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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
第二章・愛と嘘 - AI & Lie.
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学園からの通知

 縦川が上坂を預かってから10日ほどは、そんな感じで過ぎていった。


 元々、社交的で誰とでも仲良くなれるタイプの縦川は、共同生活をする上で特に困ることはなかったが、上坂の方も自分が人付き合いが苦手だということを自覚しているからか、他人の領分に踏み込んだりしないように気をつけているお陰で、二人の間で衝突が起こることはまったくなかった。


 だが、二人の間で衝突が起きることはなくても、周囲は案外そうでもなかった。特に、縦川の親友を自負している下柳は、警察官という職業柄、上坂のことを相当胡散臭く思っていたらしく、縦川が彼を引き取ったと知ったときは、なんで自分に相談をしなかったのかととにかく大反対をしものだった。


「いやあ、本山からすぐに預かってくれって言われちゃったもんだから、断りづらくてさあ。別に悪さする感じじゃなかったし、いいかなって」

「あのなあ、雲谷斎。おまえ、えっちゃんの事件があったからなし崩しになっちまって、忘れてるのかも知れないが、あいつはアメリカで拘束された過去があって、おまけに日本政府がその事実を隠そうとしていた男だぞ?」

「そういえばそんな設定もあったなあ」

「設定じゃなくて事実だ! 思い出せ、栄二郎を問い詰めた時の出来事を。あいつは何故か俺の携帯番号を知ってて、現場に超能力者(ジーニアスボーイ)が居ることすら気づいていたんだぞ。あの二人は別に面識があるわけでもないのに……なのにどうしてそんなことに気づくんだ。どう考えてもあいつには何かがある。もしかしたら、いや十中八九、超能力者なのかも知れん。そんなのとひとつ屋根の下で暮らしていくなんて、どうかしてるぞ」

「って言っても、別に超能力なんて使ってるとこ見たことないし、大人しいし、悪さもしないし、近所の人たちとも上手くやってくれてるし……見た感じ、ちょっと暗いだけのただの子供だぞ? 本当にそんな能力なんて持ってるんだろうか」


 一応、縦川もそのことだけは気になっていたので、上坂と暮らし始めてからコソコソとその様子を探ってみた。だが今の所まったくおかしな素振りは見せておらず、彼がこの寺でやってることなんて掃除くらいのものである。


「それに、超能力って一口に言うけど、それってそこまで警戒しなきゃならないものなのかな」

「なんだと?」

「俺は今まで二人の超能力者とやらを見てきたわけだけど、確かに最初はびっくりしたけど、今こうして冷静になって考えてみれば、別に命の危険を感じるほどのことはなかったんだよね。せいぜい、耳鳴りがして目眩がしたくらいで、それだってGBに言われて耳を塞いじゃえばなんてことなかった」

「いや、しかし、そのGBは相方を吹き飛ばしてたじゃないか! あれはどうなんだ」

「そういやそうだな。でも、あれだって死ぬような現象ってほどじゃなかったろ? 第一、もしも超能力者が、下やんが言うような危険な存在なら、とっくに政府にだって隠しきれないような事件が起こってるんじゃないのか。大体、下やんだって超能力者は危険だと言う割には、秋葉で見たのが初めてだったんだろう?」

「……確かにそうだな」


 下柳は縦川に説得されて、一旦は納得しかけた。だがすぐに首をブルンブルンと振って否定すると、


「いやいや、仮に超能力がおまえの言うとおりに危険なものじゃなかったとしても、あいつはアメリカで拘束されるような何かをしたんだぞ? おまえは気にならんのか」

「そりゃ気になるけど。今こうやって解放されてるってことは、もうその必要がないって証拠だろう? 結局それだって、彼が何をやったかによるからなあ……直接聞いてみないことにはわからないよ」

「それみろ。やっぱり危険じゃないか。今のうちに縁を切っておいたほうがいい」

「実は被害者って可能性もあるかも知れないだろ。時間をかけて、仲良くなったらちゃんと聞いてみるから、もういいじゃないか、この話は」

「俺は、今何かあったらどうするんだと言ってるんだ」

「はぁ~……」


 議論は平行線をたどった。どうやら、いくら説得しても、下柳はどうしても上坂のことを受け入れることが出来ないようだった。彼は上坂が危険であると確信してしまっているのだ。こうなるともう、何を言っても頭から否定されてしまい、話にならない。


 縦川は長い長い溜息を吐くと、眉毛を八の字にしながら、


「下やん、ちょっと今から簡単な問題を出すから、深呼吸でもして、少し落ち着いてくれないか」

「なんだい、藪から棒に」

「いいから、言うとおりにしてくれよ」


 下柳は一瞬戸惑ってみせたが、すぐに言われたとおりに深呼吸してみせた。


「別に論破しようとしてるわけじゃないんだ、だから構えないで聞いて欲しい」

「ああ、いいよ」

「じゃあ、問題だ。1+1はいくらかな?」

「ええ? そりゃおまえ……田んぼの田?」

「いや、そういうのいいから」

「2だろ。200で十倍の」

「うん、これはやめよう。4+3は?」

「……7だな」

「正解。では8×7はいくらだろう」

「56だろうが」

「その通り。じゃあ、今度はちょっと難しいぞ。12×34はいくらだろう?」

「え? ……いや、わからないが。おまえは一体何が言いたいんだ?」


 答えがとっさに出てこなかった下柳は、戸惑いながら縦川に問いかけた。すると縦川はじろりと鋭い目つきをして下柳の目を覗き込み、


「本当に……? 本当に分からないか? 下やん、今、君は少しでも計算しようとしてみたかい?」

「え……?」

「考える前に無理だって諦めたんじゃないか? もしくは紙とペンが欲しいって思ったのでは。12×34だよ。そんなのなくっても解けるでしょ。本当に分からないの? よく考えてみろよ」

「そ、そこまで言うなら……」


 下柳はなんだか責められてるような気がして、慌ててもう一度よく考えてみることにした。


 縦川は彼が考えている最中にもかかわらず、お構いなしに滔々と話し始めた。


「12×34、二桁の計算なんて普段滅多にやらないけど、落ち着いて考えてみたら、案外簡単なはずだ。でも、下やんは最初、この問題を考えようともしなかっただろう。一桁の足し算も掛け算も、まったく苦もなくすらすら解けるのに、二桁の掛け算になったらもう無理だって、はじめから計算することを放棄してしまった。ちょっと時間を掛けて考えてみたら、簡単だったはずなのにね。因みに正解は408だ」


 下柳は答えを聞いてホッとした表情を見せた。実際、縦川に言われている通り、ちょっと考えてみたらすぐに答えは出た。手順がちょっと複雑になっただけで、計算自体は簡単なのだ。


「ところが君はそれを考えようともしなかった。こんな風に、人間ってのは普段から結構色んなことを、すぐに諦めちゃってるんだ。仮に二桁の計算を苦もなく解く人でも、三桁になったらやっぱり諦めちゃうだろう。


 同じように特定のキーワードを聞いただけで、もう何も考えられなくなることがある。例えば算数が苦手って子は計算式を見ただけでもう無理だって諦めてしまうし、説明書を読むのが苦手な人は、説明書って聞いただけでもうその内容を理解することを諦めてしまう」


 ネットを見渡せば、『安倍』とか『韓国』というフレーズが入ってるだけで、もうその先を吟味することが出来ない人たちが大勢いるはずだ。こういう人たちは、仮に安倍とか韓国とかが善政を行って人々を幸せにしていたとしても、その内容を考えることすら拒否してしまう。


 それぞれの信奉者が、馬鹿にでもわかるようにと、平易で簡単な言葉で、例え話なんかも交えて、その素晴らしさについていくら説明したところで、それを理解することが絶対にできない。


「すると説得してた方は徒労感から、あいつらはバカだ、バカ野郎だと言って、その人間性すら疑い始める。これがいわゆるバカの壁ってやつだね。もしくは確証バイアスって言うんだろうか。こうなるともう歩み寄りは不可能だ。嫌いなやつを好きになろうと努力する人なんていないからね。いたらそいつはマゾに違いない。


 人間ってのは一度こうだって思い込んだら簡単には覆せないように出来ているんだよ。最初に出来たイメージが悪いものだったら、ずっとそのイメージに左右されちゃう。これは脳が、自分の信念を肯定する証拠を一生懸命探すのに対して、否定することはすぐに考えることをやめてしまうために起こる現象だよ。


 下やんは、上坂君に初めて会った時に、えっちゃんが死んでたり、超能力者の存在が匂わされていたり、彼の出自が不可解だったから、悪い印象を持ってしまったんだろう。でも、今言った通りに、相手の悪いところだけをあら捜しして、いいところを考えもしないんじゃ、相手のことを悪く言う資格は無いんじゃないか」

「う、う~む……」

「ちょっとだけ我慢して思い出してみろよ。彼がもし超能力者だとしても、その彼が今まで何か悪さをしたか? 悪さどころか、えっちゃんの事件を解決してくれた恩人じゃないか」


 下柳は低く唸り声を上げながら考え込んでいたが、やがて諦めたように肩を竦めた。


「確かに、疑うことばかりして、相手の人間性について考えることは放棄していたかも知れない。しかし気になるものは気になるだろう。おまえこそ、どうしてこんなにやつに肩入れするんだ?」

「別に肩入れしてるわけじゃないんだけど、彼は見た目に反してまともなんだよ。えっちゃんのお通夜でさ、彼と二人で話す機会があったから、生前の彼をどう思ってたかって尋ねてみたんだ……そしたら上坂君は、えっちゃんだけがあの家で唯一まともだったって見抜いてたんだよね。それって、彼がまともな証拠でしょう?」

「……なるほど。だからあいつは栄二郎が一枚噛んでるって気づいたんだな。もしかしたら、俺の携帯番号を知っていたのも、GBが居ることに気づいていたのも、その洞察力のおかげなのかも知れん」


 いや、多分、それはないだろうけど……彼が納得しているならと、縦川は黙っていた。下柳はなにかに納得するかのように、ウンウンと頷くと、自分の脳天をペチペチと叩きながら詫びるように言った。


「俺が間違っていた。おまえさんの言う通り、少しはその人間性とやらを認める努力もしてみよう。考えても見れば、あいつがえっちゃんの名誉を回復してくれたんだよな。なら、今度は俺たちが信じてやる番なのかも知れん」

「分かってくれてなによりだ」

「それじゃ早速今晩にでも、おまえんちに行って観察してみようか」

「え~……」

「どうせ夕飯はまた適当なんだろ、俺が作ってやるからよ」


 そうと決まれば話は早いとばかりに、下柳はその日、縦川の寺にやってきた。高校を卒業すると、迷うこと無くすぐに警察官になってしまったくらい、元から行動の早いやつではあったが、ほんの少し前まで悪いやつと疑っていた相手と、もう仲良くなろうとする変わり身の速さは、ある意味見習いたいものである。


 下柳は一旦家に帰ってレトロなゲーム機を持ってくると、縦川のテレ東しか映らないテレビに取り付けて勝手に遊び始めた。上坂はいきなりやってきた刑事の馴れ馴れしい態度に、最初は戸惑っていたようだが、疑われるよりはマシだと思ったのか、すぐに打ち解けて(?)いつもの平板な調子で彼の相手をしていた。


 下柳が持ってきたゲームは、三人ともやったことがないものだったから、実力が拮抗してある意味盛り上がった。彼が突然ゲーム機を持ってきたのは、別に何の脈絡のないことではなく、多分高校時代を懐かしんでのことだろう。


 高校時代、放課後によくつるんでいた縦川たちは、学校から一番近いという理由で、よく下柳の家に遊びに寄った。その時、暇つぶしにゲーム大会をやってたのだが、思えばこれがユーチューバーA1の原点だったのかも知れない。あの閉鎖的な家の中で楽しくゲームをするなんてことは出来なかったろうから、彼は学校帰りに下柳の家によるのが楽しみだったのだろう。それを思い出して、縦川はなんだか懐かしくなった。


 その後、おっさん二人がゲームに夢中になって、上坂が買い出しに行かされるという本末転倒な事件が起きたが、この日一日で彼と下柳の関係はだいぶ改善されたと言っていいだろう。


 もちろん、それで何もかもめでたしめでたしという分けではなく、元々下柳が疑問視していた通り、上坂にはいくつもの謎が残っている。その最大のものは、彼が何故アメリカで拘束されていたかであるが……縦川は仲良くなったら、おいおいその点も含めて、聞かせてもらおうと思っていた。


 だが、その必要はなくなった。その疑問の答えが、上坂本人の口からではなくて、思いもよらぬところからもたらされたからである。それは彼が寺での暮らしに慣れたころ、超能力者が隔離されていると言う、噂の東京湾上に作られた学園からの入学通知が届いたことで始まった。


 上坂は超能力者ないし、その可能性がある者として、東京都から学園に登校するように命令が下ったのである。


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