そしたら隕石が降ってきて
幼馴染が抱き合う姿は、まるで古代の彫刻みたいに美しかった。上坂は困り顔で腰にしがみつく彼女の頭を撫でながら、気恥ずかしそうにお手上げのポーズをしてみせた。山から吹き下ろす涼しい風が緑豊かな渓谷の木々を揺らし、真っ白な豪邸の前庭で踊るように落ち葉が舞い散って、一枚の絵画を見ているようなそんな気分にさせられた。
再会した二人に言葉は要らなかった。いや、そもそも何から話していいのかわからなかったのかも知れない。二人は暫く抱き合った後、やがてやっと涙から解放されたエイミーは、そわそわしながら彼の手をぎゅっと握りしめて、暫くの間、酸欠の鯉みたいに口をパクパクさせていたが、ようやく絞り出すように声を出したのであった。
「ああ、いっちゃん。本当にいっちゃんなの? 私、夢を見ているんじゃないかしら」
「ああ、本物だ。足だって付いてるだろう?」
「信じられないですわ。だって、あの日、自衛隊の人たちは言ったもの。生存者はいないって。私、お台場まで探しにいったんですのよ? あれから毎年、時間があれば、慰霊碑まで何度も何度も……」
「そうだったのか……ごめん。こっちに帰ってきた時、真っ先に会いに来るべきだった」
「こっちって……あなた一体、今までどこにいらしたんですの? いえ、こうしてまた会えただけで嬉しいですわ。こんな場所でいつまでも立ち話もなんですから、どうぞ中に入って」
エイミーは握りしめた手をぐいぐいと引っ張って、彼のことを豪邸の方へと誘った。ほとんど周りが見えて無いようで、困った上坂が縦川に助けを求めるように視線を送ると、その時になって彼女はようやく、そこに上坂の連れが居ることに気がついて
「あ、あら! 私ったらはしたないですわ。お見苦しいところをお見せしました。こちらは……?」
「俺が世話になってる人だ。こっちに戻ってきても、家も家族も何も無かったから」
「まあ!」
エイミーは手を口に当てて驚きのポーズを取ると、改めて縦川の方へ向き直り、スカートの裾を持ってちょこんとお辞儀した。普通ならキザったらしい演技にしか見えなかったろうが、彼女がやるとやたらと様になっていた。
「はじめまして。白木恵海と申します。以後お見知りおきを」
邪魔しないように遠巻きにしていた縦川は、彼女の丁寧な挨拶にニッコリと微笑み返すと、
「やあ、これはこれはご丁寧にどうも。縦川です。今日は上坂くんにこんなに可愛らしいお友達が居ると知って、とても安心しました」
「まあ、可愛いだなんてそんな……」
エイミーは頬をポッと赤らめてから、ニコニコと笑顔を返し、
「いけませんわ。お客様をいつまでもこんな場所で足止めしては……美夜! お客様を屋敷に案内してちょうだい」
「こいつらお客様れすか? わかったのれす。案内するれす」
「美夜! お客様をこいつ呼ばわりしないの……!」
美夜と呼ばれるメイド服の少女に案内されて、縦川と上坂は豪邸の中へと入った。
エイミーはとてもラフなワンピースを着ていたのだが、その時になってようやく自分の格好を思い出したようで、上坂の前で恥ずかしそうに俯いてから、着替えてくると言って家の奥へと飛び去っていった。上坂はそんな彼女の姿を今更見なかったふりをしてそっぽを向いている。縦川はそんな2人の姿を見て苦笑した。
2人は馬鹿みたいに天井が高くてだだっ広い空間に案内され、これまた信じられないくらいふかふかで座り心地の良いソファに腰を下ろした。部屋のあちこちには数々の調度品が飾られてあったが、その細かい装飾は芸術のことなど何も分からない縦川が見ても、高価であることが分かるくらい見事なものだった。なんというか、あるところにはあると言った感じだろうか。上坂に聞かされていたが、エイミーの家は本当に目が飛び出るくらいの大金持ちのようである。
実際、エイミーはこの豪邸に一人で暮らしているようだが、外で出会ったメイド少女が24時間そばに仕えていたり、他にも家の離れに庭師の夫妻が住んでいて、何かあったらすぐにすっ飛んでくるらしい。外出時は運転手がやってくるし、家事も近所に住んでいるハウスキーパーが毎日決められた時間にやってきて、彼女が自分でやることは何も無いそうだ。
尤も、有能かどうかはまた別の話で、例のメイド少女はなんというかポンコツだった。案内の後、エイミーを待つ間にお茶を出してもらうことになったのだが、台所で淹れた紅茶をお盆に乗せて、危なっかしい足取りでカタカタ音を立てながら運んできた彼女が、横着してお尻で入り口の扉を開けようとしたせいで、九谷焼のティーセットがものの見事に粉砕された。
それを片付けようとして無造作に掴んだ手からピューと血が吹き出たところで、堪らず縦川たちが駆け寄って、代わりに掃除をしてやるはめになった。2人が片付けてる間、メイドは涙目になりながら、新しいお茶を淹れてくると言って立ち去り、嫌な予感がしながら待っていると、今度はマイセンのティーカップを空中ダイブさせると言う芸当を披露してみせた。
今回は事前に察知した縦川のファインプレーでマイセンは守られたが、このまま彼女に任していては、床がズタズタになってしまう。仕方ないからメイドに変わって上坂が台所でお茶を淹れていたら、着替えて戻ってきたエイミーがそれを見つけて、ガミガミと叱責されていた。なんでこんなの雇っているのだろう。
「父がつけてくれた使用人なのですが、あの通りで……今はもう、お話相手以上の期待はしてないのですわ」
「うひひ、うひひひ、照れるのれす」
エイミーが愚痴るように呟く後ろで、メイドは意味が分かってない様子でニコニコ笑顔を振りまいていた。
メイドは九十九美夜という名前だそうである。その髪の毛は目立つ緑色をしていて、上坂がお台場で見かけた時はウィッグだと思っていたが、どうやらそれは地毛であるらしかった。わざわざ緑に染めるなんてファンキーな奴だと思ったが、エイミーが言うにはそれは父親のリクエストらしい。何でも、メイドの髪の毛は昔から緑色と相場が決まっているのだそうである。縦川も上坂も、エイミーすらも、彼が何を言ってるのかわからなかった。
「お父様の話なんかどうでもいいのですわ。それよりも、いっちゃん。この五年間、あなたはどこで何をしていたんですの?」
少々変わり者のお父さんの話をして恥ずかしくなったのか、顔をほんのり赤く染めながら彼女が言った。さっきまであんなに泣きはらしていたのに、今見るともう涙の跡は綺麗サッパリ無くなっていた。香水の香りもさっきと違うようで、きっと着替えてくると言っておいて、実際には部屋に戻って一生懸命お化粧をしてきたのだろう。なんというか、女子力の高い女の子である。
残念ながら上坂はそんな彼女の乙女心など全く気づいてない様子で、
「ああ、それは何から話したらいいものか……ずっとアメリカに居たんだけど」
「アメリカに……?」
「つい最近帰ってきたんだ。自分が死んだことになってるのも知らなくてさ、それでこの間、雲谷斎と一緒にお台場に行って、自分の名前が無いか確かめてきたんだ。その時に、エイミーの姿を見かけて……」
「まあ! どうしてその場で声を掛けてくれなかったんですの? ……雲谷斎?」
美少女の口からウンコと言う単語が出てくるのは若干嬉しい気もするが、縦川が迷惑そうに睨むと、上坂は苦笑交じりに、
「縦川さんのあだ名だ。声掛けようにも、俺は死んでいたって現実を突きつけられた直後だったからな……それで話しかけられなかったんだ。そしたら、彼が俺のそんな様子を見ていて、エイミーが居ることに気づいたみたいで、昨日、先生の話をしていた時にその話題が出てね」
「まあ! すると雲谷斎様がお気づきにならなかったら、いっちゃんはここに来てくれなかったのですね? 雲谷斎様。何から何まで、本当にありがとうございました」
「え? あ、うん……君もその名で俺を呼ぶのね」
さっき嬉しいと思ったが、縦川は早くも訂正したい気分になった。上坂はそんな傷つきやすいオジサンのハートなどお構いなしに続けた。
「昨日、俺がこれからどうしたら良いか、彼に相談していたんだよ。俺はこの国に戻ってきたのはいいけども、やりたいことが何もなかったんで……それで、やりたいこととはちょっと違うけど、先生のお墓参りをしてないと思って。エイミーにはその場所を教えてもらいにきたんだ」
「まあ、そうでしたの」
エイミーは口に手を当てて、挙動不審そうに目をキョロキョロさせていた。多分、一番の理由が自分に会いに来てくれたことじゃなかったのが残念なのだろう。
「いやいや、上坂君はこう言ってるけど、ここに来るまで大変だったんだよ。上坂君、エイミーさんが覚えてないんじゃないかとか、居なかったらどうしようとか、家の前まで来てそわそわしてたくらいで」
「おい、やめろよ」
上坂に任せておくと無邪気に傷つけてしまいそうに思えてきて、続きは縦川が引き取った。隕石落下の日、彼女に振られたと意気消沈していたが、もしかして彼に原因があったんじゃなかろうか……
ともあれ、縦川がフォローを入れると、エイミーは目に見えて元気を取り戻した。しっぽがある動物ならきっとパタパタしてるに違いない。縦川はほっとしつつ、
「それで、あなたは先生のお墓の場所をご存知ですか? 俺たちが墓参りに行きたいのは本当なのです」
「お墓ですか? ……それでしたらドイツに」
「ドイツ??」
上坂が素っ頓狂な声を上げた。流石に外国にあるとは想定外だったのだろう。なにしろ、彼女が死んだのは羽田の近くにあった自宅であるはずだ。それがどうして地球の反対側くらい離れた場所に飛んでしまったのだろうか。
「羽田周辺の被害は甚大で……先生の御遺体も発見されず死亡認定されたのですわ。それで、お父様が会社の功労者だからと、社葬を行ってドイツに……」
「それはわかったけど、先生のお母様は東京に住んでらっしゃるだろう? なのにどうしてお墓を渡すようなことになったんだ?」
「それは、私には分かりませんわ」
「……やっぱり、俺を引き取ったせいで拒まれてしまったんだろうか。先生とお母様はずっと仲が悪かったから。実家だって東京にあるんだから、本当なら一緒に暮せば良かったのに、俺のせいで羽田なんかに住んでたからこんなことに……」
上坂が深刻そうな顔でそう呟くと、エイミーは慌ててそれを打ち消すように、
「そんなことはないですわ。きっと何か事情があったんですの。今晩にでも私がお父様に確かめておきますから、そんな悲しいことは言わないで欲しいですわ」
「あ、ああ……頼むよ」
彼女の必死さに少々気圧されながらも、上坂は同意した。
彼は少し難しい顔をして言った。
「それにしても、ドイツか……東京近郊にあると思ってたから、あてが外れたな」
「行こうと思えば行けないか。金なら、いっぱいあるだろう?」
縦川が言う。何しろ昨日、100万馬券を当てたばかりだ。しかし上坂は首を振ると、
「金の問題じゃなくて、パスポートの問題だ。どうやってパスポートを取ればいいんだ?」
「あ、そうか……」
そう言えば、上坂は戸籍上は死人だった。ホープ党の御手洗に言えばなんとかしてくれそうだが、出来れば借りは作りたくない……何か他に方法はないものかと思案に暮れていると、事情を知らないエイミーが恐る恐るといった感じに尋ねてきた。
「どうしてパスポートが取れないんですの? やり方が分からないのであれば、私がお教えしますけど……でも、あれ? 変ですわ。いっちゃん、最近までアメリカに居たと言ってたですの」
「あ、ああ……そうなんだけど」
「何か話せない事情でもあるんですの? 私には、何でも話して欲しいですわ」
そう言われて上坂は口ごもった。
話せるものなら話してしまいたい。エイミーに縦川、彼はこの2人のことを信用している。ただ、自分に起きた出来事を何もかも話してしまうと、その信頼する人たちに迷惑がかかる可能性が高いのだ。それがちょっとした迷惑ならいいのだが、下手をすれば命の危険があるかも知れないようなことなので、彼は今まで一緒に暮らしてる縦川に言うことさえ躊躇してきたのだ。
だから彼はここでもまた、話をはぐらかして、肝心なことを言うのは避けようとしたのだが……
「あれ……」
「いっちゃん!?」
「上坂君……? どうしたんだい?」
上坂が口を開こうとした瞬間、強烈な頭痛に見舞われて、彼は目眩がしてフラフラとソファの上で揺らめいた。額から汗が吹き出して、苦痛にゆがむその表情は尋常ではない。
縦川は戸惑いながらも、その表情をどこかで見たことを思い出していた。確か、鷹宮の葬儀の時、彼は中庭の隅っこで、今みたいに苦痛に耐えていた。これは一体何なんだろう? と思っていると、上坂は暫くすると観念したような長い溜息を吐いて、
「……出来れば、言わずにおきたかったんだが」
「あなたが言いたくないのなら、無理に聞くことはないですの。よくわからないですけど、無理はしないでくださいな」
「いや、逆なんだ。言わないからこうなってて……」
上坂はソファに腰を埋めるように背中を預けると、
「話すよ……話したところでどうなるかわからないが、話さないでいるのももう限界だ。俺がこうなってるのは、俺の持ってる能力のせいだ」
「能力……?」
エイミーは首を捻った。多分、超能力の存在自体を知らないのだろう。
困惑する彼女に対して縦川の方はピンと来た様子で、
「……やっぱり、君は何か超能力を持ってたのか」
「ああ……」
「もしかして、政府や東京都はそれ目当てで君を取り戻したのかい?」
「いや、彼らは俺の能力のことは知らないよ……調べようとして調べられるものじゃないからな。とにかく、順を追って話すよ。5年前、俺に何が起きたのか……いや、俺じゃなくって、この国やアメリカを含む西側諸国で何が起きていたのか」
縦川とエイミーはお互いに顔を見合わせた。彼の話を聞こうと思ったら、世界がどうだとか言い出したのだ。これが誇大妄想狂のような男が言うなら話は別だが、口にしているのはどちらかと言えば現実主義者の上坂である。あの隕石落下の裏側で、ただ事ではないことが起きていたのは確かのようだった。
「まず、何から話したらいいものか……取り敢えず、5年前に俺を連れ去った連中のことから話そうか。あの日、隕石落下後、俺のことをアメリカに連れて行ったのは、米政府でも米軍でもない。FM商会っていう一企業なんだ」
「FM商会……? それって確か、ネット機器メーカーだろ。シスコみたいな。なんでそんな企業が……」
FM商会はネットワーク機器の汎用チップメーカーだった。それもシスコシステムズみたいな大手とは違って、チップ開発に特化しているせいか地味であり、株をやってる縦川だからたまたま知ってたという程度の知名度である。ただし、そのシェアは大手に引けを取らず、東南アジアで格安生産しているFM社製汎用チップは、世界中のスマホやネット機器に必ず入ってるといっていいような代物だった。
そんな民間企業がスパイ映画みたいな陰謀に関わってるなんて……いや、上坂が言うには彼を連れ去った巨悪そのものだと言うのだから、いかんとも信じがたい。縦川が首をひねっていると、さもありなんと上坂は続けた。
「それだけ知ってるなら話は早い。要はFM社の製品が、俺たちの生活に切っても切り離せないほど入り込んでいるってことがわかればいい。俺の持ってるスマホにも、そこに置いてあるテレビにも、FM社のチップが使われてる。で……そんな汎用チップには、ファームウェアの書き換えが出来るようなメモリ領域が存在するんだが、そこにもしマルウェアが入り込んでたら?」
縦川は目を丸くした。
「何か仕掛けられてるっていのうかい? でもそんなの今どき隠せるようなものじゃないだろう」
「普通ならね。でも、ただの通信にも使われるようなプログラムならわからない。FM社のチップは、ネット機器に接続されたアンテナから特定の周波数の電磁波を飛ばしてるだけなんだ。それも断続的にではなくて、命令があった時だけで、普段は全く動いてない。バックドアみたいなものだ」
「……一体、そんなものを使って何をしようって言うんだい?」
上坂は頷くと、少し躊躇するような顔を見せてから、一つ一つの言葉を選ぶようにゆっくりと、縦川のそんな疑問に答えた。
「この東京は上手くいってるようだが……数年前から世界は、大体どこの先進国も移民問題に悩まされていただろう?」
縦川は頷いた。そして、数日前に美空学園の校長室で御手洗と話していたことを思い出していた。またここでも移民の話が出てくるのか。しかもそのせいで上坂は5年間も拘束されたというから穏やかじゃない。
「現行の資本主義社会では、どうしても新興国の労働賃金の安さに勝てなくて、先進各国はその対抗手段として中国やマレーシア、東欧などに進出していった。すると国内産業が衰退していって、労働力の確保が難しくなってしまったから、結果として移民に頼らざるを得なくなった。移民に厳しい日本だって、コンビニやスーパーは外国人だらけだったはずだ。
ただ、移民はやはり余所者で、受け入れたからってすぐには旧社会とはなじまない。彼らが独自の文化や価値観を捨てることはないから、その軋轢が衝突を生んで、どの国も保守主義が台頭し始めていた。すると各国政府は票がほしいから、当然保護主義的な政策に走らざるを得なくなる。だが、今更移民を排除したくても移民労働力に頼らねばならない現状があって、進退窮まってしまっていた。
政府も本音では移民を排除したいだろう。もしくは奴隷のように扱いたい。だが、そんなことをしたら人道主義者たちのやり玉に挙げられるだろうし、最悪の場合テロの懸念だってあるだろう。だからそうならないように、不穏分子に首輪をつけたいというニーズがあった。FM社はそれに応えようとしたわけだ」
「……首輪?」
縦川は嫌な予感しかしなかった。
「FM社は関連企業と結託して、予防接種のワクチンにとあるウィルスを仕込んだ医療商品を開発したんだ。ネット機器メーカーなのに、家電ではなくて、人間の方にウィルスを仕込むことにしたんだよ。
彼らの作ったウィルスは、体内のタンパク質のDNAを書き換えて、皮膚の表面近くに有機半導体を生成するんだ。それは特定の周波数の電磁波を吸収してエネルギーを得た後に反射する。FM社の汎用チップは、その電磁波を受け取って、どこに誰がいるかってのをこっそりと監視していたんだ。
この商品は各国の上流層に大人気だったようだ。アメリカはもちろん、欧州諸国や中東の王族たち、そして日本でも、海外からやってくる労働者を対象に、検疫と称して予防接種を行っていた。
皮膚のすぐ下に作られた有機半導体は、医者が見てもただのしこりにしか見えないし、1年もしたら体内に吸収されて痕跡は残らない。使えなくなったら、また呼び出して防疫のためと称して無償で予防接種をしてやれば、FM社の商品も売れるし、移民には感謝されるし一石二鳥だ。
彼らはそうやって、汎用チップの世界的なシェアと、先進各国の上流層とのつながりを手に入れたわけだ」
「そんなことが……許されていいのか? もしもバレたらとんでもないスキャンダルだぞ。戦争が起こってもおかしくない」
縦川は陰謀の大きさに真っ青になりながらそう呟いた。そしてすぐにハッとなって、
「……もしかして、それを上坂くんが見つけたのか?」
上坂はその言葉を受けて、ニヤリと唇の端を吊り上げるような笑みを浮かべながら、
「正確には俺じゃなくて、ナナが見つけたんだ。ナナは、学習のために絶えずインターネット上のビッグデータを解析し続けていた。彼女の解析は人間のように一つ一つを吟味するようなものじゃなくて、同時にいくらでも可能だからね。彼女は常に世界の情勢を、独自にアップデートし続けてたんだ。
で、そんな時に、FM社の製品からおかしな電磁波が発生していることに気がついた。複数の機器から、度々無意味な電磁波が発している。そして何かを受け取ったら、独自のプロトコルでFM社のサーバーと通信している……好奇心の強い彼女は、それが何かを確かめようとして、そして移民監視にたどり着いたんだ。
彼女はそれを俺に話した。俺は驚いて先生に報告した。先生はそれを知ると、許しがたいって言って、このことを公表するための段取りを始めたんだ。チームのみんなに相談したり、多分、エイミーのお父さんにも話してるんじゃないかな」
「そうなのか……じゃあ、このことは、日本の政府や東京都は知ってるんだな?」
「いや、多分知らないはずだ……」
上坂は素っ気なくそう言うと、今までで一番長い溜息を吐いてから、暫し黙考するようにコーヒーカップに口をつけた。
何か、力をためているとか、勇気を振り絞ってるとか、そんな感じだ。その顔色は心なしか青ざめて見える。何がそんなに彼を躊躇させるのか。カップを持つ彼の指が震え、ティーソーサーに触れてカタカタと鳴った。
彼は言った。
「先生がそれを公表しようとした矢先だった。色々と段取りがついて、これから忙しくなるぞって言っていた。だからその前にちょっと遊んでおいでと言われた俺は、その日、お台場で星を見ていたんだ。そしたら隕石が降ってきて……先生の家がある羽田に落っこちた」
縦川は、自分が今なにを言われてるのか、中々理解が出来なかった。エイミーはとっくに表情を無くしている。
上坂はそんな彼らのことを忘れてしまったかのように、それから始まる自分の辛い過去へと、思考を没頭させていった。
「これは偶然なのだろうか……それは今でもわからない。俺は隕石の被害で意識を失い……そして目覚めたらアメリカに居たんだ」




