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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第二章・愛と嘘 - AI & Lie.
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これは手厳しい

 教室に向かう上坂たちを見送った後、縦川は廊下に出て左右をキョロキョロ見回した。


 校長室は隣にあると言っていたのでそれを探すと、言われた通りに、校長室のプレートが掛けられた部屋はすぐ見つかった。多分、応接室も兼ねているのだろう、他の教室とは違って重厚なマホガニー製の扉が取り付けられていて、やたらと目立っていた。


 縦川はその部屋の前に立ち、コンコンとノックした。この学校の中ではやけに浮いている、高級そうな扉を見ていたら、なんだか就職活動の面接にでも来たような気分になってきたが……ところで、そう言えば二回叩くのは便所ノックだとかいい出したのはいつ頃からだろうか。


 まあ、少し調べたらすぐに分かることだから言ってしまえば、ノックの回数は国際的なマナーとして実際に取り決められている。だが、その国際的な組織とやらは日本にしか存在しない。外国の話を持ち出されると、裏取りもせずにドキッと信じてしまう日本人の性質をよく理解している。


 就活当時は藁をも縋るような気持ちでお辞儀の角度まで気にしていたものだが、今にして思えばあの下らない謎ルールを作っていたのは、結局セミナーで金儲けしたいだけの連中だったのだろう。そんなものに乗せられていた当時の自分を思い出してなんだか恥ずかしくなった。


 いや、別に面接に来たわけじゃないのだから、たかがノック一つでこんなことまで考えなくてもいいのに……縦川が苦笑いしていると、中から返事がかえってきた。


「どうぞ、開いていますよ」


 縦川は失礼しますと元気よく返事してから部屋の中へと入っていった。


 校長室内もまたあの扉に似つかわしいような、非常に豪勢な作りになっていた。おそらく、これまたマホガニー製であろう事務机と、いくらするのか見当もつかない社長椅子。その前には応接セットが置かれているが、そのずっしりとした重さを感じる机は大理石で出来ているのではないか。


 まるでどこでもドアでもくぐってしまったかのような別世界に戸惑っていると、部屋の主が声をかけてきた。


「どうぞ、お座りください、縦川さん。こんなところまでお呼び立てして申し訳ありません」


 思ったよりも若い声をしたその男に促されて、縦川は応接セットのソファに腰を下ろした。見た目では分からなかったが、このふわふわの座り心地からして、これまた高いものなのだろう。


 それくらいこの学校は儲かってるのかな? と思ったが、よく考えてみればここは犯罪者の更生を兼ねた公立高校だった。なんだかおかしな気分になりながら、部屋の主をよく見てみれば、これまた奇妙な感覚を覚えた。


 その男は、どうみても若いのだ。もしかすると縦川と比べても大差ないのではなかろうか。校長と言うともっと年を取っていて、定年間近のベテラン教師がなるものだと思っていたが、どういう選考基準なんだろうか。


 不思議に思っていると、男はその空気を察したのか、


「おや、どうやら面食らってらっしゃるご様子ですね。多分、あなたの考えている通り、私はここの学校の校長じゃありませんよ」

「あ、そうなんですか?」

「ええ、実はここの校長は東京都知事が兼任されているんですよ。特殊な学校ですからね。私は知事の代理です」

「副校長とか教頭とか、そんな感じですか?」

「いいえ、違います。私は、知事の秘書みたいなものでしょうか……」


 そう言うと、男は名刺を差し出しながら、縦川に向かってこれ以上無いほど愛想のいい笑顔を向けた。


「申し遅れました。私はこういうものです」

「……御手洗(みたらい)善行(ぜんぎょう)


 なんだか公衆便所みたいな名前であるが、気になるところはそこではなかった。


 その名刺には表裏があって、表には名前とメールアドレスなど私的な情報が書かれているのに対して、裏側には彼の職業上の肩書などが書いてあった。


『ホープ党、政策企画室長、ネクスト財務大臣、御手洗善行』


 ホープ党とは確か東京都知事の所属する政党で、今の東京都議会の第一党のはずだ。縦川は目を丸くした。そのネクスト大臣なんて肩書がつくなら、党の中でも相当偉い人物なのではなかろうか。


 そんな人がなんでこんな場所で縦川の相手なんかしているのだろうか。いくらこの学校の校長が東京都知事だと言っても、それは便宜上のことで、実質的な運営をしている人は別にいそうなものだが……


 縦川が怪訝な目つきをしていると、御手洗は苦笑交じりに言った。


「あまり、いい印象を持たれていらっしゃらないのでしょうか。我々も、東京インパクトが落ち着いた頃には、自分ファーストの会なんて言われて叩かれましたからね」

「……別にそんなことは」

「構いませんよ。私たちは自分たちが第一。個人の権利は国家の義務に勝るというのが党是です。何一つ憚るところはありません」

「そうですか……でも本当にそんなこと思ってませんよ。俺も個人主義なところありますから」


 縦川がそうフォローすると、御手洗はおかしそうにクックックッと笑い声を漏らした。バカにしてるわけではなく、本当におかしくて笑ってる感じである。何がそんなにツボだったんだろうかと思いながら眺めていると、


「いや、個人主義の方が、わざわざ身寄りのない、出身地も定かでないような少年を保護しようなんて思いませんよ。あなたはよっぽどの聖人君子か、さもなきゃ相当奇特な方だ」

「そうですかね……」

「あ、もちろん、バカにしてるつもりはありませんよ。本心から、そう思ってるんです。寧ろ感謝している。何しろ、あなたが手を上げてくれたお陰で、我々は本当に助かっておりますから」


 どういうことだろうか。縦川が上坂の保護司を買って出たのは気まぐれではなく、たまたま彼と知り合ってその人となりを知っていたからだ。それに、外務省が保護していたとか、アメリカが拘束していたとか、きな臭い話は聞こえてきたが、そこにホープ党なるものの存在は無かったはずだ。なのに、どうして彼らが感謝なんかするのだろうか。


「我々どころか、日本人全員があの少年に感謝すべきなんです。何故なら、彼がいなければ、この国は滅んでいたかも知れないんですからね」


 いきなりそんな言葉が出てきて面食らう。この男は今、なんといった? 上坂がこの国を救ったとでも言うのだろうか? 何が何だかさっぱりわからない。いやそもそも、どうして自分は今こんな場所にいるのだろうか。保護者として、校長と歓談するのが目的じゃなかったのか?


 縦川はわけがわからなくなって首をひねった。たぬきにでも化かされてるのか、さもなきゃ夢でも見てるのか。胡乱げな目で相手を藪睨みしていると、


「失礼、これじゃ何が何だかわからないですよね。そろそろ本題に入りましょう。ただ、本題と言っても、一口で説明するのは難しいんで、何から話し始めたら良いものやら」

「はあ……というか、そもそも、俺はどうしてここに呼び出されたんですかね。担任の先生に、校長室に行ってくれって言われたから来ただけなんですが……」

「それも含めて今からご説明します。まずあなたは上坂一存君が、彼が何をやったのか、いつまで預かればいいのか。そういうことを一切気にせずに、保護司として名乗りをあげてくれましたね? これからどうすればいいのか分からずに」

「ええ、まあ。知ってる子が、何かたらい回しにされてるようだったから。後で誰かが教えてくれればそれでいいかなと」

「普通はもう少し慎重になると思いますが。どうしてそうしなかったんですか」

「……あなた政治家でしょう? 困ってる人を助けるのが仕事なんじゃないですか。それと同じことですよ」

「これは手厳しい」


 御手洗は暫く痛いところを突かれたといった感じで苦笑していたが、やがて落ち着きを取り戻すと真顔になって続けた。


「それでは、そのたらい回しにされていた理由からお教えします。実は、それ自体は非常に単純な理由なんです。彼はこの国の戸籍を持ってないんですよ。何故なら彼は、5年前の東京インパクトで死んだことになっているから」

「……死んだ?」


 御手洗はこっくりとうなずいた。


「5年前、隕石落下時に、彼はお台場にいたようなんです。知っての通り、そのお台場は壊滅的な被害を受けて、生存者は数えるほどしかいませんでした。そして残念ながら、その中に彼の名前は含まれておらず、あの災害で亡くなった多くの人達と同じように、行方不明のまま死亡認定されたんです」


 お台場にいたというは上坂自身も言っていた。あれは本当だったわけだ……縦川は話の続きを促した。


「ところがまあ、生きていたと……それが判明したのがまた、特殊な状況でして……ここからの話はかなり婉曲的で、もしかしたらイライラするかも知れませんが、黙って最後まで聞いてもらえますか?」

「ええ……」


 そして御手洗が話し始めたのは、本当に上坂とは全く関係なさそうな政治の話であった。イライラするというよりも、わけがわからなくて少しパニックになりながらも、縦川は言われた通り黙ってそれを聞いていた。


「5年前、東京が壊滅状態になった後、この国は選挙戦に突入しました。その結果、現政権与党のリバティ党が過半数の議席を勝ち取り、災害前と同じ連立政権を発足し、新内閣が誕生しました。そしてその新内閣は、あろうことか、この東京を見捨てようとしたわけです」


 当時、東京の復興費用は2000兆円という桁外れの額を突きつけられ、財界が復興は不可能だと断念したのだ。それ自体は責められるものではないと思ったが、


「それはとんでもない誤解で、現に今の東京を見れば分かる通り、復興は十分に可能だったんですよ。それどころか、あの時、東京を見捨てていたら、日本は5年経った今でも災害で失われた富を取り返すことが出来ずに、歴史の中に埋没していたことでしょう。


 何しろ、我が国は人が住める土地が少なく、そのくせ何の資源もありません。そんな我が国を大国たらしめていたのは、優秀な人材と、世界経済の中心である東京という市場(マーケット)のおかげだったはずです。ところが、それを見捨てて入れ物だけよそに……例えば大阪に持っていったとしても、果たして上手くいったでしょうか?


 国内はそれで上手くいったかも知れません。ですが世界に目を向けてみましょう。アジアには他にも、上海や香港、シンガポールのようなマーケットがあります。日本のライバルとして、今では中国やインドが台頭しており、おまけにアメリカに次ぐ人口を抱える資源大国インドネシアがあります。これらのマーケットが、東京の代わりにならないと、どうしてそう言い切れるのでしょうか。


 あのとき、我が国は何が何でも東京を復興する姿勢を見せなきゃいけなかったんですよ。ところが既得権益者は当面の利益だけを確保出来ればそれでよかったから、東京を見捨てるという最悪の選択肢を選んでしまった。


 東京を復興特区という名で切り捨てて、我々ホープ党に押し付けた連中は、いま吠え面かいているところでしょう。リバティ党は日本の支配者のつもりでいたんでしょうが、その最大の要所を我々に渡してしまったんですからね」


 御手洗は喋っている間に熱が入ってきたのか、まるで演説でもするかのように朗々と政権批判をしだした。その内容は間違いではなかったから、縦川は黙ってそれを聞いていたが……


「ところで、東京を復興する上で、最も重要だったものはなんだったと思いますか」

「それは……移民でしょうか?」


 縦川はなんでこんな場所で、政治家と政治談義なんかしているのだろうと思いながらもそう答えた。


 御手洗のホープ党は移民政策に積極的で、外国人参政権を通そうと議会攻勢をかけている。対して、リバティ党はその真逆だ。


 多分、そのことで、優れているのは自分たちの方だと言いたいのだろうと縦川は思った。ところが返ってきた言葉は、全然別のものだった。


「いいえ、違います。もちろん、このマーケットを維持するためにも、当時の人口流出を埋めるだけの移民は必要不可欠でしたし、復興の労働力としても、十分に役に立ってくれています。ですが、それは副次的なものに過ぎません。


 復興に最も重要だったのはAIです。


 人間のように考え、自ら問題解決をする汎用AIの存在が、この国を救ったのです。もしあの時、このAIが完成していなかったら、東京は未だに復興の目処が立たず、日本は世界の表舞台から転落していたことでしょう。それくらい重要だったんです。


 そして、その汎用AIを作ったのが、上坂一存君なのです」


 縦川はこんなところで上坂の名前が出てくるとは思わず、ゲホゲホと咳き込んでしまった。


 御手洗は自分たちの手柄を自慢したかったわけではなかったのだ。最初からずっと、上坂がどうしてああなったのかをちゃんと説明していたのだ。そういえば、関東の殆どの工場は、AIによって自動化されていると聞いている。そしてそれが生み出す製品を売った資金が、ベーシックインカムの財源になってるとも。


 まさかそのAIを作ったのが上坂とは思いもよらず、彼は驚いた。だが、それは仕方ないだろう……


「いや……え? だって、上坂君は5年前、13歳でしょう? とても信じられない」

「ええ、私も最初は信じられませんでしたが、本当なんです。正確には、彼が一から開発したのではなく、先行した研究があって、それに修正を加えたというのが正しいそうですが、彼がいなければ今の汎用AIが完成しなかったのは事実だそうです」


 にわかには信じられないが、この男が嘘をついてるとも思えない。そもそも、縦川には積極的に否定する理由もないので、信じるしか無いだろう。とすると、自分が毎朝オハギャーしながらのほほんと暮らしていられるのは、上坂のお陰ということになる。


 鷹宮の事件を解決してくれた恩を感じて、困っている彼を助けたつもりであったが、それどころの話では無かったようだ。こりゃもう、今日からは足を向けて寝られないぞと縦川が冷や汗をかいているのを尻目に、御手洗は話を続けた。


「さて、これで少しは想像がついたかも知れませんね、5年前に上坂君が消えた理由を。彼はお台場で事故に遭ったあと、生存者の捜索に当たっていた米兵に発見され、拉致されたんです。理由は汎用AIの技術を独占するために」

「冗談でしょう……?」

「それが冗談じゃないくらい、この発明は大きな意味を持っていたんですよ。また少し長くなりますが、もう暫く私の話にお付き合いください」


 御手洗はそう言うと話を区切り、ソファを立って部屋に据え置きのコーヒーサーバーの方へと歩いていった。多分、縦川がやってきた時にセットしておいたのだろう。いつの間にか部屋にはコーヒーのいい匂いが充満していた。話はまだまだ続きそうだった。


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