……嘘だろ!?
慰霊祭から数日が過ぎて、美空学園は夏休みに突入した。
まだ通い始めたばかりなのにもう長期休暇が始まってしまっては、二学期にまた慣れるまで苦労してしまいそうである。そんな風に縦川が不満を漏らすと、美空学園は目的が青少年の更生であるからか、夏の間も登校日が度々あるので、結局今までとあまり変わらないと上坂は返した。それはそれで、今度は夏休みが少なくなってかわいそうに思えてくる。縦川がそう言うと、上坂は眉間に刻まれた深いシワを更に深くしながら、どうすれば良いのだと肩をすくめていた。
「そんなわけで競馬行こうぜ、競馬」
「どんなわけだよ」
「学生時代の夏休みの思い出が無いなんて寂しいだろ。上坂君、今までキャンプ行ったり花火見たり、そういった経験有るの?」
「……流星群を見に行ったことなら」
「へえ、それでどうだった?」
「隕石が落ちてきた」
「よし決まり! 競馬だ競馬! ナイターだ!」
そんなわけで夏休みに入ってすぐ、殆ど無理矢理ナイター競馬に連れ出された。
代々木から総武線に乗り換えて西船橋まで行き、京葉線の南船橋へ。巨大商業複合施設の入り口までやってくると、勤務明けの下柳が早速顔を赤く染めながら、持っていたビールの缶を掲げているのが見えた。
「よう上坂、久しぶりだな。寺の生活にはもう慣れたか?」
「どうも」
「相変わらず暗いやつだなあ。そんなんじゃ彼女も出来ねえぞ」
「酒臭いんだよ」
合流した3人はショッピングモールのでかいゲートを脇目にしながら道なりに進んだ。通りの向こう側にはでっかいナイター設備が見えていて、照明が煌々と輝いていた。壁に囲まれて中の様子は窺えないが、こんなところに本当に競馬場があるのか? と上坂が尋ねると、競馬場どころか昔はスキー場まであったとか言い出した。2人にからかわれてるんじゃないかと思って抗議したが、どうやら本当のことらしい。
縦川と下柳のおっさんコンビも物心が付く前に取り壊されてしまったそうだが、意外にもずっと黒字経営を続けた優良施設だったそうだ。仕事帰りに手ぶらでスキーが出来るなんて、昔の東京は本当に凄い都市だったんだなあと、小学生並みの感想を述べたら、2人に揃って千葉だと突っ込まれた。
通りを渡って競馬場の入り口へ。
競馬場なんてワンカップを片手に持った、歯の抜けたおっさんなんかが屯しているようなイメージだったが、入ってみると意外とカップルが多かった。ショッピングモールが目の前にあるから、そこの客が流れてくるのだろう。まるで駅の改札みたいな入場門を潜って中に入ると、間もなくパドックの有る広場に到着した。
小さな運動場みたいなところを、厩務員に引かれた馬がパカパカ歩いてる。平日開催の条件レースで客がそんなに居なかったので、手すりまで近づいていったら、すぐ目の前を馬が通り過ぎて、その大きさにびっくりした。
「どうだい。来てよかっただろう?」
と縦川が我がことのように自慢していたが、今の所まだなんとも返事しようもない。
「地方競馬のいいところは、こんな風に距離感が近いところだよ。もう出走まで時間がないし、最初は賭けないでゴール板のいい位置に陣取ろうぜ」
しかし相手がどう思ってようが知ったこっちゃないと、縦川はウキウキしながらそう言うと、2人の返事を待たずにメインスタンドのある大きな建物の方へと歩いていってしまった。下柳はいつものことと言った感じで苦笑しながらのんびりと続き、上坂が慌ててその後に続く。
裏から見ると市役所みたいな外観のスタンドをくぐり抜けると、だだっ広いコースが目の前に飛び込んできた。ガードレールみたいな外埒沿いには、雑誌記者っぽい人たちが何人か入り込んでいるのが見えた。その周りを大砲みたいなレンズを装備したカメラを構えた競馬ファンが取り囲んでおり、競馬新聞を片手にだべってるおじさんや、騎手の追っかけらしき女性の集団までいた。
縦川たちはそんな集団の横を通り過ぎて、ゴール板から少し離れたフェンスにしがみつくように陣取った。間もなく、場内に投票締切のアナウンスが流れて、巨大なトラックの向こう側のスタートゲートに競走馬が次々と入っていくのが見えた。しかし、あまりにも遠すぎるから、ほとんど蟻を見ているようだった。
上坂は、これじゃ何をやってるかわからないなと思いながら見ていると、スタンド前に据えられた電光掲示板に映像が映し出された。ああ、あれで見るんだなと思っていたら、間もなくスタートが切られて馬が走り出した。
ドドドド……っと、馬が駆ける音が聞こえてくる。馬の姿はまだ小さくて、向正面まで相当距離があるだろうに、こんなに足音が響いてくるものなのかと驚いていると、あっという間に最終コーナーを回って競走馬たちがゴール前に殺到してきた。
轟音と砂埃を上げて横一列に並んだ馬たちがグングンと迫ってくる。さっきまであんなにちっぽけだった馬影が、今はものすごく大きく見えた。ものすごい大迫力だ。たった10頭しかいないのに、地震でも起きてるんじゃないかと言うくらい地響きがして、轟音が歓声を消してしまう。
さっきパドックで見た時も大きいと思ったが、それが走っていると、もっと大きく見えるのだ。馬群が一斉にゴール板を通過していくと、カメラを構えた人たちがパシャパシャとシャッターを切った。馬の名前を叫ぶ声や、騎手の名前を呼ぶ黄色い声に混じって、多分自分の買い目なのだろう、数字を叫んだ男の人が悔しそうに馬券をぶん投げた。
眼の前を馬群があっという間に通過していく。まるで風圧に押されるかのように、上坂はのけぞった。一体何キロくらい出てるのだろうか? 自動車と違ってそんなに速くはないだろうに、そんなものよりずっと速い気がしていた。
これが競馬か……
初めての経験の新鮮な余韻に浸っていると、縦川がまた我が事のようにドヤ顔しながら言っていた。
「どうだい。来てよかっただろう?」
「ああ、これは中々興味深いな」
今度は素直に言葉が出た。
その後、パドックに戻った三人は、売店で何紙もの新聞を買って次レースの予想をした。縦川は初心者の上坂のために、新聞の読み方からパドックでの馬の見方、騎手の性質や、競走馬の血統のことまで何でもかんでも教えてくれた。
よほど好きなのか、一度うんちくを語りだしたら止まらない感じで、競馬ファンでも知らないようなマニアックな情報や、昔実際に見たレースの展開を交えての解説は、周囲の客が立ち止まって盗み聞きしているほどだった。
その後3レースほど観戦したところで小腹がすいてきたので、下柳と2人で腹ごしらえのために競馬場を出た。入場料は100円なので、別にもったいないわけでもないのだが、縦川は1人で残って次レースの予想を続けると言って、ついてこなかった。
飯も食わずに競馬に夢中なんてと呆れたが、彼が残った理由はどうもそうでもないらしい。どうせ次のレースには間に合わないからと、フードコートで座ってラーメンをすすっていると、下柳が話しかけてきた。
「どうだ? 今日は楽しんでるか?」
「……まあまあ」
「ここのラーメン、デムーロの弟が船橋にいた頃、よく食べに来てたらしいぜ」
「誰それ?」
「イタリアのトップジョッキーだ。兄弟揃って日本で活躍してたんだぞ」
「へえ……下やんも競馬詳しいの?」
「下柳さんと呼べ……いや、全部あいつの受け売りだよ。今日みたいな感じで、競馬場で遊んでいたら、べらべら喋るもんだから、そのうち覚えちまったよ」
聞けば、高校生の頃から競馬ファンで、その頃からコソコソと馬券を買っていたらしい。今では株にまで手を出しているし、どうしてあんなにギャンブルが好きなんだろう……と思っていると、
「いいやつだろ?」
下柳が自分の食べてるラーメンから視線を逸らさず、ぼそっと呟くように言った。
「女っ気が無いのが玉に瑕だがな。面倒見が良くってみんなに好かれやすい性格だ」
「近所のおばちゃんには好かれてるみたいだよ」
「ははっ! 既婚者に好かれてもなあ……」
下柳はひとしきり笑った後、真顔に戻って、
「実はおまえさんを預かるって聞いた時、俺はやめろって反対したんだよ。あの時はまだえっちゃんの……鷹宮の事件があったばかりで、得体が知れなかったからな。でもあいつ、逆にそれがあるからこそ預かるべきだって言ってさ。おまえさんが居なければ、鷹宮は嘘の汚名を着せられたまま墓に入っていたかも知れない。恩人なんだから黙って助けてやれってさ」
「そんなこと言ってたんだ」
「それに、少し話した感じ、おまえさんはまともだから平気だってさ。結果的にあいつの言う通りだったよ。だから悪かったな、変な目で見ちまって」
「いや気にしないでくれよ。下やんみたいに考えるのが普通だ」
「……下柳さんな」
それに、縦川だって恩なんて感じなくていいのだ。あれは単に、あの場に充満していた嘘に、上坂の能力が勝手に反応しただけなのだから。大体、あの時、あの住職の説教が無ければ、自分だって嘘を正確に見抜けたかどうかは分からなかった。だから気にしてほしくないのだが……
そんなこと言っても能力を隠してる限りは、その気持ちは絶対に理解されないだろう。ままならないものだなと上坂は思った。
「ま、湿っぽい話はこれくらいにして。あいつにも何か食料調達してってやろう」
「面倒だから雲谷斎も一緒にくればよかったのにな。いくら馬に夢中だからって1レースくらい我慢しろよ」
「縦川さんと……まあ、あいつのことはどうでもいいや。そうだな。一緒に来ればいいんだが、あいつ妙なこだわりがあって、何か知らないけど外食嫌がるんだよ」
「……え? そうなの?」
「一緒に暮らしてて気づかなかったか?」
「いや……そんなことは」
思い返してみると、確かにそういう節はあった。縦川も上坂も料理が出来ないから、食事はいつも外で調達するのだが、檀家のコンビニから廃棄弁当は漁るくせに、外食は一度もしたことがない。駅前に牛丼屋があって、学校帰りに弁当を買って帰ったことならあるが、店で食べたことはない。商店街の面々が集まるスナックにはよく顔を出すが、酒は飲んでもなにか口にしているところは見たことがない。
「言われてみれば、そうだな。なんでだろう?」
「さあな。高校の頃は牛丼ばっか食ってたけど、気がつけばいつの間にか行かなくなってたな。もしかしたら飽きただけかも知れんが、いきなり坊さんになっちまったり、あいつも色々貯め込むところあるから」
「僧侶は家業じゃないのか?」
「あいつんちは普通のサラリーマンだぞ。高校の頃は東京に実家があったんだけど、災害後に西の方に引っ越しちまった。あいつだけこっちに残ったと思ったら、坊主になってたんでびっくりしたんだが」
こうして話を聞いてみると、意外と謎の多い人物である。彼が上坂のプライベートを尊重し首を突っ込んでこないのは、もしかしたらこの辺に何か原因があるのかも知れない。上坂自身に事情があって、自分のことを話したくないと思っているから、彼のことも聞かないようにしていたが、そのうち落ち着いたら聞いてみるのもいいだろう。
そんな話をしながら、フードコートでケバブを手に入れて競馬場に戻ると、パドックにいた縦川が目ざとく2人の姿を見つけて駆け寄ってきた。食料を渡すと、実に美味そうに頬張っていたから、別にジャンクフードが嫌いと言うわけでもなさそうだ。
本当になんで外食を嫌がるんだろうと思いながら見ていると、彼は上坂の視線に気づいて少しだけ目をパチクリさせたが、すぐに何かを思い出したかのように、
「そろそろメインレースの締切が近いぞ。メインレースくらい上坂くんも賭けたらどうだ、見てるだけじゃつまらんだろ」
一応、学生だから遠慮していたのだが……ちらりと下柳の横顔を窺ってみたが、特に気にしていない様子だった。だったら自分もやってみようかなと、彼は言われるままにマークシートを手にとった。
「賭け方は分かるかい?」
「あんたの見てたから、なんとなく」
「分からなかった聞いてくれ。俺のおすすめは3番5番、それから1番と8番も捨てがたい。最初はボックスで買うより単勝や複勝の方が……」
「ちょっとちょっと、自分で予想するから黙っててくれよ、気が散るだろ」
「そうかい? まあ、ビギナーズラックってこともあるし、止めはしないけど……ああ、ああ、3連単なんかマークしちゃって」
「黙ってろって言っただろ。初心者だと思って馬鹿にしやがって。見てろよ? 万馬券当ててやるから」
そう、上坂は口走った時だった。
――ズキンッ!
っと、突然、彼の頭に強烈な痛みが走り、そのあまりの痛みに彼は手にしたペンを落としてその場でヘナヘナと座り込んでしまった。
まるでパンチドランカーにでもなってしまったかのように、目眩がして上手く視点が定まらない。何が起きたかさっぱり分からなかったが、二人に心配を掛けてはいけないと、ふらつきながらも慌てて上坂は立ち上がった。
「あ、いや、なんでもない。大丈夫だ。すまない」
ところが、慌てて立ち上がった彼は、その場で固まっている2人の姿を見て、目が白黒なった。2人は上坂のことなど見向きもせずに、ぼけーっとその場に突っ立っている。
まるで時間が止まってるようだ。上坂はハッとして周囲を見回した。すると止まっているのは2人だけじゃなくて、その周囲も、パドックをぐるぐる回っていた競走馬も、電光掲示板で目まぐるしく変わっていたオッズも、何もかもが綺麗さっぱり動かなくなっていた。
時間停止……?
上坂は仰天して目を丸くした。なんでこんなとんでもないところで、突然能力が発動してるんだ? そもそも、何が切っ掛けで発動したんだ? 嘘なんて何も気づかなかったのに……
一応、からかわれている可能性を考慮して縦川のほっぺたを抓ってみたが、正真正銘、世界が停止しているようだった。困惑しながらも周囲を見回して、能力が発動した原因を探ろうとする。しかし、いくら頭を捻っても、そんなものは何も思い浮かばない。
次第に焦り始めた彼の額から汗が吹き出てきた。上坂はその忌々しい汗を拭おうとして、額に腕をやった時に、ふと、自分が握りしめているマークシートに気がついた。
「……もしかして、これなのか?」
呆然としながら、グシャグシャになった紙を開いてみる。
時間が停止する直前、彼は確かにこう言った。万馬券を当ててやると……
「まさか俺の能力って、こんなことでも発動しちゃうのか?」
彼は自分の能力に気づいて以来、必要な時以外は極力、その能力が発動しないように努めていた。何しろ、自分で嘘を吐くということは、その嘘を本当にするしか能力を解除する方法がないのだ。その能力に助けられたこともあったが、冷や汗をかく場面も多々有った。
だから彼は出来るだけ能力を……嘘を吐かないように気をつけていたのだが、
「冗談すら言えないなんて……な」
そう言って彼はため息を吐いた。考えても見ればつい最近まで、その冗談を言うような余裕すら無かったのだから、気づかなくって当然だ。彼はゆっくりと首を左右に振ると、諦めたように投票所にあったマークシートの束をかき集めた。
原因はともかくとして、能力が発動してしまったのならもう仕方がない。とにかく、この状況を脱するためには、嘘を本当にするしかないのだ。メインレースは10頭立て。幸い、3連単なら万馬券になる可能性は極めて高く、嘘を解除するための本当が見つからないという矛盾だけは避けられそうだった。
問題は、その正解を見つけるまで根気よく作業を続けなければならないわけだが……10頭立ての買い目は10×9×8の720通り。それくらいならまだなんとかなるだろう。
彼は自分にそう言い聞かせながら、地道にマークシートにチェックを入れていった。
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上坂にマークシートの書き方をレクチャーしていた時だった。
縦川は何故か急に目眩がして、まるで長い時間が経過してしまったような錯覚を覚えた。何かおかしいぞ? と思いつつ、小首を傾げながら上坂の顔を見ていると、不思議とこんなことが今まで何度も有ったような既視感に襲われた。
いや、そんなはずはないのに……もしかして疲れているのかな? と、縦川が自分のほっぺたをペチペチやってると、上坂はいつものように眉間に深いシワを寄せながら、不機嫌そうにマークシートを突き出してきた。
「ん……あ、ああ! もう書いたのか。早いな」
それを受け取ろうとして一歩踏み出すと、足元でカサカサと音が鳴った。どうやら床にばらまかれていたマークシートを踏んづけてしまったようだ。投票所に書き損じが落ちているのはいつもの光景だが、こんなに沢山落ちてたっけ……? と思いながら、縦川はマークシートを受け取ると……
「ぶっ……なんだこれ」
縦川は上坂の買い目を見て思わず吹き出してしまった。3連単1点勝負、おまけに自分のおすすめの3番、5番、1番、8番、どれもこれも見事に入ってない。
「あはははは。これが当たったらとんでもないことになるぞ」
あまりに素人丸出しの予想に笑い声を上げると、ニヤニヤしながら下柳が続けた。
「オッズは今いくらだ……? おいおい、100万ついてるじゃねえか。上坂さんよう、いくらなんでもこりゃねえよ。考え直したらどうだ?」
「いいから黙って買ってこいよ」
「ま、記念馬券ならこんなもんか。ビギナーズラックってこともあるしな」
「こんなビギナーズラックがあったら新聞に載るよ。上坂君、本当にこれでいいんだな?」
「ああ、いいよ」
上坂はぶっきらぼうにそう言った。縦川と下柳の二人は苦笑いしながら顔を見合わせると、肩をすくめて券売機へと向かった。いくら買うか聞くのを忘れたが、まあ、100円で十分だろう。
三人は馬券を購入すると、また最初の時みたいにゴール板の前に陣取ろうとして、そそくさとスタンドへと急いだ。流石にメインレースとあって、人垣が出来ていたが、どうにかこうにかいい位置を確保する。
ほっと一息ついてから、縦川が上坂に馬券を渡そうとすると、彼はおまえにやるよと言って受け取ろうとしなかった。もしかして本心では賭け事をしたくなかったのかな? と、もしそうなら悪いことしたと思いながら、縦川が馬券を胸ポケットにしまうと、間もなく発走のファンファーレが場内に鳴り響いた。
「……嘘だろ!?」
メインレースは荒れに荒れた……一番人気の大本命である5番の馬がスタート直後に落馬すると、レースはハイペースになり、2番人気の1番が直線で失速して、後からついてくるのがやっとだった最低人気の馬が、あれよあれよという間にごぼう抜きを演じて、1着でゴールへと飛び込んでしまった。
2着、3着と不人気の馬が入線する度、スタンドで観戦していた観客から悲鳴が上がった。そんな中、下柳が別の意味で素っ頓狂な悲鳴を上げた。縦川は顎が抜けて声が出なかった。
電光掲示板に映し出された着順は、さっき自分が無造作に胸ポケットに突っ込んだ馬券と同じ数字が示されていた。それは暫く点滅した後、審議も無くあっさりと確定のランプに変わった。
上坂のために、後で記念にラミネート加工してやろうと思っていた馬券は、まったく別の意味で記念のために加工された。それが暫くの間、縦川の寺の本堂に飾られることになったのは、また別の話である。




