どうして坊主になったんだ?
鷹宮の話や、シャノワールの経営難の話などをして、なんだか雰囲気が暗くなってしまった。店には他に客がなく、しんと静まり返ってしまって居心地が悪い。
縦川はそんな雰囲気を嫌って、取り敢えず頭に浮かんだ言葉を口にした。
「そう言えば上坂君。あの見事な予想はどうやったら出来るんだい? 普通、1点で当たるわけないだろう。今後の参考に聞かせてくれよ」
縦川としては純粋にそう思って尋ねたようだったが、上坂はそれに答えることが出来なかった。
何しろ、方法を説明しても他人には確かめようがないのに、再現性だけはいくらでもあるのだ。上坂がその気になれば、全レースを一点買いで当て続けることが出来てしまう。縦川に限ってはそんな心配はないだろうが、そんな能力が下手に誰かにばれてしまうと、悪用されかねないだろう。
彼はうーん……と低く唸りながら、
「いや、何となくだ。馬の調子とか見て、これがいいと思った。それだけ」
「直感だったってのか?」
「とにかく一生懸命考えたら、ああなったんだよ」
上坂はこれ以上突っ込まれると面倒だと思い、慌てて話題を変えようとした。
「それより、下やんと買い出しに行った時に話してたんだけど……」「下柳さんな」「言われてみれば、あんた全く外食しないよな。寺に来てから外で食べたのは、スナックのバーテンが作ってくれたパスタだけだ」
「うん? ああ、そんな話、してたのかい? 別に外食しないってことはないよ、現に今ここにいるでしょう」
「そう言えばそうだな……じゃあ、たまたまだったってだけの話か」
「いや、確かに、俺はほとんど外食はしないようにしてるけど……」
「そうなの?」
自炊するわけでもなし、コンビニ弁当ばかり食べてるからジャンクフードが嫌というわけでもないのに、どうしてなんだろう? と思って首を捻っていると、縦川は肩を竦めてから、
「別に隠してたわけでもなんでもないんだ。そんなに面白い話じゃないからね。そもそも、下やんには何度か話したと思ったけどなあ」
「え? そうだっけ?」
上坂が冷たい視線を浴びせると、下柳の目が泳いでいた。彼が覚えていなかったのは、縦川も言ってる通り、あまり面白くない話だったからだろう。きっと酒の肴と一緒に飲み込んでしまったに違いない。
それはこんな話だった。
「昔の話をすると暗くなるから、あんまり好きじゃないんだけどね……学生時代は寧ろそういう食事ばっかしてたんだよ。社会人になってからも三食牛丼屋って感じで、だから飽きちゃったってのもあるね」
「飽きちゃったのか」
「それもあるって話だ。学生時代、俺は特にやりたいことがなくってね。高校卒業してから1年間は、映画の専門学校に通ってたんだよ」
「映画の?」
「高校時代、下やんとえっちゃんと、三人とも映研部員だったんだよ。高校卒業後、進路に迷った俺は、それでなんとなく専門学校に進んだんだよね。映画が嫌いだったわけじゃないし……でも、学生が楽しんでやるのと、それを仕事にするのって全然違うだろう? 周囲との温度差を感じて1年でやめちゃったんだよ。
で、親に頭下げて、大学に入り直したんだけど……そんな中途半端だったから、大学に4年間通ったところで、自分がなりたいものなんて見つからなかったんだよね。それで、適当に就職できるところに就職して、1年も経たずにまたやめちゃった。
でももう親に迷惑もかけられないだろう? それで家を出て一人暮らし始めたんだけど、自分で言うのもなんだけど、俺は生活能力が無いからね、毎食牛丼屋で毎日同じ朝定食頼んでそれを流し込むような、そんな生活してたんだ。
あの頃はホント惨めなもんで、定職にもつかずに職を転々としててさ。実は外食をしなくなったのはこの頃の名残りなんだ」
大学卒業後の縦川は、定職もつかずにブラブラしていて、日雇派遣で食いつないでるような、自堕落な生活を送っていたらしい。そんなある日、当時家から一番近いという理由だけで通っていた牛丼屋に行くと、何故か知らないが、店員に怒鳴り散らしている客がいた。
何を怒ってるんだろうと思って聞いていたら、彼は出てきた料理に虫が飛び込んだと言って怒っている。虫が入っていた、ではなくて、後から飛び込んだのだ。それで取り替えてもらえなかったのならまだ話は分かるのだが、その人は取り替えてもらったのに、何故か怒りが収まらず、その後も延々と虫が飛んでるような店が悪いんだと言って怒鳴り続けている。
縦川はわけがわからなかったが……しかし、まあ、理由が理由だからすぐに収まるだろうと思って、それを黙って見ていた。ところが、店員がこれまた気弱な男で、彼は全く悪くないのに、反論せずにずっと謝り続けている。そんなものだから、いつまで経っても終わらない。厨房に人も居たのだが、誰も助けないで牛丼を作り続けている。
そうこうしてるうちに縦川の牛丼が運ばれてきた。彼はそれを手にして固まった。板橋区大山のハンバーグランチの店じゃないが、怒ってる人がいる横で何を食べても美味くないだろう。だから、さっさとそいつを黙らせてくれと彼は思っていたのだが、店の仲間は誰も助けようとしないし、自分もここまで放置したらもう今さらで、仕方ないから我慢して食べたそうである。
そんな経験をしたからか、それから暫くの間、彼はその店に近づかなかったそうである。眼の前を通るとその時の光景を思い出して、嫌な気分になるからだ。そんな気分で何を食べても味なんてしないから、金をドブに捨てるようなものである。
「けどまあ、時間が経てば段々とその時の記憶って薄れるからね、それから1ヶ月くらいしたらまた平気になって、食いにいったんだ。なんせ家から一番近くて便利だったからね。それに牛丼って久しぶりに食うとやっぱ美味いんだな。で、これならまた通おうかなって思ってた時にさ、店にふらっとスーツ姿の二人組が入ってきたんだよ。
まあ、普通にくたびれた感じのサラリーマンで、仕事帰りにでも寄ったんだろうなって思って、最初は全く気にしてなかったんだけど、そいつら店に入るや牛丼頼まずにビール頼んでさ。牛丼屋で牛丼食わずにビール飲みに来たのかって、こいつら何しに来たんだって思ってたんだけど……そしたら、そのうちの一人が説教しだしてさ」
「はぁ? ……説教??」
その言葉に、上坂ではなく下柳の方が反応し、目をパチクリして聞き返した。縦川はそんな彼に向けて苦笑しながら頷くと、
「ああ。ビール運ばれてきて、お互いに御酌しあって、まあ飲んで飲んで、ありがとうございます! って、よく会社の上司と飲みいったらやるような感じで……実際、そんな感覚なんだろうけど、そしたらさ、マジで上司っぽい方が説教始めちゃったんだよ。
今日の取引先でどうしたとか、今月の成績がああだとか、明日からのスケジュールだとか……牛丼屋だぞ? そりゃビール売ってるけど、特別飲みに来るような店じゃない。ましてや、会社の部下を連れてきて説教するような場所じゃないだろ?
デートじゃないんだ。別に会社の同僚二人で牛丼屋来るのはいいけど、説教はないだろう。説教される方だって、俺今牛丼屋で説教されてるって思ったら、すげえ惨めだぞ? 連れてく店間違ってるだろ。大体、牛丼屋でビール片手に得意げに説教する上司なんて、誰が尊敬できるんだ? 俺ならその場で辞表を叩きつける自信があるね。
でさ、そう思った瞬間、ハッと気がついたんだよ。周りを見回してみたら、そこに来てたお客がみんなしょっぱい顔してるの。みんな箸が止まってて、俺も気づいたら飯食うの忘れててさ、でももう食う気がしないから、そのまま店を出たんだ。
結局さ、牛丼屋みたいな安い店で、何が一番安いかって人間なんだよね。
ご飯は美味いし、お店も十分綺麗だし、何より注文してから出てくるまでが早くて便利だし、これだけのサービスをあの低価格で実現するなんて奇跡だよ。そりゃもの凄いシステムだと思うよ。
でも、単価が安いってのは、やっぱり、そこにいる人間の価値を下げちゃうんだ。そこにいる人達はみんな自分が上等だって思いこんでるんだけど、実はもう引き返せないところに行っちゃってるんだよ。
それに気づいた時、自分の中でなんかのスイッチが切り替わったんだよね。ああ、俺はここに居ちゃいけない、もうここに来るべきじゃないって……それ以来まったく行ってないんだ」
縦川は話し終えると、本物の仏像みたいなアルカイックスマイルを見せて、
「フランス料理屋で話すようなもんじゃないな。やっぱりやめておくんだった」
と言った。
店内には彼の声以外にはほとんど何の音も無かった。彼の話にひきこまれて、オードブルで出てきた野菜のテリーヌの味はほとんど覚えていなかった。別段、すごい話ではない。だが、やはり僧侶という職業柄、縦川は話をするのがとても上手いのだろう。
実際、それは彼らが食べ終えるのをフロアで待っていたアンリの耳にも入っていたようで、彼女は三人の皿を取り替えに来ると、メインディッシュを並べながら彼に言った。
「それで縦川さん、お坊さんになっちゃったんですか?」
「え? いや、そんなことないけども」
「そうなんですか。そういうことがあって、サラリーマン生活が嫌になっちゃったのかと思った」
「いやいや、僧侶になる前もサラリーマンじゃなかったから。その頃は根無し草で、日雇いのバイトばっかしてたんだ」
「ええ!? そんなイメージ全然ありませんよ」
と、アンリは驚いていたが、上坂は何となくそんな感じだと思っていた。付き合いの長さと言うよりも、付き合い方の問題で、見る人が見れば縦川の性質はガラリと変わる。
「それじゃどうして坊主になったんだ?」
二人のやり取りを横で聞いてた下柳がボソッと呟くように言った。競馬場でも言っていたが、意外にも彼は縦川が僧侶になった切っ掛けを知らないらしい。意外なのは縦川もそう思っていたようで、
「あれ? 言わなかったっけ?」
「聞いてないな。まあ、聞かなかったのもあるが」
「まあねえ……友達に就職の悩みなんて普通しないもんな」
縦川が苦笑交じりにそう言うと、下柳はぶっきらぼうな口調で続けた。
「別に言いたくないなら無理には聞かないぞ?」
「いや、そんなに難しい話じゃないよ。ただ、飯時にする話でもないんでなあ」
「私は別に気にしませんよ?」
アンリが横から興味津々と言った感じに茶々を入れる。
「いや、だって君飯食ってないじゃん……まあ、いいけどね。僧侶になった切っ掛けは、5年前の隕石落下の時だったんだけど……」
縦川は苦笑交じりに返事をすると、ナイフとフォークでメインディッシュの肉料理を綺麗にさばきながら、ポツポツと話し始めた。
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縦川はその頃、二子玉川の駅の近くに住んでいた。日雇いの毎日から抜け出そうとして、就職活動をしていたらしい。ハローワークに通い、いくつもの会社の面接を受け、時に、求人してるポーズだけの会社で時間を浪費し、時に、今まで何やってたの? と要らぬ説教をされながら、彼は首都圏の中小企業を中心に回っていた。
就職活動はなかなか上手く行かず、ストレスの溜まる毎日だった。
そして運命の日、まだ宵の口と言ってもいい時間、ペルセウス座流星群が夜空に輝いていた頃。彼はテレビから流れるペナントレースの実況をBGMに、ノートパソコンのメーラーに積み重なったお祈りメールを読みながら、やけ酒をグビグビやっていた。
そんな時、突然、信じられない衝撃と閃光が走った。
驚いたことに、縦川は部屋の中を数メートルもゴロゴロと転がっていた。
それがあまりにも唐突で理不尽過ぎたから、彼は自分の身に何が起きたかさっぱり分からず、もしかして寝ぼけているんじゃないかと、目をパチクリしながらぼんやりとしていた。すると今度は、彼が吹き飛ばされたときからだいぶ遅れて、耳をつんざくような轟音があたりに響いた。
彼は何か知らないがこれはヤバイと思い、外へ逃げ出そうとしたのだが、その衝撃と轟音とで三半規管がやられたのか、体がふわふわとして足が踏ん張れない。そのうち、それは自分が揺れているのではなく、建物が揺れているのだと気づいて、ああ、地震だったのかと思って彼は何故かホッとした。
多分、未知の恐怖を、知ってる災害に変換してしまったのだろう。最初の衝撃と閃光のことなど、このときにはもう彼の頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。
その後、避難しなきゃと思い家を出ると、近所の人たちも同じように地震だ地震だと言い募り、誰かがそれじゃ津波が怖いからといい始めて、みんななんとなく駒沢公園の方へ避難した。
ネットもテレビもつながらなくて情報が入ってこない中、隕石の落下地点の方向から逃げてきた人たちが、あれは地震ではなく核兵器かも知れないと言うものだから、みんな恐々となりながら一夜を過ごした。
明けて翌朝、上空を飛ぶヘリコプターが隕石と言うと、今度は逆にみんなホッと安堵の表情を浮かべた。
縦川も同じく、根拠などなにもないのに、これで一安心だとホッとため息をつくと、余裕が出てきたのか、その隕石とやらを見に行こうとなんとなく思って歩き出した。
多摩川沿いは昨夜未明に何度も津波が押し寄せたらしく、環七通りも通行止めで近づけなかったから、246を渋谷方面まで歩いていって、目黒川沿いを下目黒の方向へと歩くことにした。
隕石が落ちたのは東京湾だそうだから、品川のあたりまで歩いていけば何か分かるだろう。そう思って山手通りを南下し、中目黒を抜けて不動前の辺りに来たところで、彼は人だかりに遭遇した。
人垣に道を塞がれてそれ以上進めなくなった彼は、押しのけるようにして前に出たが、すぐにそれは無駄な行為だったと思い知ることになった。
そこから少し歩けば五反田駅のはずだが、続く道が全部瓦礫で塞がれている。山手通りの両脇にずらりと林立したビルの悉くが倒壊し、東京湾まで一望できるくらい、あらゆる建物が綺麗サッパリ崩れ去ってしまっていたのだ。
彼は、もしかして自分はどこかで道を間違えたのではないかと錯覚を覚えた。普通の地震じゃこんなことにはならない。だからこれは普通の地震じゃない。分かっているのだが頭が追いついてこない。
そして、呆然としながら瓦礫の山を眺めていると、同じく呆然とする人々の中で、誰かがそれを指さして叫んだ。
あれは人の死体か?
ハッとして見てみれば、死体はそれだけではなく、瓦礫のあちこちに見てとれた。老若男女問わず、中には手足が欠損しているものや、瓦礫に潰されて性別の判別すらつかないような酷いものまであった。
これは尋常じゃない、自分たちの手に負えない……
ほとんどの人はその地獄のような光景を前に、恐れをなして引き返していった。これ以上進んではいけないと、ここにいてはいけないと、誰もがそう呟いて去っていった。
縦川も同じく、吐き気を必死に堪えながら、もと来た道を戻ろうと踵を返した。
しかし、振り返ってその一歩が踏み出せない。
何故か後ろ髪引かれる思いで、立ち尽くしてしまったのだ。
彼は思った。
本当に、このまま立ち去ってしまっていいのだろうか? 本当に、自分に出来ることは何もないのか? この絶望的な光景を見れば、生存者はまず居ないと断言できる。仮に居たとしてもこの瓦礫の山をかき分けて救出するのは不可能だ。それこそ自衛隊でも出てきてくれなければ何もはじまらない。
でも、それじゃこれらの死体は……今、自分の目の前にある、この死体の山は、このまま野ざらしにされたまま放置され続けるというのだろうか……? 放っておけば腐り始め、鳥がついばむかも知れない。どこかへ運ぶことは出来ないが、せめて荒らされないように、誰かが見張ってなきゃいけないんじゃないか……?
いや、しかしそんなことをしても意味はないだろう。何しろこの有様だ。死体はここにあるだけではない、おそらく数千……下手したら数万。それこそ東京中の湾岸に散らばってるはずだ。その事実に目をつぶって、ここだけ守れればいいなんてのは、ただのセンチメンタルに過ぎないだろう。
だから引き返すのは妥当だ。でも、何かしたい。どうしたらいいのだろうか……縦川がそんな思いに駆られ、ギュッと拳を握りしめていたときだった。
南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……
っと、どこからともなく、お経を読む声が聞こえてきた。
見れば、一人の坊さんが淡々とお経を読みながら、瓦礫の山の前を通り過ぎていく……
彼は死体の前を通り過ぎる際、雑に拝んでからお輪を鳴らし、また淡々と次の死体に向かってお経を唱えていた。本当にこなしているだけと言った感じで、声は掠れてガラガラで、疲労の色が濃く見えた。どこから来たのか分からないが、多分、いけるところまでいくつもりなんだろう。
それを見た瞬間、縦川の足が自然と動いた。羨ましい、彼は何故かそう思った。
彼は踵を返すと、お経を読む僧侶の元へと駆け寄っていった。自分にも何か出来ることはないか? 一緒にお経を読んでいいだろうか? バチが当たったりしないだろうか?
「切っ掛けって言ったらこんなもんなんだよ。もしあの時、その人が俺の目の前を通り過ぎなかったら、多分俺は僧侶になっていなかった。俺はそれまで自分のやりたいことが見つからなかったんだけど、それを見た時、ああ、これだなって思ったんだ。人にはどうしようもない自然の脅威を目にして、初めて自分のやれることが見つかったような気がしたんだよね。
思えば俺は小さい頃から名前のことでからかわれて、雲谷斎って言われる度に腹を立てていたんだけど、実はそれが切っ掛けで仏教に興味があったんだよ。だってさ、嫌がってても俺がお経を読むと、みんな笑ってくれるでしょ。みんなが笑ってくれるなら、それは良い職業でしょう。それを思ったら案外これも悪くないんじゃないかと、人を幸せにしてあげられる仕事なんじゃないかと思えるようになったんだ。
牛丼屋の話もさ、美味いものを食べさせてくれる店は、それだけで人を幸せにしてくれるはずなんだ。それが美味しく感じられないのは、そこにいる人が幸せじゃないからでしょう。誰かが誰かのために働いて、その誰かが寄り集まって社会になる。誰かのために働けるのは素晴らしいことだよ。ただこなすだけの人生は寂しいじゃないか」
それが縦川が僧侶になった理由だそうだ。初めてそれを聞いた下柳は、説教臭いと言っていたが、上坂はそれを悪くないと思っていた。誰かのために生きられるなら、それは素晴らしいことだ。先生がそういう人だった。そういう人たちと暮らしていたのに、あの日、隕石がそれを引き裂いたのだ。
いや……あれが本当に隕石ならば。
彼はそんなことを漠然と思い、もやもやとした黒いものが、胸の内を渦巻いていくのを感じていた。




