裏のルートを探ってみることにする。追って連絡するから、それまでに身辺の整理をつけといて」
「俺は構いませんが、先生の方は大丈夫なんですか?」
「昔取った杵柄だもの……白木のサポートもあるから平気よ。雲谷斎さん。そういうことだから、もしかしたらもう会えることはないかも知れないけど……」
「寂しいですね、数日間とは言え、せっかくこうして仲良くなれたというのに……あと、うんこ言うな」
縦川がそう言うと倖は薄く唇に笑みを浮かべながら、
「あなたが居てくれてよかったわ。上坂くんのことを良くしてくれてありがとう。あの、下品な男にもよろしく言っておいてちょうだい。実を言うとね、上坂君があんなに楽しそうにしてるのを見るのなんて、初めてだったのよ。やっぱり男同士のほうが気兼ねなくって良いのかしらね」
彼女はそう言うとしんみりと笑った。その表情がなんとなく無理してるように見えて、縦川は少しさびしい気分になった。本当にこれが今生の別れになってしまうのだろうか……本当にみんな居なくなってしまうのだろうか……
上坂も恵海も美夜も、つい最近知り合ったばかりの子達だというのに、なんだかずっと一緒に居たような気がして、彼はその別れを想像し、胸の中にポッカリと開いたような感じがしていた。