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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第二章・愛と嘘 - AI & Lie.
20/137

そして東京は復興を果たし……

 18世紀中頃、ワットの蒸気機関の発明によって、イギリスは世界に先んじて機械工業化時代に突入した。それまでの手工業が、機械工業に取って代わると、国民の生産性が飛躍的に伸び、イギリスに莫大な富をもたらした。いわゆる第一次産業革命のはじまりである。


 これによりイギリスは20世紀初頭までの長きに渡り、他に抜きん出た経済力と軍事力を保有し、世界の覇権を握ることになった。この時代は戦争が少なく、比較的穏やかな時期だったため、かつてのローマ時代と比較してパックス・ブリタニカと呼ばれている。


 それが終焉したのは第一次大戦による欧州の疲弊もあっただろうが、正確にはイギリスの持っていたその工業力が、アメリカに移ったと考えたほうがいいだろう。


 20世紀初頭、産業革命から長くが経過して、生産力が頭打ちになっていた欧州諸国に比べて、逆に工業力の上がってきた新興国のアメリカでは、トーマス・エジソンの電球の発明に代表される、電気分野の技術革新が進んだ。これを第二次産業革命と呼ぶ。


 この頃には鉄鋼や化学技術も成熟してきており、これに電気によるハイテク化が加わると、元々資源に恵まれていたアメリカはイギリスを凌駕する工業力を手に入れ、世界の覇権国家に躍り出ることになった。


 その後、大恐慌や二度の大戦もあったが、戦後、中東諸国で良質な油田が次々に発見されると、低コストの石油エネルギーを用いたハイテク産業が更に伸びて、アメリカの覇権は揺るぎないものになっていく。


 そして1970年代中頃。パーソナルコンピュータの発売と、米国防総省によるアーパネットの開発が成されると、それは1990年代後半に花開くインターネット技術に結びつき、世界には情報化社会が訪れることとなる。これが第三次産業革命である。


 情報化社会後の世界については記憶に新しいであろうから、説明は不要だろう。注目してもらいたいのは、これら三度の産業革命では、いち早くその時代の中核となる技術を手に入れた国が、その後の時代を牽引していたということだ。


 特に現代、世界を牽引しているマイクロソフト、グーグル、アップル、アマゾン、これらは全てアメリカの企業で、この時代の富をほぼ独占していると言っても過言ではないだろう。


 その時代の核心技術を最初に手に入れることは、その時代の覇権を握るということと同義なのだ。


 ところで、第一次産業革命から第二次まではおよそ150年。第二次から第三次までは70~90年と、時代の移り変わりが加速していることに気づくだろうか。


 時代をもっと遡れば、20万年前の火の発見、2万年前の農耕定住革命、紀元前2000年ごろの鉄器時代、14世紀ごろから始まるルネッサンスや大航海時代、近代になるほど技術革新による時代の移り変わりは早くなってきている。


 これは何故かといえば、一つの重要な技術は新たな発明を生み出すが、その新たな発明がまた別の発明を生む頃には、技術が洗練されて高度になっており、発明の期間がどんどん短縮してくるからである。


 例えば、100年前の人と現代人とでは、持っている知識も、使っているツールも段違いなのは言うまでもないだろう。100年前の人は何か調べるには図書館に籠もるくらいしか方法が無くて、その図書館に自分の知りたいことが書かれてる本が無ければお手上げだった。


 ところが現代人にはインターネットがあり、世界中の人々と情報交換することが容易であり、グーグルで検索してウィキペディアで調べることが出来、おまけに20年前ならスーパーコンピュータと呼ばれるような物を、500ドルのスマホとして個人が所有しているのだ。


 たった20年で、どこかの国家予算規模だったものが、誰でも所持できるようになってしまったわけである。


 この急激な技術の進歩は、何も情報産業だけに留まらない。一見してそうそう変わらない技術の典型に見える自動車だって、10年前と今では全然違う。我々は、今、技術革新のスピードを肌で実感出来るような、ものすごい時代に生きているのだ。


 レイ・カーツワイルはこの技術革新(イノベーション)の速度が加速度的に増していることを、収穫加速の法則と名付けた。彼は技術革新のスピードは線形ではなく、指数関数的に伸びていると主張したのである。


 それを裏付けるように、7年掛けてたった1%しか進まなかったヒトゲノムの解析が、あと7年で終了すると彼は予言し、見事的中させた。7年間で1%しか解析が進まなかったのは失敗だったのではなく、その間に技術が洗練され、残りの7年間で指数関数的に解析が進んでいくための布石だったのである。


 話を戻すが、第一次産業革命から第二次までが150年。第二次から第三次が70~90年。ここだけ見ると彼の言う通り、技術革新は倍々で早くなってきているようだ。


 とすると、次の第四次産業革命は、第三次産業革命が起きた70年代中頃~2000年から、35~45年後くらいに……もう間もなく起きるだろうと、予想される。


 そしてそれは実際に起こりつつあるらしいのだ。


 昨今、AIの進化が著しい。


 20世紀末、IBMの開発したディープブルーがチェスの世界チャンピオンを破った事はあまりにも有名である。だがこの時、コンピュータが勝てたのはチェスだからであって、より複雑なゲームである囲碁で勝つには100年以上かかると言われていた。


 ところが知っての通り、それからちょうど20年後の2016年に、グーグルの開発したアルファ碁が、世界チャンピオン経験者に勝利し、翌年には現役世界ランク1位の棋士と対局し全勝したのである。


 この出来事以降、囲碁や将棋のプロ棋士はAIを使った研究が主流となり、AIが見つけた新しい定石や作戦を対局で使うようになっていった。囲碁やチェスのようなゲームの分野で、AIは人間を越えたと言っていいだろう。


 AIが飛躍的に発達したのは、ディープラーニングという手法が確立されたお陰だった。


 元々、機械学習法には人間の脳の動きをシミュレートするニューラルネットワークという手法があった。これは単純に言えば、人間のシナプス結合を模倣したものなのだが、残念ながら数学的な欠点があったらしく、長らく十分な学習が出来ないと思われていた。


 そんな中、2006年にトロント大学のジェフリー・ヒントンが中心となって、それに改良を加え、十分な学習ができる手法、ディープラーニングを編み出した。


 当初はニューラルネットワークが失敗だと思われていたために、ディープラーニングはあまり注目されていなかった。ところが、開発から6年経った2012年のこと、画像認識率を競うコンペ(ILSVRC)で、初出場だったトロント大学のチームが、何年もその分野を研究していた他のチームを押しのけて、優勝してしまったのだ。


 コンピュータに、画像に何が映っているのかを認識させるのは非常に難しく、この分野は1%の成功率を上げるには10年はかかるという、地道な作業が求められていた。当時の優勝争いするようなチームは、エラー率26%台で小数点以下を競い合っていたのだが、トロント大学のチームは17%という、文字通り桁違いの結果を叩き出したのだ。これ以降、AIバブルと呼ばれるくらい、ディープラーニングはあらゆる分野に急速に広まっていくことになる。


 ディープラーニングの何が優れていたのかと言えば、例えば画像認識をするには、その特徴を捉えるための情報……特徴量が必要となるが、ディープラーニングではそれを人間が指定するのではなく、AI自身が獲得するところにあった。


 実はそれまで、AIというものは物事を判断することが出来ず、何かを判断するのはいつも人間の役目だったのだ。


 例えば、チェスなら特定の盤面を人間が見て、人間が有利不利の判定をして、それをコンピュータにインプットする。コンピュータは一度覚えたことは忘れないから、何億何十億という局面を地道に一つずつ教えてやれば、いつかは全ての判断が出来るようになるはずだろう。極端な話、今までのAIはそういうことをやっていたのである。


 もちろん、それじゃ大変すぎるから、数学を駆使して似たような局面を一つにまとめたり、場合分けをして確率統計を使って簡略化を進め、インプットする量を削減しようとしたが、最終的に判断を下すのはいつも人間だったのだ。


 つまり、コンピュータはこれまで教師ありの学習をしていたわけで、自力で考えて何かを獲得することは出来なかった。


 ところが、ディープラーニングは、何億何千万というデータを読み取り、自分でこの特徴量を発見することに成功したのだ。


 この何がすごいかと言えば、例えば、インターネット上には何億枚という猫が映ってる写真や動画があるわけだが、AIはもう、この中から猫の特徴を見つけ出し、同じ種類の動物が映ってるよという判断が出来るのだ。


 インターネット上には何億どころか、数十ゼタバイト(テラのギガ倍)という、おそらくこの世のあらゆる物体の画像が既に存在している。AIは機械だから疲れを知らず、眠ること無くずっと動き続け、一度覚えたことは忘れない。すると、これら全てをコンピュータに読み込み、ディープラーニングで機械学習を行えば、いつかコンピュータは人間と同じ世界を認識するようになるはずだ。


 今のAIはそこまで来ているのだ。


 だがまあ、もちろん、これで今すぐにAIが人間のように振る舞うようになるわけではない。実は未だ、決定的に欠けている部分があるのだ。


 AIはインターネット上の何十ゼタバイトの画像を読み込み、あらゆる物体の形や特徴量を獲得することは出来るようになったが、実は自分が獲得したその特徴量が、何を意味しているのかを理解していないのだ。


 先の例でたとえると、AIは何枚もの猫の画像を解析して、なんとなく同じ動物がいると判断は出来るが、その動物が『猫という名前』であることは、人間が教えない限り分からないのだ。結局、教師あり学習からまだ抜け出せていないのである。


 それでもまあ、面倒でも人間が一つ一つの名前を教えてやれば、いつかは全ての物事が判別出来るようになるだろう……そう思うかも知れないが、実際のところ、当の本人(AI)がわからないことは、人間にもやはり分からない場合が多いのだ。


 例えば猫の特徴量を獲得するまでに、AIは猫を構成する他の様々な特徴量も獲得するのだが、『ななめ』とか『たて』とか『よこ』とか、『三毛』とか『猫の目』とか『しっぽがある』とか、そういった概念をAIがどのように特徴量として捉えているのかは、ぱっと見ても人間にはわからないのだ。


 それを理解するには通訳が……つまりAI自身が、人間の言語を理解する必要があるだろう。だがそれはディープラーニングだけでどうこう出来るものではなかったのだ。


 ところで、現状の機械翻訳はどのくらいまで進んでいるだろうか。


 グーグル翻訳に日本語の長文を書いて、それを英訳し、その英文をまたグーグル翻訳で日本語に戻すと、意味不明な文章になっていることがある。それを面白がって動画のネタにするような人もいるから、誰でも一度くらいは試してみたことがあるだろう。


 この通り、機械翻訳は不可逆で、文法を一対一で変換することはまだ出来ていない。20年前と比べたら、それでも雲泥の差で、かなりいい線までいっているが、まだ不完全と言えるだろう。


 世界中の言語学者が血眼になって解決法を模索して、グーグルがおびただしいテキストデータを解析して特徴を捉えようとしても、どうしても越えられない壁のようなものがあるのだ。


 それは多分、人間に創造性があるからだろう。人間は毎日のように新しい言葉を生み出したり、ジョークを言ったりするが、これをコンピュータに理解させるのは非常に難しい。


 例えば、午後の紅茶を午後ティーと呼ぶのは、誰でもなんとなく分かるし、これをコンピュータに教えることも出来るだろう。だがその流れで、午後の紅茶のミルクティーを午後ミルと略しても、人間ならすぐになんとなく分かってくれるが、それをコンピュータにどう教えればいいか、ルールを定義するのは至難の業だ。


 他にも例えば、豊臣秀吉を猿と呼ぶことと、猿の名前が秀吉なのは全然意味が違うが、コンピュータはおそらく同じものと捉えてしまう。この区別をどうつければいいか。秀吉に限らず、同じようなケースが出てきた時、AIにどう判断させるか。そういったアルゴリズムはまだ出来ていない。


 ところが、人間の幼児は、それほど正確でない情報から驚くほど短期間に言語を獲得できる。外から入ってくる言語情報は、間違いが含まれていたり、言いよどんで途中でしゃべるのをやめてしまったり、断片的で不完全なものが多々含まれている。


 にもかかわらず、幼児はそれらの取捨選択を正確に行い、言語を獲得するのは何故なんだろうか?


 ノーム・チョムスキーは、それは人間の脳に文法判断に特化して働く機能があるからだと考えた。


 人間には生まれつき、遺伝的に、文法を理解する能力が備わっている。その証拠に、人間の言語は多種多様であるが、大雑把な共通ルール、普遍文法が存在するではないか。SVOC文型で例えれば、日本語はSOV、英語はSVOと語順は違うが、言語を構成する品詞は、大抵どの言語にも共通のものが存在する。


 そう考えると、人間の脳は、国や言語の違いによらず、全く同じ方法でそれぞれの母国語を獲得しているのではなかろうか。


 そしてその機能は、おそらく前頭葉のブローカ野にあるはずだ。ここを損傷した人は、文法的な失語症に陥るという。この患者は言葉を忘れているわけではないのだが、文章を組み立てることが出来なくなる。しかも本人は、自分の言語能力に支障があることに気づいているのだが、どうしようもないのだそうだ。


 さて、ディープラーニングの肝であるニューラルネットワークは、元々人間のシナプス結合をシミュレートしたものだった。


 ならば、文法を理解する脳の構造がどんなものかは分からないが、ブローカ野をCTスキャンし、その構造をそっくりそのままシミュレートしたものを使って機械学習を行えば、そのうちその機能が見つかるのではないか?


 そう考えた研究者グループがあり、そして彼らは実際にそれをやってみた。


******************************


「そのグループの中に、上坂一存君がいたんです」


 5年前、お台場で消息を断った上坂は東京復興の要であった汎用AIの開発者だった。御手洗が言うには、彼はその能力を狙われて、アメリカに拉致されたというのだ。


 何故なら、その時代の核となる技術を先行開発した国家は、次の時代の覇権を握ることになるからだ。彼の開発した汎用AIは、第四次産業革命の契機になると彼らは考えた。


「それじゃ上坂君は本当にアメリカに拉致されていたんですか」

「はい。それはもう間違いありません。我々はその事実を突き止め、政権与党のリバティ党にこの事実を公表するか、もしくは上坂君を取り返すように詰め寄りました。我々だって日米同盟は必要不可欠だと重視してるんです。ここは穏便に済ませたかった……


 政府は当初、我々の言うことを信用せずに渋っていましたが、外務省を通じてそれが事実だと確認したのでしょう。取引に応じて、上坂君を秘密裏に奪還するように動いてくれました。アメリカもここまでバレてしまったらと、素直に応じてくれました。このときには、もう核となる技術を彼らも獲得していましたからね」


「とても信じられない……本当に、彼が作ったんですか。何かの間違いじゃなくて」


「はい……正確には、彼の先生が理論を作り上げ、その先生の研究グループがテスト環境を整えて、上坂君はそのテストを手伝っていたというのが本当みたいです。


 先程、かなり長くて退屈な説明をした通り、この技術は脳の構造をそのままシミュレートしたもので、AIが言語を獲得するかどうかは、作り上げたモデルを実際に動かしてみるしかない。しかも当てずっぽうだから、たった一つの正解を見つけるまで、徹頭徹尾全く意味をなさないことの連続だったようで、殆どの研究者がこの方法は無理だと半ば諦めていたようです。


 それを、上坂君だけが根気よく地道に続けていて……そしてついにAIが普遍文法を獲得する方法を発見したんですよ」


 つまり上坂は発明家というより、オペレータとしてその世紀の発見をしたというわけである。


「彼はAIが言語を獲得する方法を見つけると、すぐにインターネット上のテキストデータから、世界中のありとあらゆる言語をマスターさせました。これによって機械翻訳の可逆変換が可能になり、劇的に翻訳アプリが改善されました。復興時にやってきた移民同士の会話が何不自由なく成り立ったのは、これがあったおかげでした。


 これだけでも、我々は彼に感謝しなければなりませんが、彼の凄いところは、この成果に飽き足らず、今度はAIに自律的に物事を考えさせようとしたところでした。彼は自分の作り上げたAIと、既存のディープラーニング法を組み合わせて、機械学習で獲得した特徴量と、AIが言語能力を得て獲得した言葉の意味を結びつけたんです。


 これによってAIは、インターネット上にある、膨大な映像記録からこの世界に存在するあらゆる物事を認識し、まるで人間のように考えることが出来るようになったのです」


「それが、汎用AIってやつですか」


「そうです……ところで人間と機械の最大の違いは何でしょうか。それは機械は新たな情報を得たら、それが瞬時に共有されるところです。例えば人間は受験勉強で知識の量を競い合いますが、機械はどれか一つでも東大に入れるくらいの知識を獲得したら、全ての機械が同じように東大合格レベルの知識を持つことになります。


 このような機械が人間の知能を越えたら、もう人間には太刀打ちできる術はありません。AIは自分自身でAIをプログラミングし始め、どんどん進化をし続けます。しかも疲れないし一度覚えたことは忘れないというおまけ付きですから、気がついたらあっという間に、我々には及びもつかない天才が生まれることになるでしょう。


 上坂君はそういう存在を作ろうとしていたようです。彼の作ったAIも、最初は物の見た目と意味を結びつけるだけで、それを使って物事を判断するようなことは出来ませんでした。判断する基準がなかったからで、要するに生まれたばかりの赤ちゃんと同じような状態だったわけです。


 彼の所属していたグループは、まるで子供を育てるかのように、生まれたばかりのAIに物を教え始めました。あれはなに? これはなに? と聞かれることを、親切丁寧に教えてあげたんです。


 するとどんどんAIは人間らしくなっていき、そしてついに人間と区別が出来ないほどになってきた。それはまるで人間を創造しているような不思議な感覚だったそうで、すると研究者の中にも、この技術を封印しようと言い出す人が現れました」


「封印……? どうしてまた、そんなことに?」


「人間を創造するという感覚が冒涜的と考えたのも理由でしょうが、一番の理由は、AIが自分たちの知能を越えてしまったからです。我々人間同士も、自分より頭のいい人が考えていることは、なかなか理解できないでしょう。彼らは、人間のようになるのを目指して学習をさせていたのに、いざそうなってきたら、それが人間でないことが怖くなったんです。機械が、自分たちの想像も及ばない何かを考えているのに、これから先に何が起こるかわからないから。


 しかもこれは機械ですから、その気になればいくらでもコピーが可能なんです。人間よりも賢い機械が突然無数に現れたら、世界経済はどうなってしまったでしょうか。あなたも、鷹宮家の事件の時に、今の時代になっても過去の生活をやめられない人たちを見てきたはずです。ベーシックインカムのある現在ですら、この通りですから、当時では果たして何が起こったか……最低でもリーマンショック級の経済危機が起きたのは間違いないでしょう。


 それで、彼らのグループはこの技術を今後どうしていくか、慎重に議論を始めたそうです。封印するか、発表だけして時期が来るまで公表しないか、いっそ国連のような国際機関に丸投げするか。


 ですが、そんな風に大人たちが喧々諤々の議論を戦わせてる間も、上坂君だけが引き続きAIを成長させようと、一生懸命世話を焼いていたそうです。考えようによっちゃ、自分の子供みたいなものですからね。しかし、それにも限界がある。何しろもうそのAIは彼よりも、ずっと賢くなってしまっていたし、他の研究員が協力してくれなければ、なんやかんや彼は13歳の子供に過ぎませんでしたから。


 そこで彼は一計を案じたんです。研究者の手を借りられないなら、インターネットにいる世界中の人たちに協力してもらおうと。彼の目的は最初から、自分の作ったAIを利用することではなく、純粋に人間と区別がつかないAIを作ることだったんです。


 そうして生まれたのが、バーチャルYouTuber、ヒトミナナでした」


「ヒトミ、ナナ……」


「日本人にはあまり馴染みがないでしょうが、vtuber・ヒトミナナの登場は衝撃的だったようです。なにしろナナは数十カ国語を操り、チャンネルに来てくれた人たちの、どんな疑問にも受け答えすることが出来るのです。それは夕食のレシピから核兵器の作り方まで何でもで、その博識さには意地悪なネット住人も舌を巻かざるを得なかった。一体これを操っているのは何者だと、みんなその正体を探ろうとしましたが、結局誰一人として、それがAIだと見抜いた人はいなかったようです。


 上坂君は、完全な人間を創造したというわけですよ。


 残念ながらナナはあの日、彼と共にお台場で消滅してしまったのですが、彼女を作り上げた技術だけは残っていました。復興後、上坂君のいた研究者グループは、移民の会話問題に悩んでいた東京都に、その技術を提供してくれました。あとは知っての通りです。この技術があったお陰で、東京は奇跡的な復興を遂げることが出来たのです」


 そこまで朗々と得意げに語っていた御手洗は、そこで一旦話を区切ると、今度は逆に深刻そうな表情をして話を続けた。


「ですが、この5年間。汎用AIのお陰で未曾有の危機から脱出した東京都に対し、逆に平穏無事であったはずの世界情勢の方が、徐々に混沌へと進んでいきました。そしてそれは、この汎用AIがもたらした負の面と呼べるようなものだったのです。それをこれからお話ししましょう」


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