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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第三章・上坂一存の世界
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悪の秘密結社

 深夜の閉店後のレストランで、立花倖の話は続けられた。


 あの嘘で塗り固められた隕石落下から5年、その間彼女が何をしていたのか。彼女が言うには彼女の命を狙い、上坂とナナを奪った敵の正体はイルミナティと言う秘密結社であると言うのだ。


 5年前に起きたあれだけの事件が、実はフリーメイソンのようなオカルトチックな団体のせいだったという彼女の話は、いくら上坂の恩人だからと言ってもすぐには理解できず、縦川は眉に唾をつけながら同じテーブルにつく他の面々の顔色を窺った。上坂は完全に信じ切ってるように見えるのは、まあ仕方ないとして、他の3人もまたそれぞれ違った反応を見せていた。


 白木恵海は話の内容自体がチンプンカンプンと言った感じで、九十九美夜はそもそも話自体に興味がない様子であり、そして最後に残ったアンリエット・ブランは、どうして自分がこんなおかしな連中の会合に出席してるのかしらと言わんばかりの呆れた表情を見せながら、外国人特有のオーバーなリアクションをしてため息混じりに話し手に向かって言い放った。


「イルミナティですって……? あんた、本気でそんなもんが居るって信じてるの? 呆れた……上坂、この人早く休ませた方がいいわよ。きっとここに来るまでに、どっかで頭でもぶつけてきたんじゃないかしら」

「くっ……そういう反応はある程度覚悟してたけど、実際にされると堪えるわね……あなたが信じてないのはわかったわ、でも事実なのよ」

「バカバカしい。話にならないわよ。イルミナティ? フリーメイソン? いい年してそんなおとぎ話を誰が信じるってのよ。上坂の恩人だって言うから黙って聞いてたけど、さっきからあんたが言ってることはめちゃくちゃよ。あの隕石が偽物だってのも、どうやら頭のイカレタひとの妄想だって思ってた方が無難みたいね」

「おい、委員長。先生は確かに普段から頭のおかしいことばかり口走ってる人だけど、大事な場面で嘘を吐くような人じゃないぞ。どちらかと言うと、嘘みたいなことを実現してきた人なんだ。おまえだって東京で使われてる汎用AIには世話になってるだろう」

「上坂君。割と容赦ないフォローありがとう」


 助け舟を出された倖が引きつった笑みを浮かべていた。それでも信じられないアンリが鋭い視線を彼女に投げかける。縦川はここで押し問答を始めても仕方ないと思い、話題を変えるつもりで疑問に思ったことを尋ねてみた。


「まあまあ、とりあえず一旦みんな落ち着こう。ところで、アンリちゃん。君はイルミナティって秘密結社に心当たりがあるのかい? 実は俺もさっきから、彼女が言ってることがチンプンカンプンなんだ。そいつは有名な組織か何かなのかい」

「え? ええ、まあ……フランス革命を起こしたのは、実はこいつらだって与太話があるんですよ。もちろん、ただの噂話ですけどね」


 フランス人である彼女だから、子供の頃に聞きかじったことがあったのだろう。彼女からすると、倖はいい年してノストラダムスの大予言を信じている大人みたいだと言うわけだ。呆れるのも無理はない。


 対してその言われてる張本人は、呆れ返る視聴者に反論する矢追純一のように……いや、寧ろそれに反駁する大槻教授みたいに、自嘲気味に語るのだった。


「それが本当かどうかはわからないけど、フランス革命期にフリーメイソンが大流行していたのは事実なのよ。そしたらその中に、革命に殉じたロッジ(フリーメイソンの集会所)があった可能性は否定できないでしょ。現に、革命政府は権力を掌握するや否や、秘密結社禁止令を出してフリーメイソンを弾圧したという歴史があるのよ。ただのお遊びに、こんなヒステリックな反応するのはおかしいでしょう。それくらい、当時のフリーメイソンってのは社会に影響力があったってわけ。


 多分、革命で国を追われた貴族やブルジョアにも、フリーメイソンは多かったでしょうね。そんな彼らは新大陸に渡ってアメリカ合衆国の建国を支えた。その証拠に、独立戦争の100年後に送られたとされる自由の女神像のプレートには、はっきりとフリーメイソンの名前が刻まれてるのよ。他にも、建国の父と呼ばれるベンジャミン・フランクリンは新聞のインタビューで、自分がメイソンであると公言していたし、普及のための書籍まで出版している。誰も公言こそしてないけれど、アメリカの政府内にフリーメイソンが巣食ってるのはほぼ間違いないわね」

「そんなバカな……」

「嘘だと思うならウィキペでもなんでも調べてご覧なさいよ。証拠ならいくらでも出てくるから」

「でも、それは何百年も前の話でしょう? 今も残ってるなんてことは……」


 アンリがなおも食い下がる。だがそれに答えたのは、倖ではなく、それを横で聞いていた縦川だった。


「いや、アンリちゃん。今でも実際に居ることは居るみたいだよ」

「縦川さんまで……嘘でしょ?」

「いや、ホントホント。冗談みたいな話だけど、ツイッターなんかでも、私はフリーメイソンですって公言しているお金持ちがいるんだよ……あれはお金持ちがお遊びでやってるもんだとばかり思っていたけど……」

「実際にそうでしょうね。寧ろ、お金持ちがお遊びでやってるから始末に負えないのよ……」


 立花倖はそう言ってまた自嘲気味に笑うと、長い溜息を吐き出してから、まるで教室で授業する学校の先生みたいに、張りのある声で続けた。


「それじゃ、ちょっと歴史のお勉強をしましょうか。元々、フリーメイソンというのは中世の石工職人の互助組合のことだった。その組合はキリスト教徒の組合らしく、会則に友愛や寛容を掲げていたの。損をしてでも組合員同士、助け合いましょうってね。それが18世紀になって、啓蒙思想が流行していたヨーロッパで金持ちや貴族たちの目に留まり、彼らはその信念に共感して、自分たちのサークル活動で利用することにしたのよ。こうして新たに発足したフリーメイソンは「自由」、「平等」、「友愛」、「寛容」、「人道」という5つの基本理念を掲げて活動を始めた。


 これらの博愛主義的な考えは、今も昔も人々の共感を得やすいものだったから、彼らが立ち上げたばかりの組織も、どんどんメンバーを増やしていったわ。それにフリーメイソンは友愛を唱えるだけではなく、秘密結社としてメンバー同士で秘密を共有もしていたから、ろくに娯楽がなかった時代で、それはきっと人々の目に斬新に映ったんでしょうね。フリーメイソンの輪はどんどんと広がり、ついにはイギリス王室にまで波及していく。


 1737年、イギリスの皇太子フレデリック・ルイスが加入すると、それが良い呼び水になって、各国の貴族たちがこぞってフリーメイソンに加入していった。これ以降、イギリス王室は代々メイソンに加入するようになり、エドワード7世やジョージ6世はイギリスのグランドマスターまで務めたそうで、公言はしてないけれどエリザベス2世もそうだろうと言われてるわね」


 立花倖はそこまで話すと、未だに鋭い疑念の視線を投げかけるアンリに対して、


「いや、わかるわよ? 言いたいことはわかるけど……でも嘘だと思うなら、本当に一度でいいから、ネットで検索して御覧なさい。それを裏付ける証拠がいくらでも見つかるから。写真だってあるわよ?」


 倖が頬を引き攣らせながらそう言うと、アンリは更に胡散臭いものでも見るような目つきをしてから、おもむろに自分のスマホを操作し始めた。実際に自分の目で確認しようということだろう。倖は諦めたように肩を竦めると、困惑した表情のまま固まっている縦川に向かって話を続けた。


「イルミナティってのは元々は大学で神学を学んだ者たちによる、キリスト教過激派の集まりだった。その目的は、同じキリスト教徒のイエズス会を撲滅することで、カトリック・ローマ教会を敵視していたのはほぼ間違いないわ。ただ、それだと中々人が集まらなかったから、当時流行していたフリーメイソンのスタイルを取り入れたようね。


 イエズス会というと、日本人なら誰でも知ってるフランシスコ・ザビエルが創設した宣教師団体のことだけど、その設立目的は実は布教というよりも第3世界の支配という、過激思想を持った極右組織だったの。実際、天草四郎は殉教者というよりも、クーデターを起こそうとして失敗したという見方が正しいのよ。


 当時、世界の覇権を握っていたスペイン・ポルトガル連合は、オランダやイギリスなどの新勢力と植民地争いをしていて、徐々に劣勢に追いやられていった。そこで敬虔なカトリック教徒のスペイン王を助けるべく、植民地や第3世界の住人をカトリック教徒に改宗し、オランダ・イギリスと戦う尖兵を作ろうとしたのがイエズス会だった。英国は国教会、オランダはカルヴァン派と、宗教的な見地からも彼らは敵同士だったのよ。


 イルミナティは当初、そんなイエズス会系の大学教育に抗議する目的で、バイエルン選帝侯領で旗揚げされた、いわば大学のサークルだったそうよ。でも次第にその活動が、アンチキリスト的で過激なものになっていってしまった。主催者のヴァイスハウプトは10年に一人の天才と呼ばれ、若くして教授に上り詰めたエリートで、我が強かったんでしょうね。


 イエズス会の教えに不満を持っていた彼は、いつしかグノーシス主義を標榜し、唯一神を否定しはじめ、ついにはバチカンから異端扱いされるに至ってしまった。焦ったバイエルン選帝侯は彼らの活動を禁じ、メンバーたちは弾圧や投獄の憂目にあい、主催者は追放されて他国に亡命したそうよ。これが1786年、バスティーユ襲撃の3年前の出来事よ。


 それで、この時をもってイルミナティは消滅したと考えられてるわけだけど……亡命した主催者たちは間違いなく、自分たちを異端者にしたバチカンを恨んでいたでしょうね。そんな彼らがフランスに潜伏し、カトリック教徒だったブルボン王朝の転覆を目論んで民衆を扇動し、ついに革命を起こしたというのが、さっき彼女も言っていた陰謀論ってわけ」


「……あなたはその可能性が高いと考えてるんですか?」


 縦川が問う。倖は軽く頷いて、


「無くはないと言ったところね。少なくとも、逃げた彼らがフランスで憎きカトリック教徒に仕返しするチャンスを得たとしたら、それに参加しない方がありえないでしょう。恐怖政治を敷いたロベスピエールは、その後カトリックどころか宗教弾圧まで始めたそうで、これは政教分離を目的としたものと言われてるけど、もしも彼らがイルミナティで、グノーシス主義者だったら十分ありえることよね。唯一神を信じないどころか、憎んでいるんだもの。


 とにかくまあ、こんな具合に、私達日本人が思ってるよりも、ずっとフリーメイソンって秘密結社は、ヨーロッパではメジャーな存在だったのよ。第二次大戦頃まではアメリカのみならず、欧州各国にも数十、数百のロッジが存在したと言われてるわ。


 それがパッタリと無くなった……もしくは地下に潜伏しちゃったのは、大戦中にナチスが秘密結社禁止令を出した影響も大きいでしょうが、おそらくバチカンを巡るロッジP2事件の方が大きいでしょうね」


「ロッジP2?」


 縦川は首をかしげた。どこかで聞いたことがあるような気がするが思い出せない。確か、大昔のマフィア映画だったか……そんな彼に向かって、倖は話を続けた。


「今言ったナチスドイツが秘密結社禁止令を出したように、イタリアのムッソリーニも禁止令を出していたのよ。いつの時代も独裁者は、自分の目の届かないところで国民が集まることを嫌うようね。それによってイタリア国内のロッジは全て閉鎖されたんだけど、終戦後、禁止令が解除されるとイタリアのメイソンはすぐに戦前のロッジを復活させた。それがロッジP2よ。


 P2は復活当初こそ大した活動をしていなかったんだけど、元ファシスト党員のジェッリが加入すると、極端な反共思想を持った過激組織に変わっていったの。ファシストの彼は共産主義者が大嫌いだったのね。


 当時のイタリアは左翼政党の躍進が著しく、まもなく共産化してしまいそうな危機的状況にあった。CIAはNATOの一員であるイタリアの共産化を阻止すべく、ジェッリと協力して国内の左翼を一掃した。こうしてアメリカに貸しを作ったジェッリはP2の活動を世界に広げていき、特に南米での反共ゲリラの育成に力を入れていたの。


 彼はそこまで共産主義者が憎かった……というよりも、おそらくはお金のためにやったんだろうけどね」


「お金のため? ゲリラ育成が金になるんですか?」


 それまで黙って聞いていた上坂が目をパチクリさせながら尋ねた。


「ええ、今も昔も反社会組織の収入源と言えばドラッグでしょ。P2はゲリラに武器を供与する代金で、ドラッグを手に入れたというわけ。彼らはそれをアメリカに持ち込んで売りさばいたんだけど、CIAは借りがあるからある程度それを黙認した。当時のアメリカには、大戦中、シチリア上陸作戦に協力した功績で、永住権を得たイタリアンマフィアが数多く移り住んでいて、販路を確保しやすかったのもあるわね。そしてそんな彼らの活動を、バチカンが支援したの……」


「バチカンが? そんな馬鹿な。一体なんのために??」


「元々スペイン・ポルトガル領だった南米には、カトリック教徒が多く住んでいるというのもあるけど、共産主義がキリスト教にとって敵であることが最大の理由ね。共産主義者は基本的に無神論者だから、自動的にキリスト教の神を否定する存在なわけ。彼らの神を否定するのは、悪魔崇拝者と同じことよ。


 また、当時のバチカンは戦前にムッソリーニと結んだ条約で得た特権を、新しいイタリア政府に反故にされたために、資産を海外に移したいという目論見があったの。でも、大株主であり宗教的な権威でもあるバチカンが、あれを売るこれを売ると言ってしまうと、金融市場が大混乱に陥る恐れがあった。そこで秘密裏に大量の株式や債券を現金化してくれる人が必要だったんだけど、P2はそれにうってつけの相手だったのね。バチカン銀行は彼らの資金洗浄に協力し、そこから利益も得ていたってわけよ。


 こうして南米のゲリラから手に入れたドラッグをアメリカで売り、それをバチカンで洗浄して、またアメリカの軍需産業から武器を買ってゲリラに売りつけるという三角貿易が成立したんだけど、この不正はいつまでも続かなかった。


 それから暫くして教皇が変わりヨハネ・パウロ1世が即位すると、トップに立った彼は自分の組織が汚職まみれであることを知ってショックを受けた。清廉な人だった新教皇は、すぐさまバチカン銀行の改革を断行すると発表して、その意思表示は全世界の人々に称賛され誰もがバチカンは変わると期待した。ところが、即位から33日目の朝、彼は自室で遺体となって発見されるのよ。


 当時、すでにバチカン銀行が不正に関与しているという噂はあって、教皇はそれを正そうとしたために暗殺されたんだと世間は大騒ぎになったわ。ところが、教皇の遺体は発見直後に防腐処理を施されており、教皇を解剖するなんてとんでもないと司法解剖は拒否されて、その死因は永遠の謎になってしまった。その後、資金洗浄に関わったとされる金融関係者も次々と不審死を遂げて、事件は闇に葬られた。


 そしてP2は一連の事件の疑惑を問われ、フリーメイソン団体から永久に除名されることになった……だからなんだってわけじゃないけども。そんなこともあったせいか、これ以降、フリーメイソンは危険な秘密組織というレッテルが貼られ、映画やドラマで悪の秘密結社のモデルにされてるわけ。元々の友愛組織から、なかなかの転身っぷりよね。


 ところで、この事件で一番得をしたのは誰かって考えると、間違いなくアメリカの軍需産業よね? 彼らは普通に商売しただけで、何一つ手を汚してない。まあ、武器を売ること自体が汚い商売だって言ったらそれまでだけど、バチカンみたいに評判を落としたわけでもないし、身内の誰かが死んだわけでもないわ。


 もし、この軍需産業にイルミナティがいたとしたら……彼らは長年の恨みを晴らしたことになる。バチカンは教皇を殺された上に、金も評判も失った。アメリカの軍産複合体は国策みたいなもので、政府に深く食い込んでいるし、もしかしたらCIAもグルだったのかも知れない」


 立花倖の話が終わると深夜のレストランは一層の静けさに包まれた。その話に納得したわけではないが、かといって反論も思いつかない。縦川は唸った。


 スマホをいじっていたアンリは、スマホをテーブルの上に置いて、その画面をじっと見つめたまま動かない。恵海と美夜は朝から働き続けた疲れが出たのか、眠そうな顔でうつらうつら船を漕いでいた。クロエは客商売の習性で、倖を案内したあとは黒子のように姿を消していた。こんな荒唐無稽な話を、無関係な彼女に聞かせても平気だろうかと不安に思ったが、自ら遠慮してくれたのは助かった。上坂はいつも通りの眉間にシワを寄せたフラットな表情をしている。


 縦川はそんな上坂と目が合うと、その場を代表するかのように倖に尋ねた。


「……ここまで聞いてしまったら、今更ケチはつけませんが。あなたは本気でそう信じてるんですか? 冗談抜きで」

「冗談で拉致までする? 現実に、何か得体の知れない連中が、私達に危害を加えていたのは確かなのよ」


 言われてみれば確かにそうだ。縦川はゴクリとツバを飲み込んだ。倖はそれでも信じられない彼に譲歩するように続けた。


「もしかしたら、私達の敵は単独ではないかも知れないし、その組織がイルミナティと言う名称でもないかも知れない。でも、アメリカの軍産複合体の中に、私達を敵視して、あの隕石事件を仕組んだ何者かが居るのだけは確かだと思ってるわ。FM社の行動を振り返っても、そう考えるのが妥当でしょう? 彼らは監視チップを作るだけじゃなく、ドローン兵器という軍需品にまで手を出していたんだから」

「……ドローン兵器? ちょっと待って。そのドローン兵器って、今、中東で猛威をふるってる、あのAI兵器のこと? あれを作ったのはFM社だったの??」


 立花倖がドローンに言及すると、それまでスマホを見つめたままじっとして動かなかったアンリが、ピクリと肩を震わせた。彼女は眉を顰め、視線だけを上げて、じろりと睨みつけるかのように彼女の顔を見た。


 倖はその挑むような視線を涼しい顔で受けつつ、黙って頷くと、


「そう言えば、あれは米軍が開発したってことになってたわね。実際には、あれはFM社が作って軍に売り込んだ代物なのよ」

「そんなの初耳なんだけど……」

「情報公開されていないからね。知ってるのはせいぜい一部テロリストの親玉と、各国政府の上層部くらいよ」

「そんな情報を、どうしてあなたが?」

「もちろん、私も知らなかったわよ。ただ、これに使われてる技術に関心があってね。この兵器には汎用AI技術が使われていた。東京のチームが技術を漏洩させたとは思えないし、アメリカには私達に追いつけるような有力なチームも無かったはず。それじゃこの出処はどこなんだろうかって、興味が湧いてね……それで、さる筋から手に入れたドローンをリバース・エンジニアリングしてみたら、見覚えのあるコードが出るわ出るわ。これは間違いなく、私が作ったものだと確信したってわけよ」

「あなたが作った……? 一体それってどういうことよ!? あんたがあの殺人兵器の開発者だって言うの??」


 倖を睨みつけるアンリの表情が、更に険しくなっていた。まるで親の仇でも見るかのようなその視線に彼女はたじろいだ。


 立花倖は勘違いしていたのだ。このテーブルを囲んでいるメンバーの中に当たり前のように居たものだから、アンリも上坂に起きた過去の出来事を知っているのだと。実際には、アンリは別件で上坂と話をするつもりでここに居たのだが、その最中に彼女が割り込んでしまっただけなのだ。


 やけにドローンに拘って見える彼女の姿は、もしかするとあの兵器に因縁があるのかも知れない。そう考えるとおいそれと話を続けて良いか分からず、倖は助けを求めるように上坂に視線を向けた。彼はその視線を受けると、


「委員長。あれを作ったのは俺だ」

「……え?」


 2人の横から上坂がそう言うと、倖を睨みつけていたアンリの瞳は驚愕に見開かれた。彼はそんな彼女の目を見つめると、淡々とした口調で続けた。


「5年前。俺はあの災害の救援に来た米軍の手によって拉致された。行き先は米国本土のFM社だった。彼らは俺を拷問にかけて、俺の持ってる情報を全て引き出そうとした。俺はそれに耐えきれず洗いざらい話すと、生き延びるため、彼らの求めるまま兵器開発をさせられた。俺は先生の教えを受けて、ナナの……汎用AIの開発に携わっていたから、彼らはその技術が欲しかったのさ。そして出来上がったのが、あのドローン兵器だ」


 上坂の声が途切れると、それから暫く間、場は沈黙に満たされた。アンリは彼の言葉を受け入れることが中々出来ない様子で、何度も首を振ってから、やがて掠れるような声で呟いた。


「本当なの?」

「ああ」

「……あんたが……あんたが、あれを作ったんだ?」

「そうだ」

「それじゃあ、あんたが……」


 彼女はそこで一拍置いて、ゴクリとツバを飲み込むと、それまでよりも一段トーンの低い声で、


「あんたが、パパを殺したの」


 その言葉を聞いた瞬間、これはまずいと思った縦川はギョッとして立ち上がると、2人に割り込むようにして咄嗟に言い放った。


「アンリちゃん! 上坂くんは何も作りたくて作ったわけじゃなくて……」

「うるさいっ!!」


 しかし、アンリはそんな縦川の声を一蹴すると、ブルブルと震える手でテーブルにあったナイフを掴み、立ち上がって上坂の顔を見下ろした。席の並びでたまたま隣同士に座っていた2人はたった数十センチしか離れていない。


「きゃあああーーー!!!」


 それを見て、今にも眠ってしまいそうだった恵海が目を覚まし、鋭い叫び声を上げた。


 上坂は自分の目の前でギラリと光る鈍色の肉切りナイフを見つめると、いつものように冷静な表情でアンリの顔を見上げた。その瞳はどんな感情も映し出さず、ただ陶然としていた。兵器を作ったあの日から、いつかこんな日が来るかも知れないと彼は思っていたのだ。


 不思議と落ち着き払っている彼の姿を、アンリは挑発と受け取ってしまったのか、みるみるうちに顔が紅潮させると、どうしていいか分からないと言った感じに彼女は手にしたナイフを振り上げた。


 やばい。焦った縦川は、今度こそ止めなければと足を踏み出したが、テーブルの向かい側にいる2人の間に割って入るには、とても間に合いそうもなかった。せめてなにかで気を引けないかと、彼が思案していると……


 その時、思わぬ方向から、これまた冷静な声が響いてきた。


「やめるれす、テロリスト。今度は子供だからって、見逃したりしないれすよ」


 それまでテーブルの上の料理以外には、まったく興味を示さなかった九十九美夜が、妙なことを口走る。すると次の瞬間、


 カランカラン……


 っと、乾いた金属音がして、アンリの振り上げたナイフが床に転げ落ちた。


 アンリの瞳が驚愕に見開かれ、まるで錆びついたブリキのおもちゃみたいに、ギシギシと音が鳴りそうなぎこちなさで、美夜の方へと向けられていく。


 彼女の視線が美夜を捉え、二人の間で視線が交錯する。


「エティーッ!!」


 と、その時、さっきの叫び声で駆けつけたらしきクロエの声が店内に響いた。アンリはその声にビクリと肩を震わし、今の保護者であるクロエの顔と、眼下の上坂の顔を何度も行ったり来たりさせてから、


「くっ……」


 彼女は口を真一文字に結ぶと、振り上げた拳を下ろし、それを血がにじむくらいギュッと握りしめながら、ズカズカと足音を立てて店の出口へと歩いていった。


 クロエの横を通り過ぎるとき、止めようとしたそんな彼女の手をアンリは荒々しく振りほどき、振り返りもせずに彼女は店を出ていった。


「ちょっと、エティ! 待ちなさい!」


 そんなアンリのことをクロエが追いかけて行き……残された縦川たちは、ただ呆然とその後姿を見送るしか無かった。


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