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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
終章・終末の笛吹き男
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A.D.2030 ②

 廃墟と化したショッピングモールで美夜との再会を果たした縦川は、暫しの抱擁のあと、暑苦しいと訴える彼女にあっさり突き放された。感動が台無しである。縦川は、久しぶりなのにそりゃ無いよとも思ったが、元々邪教徒呼ばわりされてるような間柄なんだから、彼女にしてはだいぶ我慢してくれた方であろう。


 約束どおりに食料を渡すと、空腹だった彼女はコンデンスミルクを蟻ん子みたいにペロペロと舐めていた。腹が減っていると言っていたが、とにかくカロリーさえ取れればそれで満足らしい。


 人造人間の体はどうなっているんだろうと、それを横目に見ながら、縦川は自分の折れ曲がった足に添え木を当てていた。感覚は殆ど無かったが、じんわりとした痛みがあることから、最悪の事態だけは免れているようだ。


 あと暫く放置されていたら壊死していたかも知れないが……逆に言うと、もう暫くしたら痛みが襲ってくる可能性があるということだ。彼は余裕がある内にと、当てた添え木をしっかりと固定しておいた。


 医者が居なくなって大分経つ……応急手当も手慣れたものだ。そんな風に自分のぐるぐる巻きにされた足を眺めていたら、


「んで、邪教徒。美夜がいない間に何があったれす? どうして1年も時間が経っちゃったんれすか? マスターは? 神様は? みんなどこに行っちゃったれすか?」


 コンデンスミルクの缶を指先でほじくりながら、美夜がそんなことを尋ねてきた。その件に関しては縦川の方からも尋ねなければと思っていたが、彼女が1年が経過したと言ってる事を考えれば、ある程度何が起こったかは想像がついた。だから彼は、彼女の質問にだけ答えることにした。


「……美夜ちゃんがドイツに行ったあと、世界は眠り病で混乱しちゃったんだよ」

「眠り病……? あの、神様がなっちゃったやつれすか?」

「そうそう」

「あれなら、神様が治してくれるのではないれすか? マスターがそう言ってたと思うれすよ」


 無邪気な顔をしてそういう美夜を見ていると、やはり彼女の時間は1年前の秋……ドイツへ帰ったところで止まっているのだろう。なら、その後何が起きたのかを教えるのは酷なのではないか……


 縦川はどう返事しようか迷いつつ、取り敢えず、いつまでもここに居るのは得策ではないと思い、


「それはまずここを出て、歩きながら話そう。外が瓦礫の山になってるのは見たでしょう? グズグズしてると敵が襲ってくるかも知れないんだ」

「敵……?」

「ああ、それも歩きながら話すよ。取り敢えず、食料や物資を持てるだけ持って外に出よう」


 縦川はそう言うと、倉庫内に散乱していた食料などの物資をかき集めて、リュックに詰め込み始めた。足をやられて四つん這いの彼を見かねて、美夜が手伝ってくれたお陰で、それはすぐに終わった。縦川はリュックを背負うと、美夜に肩を貸してもらいながら、廃墟となった店内へと出ていった。


 美夜は彼に指示されて食料だけではなく、オムツや医薬品なども集めさせられた。一体何に使うのだろうかと疑問に思っていたら、どうやら消毒などの医療に使うとのことだった。そんなものを彼が集めていることは不思議だったが、廃墟となっているショッピングモールの風景を見ているだけで、そういった異常事態が起きていることは察しがついた。


「……美夜ちゃんがドイツに行ってから暫くして、眠り病の大流行が始まったんだ。そのせいで社会が混乱して、世界のあちこちで紛争が起こり始め、ついに世界戦争が勃発してしまったんだよ」

「世界戦争?」


 足を怪我している縦川は、痛みのせいで長距離を歩くことが出来ず、たびたび休憩を挟まなければならなかった。その度に彼は脂汗を垂らしながら、美夜が居なくなってからの出来事を話してくれたが、彼の痛みに耐える姿が余りにも苦しそうだったから、内容が中々頭に入ってこなかった。


 それでも、世界戦争というのが穏やかじゃないことは、美夜にも分かった。彼女はボロボロに破壊されたショッピングモールの中を眺めながら尋ねた。


「人間がいないのは、その戦争のせいなのれすか?」

「……ああ。戦争はまず中東で起こり、欧州に広まっていった。始めは人間同士の戦いだったんだけど、アメリカとドイツがお互いにドローンを投入し始めると、だんだんそれは機械同士の戦いになっていってしまったんだ。人間が参加しない戦争……ずっとそうだったら良かったんだけど、ドローンが使われ始めてからしばらくすると、両国とも敵陣営の要人を狙い始め、それはどんどんエスカレートしていき、やがて一般市民まで巻き込まれていった。


 こうなるともう歯止めが効かなくなった。各国の要人はどんどん殺されて、まともな命令を出せる人が居なくなった。かと言ってドローンの投入をやめれば、相手のドローンに殺されるんだから、誰もやめられない。すると残った手段は相手陣営のドローンを全部駆逐するしかないわけだから、各国ともドローン兵器の量産をし始め、ついにドローンがドローンを生産しだすと、人類対ドローンの戦争みたいになってきた。もう、誰がその命令を出してるのかも分からなくなっていたんだよ。


 この頃から中東ではガンガン核兵器が使用され、気がつけば世界はずっと曇り空から回復しなくなっていた。世界戦争の趨勢はもう誰にも分からなくなってて、日本はアメリカに協力していたんだけど、そのアメリカがドローンでやられてしまったら、今度は日本の番だったんだよ。


 ある日、大陸の方からドローンの襲撃が始まり、間もなく自衛隊は壊滅した。ドローンは日本人を殺戮し始め、人々は逃げ惑って地下へと潜った。飛行型のドローンは、やっぱり狭い室内が苦手だからね……そんなわけで俺達は今、地下街を根城に、ドローンへの抵抗を続けているんだ」


 縦川の足の状態は思わしくなく、ショッピングモールの玄関まで来るのに1時間近くも時間が掛かってしまった。美夜は彼に肩を貸しながら、根気よく移動の手助けをしていたが、しかしここから先は難しそうだった。


 建物の外は一面の雪景色で、融雪装置などがついてない首都圏の路上は、人間の膝丈くらいの雪で覆われていて、仮に足が悪くなくても歩くのは困難な状況だった。おまけに気にしなければいけないのは道の状態だけではなく……


「美夜ちゃん……ほら見て、あっちの空の方。米粒みたいに小さいけど、ドローンの編隊がウロウロしてるのが分かるかな。あれに発見されたら最後、身を隠すところが無ければ俺たちは蜂の巣にされる……だから何とかして建物を経由したり、雪の中を掘り進んでいかなきゃなんだけど……」


 今の縦川の足でそれは困難だった……来る時はドローンが居ない瞬間を見計らって、身を潜めながら進めばなんとかなったが、美夜の肩を借りている状態ではそれも難しい。かくなる上は、猛吹雪になるのを待って、ドローンがいなくなってから移動すればいいのだが、それまで自分の足がもつかどうか、また寒さに耐えきれるかどうか……


 第一、そんな悠長なことをしていたら、仲間に置いていかれる可能性もあった。何しろ、自分たちは、いつ死んでもおかしくない世界で生きているのだ。


 縦川が忌々しいドローンを見上げて悔しそうに奥歯を噛み締めていると、


「ふみゅ~……あれをどっかにやっちゃえばいいれすか?」

「え……? ちょっと! 美夜ちゃん!!」


 すると険しい顔付きの縦川とは対象的に、美夜は涼しい顔をしながらショッピングモール玄関から外へと歩いていってしまった。どこにも身を隠す場所のない広場では、ドローンに発見されるのは時間の問題だ。案の定、彼女が姿を表すや否や、さっき見つけたドローンの編隊が、ものすごい速度で近づいてくる。


 このままではやられてしまう。縦川は痛みを忘れて美夜の元へ駆け寄ると、彼女のことを引きずり戻そうとしたが……


「こ、こら! 何を慌ててるれすか。周りをよく見てみるれすよ、邪教徒」

「……へ?」


 無防備に佇む美夜に抱きついて、彼女の体を引っ張ろうとしていた縦川は、そんな彼女に突き放されると雪の上に転がった。上空にはドローンの編隊が差し掛かっており、もう駄目だ、やられると覚悟した縦川であったが……


 次の瞬間、目を瞑って銃撃に備えていた縦川が、恐る恐る目を開くと……そこには美夜を中心にしてぐるぐると飛び回るドローンの機体が見えたのだった。それはまるで漁礁で戯れる魚みたいに、ドローンが自由に空を飛び回っている。


 一体何が起きたのだろうか。縦川が唖然としながら美夜に尋ねると、彼女は得意げに胸を張りながら、


「ふふんっ! 美夜がこいつらの制御を奪ったのれす。こいつらは単純れすから、その命令を書き換えるのなんて、美夜にはお茶の子さいさいれすよ……ところでお茶の子ってなんれすか?」


 縦川は唖然としながら、


「いや、知らないけど……美夜ちゃん、そんなこと出来たの?」

「はいれす。何しろ、美夜はかつてこれだったのれす。神様が、美夜に目的と体を与えてくれたのれすよ」


 彼女はそう言うと、実に嬉しそうな笑顔を作った。きっと、上坂のことを思い出しているのだろう。彼女は生まれた時からずっと、創造主たる彼のことを探していたのだ。何年も日本で待ち続けて、そしてようやく彼と巡り会えたというのに、立花倖に連れられてドイツに渡り、また彼と離れ離れになってしまったのだ。


 縦川はそんな彼女が上坂のことを誇りに思いながら、自分が兵器だったと無邪気に胸を張っている姿を見て、なんとも言えない気分になった。ドローン兵器の存在は彼を苦しめたはずだ。だが、これが無ければ美夜は生まれてこなかった……そんな彼のアルカイックスマイルを見ていると、美夜はなんだか不可解な感情が沸き起こってくるのを感じて、


「ふみゅ~……なんでそんな顔で美夜のことを見るれすか。気持ち悪いれすよ」

「……ああ、ごめん。たった今、絶対死ぬって思ったからかな、ちょっと気が抜けちゃったんだ」

「こいつらのことがそんなに怖いんれすか? おい、お前たち。人の頭の上をビュンビュン飛ぶんじゃないれす。お前たちはそこら辺に転がっているといいれす」


 美夜がそう言うと、それまで彼女の周辺を飛び回っていたドローンが、一台、また一台と、ショッピングモールの玄関広場に整列するように着地した。ブンブンという風切り音が止まると、雪に音が吸収されて、周囲は信じられないくらい静かになった。


 しんしんと雪が降り積もる。


 美夜に抱きつこうとして突き飛ばされ、地面に寝転がったままそれを見ていた縦川を、見下ろすような格好で彼女が覗き込んできた。縦川は彼女の差し出す手を取って体を起こすと、


「助かったよ。ありがとう」

「このくらい、物の数じゃないれすよ……マスターの手にかかればどうとでもなるのれす」


 美夜はそこまで言ってから、ふと思い出したように、


「そう言えば、マスターはどこれすか? マスターなら、こんな連中、すぐにやっつけてくれるれすよ。もし人間が困ってるなら、マスターに頼めばいいれすよ」

「ああ……先生は……」

「もしかして居場所がわからないれすか? なんなら、美夜が探すれすか?」

「いや……知ってる。先生は……死んだよ」

「え……なんれす?」


 縦川の呟くような返事に、美夜は聞き間違いじゃないかと思って聞き返した。そんな彼女の問いかけに、彼は返事を返す気力もないようだった。美夜は不安に駆られながら、


「マスターが……死んだのれすか?」

「……ああ」

「いつ? どうやって?」

「……立花先生は……殺されたんだ」


 彼の言葉を聞いて、美夜はいよいよパニックになった。記憶の空白の間に、一体どれだけのありえないことが立て続けに起きていたというのか。


「殺された……? お前、嘘を吐いてるれすか? あんな殺しても死なないような人が……マスターが死ぬなんてあり得ないれすよ?」

「でも、事実なんだよ」

「むきー! 許せないれす!! そんなやつ、美夜がぶっ殺してやるれすよ。一体、誰がマスターを殺したれすかっ!!」


 縦川はそんな美夜の問には答えずに、ただ薄っすらと唇の端を釣り上げるだけの笑みを見せていた。美夜はその含みがありそうな笑みにむかっ腹を立てると、


「どうして、そんな憐れむような目で見るれすか! おまえ、美夜を馬鹿にしてるれすね?」

「いや、そんなことないよ……それより美夜ちゃん、ドローンの脅威が去ったとは言え、あまり騒いでいてはまた別のがやってくるかも知れないよ。いつまでもグズグズしてられないし、今はこの場から離れよう」

「ふみゅ~……おまえ、何か隠してるれすか?」

「そんなこと無いって。さあ、行こう」


 縦川はそう言うと、美夜の返事を待たずに、一人でさっさと歩き始めてしまった。その足を引きずるような歩みは、雪の中で相当無理しているはずなのに、彼は歩くスピードを緩めなかった。彼女はそんな彼の背中を見て、なんとも言えない不安な気持ちが湧き上がってくるのを感じた。


 どうしてこんな嫌な感じがするのだろうか? 理由はわからないが……彼女はそんな不安感を抱えたまま、それ以上追求することはせず、小走りで縦川に近づくと、息を弾ませて歩く彼に肩を貸してやった。


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