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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第二章・愛と嘘 - AI & Lie.
30/137

……久しぶり

 そうして一晩中語り明かした二人は、そのまま日課である朝のお勤めを終えると、留守を近所のおばちゃんにお願いして、善は急げとエイミーを訪ねるために電車に飛び乗った。


 渋谷から山手線で新宿へ、新宿から中央線で立川へ。青梅線に乗り換え拝島、更に五日市線に乗り換えて終点までという、東京の端から端まで行くような大移動に、東京都も意外と広かったんだなと思い知らされた。都心に住んでいると、近所で何でも揃ってしまうから、こんなに電車を乗り継ぐこともないのだ。


 平日の昼間ということもあったが、電車は乗客が少なくて閑散としているようだった。特に国分寺を過ぎた辺りからは明らかに人が減ってきて、中程の車両だと言うのにほとんど貸し切り状態になった。元々、都心のベッドタウンだった東京郊外は、5年前の災害で一気にゴーストタウン化が進んで、駅前はまだしもちょっとでも駅から離れると、空き家だらけでスラムみたいになっているらしい。


 何も家を売ってまで出ていかなくてもいいのにと思いもするが、そもそも東京は地方出身者が多くて、マイホームを持ってる人自体が少ないものだから、仕事がなくなれば人も居なくなるのが当然だった。


 尤も、景気が戻ってくると人もまた住み慣れた土地に戻ってきたいと思うのが常らしく、最近ではまた徐々に人口が増加傾向にあるようだ。その間、家賃収入が見込めずに、泣く泣く土地や建物を手放した大家には気の毒だが、不動産の売買が活発化したおかげで、現在再開発も結構なペースで進んでいるそうである。


 そんなわけで、以前なら最低でも15分間隔で出ていた青梅線は、現在は30分に一本というローカル線顔負けの本数に減らされていた。縦川たちは立川駅で下車すると、次の列車が来るまで時間を潰さねばならず、仕方なく灼熱のホームで蒸し焼きにされるはめになった。


 ようやく折返しの電車がホームに入ってきたころには、二人は汗だくになっていた。縦川はフラフラになりながらクーラーの効いた車内に転がり込むと、ボタンを押してドアを閉めた。こんなのも、都心では考えられないことだ。


「エイミー・ノエルは本当にこんなところに住んでるのかい? 奥多摩なんて不便な場所に、なんでわざわざ……」

「奥多摩じゃなくて西多摩な。不便なのは否定しないが」


 お台場で見かけたのだから、おそらく東京で暮らしてるとは思っていた。上坂が家の場所を知ってると言うから案内を任せたのだが、それにしたって遠すぎる。わざわざ訪ねていって留守だったらどうしよう……もしかしたら引っ越しした可能性もあるかも知れないし、もっと慎重に行動すべきだったかと縦川は後悔したが、


「それはないだろう。何しろすごい豪邸だから、売る理由がない」

「……豪邸? エイミーさんはお金持ちなのか」

「お父さんがAYFコーポレーションって企業のCEOで、世界でも有数の富豪だよ」

「AYF? おいおい……俺でも聞いたことがあるぞ」


 確か医療用器具で有名な企業で、企業買収と合併を繰り返し、今では義肢など医療機器で世界規模のシェアを持つ企業のはずだ。もしもそうなら上坂の言う通り、とんでもない大金持ちということになる。


「でも確かそれって欧州の企業だろう? 日本にも支社くらいはあるだろうけど」


 ようやく汗が引いてきた縦川がそう言うと、既に平常運転に戻っていた上坂は首を振って、


「いいや、元々は日本の会社だったんだよ。それが企業合併を繰り返してるうちに、徐々に欧州の方が大きくなっていって、5年前の災害の影響で、完全にあっちに移っちゃったみたいだな。今はドイツに本拠地を置いてるはずだ。だから、ご両親は向こうにいるんだろうけど、どうしてエイミーだけこっちに残ってたんだろうか……」

「そりゃあ、上坂君のことを探してたからだろう。じゃなきゃ、あんな手紙を残したりしないよ」

「だといいんだが……」


 上坂は自信なさげに呟いた。


 縦川は思った。まあ、彼が不安がるのも無理はないだろう。彼の話によれば、5年前に振られるようにして別れたらしいし、それになにより、エイミーは男が10人いれば10人が振り返るような美貌の持ち主だった。この間、ぱっと見ただけの縦川も忘れられないくらいだ。おまけに大金持ちの娘で、かつてはテレビを賑わしたタレントなのだから、そんな娘が自分のためにこんな場所で隠遁生活してるなんて思えないだろう。


 一般人のイメージとしてのエイミー・ノエルは、数年前によくテレビに出ていた子役タレントで、まるで妖精みたいな容姿とべらぼうに上手いピアノで、あっという間にお茶の間の人気者になった天才ピアニストだった。


 クラシック不毛の地であるこの日本で、何枚ものアルバムをリリースした若手のホープでもあった。縦川にはよく分からなかったが、彼女はまだ小学生という若さでありながら、常人には到達不可能な超絶技巧と早弾きで、人々の度肝を抜いていた。特に、一度聞いた曲なら忘れないという記憶力と類まれな即興能力で、耳コピした曲をその場で弾けるという特技は、テレビ映えがしたので何度も見た記憶がある。


 現在でも、当時のファンに請われて弾いたゲームミュージックなどの動画がYouTube上で見られるようで、故人と比べるのは申し訳ないが、その知名度は有名ゲーム実況者である鷹宮であっても足元に及ばないそうである。


 ところが、そんな彼女は人気絶頂期にいつの間にか突然テレビから姿を消し、現在ではどこで何をしているのか誰も分からなくなっていた。それはもしかすると、5年前の災害の時に上坂を失ったからだったのかも知れない。


 そんな感想を口にしてみると、彼は顔を真っ赤にして否定した。


「いや、それはない。彼女は災害時にはもうテレビから姿を消していた」

「そうなの? じゃあどうして急に居なくなったんだい」

「とあるオーディション番組でボロクソに貶されたんだ。それでショックを受けて、以来テレビに出なくなったんだ」

「ふーん……何がそんなにいけなかったんだろうね」

「さあな。俺はただ単に、テレビ局の嫌がらせだったんじゃないかと思ってるよ。変な審査員連れてきて、彼女に恥をかかせようと思ったんじゃないか」


 不貞腐れたようにそう言い放つ上坂の顔は、珍しく年相応に幼く見えた。根拠のない怒りだが、それは多分彼女に対する信頼から生まれたものなのだろう。


 エイミーの話をしているうちに乗換駅に到着したので、また炎天下のホームを通って五日市線に乗り換える。ここまで来ると周辺の建物に大きな物は無くなり、逆に山の稜線が近くなって、まるで覆いかぶさってくるかのように大きく見えた。


 終点の武蔵五日市で下車すると、周辺は山に囲まれていて、東京を出てしまったような気分になった。地図を見ても意識することが殆どないから、思いがけずはっとなるが、東京にも実は山が沢山あるのだ。


 何しろ、国分寺や八王子がもうゴーストタウンになってしまっていたから、こんなところに人が住んでるのだろうかとちょっと不安になったが、五日市の駅周辺は、あちらと違って災害前と殆ど変わらないようだった。イメージ通り、こんなところに住むくらいだから、この辺の住人はみんな持ち家だらけで引っ越す理由が無いのだろう。地産地消の農家や、商店街の人達以外は一体どんな生活をしてるのだろうか……


 綺麗に舗装された道路を通って山の方へと向かうと、間もなく清涼な水を湛えた川が見えてきた。同じ東京とは思えない光景に目を奪われていると、近くにキャンプ場でもあるのか、テントを積んだバイカーの集団が追いかけっこするように二人を追い越していった。


 標高が多少高いからか、それとも沢の空気のお陰か、炎天下ではあったが乗換駅で感じたような暑さはあまり感じられず、どことなく涼しい緑の中を縦川たちはのんびりと歩いた。上坂に案内されるまま彼にくっついて歩いていた縦川は、不満は無かったが、どんどんと人里離れた山奥へと向かう不安が勝って、


「本当にこんなところに人が住んでるのかい? 大金持ちなんだろう? なんでこんな辺鄙なところに……」

「お父さんがちょっと変わった人なんだ。どうせテレワークで仕事するんだから、住む場所なんてどこでもいいからって、この辺の土地を買い占めて豪邸を建てたらしいよ。お母さんが作家さんで、静かに執筆できる環境が欲しかったらしい。因みに、こんなところに人が住んでるかって聞くけども、実はもう敷地内に入ってる」

「え!? マジで!?」


 それにしても、大企業のCEOに作家にピアニストに、実にバラエティに富んだ一家である。


「3人だけじゃなくて、彼女の弟妹たちも色々やってるよ。確か1つ下の弟さんはサッカー、2つ下の妹さんは料理、3つ下の妹さんはお母さんの仕事を手伝って漫画家をしてるんじゃなかったかな。4つ下の弟さんは……なんだっけ?」

「いや、俺に聞かれても困るけど……っていうか、弟妹の活躍ぶりよりも、毎年のように子供を出産してるお母さんの方が凄いな。一体何者なんだ」

「ご両親がとても仲良しなんだよ。あの変人どもは喧嘩と妊娠を交互に繰り返すんだって、先生がよくボヤいていた」


 そう言って懐かしそうに目を細める上坂を見ていると、本当に彼らのことが好きだったのだなと身にしみて感じた。辛い過去を背負っている少年だが、彼女に会うことで少しでも元気になってくれると良いなと彼は思った。


 そんな具合に会話を交えつつ、息を弾ませながら舗装された山道を歩いていくと、やがて眼前が開けて上坂の言う通りに豪邸が見えてきた。


 まるでビバリーヒルズから運んで来たような幾何学的な白い建物が見える。所々に設けられた採光の窓がキラリと光った。玄関へ続くポーチの横には、何十台止められるのだろうかとびっくりするくらい広いガレージがあり、前庭にはプールまであって、水を吸って涼し気な木のデッキにはパラソル付きのデッキチェアが置かれていた。


 残念ながら手入れが行き届いていないのか、庭の樹木は伸び放題だったが、それでも芝刈り機をかけられただけの芝生はスプリンクラーの水を吸って、青々とどこまでも輝いていた。


 鷹宮の家も大したものだったが、ここはそれに輪をかけて凄いのが分かる。なんというかレベルが違う。正面に見えるのは本邸である白い建物だけだったが、きっと、他にもいくつもの離れがあるのだろう。よく見ると私有地だと言うのに、あちこちに街灯らしき電信柱まで建てられていた。


 それにしても、いつも思うのだが、金持ちの家は広いだけじゃなくて入り口がわかりにくい。閉ざされた門には当然のように呼び鈴はなく、ポーチを抜けた先の玄関らしき扉にも見当たらない。ここまで来たのに、どうやって中の人に挨拶をすればいいのかと思案に暮れていると……


「……やっぱり、やめないか」


 突然、上坂がそんなことを言い出した。


 縦川は仰天して、


「はい!? こんなとこまで来ておいて、今更何を言い出すの!?」

「いや、だって……もしかしたら、ここに彼女はいないかも知れないし。もし居なかったらバカみたいだろう?」

「そんなの確かめてからガッカリすればいいじゃないか。どうしちゃったのよ」

「……よく考えても見れば、彼女が俺のことを覚えているとは限らないんだし」

「いやいやいや、ありえないでしょう、あんな手紙書いておきながら……上坂君。まさか、君、ここまで来て怖気づいたのか?」

「うっ……そんなことは……あるけど」


 おいおい……と、縦川が呆れるような視線を送ると、上坂はプイッとそっぽを向いて、


「悪いかよ」

「いや、悪くないけど……まいったなあ。どうしてもってんなら、そりゃしょうがないけども、君、ここで引き返したらきっと後悔するよ? どうせまた来ることになる……せめて、俺一人で確かめてくるから、どっかで待ってるくらい出来ないか?」


 と、そんな風に縦川が説得している時だった。


 屋敷の方からポロロンポロロンとピアノの音が聴こえてきた。


 それは最初、調律でもしてるかのように、低音から高音まで確かめるように和音を響かせたあと、そのまま実に自然に、誰でも知っているメロディを奏でだした。


 その流れるような音のせせらぎに、縦川は知らず知らずのうちに聞き入ってしまっていたようだった。ハッとして我に返ると、同じように隣でボーッと屋敷の方を見ながら、熱心に耳を傾けている上坂の姿が見える。


 どうやら二人揃ってそのピアノに魅了されていたようだ。その音には、人を惹き付ける何かがあった。縦川は、これがエイミー・ノエルか……と舌を巻くと、まだ隣でそのピアノに聞き惚れている上坂の背中をぽんと叩いた。


 上坂はハッと我に返って縦川の方を向き直り、


「……取り敢えず、邪魔しちゃ悪いから出直そうか」


 相変わらず消極的なことを言うのだった。本当は文句を言いたいところだったが、


「うん……まあ、そういうことなら。仕方ないな」


 しかし今度は縦川の方も、自分にもあのピアノを止めることは出来ないと妥協することにした。


 二人はお互いに目配せし合い、バツが悪そうに肩をすくめると、そのピアノの音に背を向けて、一度出直そうと来た道を戻りかけた。


 ところが……振り返ると、そんな二人のことをじーっと見つめる視線にぶつかって、二人は思わず仰け反るように後退ることになった。


 見れば、この暑いのに長袖のメイド服を着込んだ小柄な少女が、怪しい者を見るような目つきで、じっと二人を藪睨みしている。


 上坂はその顔に見覚えがあり、


「あ……君は確かお台場で……」


 何もないところでズッコケていたのを、起こしてやった少女だと気づいた上坂が、そう呟いた。だが彼女の方は彼のことを覚えていなかったらしく、ジロジロと二人の顔を交互に睨んでいたかと思うと、やがて年配の縦川の方にターゲットを絞るかのように、彼の瞳をじっと覗き込みながらこう言った。


「……おまえ達は何者れすか。勧誘れすか。宗教れすか。NHKれすか」


 事情を知らない縦川は、二人は知り合いなのかと思いながらも、


「いやいや、NHKなんてとんでもない。俺たちはそんな怪しい輩じゃありませんよ」

「それじゃ何者れすか。こんなど田舎までやってくるのは、泥棒か詐欺師かNHKしか考えられないのれす」

「そのどれでもないけども……まいったな。実は、エイミーさんに用事があって、訪ねてきたんですよ」

「お嬢様れすか? お嬢様は居るれすよ。呼ぶれすか?」

「え、いいの?」


 そんなあっさり……と思ったが、呼んできてくれると言うなら話は早い。さっきまでどうやって中の人に気づいてもらおうかと思案していたところだった。


 しかし、縦川はそのつもりでも、上坂の方はまだ煮え切らない様子で、


「いや、ちょっと待て。今はピアノの練習中だろ? 邪魔しちゃ悪いから、後で出直そうとしてたところなんだよ」

「そうなのれすか?」

「だからその……俺達が来たことだけ伝えて貰えないか。またあとで来るから」

「気の長い話れす。お嬢様は一度練習を始めたら、夜までやめないれす」

「そうなの?」

「そして夜の来客は通しちゃ駄目と、マスターの言いつけなのれす。お前たちは、また明日来るれすか?」


 げっそりとした表情で縦川が見つめてくる。流石にこの距離を往復するのは勘弁してもらいたい……その顔が如実に物語っていた。


 上坂だってそれは御免だ。彼は眉根を顰めて溜息を吐くと、


「う、う~ん……それじゃ、夕方に戻ってくるから。その時に呼んでくれないか?」

「夕方はまだ練習中なのれす。今呼んでも同じれすよ?」

「いや、そういう問題じゃないんだよ。なんというか、心の準備ってものが」

「おかしな奴れす。おまえが何を言ってるか分からないれす。はっ!? まさか、おまえ達。これは美夜を騙そうという高度なテクなのれすね!?」


 堪らず縦川が叫んだ。


「いやいやいや、とんでもない! おい上坂君、いい加減にしてくれよ。今を逃すと本当に後で後悔するぞ」

「……そうは言っても」

「まいったなあ」


 縦川はゴリゴリと五厘刈りをかきむしると、もうこれ以上付き合いきれないとばかりに、ヤケクソになって叫んだ。


「こうなったらもうヤケクソだ。おーい! エイミーさーん! エイミー・ノエルさーん!! ご在宅でしょうかー!」

「あっ! おい、こら、雲谷斎! てめえ何しやがる!」

「うんこ? うんこくさいれすか……? おかしいれすね。我が家はウォシュレットなのれすが」

「そのうんこじゃないっ!!」

「覚えてらっしゃいますかー! 上坂くんが来ましたよー! 怪しいものじゃありませんー!」

「おい、だからやめろってばっ!!」


 上坂は堪らず叫ぶと、ヤケクソになって騒いでいる縦川の背後に回って羽交い締めにした。メイドの少女はそれをポカンとしながら見つめた後、自分の袖口をクンクンと嗅いでいた。だからそうじゃないと突っ込みたいのを堪えつつ、上坂は未だにギャンギャンと喚いている縦川の口を塞ごうとして、もみ合っていた。


 だから、そんな風に大騒ぎしていたから気づかなかったのだろう。


「……いっちゃん?」


 いつの間にかピアノの音は止んでいて、豪邸の窓辺に一人の少女が佇んでいた。


 その声を聞いた瞬間、上坂は体が弛緩するかのように力が抜けていった。彼の手から逃れようと暴れていた縦川が、勢い余って地面に転がる。少女は転がってきた縦川を器用に避けた。


 上坂は意味もなく指をワキワキしながら、首を上下しつつ、あっちを見たりこっちを見たり、ぐるぐると視線を動かして、肝心の少女の方を見るのをためらっていた。


 そんな彼の姿をまっすぐ見つめたまま、少女は掃出し窓をカラカラと開くと、裸足のままで庭へと飛び出した。


 小走りに駆け寄ってくる彼女から、香水の匂いが漂ってきて鼻をくすぐった。彼女は上坂の前で立ち止まると、戸惑うように彼の顔とその髪の毛を交互に見つめた。多分、彼の容姿があまりにも変わってしまったから、確信が持てないのだろう。


「お~い、上坂君」


 地面に這いつくばっていた縦川がお節介を焼こうとしてそう声を掛けると、二人は同時にビクッと体を震わせた。上坂はそれで諦めがついたのか、ちょっと困ったように唇をへの字に曲げて微苦笑を作ると、自分の前髪を一房つまみながら、


「……久しぶり」


 とつぶやいた。


 たったそれだけか。もっと言うことがあるだろう……縦川はやきもきしたが、どうやら言葉なんて二人の間には必要なかったらしい。


 エイミーは彼の声を聞くと、まるで糸の切れた人形のようにフラフラとその場に膝をついた。慌てて上坂が駆け寄ると、彼女はそんな彼の腰に手を回し、そのお腹に顔を埋め、体をプルプルと震わせながら、


「お……おおお……おお……おおおおお……」


 呻くような泣き声を上げて、目から鼻から色んな物をダダ漏らしながら、もう二度と離すまいと、彼の腰にいつまでもいつまでもしがみついていた。


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