表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
47/137

おかしな連中が動いているようだよ?

 御手洗のスピーチが終わるとまた別の招待客が壇上でスピーチした。彼はその間、衆人環視の壇上の端っこに座らされ、居並ぶ各国のお歴々を前に、圧迫面接みたいな緊張を強いられながら、会議が終わるのを待っていた。


 やがて、登壇者のスピーチが全て終わると、司会者が出てきてパネル形式のディスカッションが始まった。ところが、その頃にはすっかり気が抜けていたようで、御手洗は突然司会者に質問をされても、おかしな返答しか出来ずに会場の失笑を買った。彼にしてみれば赤っ恥の大失態であったが、でもそれで会場の雰囲気が良くなり、その後はリラックスした和やかなムードに変わったことで、彼の失敗は帳消しになったようである。


 そんなこんなでその日の会議が終わると、多数の来場者たちが彼のもとへ質問にやってきた。難しそうな学者先生方と違って、どこかとっつきやすそうに思えたのだろう。御手洗に近寄って来た人たちの肩書は、なんとか男爵とかかんとか伯爵とか、びっくりするようなものが多くて大変恐縮したが、話してみると別段偉ぶったりもしておらず、至って普通で、比較的若い人たちが多く、同年代の御手洗が話しかけやすかったのもあるようだった。


 講演は思いのほか好評だったらしく、人々は概ね好意的な態度で様々な質問をした。質問は東京の現状やベーシックインカムの財源よりも、三面等価の原則が現実に成り立つのかということに集中していた。その態度から察するに、彼ら自身もいずれベーシックインカムのようなシステムが導入されることは避けられないと考えているようであった。ただ、そうなったときに、今まで自分たちが溜め込んだ財産や社会的地位がどうなるのか、それが気になるのだろう。


 それについては心配要らないという返答に終止した。もちろん、未来のことなんて分かるわけないのだから、分からないというのが本音ではある。だが、そんなことを言っていては政治家は務まらない。政治家はまず第一に、人々に夢を見せなければいけない。その上で、その夢を現実に近づけていくのが主な仕事だと彼は思っていた。


 ピケティ学派に言わせれば資本主義社会では『資本収益率(R)>GDP成長率(G)』を描き続けている、この不均衡がこれから先も続くと仮定すると、いずれGDP成長率1に対して資本収益率が無限に増大することになる。


 これは言い換えれば『不労所得>労働価値』であり、いずれ労働価値が無くなってしまうことを示している。ウォール街を占拠せよなどのデモに見られる格差論者は、そのことを指摘し、俺達は奴隷じゃないと叫んだわけだが……


 御手洗は、だったら彼らの望む通り、労働の価値をこちらで決めてやり、それをベーシックインカムで保証してやればいいと主張した。


 実際問題、汎用AIの登場で労働の価値は無くなりつつあるのだから、実は社会は実態に沿った変化をしていると考えられる。金持ちはより金持ちになり、労働者はどんどん不利になっていく。このままじゃ暴動になりかねない。なら、やり方を変えるしかない。


 今後は大半の労働を機械が行うようになり、労働者はそれでも手の届かないような、穴を埋める方向にシフトする。AI技術が洗練されていけば、いずれそれもなくなる。その時、世界から戦争は無くなり、真の平和が訪れるのだ。奪うものがなくなれば、争いは生まれないのだから。


 会議に出席している資本家の人たちは今までどおりか、寧ろより本来的な資本家の活動を行うようになっていくだろう。今までは目的のために雇用を創出し、労働者を確保しなければならなかったが、これからは人件費がタダ同然になるのだから、より目的に適った資本の注入が出来ることになる。もちろん、公害など社会問題に配慮する必要はあるが、それさえクリアすれば、事業参入は今までよりもハードルがずっと低くなるはずだ。


 そしてお金の価値自体は変わらないのだから、すでにお金を持っている人の生活も、今までと何も変わらないだろう。寧ろベーシックインカムを導入したあとの、新しい秩序の中でやれることは格段に増えるはずだ。先に述べた通り、雇用問題がなくなれば、選択と集中は容易なのだ。


 御手洗の説明に多くの人が感心した素振りで頷く、そんな中で一人の男が、


「しかし、日がな一日仕事もしないで、ただ政府に与えられたものだけを使って生きるだけなんて、まるでディストピアみたいじゃないですか?」

「労働から解放され、衣食住の心配がなく、一生遊んで暮らせるのがディストピアだと言うなら、私はそれで構いませんよ」


 どっと笑い声が上がる。


「寧ろ私はそうなった時に、資本家の方々こそやる気を無くさないか心配ですね。色々言われてましても、資本家の方々は彼らなりに社会をより良い方向へ導こうと努力していらっしゃる。なのに、周りのみんなが遊び呆けていたら、自分たちが無理に仕事しなくていいんじゃないかなと考えてしまわないか……そうならないように、皆さんには強い意思を持ち続けて、これからの社会を変えていってほしいです。いくら社会が変わっても資本主義の仕組みが変わらなければ、投資家の仕事はなくならないはずですから」


 御手洗のもとに集まっていた若い貴族たちは、この男がただの社会主義者ではなく、自分たち資本家の社会への貢献についても、よく理解していると感じて満足した。彼を取り巻く輪は次第に大きくなり、会場の中でもひときわ目立つ集団になっていった。


 同じ会場の中央では、米国の政権に近い議員たちが占める集団があり、最大の輪を作っていた。その輪を形成する人員の中で、御手洗も知ってるようなアメリカの重鎮たちがじろりと彼の方を睨んでいた。現在の米国は超保守的な政権が運営しており、左派的な東京都の勢力を警戒しているのだ。現政権であるリバティ党は米国と協調路線を組んでおり、その影響も強いと見られる。彼らからしてみれば、まさかホープ党の若手がこんな場所に出てくるとは思いもよらず、目障りで仕方なかったのだろう。


 触らぬ神に祟りなし……御手洗はぷいっと背中を向けると、アメリカ勢力の方は極力気にしないことにした。別に彼らを軽んじているわけではない。寧ろ同盟国アメリカは彼としても大事な日本の戦略パートナーだと考えている。だが、いかんせん国内の政治バランスを考えると、米政権がリバティ党側に立つ限りは仲良くなんて出来ないのだ。


 ところが……その時、会場がほんの少しばかりざわついた。


 せっかく御手洗が相手にしないように背中を向けたというのに、中央の輪から一人の男が何人もの取り巻きを引き連れて、ゆったりとした足取りで彼の方へと歩いてきたのだ。御手洗は、自分を取り巻く人達の表情が変わるのを見てそれを察し、内心舌打ちしながら振り返った。


 中央から、権力者特有の何を考えているのか計り知れないが、それでいて人を惹き付けるような、柔和な笑みを浮かべた初老の男性が近づいてくる。


 彼はその姿を見るや否や真っ青になり、まるで重力が上に働いているかのように、足元がフワフワして背筋がピンとするような感覚を覚え、気をつけの姿勢でその場に直立するのだった。


 人垣がさっと割れる。


「やあ、ひさしぶり。こんな場所で会うなんて奇遇だね」

「大公陛下にあらせられましてはご機嫌麗しゅうございます」


 大公はガチガチになってそんな言葉を口走る御手洗を見ると、苦笑しながら彼の肩をポンポンと叩いて、


「そんな硬くならないでください。ここに招待されたのなら、僕と立場は同じですよ」

「いいえ、滅相もない」

「また、昔みたいに気兼ねなく話してくれればいいのに……テレーズは元気?」

「はっ! 肌ツヤも良く、髪の毛も瑞々しく、お変わりないようであります」

「そうか……君も変わりないようで大変結構」


 大公はそう言うと彼の肩をぐいっと引き寄せて、耳打ちするように


「……あの子のことはもう気にしないでいいから」

「いいえ……必ず自分がなんとかしてみせます」

「そうか……でも、無理はしないようにね」


 その姿があまりにも親しげだったものだから、周囲を取り巻いていた人々がざわつきはじめた。一体彼は何者なのか。さっきまで睨んでいたはずのアメリカ勢力まで動揺しているようである。対して大公のお付きらしい人々はまるで意に介さずに、澄ました顔で主人の行動を見守っていた。


 大公はそんな周囲のざわめきを利用して、御手洗の肩を寄せ抱きながら、周りには聞こえないような小声で続けた。


「気をつけなさい。何か、おかしな連中が動いているようだよ?」

「……おかしな?」

「さあ、僕にも分からない……なかなか表に出てこないような連中だ」


 どういう意味だろう……? マフィアか何かだろうか。御手洗は戸惑いながらその先を聞こうと口を開きかけたが、大公はまるでそのひそひそ話を誤魔化すかのように、彼をハグしてから体を離し、


「懐かしい話に花を咲かせたいところだが、そろそろ時間でね」

「そうですか。わざわざお声をかけていただき恐縮です」

「また機会があれば……今度は東京で会いましょう」

「はっ! その時は是非、ご案内させてください」


 大公はそんな御手洗の姿を見て苦笑しつつ、ポリポリと頭を指でひっかきながら、


「その、軍隊みたいな返事はやめたほうがいいよ」


 と言い捨てると、背中を向けて颯爽と会場を出ていった。彼の後をまるでそこに見えない壁でもあるかのように、しずしずとお付きの人たちがついていく。


 御手洗は耳まで顔を真っ赤にしながらそれを見送ると、プハーッと止めていた息を吐き出した。いつの間にか、呼吸するのを忘れていたらしい。額にはびっしょりと玉のような汗が浮かんでおり、それを指で拭うとボタボタと滴が床に落ちていった。緊張しすぎて、体中の血液が泡立っているようだった。


 大公が去ると、また若い貴族達が戻ってきて御手洗を取り囲んだ。さっきまでと違ってその瞳はキラキラと輝いており、彼に対する興味が純粋に跳ね上がったことを如実に表しているようだった。


「驚きました。あなた、ローゼンブルク大公とお知り合いだったんですか?」


 一人の男が尋ねる。御手洗は頷くと、


「若い頃、公国に留学していたことがあるんです。その時、ほんの一時だけ宮殿に出入りしていたことがあるんです。私なんか庭師みたいなものだったのですが、大公陛下はそんな私なんかを覚えていてくれたようで……」

「さすが陛下ですね。大変お優しい」


 若手貴族たちが口々に大公を褒めそやす。そんなこと御手洗に言っても無駄なのだが……彼は苦笑しながらそれを聞いていた。するとその中の一人が、ローゼンブルク大公国と御手洗の東京を連想したのか、ふと気づいたように、


「そう言えば……公国といえば、悲しい事件がありましたな」

「確か、姫君が東京インパクトでお亡くなりに……」

「あの時たまたまご遊学なされていたんですよね。もしかして御手洗さんはそれを?」

「ええ、まあ……」


 そんな話をしていると御手洗のもとに険しい表情をした男が駆け寄ってきた。


「失礼いたします。御手洗さん!」


 御手洗の政策秘書は、居並ぶ欧州の貴族相手にほんの少しだけ尻込みして見せたが、すぐに遠慮している場合ではないと言った感じで頭を下げると、御手洗に耳打ちをした。


 彼は秘書が持ってきた話に眉をひそめると、


「失礼……どうも、ホームでトラブルがあったようで……急ぎの仕事が入ってしまいました。宮仕えの辛いところです」

「せっかくお知り合いになれたのに、残念です」

「私も、皆さんにお会いできて大変貴重な時間を持つことが出来ました。もし機会があれば、一度復興した東京の街を見に来てください。お声をかけていただければ、どこへでも馳せ参じますので」

「その時は是非。今日は会えてよかった」


 御手洗は知り合いになった人たち一人ひとりと握手を交わすと、そわそわしている秘書に続いて会場を出た。去り際、会場内に残った人々の彼を見る目が、若い人たちのそれとアメリカ勢力のそれとで、かなり対照的でおかしかった。


 コツコツと大理石の床を踏み鳴らして、御手洗は会場となったホテルの廊下を東京人特有の早足で歩いていく。彼に付き従うように、政策秘書の山田が続く。本当は、もう少し会場に残ってコネを広げたかったところだが……


「山田さん。それで上坂君が日本を出ていきたいって?」

「はい。知事がかなり慌てた様子で電話してきまして……」

「困ったなあ……」


 山田は御手洗とは親子ほども年の離れた男で、地方議員の秘書をやっていたのだが、その議員がスキャンダルで失脚し、途方に暮れていたところをホープ党に拾われた男だった。元々はリバティ党の党員だったが、スキャンダルが切っ掛けでボスと一緒に中央に切られてしまい、出世の見込みが無くなったために鞍替えした格好だ。


 政界歴が長く、スケジュール管理は的確で、多方面にコネもある男で、とても重宝していた。ただ本人は、若造に仕えているのが苦痛と感じている様子で、機嫌を損ねないように気を配らないといけないのが玉に瑕だった。


饗庭(あいば)知事は上坂がいなくなったら、今の地位を保てないと本気でそう思ってるようです。それで、なんとしてでも彼を翻意させてくれと……誰もヒスって手がつけられないみたいですね」

「あの人も困った人ですねえ……そんなわけないのに」


 御手洗はため息をついた。


 東京都知事を兼任するホープ党の党首は饗庭玲於奈(れおな)と言って、若い頃、東大出身の知的女優ということで名を挙げた人物だったが、その能力は政治よりも空気を読む方に長じていて、世渡りだけでここまで上り詰めたような女性だった。元々はリバティ党から出馬して大臣も務めていたのだが、そのリバティ党が野に下ったときにあっさりと見限って新党を結成してしまったために、今でも憎悪にも似た感情を一心に浴びている政治家である。


 そのため、マスコミの受けも悪く、彼女には政策がなく頭は空っぽだと事あるごとに叩かれているのであるが……実際問題、御手洗はその評価は概ね正しいと思っていた。


「『預言者』に相当口を酸っぱくして言われてるみたいですね。上坂がいる限り日本は安泰。もし仮に、上坂が日本を出ていってしまったら、国ごと沈没するだろう……そう予言されて、それを本気で信じているみたいです」


 実は饗庭都知事には『預言者』と呼ばれるブレーンが居て、彼女はその『預言者』の言うとおりに政治を行っているのだ。御手洗は始めそれを知った時、ショックで開いた口が塞がらなかった。


 預言者は御手洗のことも気に入っており、いずれ彼にも良い目を見させてやると言っているのだが……彼は預言者にそう言われてからは、寧ろ党に尽くすより、いかに知事を利用して出世するかということに重きを置くようになっていた。こんな女に、いつまでも付き合ってはいられないだろう。


 御手洗を今日の会議に招待したのはロックフェラーの息がかかったものだった。


 会議で近づいてきた若い貴族たちは何食わぬ顔をしていたが、ロスチャイルドの系譜に連なる者たちだ。


 御手洗は、そんな彼らに、ローゼンブルク大公の知人だということで一目置かれるようになったのだ。


 ようやく運が向いてきた。今回の外遊はとても収穫の多いものだったのに、身内に邪魔される格好でこの場を去らなければならないなんて……


 今は彼女の言うことを聞くしか無いが、利用だけ利用したら早めに手を切った方がいいだろう。都知事は能力がない、旧世代の人間だ。御手洗の政策にも殆ど理解を示してはおらず、もし仮にホープ党が政権を奪取したとしても、彼女が抵抗勢力になりかねないのだ。


 だが、いまは雌伏の時で力を蓄えるしかない。そのためには何とかして上坂を逃さないようにしなければ……


 預言者は彼はこれからの時代に必要な人材だと言っていた。そのこと自体は御手洗も同意するところであるが……と、同時に救世主であるとも言っていた。彼はこれから起きる災いと戦うために、神に遣わされたメシアなのだそうだ……


 こんな話、誰が信じられるだろうか?


 御手洗はため息を吐くと、こんなおかしな連中に付き合わなければならない今の自分を自嘲しながら、帰国の途を急いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ