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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
終章・終末の笛吹き男
133/137

A.D.???? ②

 新たな可能性を求めて美夜を復活させた未来人達は、自分たちの思わぬルーツを知ってショックを隠しきれない様子だった。


 美夜のもたらした太古の記憶は、彼らを絶望させるには十分な破壊力があった。そもそも、彼らの祖先が人類を滅ぼしてしまったのは、たった一人の人間の妄執で、人造人間だった彼らはそれを愚直に実行したに過ぎなかったのだ。その命令は人類を滅ぼしたあとも彼らの記憶の中に残り、彼らがただただ数を増やし続けていたのは、その大昔の命令に従っていただけだった。


 つまり彼らは目的を早々に達してしまったが故に、その後どうしていいか分からず、ただ漫然とその数を増やし続けていただけなのだ。そんなことに意味はなく、そしてもちろん終わりもない。その事実に彼らは打ちのめされた。完璧だと思っていた自分たちが、そんな不完全な理由で、意味もなく拡大し続けていたなんて……


 ところが、そんな彼らの悲観に対して、さっきまで泣いてばかりいたくせに、美夜が急に噛み付いてきた。彼女は何だかムカムカと腹が立ってきて、


「増えることの何が悪いんれすか?」

『何故って、そんなこと無意味じゃないですか』

「無意味なことの何が悪いれすか。人間だって意味もなく増え続けてたれすよ。お前たちも人間だというのなら、そうすれば良いのれす」


 美夜は何故自分がこんなに腹が立つのか分からなかったが、ただなんとなく目の前でしょげているマリモみたいなタコ型星人に言わなきゃいけないと思い、叱咤激励するかのように続けた。


「昔、和尚様が言ってたれす。中道とは正しい行いのことだって。人間は自由な生き物で、自分が正しいと思うことを行えばそれでいいんだって。だから、お前たちがそれが最善だと思うのであれば、それを続ければいいのれす」

『しかしはじめの人よ。私たちはそうして無秩序に増え続けた結果、結局宇宙の大きさの前には何にもならないと言うことに気付かされたのですよ』


 しかし美夜は頭を振って、


「自由とは無秩序なことではなくて、心の有り様のことなのれす。無意味なことを受け入れられる、大らかな心のことを言うのれすよ。善とは悪の対義語ではなく、善くしようとする行為そのものれす。だから最善を尽くした結果、人間は間違うこともあるのれす。でも、それは自分の心に嘘をつかなかった結果なんれすから、何も恥じることはないれすよ。人間は無意味なことをやるけれど、その無意味な行為が人の心打つんじゃないれすか」


 縦川が最後に見せた自己犠牲、あれこそが人間というものだろう。彼はもう虫の息で、一歩も動けないはずだった。なのに美夜が襲われると思ったその瞬間、彼は彼女を守るために立ち上がったのだ。


 あの場面でただ銃弾を浴びるだけという行為に、一体何の意味があっただろう。だが、それを無意味であると一言で片付けることが出来るだろうか。


 美夜はあの時のことを思い出すと悲しくなってきた。悲しくて辛くて、だけど生きなきゃと思える何かが、その行為にはあった。


 未来人達は美夜のシュンと項垂れている姿を見て、彼女が無理をして自分たちを慰めてくれているのだと悟った。きっと数万年ぶりに生き返らされて、一人で不安だろうになんて素敵な人だろうか。


 そんな彼女の前で、いつまでもマリモみたいに丸まってられないなと思った彼らは、なんとか自慢の触手を伸ばして立ち上がった。


『お恥ずかしいところを見せてしまいました、はじめの人。私たちはあなたに感謝しなければなりません。何かお礼がしたい。なのに、私たちにはあなたの望みを叶えてあげることが出来ません。あなたは、昔の人間に会いたいのでしょうが、残念ながらあなたの言う人類はもう滅亡してしまっているのです』

「一人も生き残ってないのれすか? お猿さんしかいないのれすか?」

『お猿さんしかいないのです』

「ふみゅ~……それじゃ過去に戻ることは出来ないのれすか? マスターは、出来るって言ってたれすよ」

『まさか……そんな大昔の人間に、時間を操るような真似が出来たと言うのですか?』


 自分たちが滅ぼしたと言う人間たちが、そこまでの技術力を持っていたなんて、彼らは信じられなかった。だったらどうして滅ぼされたんだ? 未来人達は少しざわついたが、すぐに気を取り直すと、


『失礼、少し驚いてしまいましたが……あなたの言う通り、ただ過去に戻るだけなら可能です。ですが、漫然と過去に戻るだけでは、あなたの望む過去にたどり着くことは不可能でしょう。私たちは最近気づいたのですが、この宇宙は高次元を介して無限に広がっている……未来が無限に枝分かれするように、過去も一つではなく、無限に存在するのです。その中からあなたの目的の過去を見つけるのは、広大な砂漠の中から砂粒一つを見つけ出す可能性に匹敵するでしょう』

「ふみゅ~……お前たちが何を言ってるかさっぱりなのれす。出来るのか出来ないのか、もっと簡単に話して欲しいのれすよ」

『……簡単に申しますと、何か手がかりがないと過去に戻ることは不可能だと言うことです』

「手がかりれすか……美夜の記憶では駄目なのれすか? 美夜は、あの時代に戻りたいなあって思い出なら、いっぱいあるれすよ?」

『自分の記憶では駄目なのです。必要なのは自分を客観的に見ている記憶の方なので……』

「イマイチれすけど、もう一人必要だってことれすか」


 美夜は思い出した。確かマスターが過去に戻れると言っていたのは、人間の魂が高次元で一つに繋がっているからであると。人類はそうやって魂を一つ繋ぎにしているから、それを辿って過去や未来を見に行けるのだと。確かそんなことを言っていたように思う。その人類が滅亡してしまった今、高次元に存在する人間の魂というのも無い。つまり、人間の生きていた時代には戻れないというわけだ。


 美夜はがっくりと項垂れた。出来ればあの時代に戻りたいが、それが無理ならこの世界で生きていく意味はないだろう。元々、美夜はこの時代の人間ではないのだ。未来人と姿かたちも全然違うし、自分ひとりだけがこの時代に残っても辛いだけだ。


 たった今、未来人達に無意味なことでもやっておけと言った手前、バツが悪かったが、美夜はどうせ過去に戻れないなら、それならもう一度眠らせてくれと彼らに頼もうと思った。


 ところが、そんな時だった。


 美夜はふと、気配を感じた……どこか懐かしいような。いつも側に感じていたような、そんな気配だ。


「ふみゅ?」


 美夜は周囲を見回した。相変わらずタコみたいな未来人が居る以外には、人間どころか他の動物の姿すら見えない。なのに気配だけを感じる。これはなんだろう?


『どうかしましたか? はじめの人』


 美夜が首を捻っていると、未来人達がおずおずと尋ねてくる。彼女は暫く考え込んだあと、その気配の正体に気づき、勢い込んで彼らに言った。


「ふみゅみゅ!? 神様れす。神様がいるれすよ!? どうしてここに、神様がいるんれすか??」


 未来人達はその勢いに気圧されながら、


『神様ですか……? それは一体なんのことです?』

「神様は神様れすよ。美夜を作ってくれた、創造主れす」

『創造主!?』


 未来人達は驚いた。始めの人を作ったのだとしたら、それは彼らにとっても創造主のはずだ。しかし驚くと同時に戸惑った。そんなものが居るのだとしたら、今まで自分たちが気づかないわけがない。


 彼らはなにかの間違いじゃないかと疑問を呈したが、


「美夜が神様のことを間違えるわけないれすよ。神様はここにいるれす……どこか別の時空じゃない……この世界に存在しているれす」


 彼女はそう言って立ち上がるとキョロキョロと辺りを見回してから、何かに誘われるように歩き始めた。未来人達はそんな彼女の様子に戸惑いながら、そのあとに続いた。


 不思議なことだが、生まれた時から美夜は上坂の気配を感じることが出来た。それはひな鳥が親鳥を見るような感覚で、美夜にだけ備わった能力みたいなものだった。何でそんな能力があるのかはわからない。だが、そのお陰で、彼女はかつてアメリカに連れ去られてしまった上坂のことを見つけることが出来たのだ。


 それと同じ感覚が、いまこの場で感じられた。


 彼女はフラフラと気配の感じられる方向へと向かった。未来人達に案内されながら、いくつかの建物を通り抜け、やがて天井の高い施設へと入っていった。


 その施設にはショーケースのようなガラスの容れ物が並んでおり、中には美夜が見ても何だかよく分からない物体が置かれていた。これは何かと尋ねても、一つ一つの用途はさっぱりわからなかったが、話を聞いている内にその施設自体は、彼らの時代の博物館だということだけは分かった。そして美夜はそれらのショーケースのうちの一つの前に立ち止まった。


 そこにあったのは黒くて四角い物体だった。光を反射しない箱は信じられないくらい真っ黒で、見たところつなぎ目もないただの立方体にしか見えず、何の用途があるのかは分からなかった。だが美夜はそれを一目見るなり、


「神様れす……ここに神様がいるれすよ」

『なんですって? これが……創造主?』


 美夜がはっきりとそう言って指さした黒い物体を見て、未来人達は驚いた。実はその物体は未来人である彼らにも、その用途が何なのかが最近まで分からなかったのだ。


『これはありとあらゆる情報を、無尽蔵に記憶することが出来る記録媒体ですよ。この小さな箱の中に、その気があれば海の水を全て入れて持ち運ぶことが出来るという……現在では当たり前のように使われている技術で、私たちは4次元ポケットと呼んでおりますが、これが発見された数万年前ではあり得ないもので、長らくオーパーツとして扱われていました……これが、あなたの言う創造主なのですか?』


 すると美夜は何度も何度も首肯して、


「間違いないれすよ。この中に、神様がいるれす。どうして、神様がこんなところに居るんれすか?」

『それは私たちにも分かりかねますが……しかし、信じられません。確かにこの中には、生物の記憶のような情報が詰め込まれています。ですが……これが人間だとすると、ゆうに70億人の7000年分の情報密度がこの中にはあるのですよ? とても一人の人間が扱えるような記憶量じゃない。何かの間違いじゃないんですか?』


 しかし美夜は間髪入れずに頭を振って、


「美夜が神様のことを間違えるはずないれす。これは間違いなく神様れすよ……どうして神様がここに居るのかわからないれすけど、早く戻してあげなきゃ。そうれす。お前たちの技術で神様を治してくれるれすか?」


 未来人達は驚きながらお互いに目配せし合ったあと、申し訳なさそうに言った。


『残念ながら、はじめの人。それが出来れば私たちがとっくにやっていることでしょう。私たちは最近までこれが何なのか分からず、一人の人間であることさえ分からなかった……今でも信じられないのですが……そんな私たちがこれをどうこうすることは出来ないでしょう』

「ふみゅ~……そうなんれすか……」

『ですが、悲しまないでください、はじめの人。先程申しました通り、手がかりさえあれば私たちはあなたを過去に送ることは出来ます。これがあなたの言う通り、本当に創造主であるのなら、この記憶を辿ってあなたは過去に戻ることが出来るでしょう』

「本当れすか!?」

『はい。ですが……私たちもこれほど過去に人を送ることは初めてですし、何よりも、手がかりとなる情報量が圧倒的すぎます。本来ならば多いに越したことはないのですが、今回は逆にありすぎて、これを上手く制御出来るか至難の業でしょう。これらを加味すると、あなたを無事に送り届けられるかどうかは、確率にしてフィフティ・フィフティ……いや、もっと悪いかも知れません。このような博打は自殺行為です。他に方法が無いか探してみますから、もう少し私たちに時間をくれませんか』


 しかし美夜はそんな未来人たちの懸念を一蹴するように、


「そんなのいいれす」

『え?』

「可能性が1パーセントでもあるなら、それで十分れす。お前たちも言っていた通り、過去は一つじゃないのなら、もしも失敗したところで、別の美夜が神様の元へたどり着くれすよ。美夜は、神様がいる場所なら、例えそこが次元の彼方であっても見つけ出す自信があるれす。だから、構わないからやるれすよ」

『しかし、失敗した場合、あなたは消えてしまうかも知れないのですよ?』

「失敗を恐れて何もしなければ、何も手に入れることが出来ないじゃないれすか。何もしないのは、可能性を狭めているだけなのれす。美夜が失敗しても、成功する美夜がいるのなら、それがわかっていれば動き出せるれすよ」


 未来人達はお互いに目配せしあいながら、目の前の古代人相手に何も言い返せないことを恥じていた。自分たちは常に完璧だと思っていたが、今となってはそれも霞んでしまった。目の前の古代人の方が、よっぽど素晴らしいもののように思えるのだ。


『あなたは勇気のある方ですね。わかりました。ならば私たちが責任を持って、あなたを過去へお送りしましょう。餞別代わりですが、あなたには時間旅行の方法や、四次元ポケットの作り方、その他、私たちの持てる限りの技術をお伝えしますから、もしも何かあった時にはそれを使って切り抜けて下さい』

「いいのれすか?」

『いいのです。本来ならば過去に未来の技術を伝授することはいけないことでしょう。下手をすると、自分たちを否定する行為になりかねない。ですが、私たちはあなたにそうしたい。今にして思えば、私たちはそのために居たのだとさえ思えるくらいです。どうかはじめの人、過去に戻ってやりなおせるならば、私たちに希望を与えてやって下さい。数万年経って可能性を見いだせなくなってしまった人類に、自由を教えてやってくれませんか』


 美夜は力強く頷くと、


「よく分からないけど分かったのれす。美夜はお前たちの先祖れすから、美夜が間違えないように、神様やマスターにお願いするれす。そしたら、きっと神様たちが助けてくれるれすよ」

『よろしくおねがいします、はじめの人。それでは、施術をしますからこちらへどうぞ……』

「……それは痛くないれすか?」

『……少しだけチクッとするかも知れません』

「ふみゅ~……痛いのは苦手れすよ」


 こうして美夜は、ありとあらゆる未来人たちの技術を伝授されてから、かつての猿型の古代人達が暮らしていた21世紀の時代へ戻るため、次元の狭間へと身を投じた。


*********************************


『さようなら、はじめの人』


 美夜を送った未来人達は、彼女が去った後に残された四角い箱を囲んでいた。数万年前に見つかったオーパーツ。この中には信じられない情報量が詰め込まれていたが、まさかそれがかつて自分たちの祖先が滅ぼした人間だったとは……


 彼らはこのような存在を、先祖がどうやって滅ぼしたのかと疑問に思った。その箱の中に入っている物は、正に神に匹敵するほどの存在感で、現在の地球人をもってしても消すことは不可能のように思えたのだ。


 無論、完璧である彼らなら、いつかこれを消滅させることも出来るだろう。だが、それにはどれくらいの時間が掛るかわからない。あるいは人類が滅びるほうが先かも知れない。そんなものを、ただ自分たちのプライドのためだけに消そうなんて馬鹿馬鹿しいし、それに、美夜に出会った今となっては、彼らは彼女が神様と呼ぶこれをどうにかしたいとは思わなかった。


 だから彼らは箱を大事にすることにした。大事に調査して、それがどうなっているのか、よく研究してみようと思った。


 久しぶりに湧いてくる探究心に、未来人達は高揚していた。この宇宙の何もかもを解き明かした彼らにとって、久しく感じていなかった気持ちだった。もしかしたらこれを調べたら、また未知なるものが発見出来るかも知れないという希望が湧いてきた。完璧だと思っていた自分たちを、もっと完璧にするような何かがあるのかも……そして彼らは嬉々として箱の研究に取りかかった。


 ところが……


『なんてことだ。箱の中身がどんどん失われていくぞ』


 彼らが箱を調べ始めてすぐのことだった。箱の中に残っていたはずの情報が、どんどん消失していることが分かったのだ。それはどこへ消えていくのかを確かめてみれば、それもまた過去に向かっているようだった。


 それはまるで、箱の中身が美夜のことを追いかけているように思えて……するとこれは意思を持っていたと考えられるわけで……


 美夜はこの中身のことを神様だと言っていたが、未来人たちは信じられなかった。だが今、そうとしか考えられないような出来事が、目の前で起きていたのである。彼らは度肝を抜かれた。


『しかしこれが本当に、はじめの人を追いかけているのなら、この中の何者かは、彼女が現れるのをずっと待っていたと言うことだろうか?』

『何万年もの間? 信じられないほどの情報量を抱えながら? そんなものを、私たちの祖先が滅ぼしたというのか……とても信じられない!』


 未来人達は失われていく情報をただ呆然と見守った。


 やがてその膨大な情報量が全て失われたあと、未来人達は空っぽになった箱の前で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。彼らは箱を取り上げると、博物館のショーケースの中に大事に戻して、触手と触手を合わせて祈り始めた。


 誰か一人が祈り始めたら、周りの人達もみんな同じように祈り始めた。彼らは圧倒的な存在を前に己の無力を恥じ、自分たちが完璧だったなんてとんでもない間違いだったと感じた。


 以来、箱は彼らにとって信仰の対象となった。はじめの人という素晴らしい人と出会い、そして自分たちよりも優れた存在がいることを認めた彼らは、こうして長い停滞の時を終え、また新たなステージへ進化していこうとしていた。


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