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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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だって、友達だろ?

「お~、いってえ~……なんだよあの、おば……おば……おねえさんは」

「まるで反省してないな……だから、そういう態度が先生を怒らせたんだろう」

「反省って言ったって、俺は本当のことしか言ってないんだぜ?」

「……あんた死にたいのか? そのセリフ聞かれたら、また殺されるぞ」


 アラフォー女性に不用意に歳のことを聞いてしまった下柳は、後に訪れた無慈悲な暴力を前に、体中が打撲と擦り傷だらけになっていた。警察官の彼が割と本気で逃げたのだが、一体その小さな体のどこから出てくるのかと呆れるほどの膂力(りょりょく)に押し切られ、最後の方は殆ど涙目になりながら慈悲を乞うていた。倖はペッとツバを吐き捨てると、肩を怒らせて去っていった。残された彼はもう二度と彼女だけは怒らせまいと心に誓うのだった。


 その後、鼻血を垂らしてダウンしてしまった美夜をベッドに寝かしつけると、上坂までもが自分の先生の悪口を言った下柳に対し、コンコンと説教を垂れ始めた。彼は自分も悪かったと反省しているようだったが、いつまでも続く小言に辟易したのか、寺のテレビに勝手に据え付けていたレトロゲーム機を起動すると、


「わかったわかった。俺が悪かったからもういいだろ」


 と言いながら、まだぶつぶつ言っていた上坂に向かってゲームパッドを投げてよこした。


 基本的に、下柳がこの寺に来るのは、こうしてゲームをしに来るときで、上坂は案外それを楽しみにしていたのだ。彼がそれを憮然とした表情で受け取りテレビの前に正座すると、縦川は肩を竦めてから苦笑混じりに隣に並んだ。


 三人が横に並ぶとテレビ画面が切り替わり、任天堂のロゴがくるっと回転してゲームが起動する。額縁になった4:3の画面が更に4分割され、小さく見にくい画面の四隅に、風船がくくりつけられたカートに乗った配管工ときのことゴリラが映し出される。


 間もなくチェッカーが振られ、ブオンブオンとエンジンを吹かす音が響いて、スタートダッシュを決めたゴリラがきのこに突っ込んできた。縦川はそれを華麗に避けると小刻みにパッドを操作しながら、おかえしとばかりに下柳のゴリラに向かってカートを走らせつつ言った。


「しかし、下やん、俺から見ても大人げないと思ったぞ。舞い上がっちゃったのは仕方ないけど、もう少しマシな反応は出来なかったのか」


 そう言いながら縦川が飛ばしてくる甲羅を交わしながら、


「いや、まあ、舞い上がったっつーか、いきなりだったからびっくりしちゃったんだよ。ほら、よくあるだろ、友達んちで姉ちゃんと出くわして、バカ丁寧に挨拶されて、あんなんなっちゃうの」

「ああ……あるかなあ」

「上坂に彼女が出来たっつーから、からかいに来たら、えらい美人が出てきたから驚いたんだよ」

「だから彼女じゃないって言ってんだろ」


 配管工は背後から忍び寄る甲羅持ちのきのこをバナナで牽制しながら、


「ていうか、ホントやめろよな。下やんは冗談のつもりでも、それで嫌われちゃったらどう責任とってくれるんだよ。エイミーとは、幼馴染で長い付き合いがあるんだから」

「わーるかったよ……っていうか、幼馴染だっけ? なんか、俺が知らないうちに、上坂の身内が続々出てきててわけわからんぞ。あのちびっ子もなんなんだ」

「美夜は先生の子供っていうか、何ていうのかな……ちっ」


 赤甲羅で転がされた上坂が舌打ちしていると、そのセリフに驚いた下柳がポーズボタンを押して振り返り、


「え!? あの人子持ちなの? ますます見えないな」

「いや、子持ちじゃないよ。子供って言っても養子みたいなもんで……つーか、いきなりゲーム止めるなよ」


 ポーズが解除され、また三人がばらばらに散っていく。


「養子って言うと、おまえの妹みたいなもんか。いいなあ、血の繋がらない妹」

「下やんが言うと卑猥だなあ。妹なんてそんないいもんじゃないぞ」

「雲谷斎んとこは兄弟姉妹多いからな。するってーと上坂、あの姉さん、おまえとあのちびっ子と、2人も養子にしてんの? 慈善家かなにかなのか」

「まあ、そうだな……先生に言うとすごい嫌がるから、面と向かってそんな事言うんじゃないぞ? 先生、あれで個人主義者のつもりなんだよ」

「ふーん……ところで、どうしてお前たち別々に暮らしてるの? あんな人が居るなら、雲谷斎の世話になんかならなくても良かったろうに」

「俺なんかで悪かったな」


 きのこがすれ違いざまにバナナを落とし、先読みしたゴリラがジャンプドリフトで回避する。


「保護者なら、お前を他人任せになんかしないで、ちゃんと面倒みりゃいいじゃんか。なんであの人、おまえのことほったらかしてたんだよ」


 上坂は自分の信頼する先生が無責任みたいに言われて、少しムッとしながら、


「うっさいな。色々あるんだよ。先生は、つい最近まで俺が死んだと思ってたんだから、仕方ないだろ」

「え!? 死んだ? ……死んだってどういうことだ?? って、あっ! こらっ!」


 下柳が目をパチクリして上坂の顔をまじまじと見つめる。上坂が顔をしかめて、余計なことを言ってしまったと後悔していると、上から飛んできた甲羅にゴリラが吹き飛ばされた。


 縦川がクククッと含み笑いを漏らす。


「油断大敵だ」

「ちくしょう。ずりーぞ。何話してたか忘れちゃったじゃねえか!」

「なら忘れちまえ、大したことじゃないから」

「なにこの連携……別にいいけどよ。おまえら、俺を除け者にして2人だけでどんどん仲良くなっちゃってずるいぞ」

「ホモみたいな言い方すんなよ」

「上坂も、何があったかしんねえけど、俺のことだってもっと頼ってくれていいんだからな」


 上坂はそんな彼の言葉にありがたいと思いつつも、素直に礼を言うことが出来ずに苦笑いしながら三連甲羅をポンポン飛ばした。下柳は前方の壁で跳ね返る甲羅を見るとカートを止めて、ぴょんぴょん飛びながら方向転換し、


「まあ、何にせよ、良かったな」

「なにが?」

「母ちゃん見つかってよ」

「母ちゃん!? バカッ、母ちゃんじゃねえよ。下やん、さっきから本気で言葉に気をつけろよ。俺をからかう分にはいいが、先生は冗談が通じないから」

「なんだよ、違うのか? 保護者って言ってたじゃないか」

「違うよ。俺と先生はその……なんつーか、家族っていうか、仲間みたいなもんだ、仲間みたいな」

「照れるなよ」

「照れてるんじゃないし。つーか、籍入れてるわけでもないんだし。先生には本当にお世話になってるんだから、下手に刺激すんのはやめてくれよな、ホント」

「ふ~ん……おまえの気にしすぎだと思うけどね……ちっ、バナナか」


 ゴリラは持っていたバナナの皮をポンポンと投げ捨てると、また新しい箱を拾ってルーレットを回した。そしてまた出てきたバナナに舌打ちしながら、


「でもよう? 保護者が来たってことは、これからどうすんの?」

「……どうって?」

「詳しいことは知らないけど、おまえ、保護者がいないからって、ここに預けられてたんだろ? それが見つかったんなら、ここにいる必要もないじゃん。あの……先生? のところに帰るのか?」

「ああ、まあな」

「ふーん……どこにあんだ? 都内なら引っ越し手伝ってやってもいいけど」

「いや、ドイツだ」


 下柳はポーズボタンを押してから、声のトーンを一段上げて言った。


「ドイツゥゥ~~!?」


 耳元で大声を上げられた上坂はキンキンする耳に指を突っ込みながら、


「っつ~……いきなりでかい声出すんじゃねえよ! びっくりするだろ!」

「ドイツって、おまえ……外国のドイツか? ヨーロッパにある」

「ああ、東京ドイツ村でもアルトバイエルンでもねえよ」

「それじゃもう会えなくなっちまうじゃねえか。いつ引っ越すんだ?」

「詳しいことはまだ決まってないけど、近日中に……ポーズ、解除しろよ」


 上坂がそう言うと、下柳は何か言いたげに口をパクパクさせてから、鼻息をフンッと吹いて、後頭部をガリガリとかいて、そして不機嫌そうに舌打ちしてからゲームを再開した。


 その瞬間、縦川のきのこが溜め込んでいた甲羅を一気に放出する。下柳はそれを忌々しそうに避けながら、


「近日中って、またやけに急だな……先延ばしするわけにはいかないのか?」

「どうして……?」

「だって、学校通い始めたばっかだろ? せめて卒業するまでこっちに居たらどうだ。部屋も余ってるんだし……雲谷斎もいいだろ?」


 縦川はちらりと下柳を見て、軽く頷いてから、


「もちろん、うちは構わないけど」

「ほら、雲谷斎もこう言ってるんだし、そうしろそうしろ」

「馬鹿。そんなわけいくか」

「どうして」

「先生が一緒に帰ろうって言ってくれてるんだ。ついていくのが当然だろ?」

「んな、高校生も三年にもなったら、親の都合がどうこういう歳でもないだろうが。なんなら俺からも説得してやるからよ」

「そんなわがまま言えないよ」

「なんでよ。そう簡単に諦めんなよ」


 上坂は少しイラッとしながら、


「なんでそんな引き留めようとすんだよ。俺の家庭の事情だろ?」


 しかし、そんな上坂の苛立ちなど知ったことかと言った感じに、下柳は言った。


「だって、友達だろ?」


 上坂は操作していた配管工を止めた。すかさず飛んできた甲羅に弾き飛ばされて、配管工がピヨっている。


「友達って……おっさん、年の差考えろよ? 友達なんて年じゃないだろ」

「馬鹿、友達になるのに年齢なんか関係あるか。一緒に遊んで楽しければ、それでいいじゃんか」


 その言葉はシンプルなだけに、上坂の心を打った。


 上坂の過去は決して暗いものでは無かった。だが、天才と呼ぶべき立花倖に育てられた上坂に、こうやって友達と言えるような人が、仲間と呼べるような同世代がいなかったことは確かであり……


 それに何より、こいつらと遊んでるのは、確かに楽しかったのだ。


「おーい、あんまり上坂君を困らせるんじゃないぞ」


 縦川の声が聞こえてきて、上坂はハッと我に返った。どうやらパッドを握りしめたまま、少し考え込んでしまっていたらしい。慌てて復帰した配管工のエンジンを吹かすと、目の前を甲羅が横切っていく。


「てめっ、このっ……」

「別に困らせるつもりはねえよ。急だったからよ……雲黒斎だって、秋になったら中央競馬行こうぜって言ってたじゃん。有馬記念の人混みを見たらきっと驚くってさ」

「そうだったっけ」

「まあ、無理にとは言わないけどよ。学校でも友達出来たんだろ? それに、彼女だって東京に住んでるんなら……」

「ああ、それなら。エイミーさんもドイツに行くそうだから大丈夫だよ」

「え!?」


 下柳は素っ頓狂な声を上げた。


「彼女、ご家族があっちに住んでるんだって。元々、上坂君のために一人でこっちに残ってたそうだから」

「けっ! なんだよ、それ。バーカバーカ! ドイツでもどこでも行っちまえ!」

「おい、下やん、さっきと言ってることが矛盾してるだろ」


 そんなおじさん2人の漫才を聞き流しながら、上坂は一人黙々とゲームをプレイしていた。


 下柳の嫉妬というか手のひら返しはさておき、実際のところ、自分自身、本心ではどう思っているのだろうか……彼にはそれがわからなかった。


 そんなことを考えていると、配管工が回したルーレットがスターを獲得した。軽快なリズムの独特なミュージックが流れると、その瞬間、ぎゃーぎゃーうるさかった男たちの声がピタリと止んだ。


 かちゃかちゃとパッドを操作する音だけがあたりに響く。


 今がチャンスだ。無敵状態の上坂は慣れないミニマップを見つめながら2人のキャラを追いはじめたが、こんな時だけ見事な連携を見せるおっさん2人に中々追いつけない。


 そうこうしているとミュージックはまたゆっくりしたテンポに戻って、七色だった配管工が元に戻った瞬間に……狙いすましたかのように、左右から甲羅が飛んできた。


「おい、こら……友達ってなんだ?」

「亀の甲より年の功ってね」

「友情は母ちゃんみたいに甘くねえんだよ」


 上坂は憮然とした表情でゲーム機の本体のリセットスイッチを押すと、


「くそ、もう一度勝負だ!」


 まだ対戦中のゲームを無理やり中断してタイトル画面に戻してしまった。


 縦川と下柳はやれやれとお手上げのポーズを決めると、ニヤニヤしながらそれに応じた。


 こんな他愛のない日々があと何日続くかは分からない。


 それが終わる日のことを考えると寂しい気もする。


 だからって、自分だけがこの国に残るなんて、今の上坂には考えられなかった。


 その友情を思うと、離ればなれになるのは惜しいような気もするし、


「おい、下柳! ポーズ連打すんなよっ!」


 割と、どうでもいいような気もしていた。


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