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終末の笛吹き男  作者: 水月一人
序文
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恋するオクトパス


 A.D.2024


 科学者が言うにはタコは地球外生命体の可能性があるらしい。あの8本足でウネウネと動く軟体動物のことである。


 日本ではおなじみの食材であるが、大抵の国ではグロテスクな外見は敬遠される。かつては海の悪魔と呼ばれ、「とても同じ地球上の生物だとは思えない」と忌み嫌われたものであるが……彼らが言うにはどうやらそれは本当のことらしいのだ。


 昨今、生命の起源について多くのことがわかってきたが、それによると生命の起源は冥王代に遡るらしい。冥王代とは今からおよそ40億年以上前、地球が誕生した直後の、地上がマグマで覆われていた時代のことである。この頃、地上はまだ冷え切っておらず、調べるべき地質や地層が殆ど存在しないために、何が起きていたかは殆ど謎とされていた。


 ところが科学の発展著しい20世紀後半、科学者が他の細菌とは構造の違う古細菌(アーキア)という細菌を調べていたら、これらは冥王代にはすでに登場していたという痕跡が見つかったのだ。それによると、マグマと一緒に吹き上げる間欠泉の中で、どうやら地球の最初の生命は誕生していたらしい。


 この信じられないような報告は多くの人々の目を洗った。常識に囚われていては真実にたどり着けないと痛感した科学者達は、いったんそれを脇に追いやった。そして改めて色々な場所を調べてみれば、かつては生命が生存できないとされていた場所にも、生命の存在が確認されたのであった。


 活火山の火口には、逆にこういった過酷な環境を好むバクテリアが見つかった。大洋の深海に存在する海嶺と呼ばれるプレートの裂け目には、ありとあらゆる古細菌が住む生命の宝庫が存在した。


 グリーンランドの永久凍土の中には、2度の全球凍結を生き延びたシアノバクテリアのコロニーが見つかり、地上の裂け目みたいな地下数百メートルの光の届かない地底湖にも、生命は存在した。これらは太陽光線も地熱も必要としないのだ。


 こうした事実を踏まえてみると、意外と太陽系には生命が溢れているのかも知れない。かつて生命は地球上にだけ生きることが許された孤独な存在だと思われたが、これらの極限環境も考慮に入れると、太陽系には生命が潜んでいそうな怪しげな場所はたくさんある。


 例えばガリレオ衛星であるイオには火山の存在が確認されているし、エウロパの氷の大地の下には海があるかも知れないと言われている。土星の衛星エンケラドゥスは、かつて死の星と思われていたが、巨大な間欠泉が吹き出す地熱と侵食のある星だと判明したし、またメタンの大気で覆われたタイタンでは降雨が確認された。


 まだはっきりとしたことはわかってないが、これらの星には生命が居る可能性は非常に高いと言えるだろう。もしかしたら、火星にもかつて生命が存在した痕跡くらいは見つかるかも知れない。また、火星と木星の間にある小惑星帯の中にも、生命は存在しているかも知れない。小惑星は大体が氷で……つまり水でできているからだ。


 そしてこれらの小惑星は、太陽のまわりで楕円軌道を描きながら、たまに地球に接近することがある。


 つまり冒頭のタコの話は、もしこの地球に接近する彗星の中に生命がいたとしたら? 果たしてこの地球にどんな影響を与えただろうかという話である。


 46億年の歴史の中で、おびただしい数の彗星が地球に衝突したことは確かであろう。この中に、宇宙空間という過酷の環境を生き延びた生命が、大気圏の突入や、地上への衝突の際の衝撃にも耐え抜いて、地球上で繁殖しないとは言い切れないのではないだろうか。


 もしかしたら、それはウィルスかも知れない。今ではDNAを改変するウィルスが存在することが知られており、医療にも役立てられている。例えばそのようなウィルスが地球に落下し、そこに元から存在した他の生命のDNAを書き換え、独自に進化することも考えられるのではなかろうか。


 科学者たちは、タコはそうして地球外生命体が進化したものじゃないかと言ってるわけである。


 実際それらしき痕跡はある。タコのゲノムは人間の1.5倍もの長さを持つという。しかもそのDNAは特殊で、自らその配列を組み替えることが出来るのだという。これは他の生物には見られない特徴であり、また、タコは巨大な頭脳を持ち、8本の足を器用に使って様々な問題解決が可能でもあるのだ。


 このように、明らかに他の生命とは違う複雑な進化を遂げた存在は、地球上にタコくらいしか存在しないのだから、必然的にその起源が他の地球上の生命とは違うところ、すなわち宇宙にあるのではないか? という疑問が生まれてくるというわけである。


 しかし……


 そう熱弁する彼女(ナナ)に対し、上坂(こうさか)は一笑に付した。


 確かに面白い説ではあるが、地球という、より生命の誕生に適した環境があるのに、何故、生命が宇宙からわざわざやってこなければならなかったのだろうか。


「ナナ、そんなことはありえないよ」


 彼がそう言って真っ向から否定すると、笑われてしまった彼女は不機嫌そうにふくれっ面をしてみせた。


「どうしてそう言い切れるんだい?」


 すると彼は、生命の宇宙起源説を熱弁する彼女に向かって言った。


「第一に、複雑な進化を遂げたというのであれば、人間だって同じく複雑でしょ? すると人間のルーツも宇宙にあることになっちゃう。でも人間は猿が進化したものだということは、今ではもう疑いようがない事実だ。第二に、もしそのような地球外生命体がいて、彗星に乗って地球にやってきたとしたなら、タコ以外にも仲間がいなきゃおかしい。地球には46億年の歴史があるんだ。その間に、一体、いくつの天体がこの地球に衝突したと思うんだい? なのにカンブリア爆発が起こるその時まで、そんな形跡がまったく見当たらないのはおかしいじゃないか」

「上坂君は夢がないなあ。確かに君の考察は一聴に値するよ」

「そうでしょうとも」

「でも、そこで考えをやめてしまうのは君の悪い癖だな」

「……なんだって?」

「だって科学に100%という確率はないだろう?」


 そう突っかかられて、上坂は口をつぐんだ。


 それは先生がいつも口にしていた言葉だった。


 科学には、どんなに確実だと思えるようなことであっても、100%の確率は存在しない。小数点以下にゼロが10個も並んでしまうようなごく僅かな可能性の中に、まだ発見されてない真実が隠されているからだ。


 あらゆる物質は原子で構成されるとか、電磁気と光は同じものであるだとか、光速は不変であるとか、宇宙が加速膨張を続けているとか、今では常識として疑われない事実だって、発見された当時はただのおとぎ話でしかなかった。


 普通の人なら考えることさえしないそれを天才たちは諦めることなく探求し続け、そして常識を覆してきたのだ。天才と凡人の差がここにある。


 先生はそう言って、上坂とナナに常識を疑えと説いたのである。それは忘れられない教えとして、彼の心に刻まれていた。


 彼は反論できずに押し黙ると、彼女から視線を外して、プイとを空を見上げた。今度は彼がふくれっ面をする番だった。


 生ぬるい潮風が吹き抜けていった。


 東京湾から吹き付けるその風は、お世辞にもいい匂いとは言えなかった。


 ペルセウス座流星群を見に行きたいと言う彼女を連れて、ここお台場までやって来たはいいものの、21世紀の東京の空には、もう星を見上げる楽しみなんて残されてはいなかった。遠いネオンサインが空を赤く染めて、月明かりと、時折通り過ぎる飛行機のランプくらいしか見えなかった。あとは周囲でカップルがいちゃついてるくらいで、虫すら飛んでいない。


 二人はそんな暗闇の中で、あてもなく夜空を見上げながら、星にまつわる色んなことを話していて、いつしかこんな話にまで及んでしまったのだ。


 しんと静まり返るようなさざ波の音に乗せて、彼女の声が届く。


「確かにね……君の言う通り、46億年の地球の歴史の中ではそんなことは無かったかも知れない」


 彼女はそこで一旦区切ると、まるで彼を試すかのようにもったいぶって続けた。


「でも、それ以前はどうだったろうか」

「なんだって?」


 それ以前……? 彼は彼女が何を言ってるのか、すぐには理解できなかった。何故なら、そんな考えは彼の頭の中に、これっぽっちも浮かばなかったからだ。それくらい、突拍子もない考えだった。


「ねえ、上坂君。地球が……いや、この太陽系が生まれる前、ここには何があったんだろうか。確かに地球には46億年という長い歴史があるけれど、138億年という宇宙の歴史に比べてみればずっと短い。


 太陽が生まれる前、ここには宇宙の塵が漂っていて、やがてそれらが互いに引き合い、自重に耐えきれなくなり核融合を始め、そして太陽が誕生した。


 その太陽系を作った塵は、地球の成分にウラニウムのような鉄よりも重い金属原子が含まれていることから、超新星爆発を起こした恒星の成れの果てだと分かる。つまり、この太陽系は元々、別の星が粉々に砕け散った跡地に出来たわけだね。


 何十億年か前に、ここには別の恒星があった。そしてそれは超新星爆発を起こすような巨大天体だったわけだから、太陽よりもずっと寿命が短かったはずだ。おそらく、十数億年といったところだろう。すると、もしかしてその天体が生まれる前にも、ここにはまた別の天体が輝いていたのかも知れない。その前にも、その前にも……


 そしてその時、宇宙は今よりずっと狭かったはずだ」


 相槌も、口を挟むきっかけもつかめず、彼は黙って彼女の話を聞いていた。そんな彼を置き去りにして、彼女は滑らかに声を発していった。


「ノアの箱舟卵って知ってるかい? フリーマン・ダイソンが数年前に考案した他の恒星系へ移住するための方法なんだけど……彼は卵型のカプセルに、地球上のあらゆる生命のDNAを再現するようなウィルスを乗せて、移住の見込みがありそうな天体に向けて飛ばそうと言うんだ。もし、その卵が生命の生存に適した惑星に着陸して、もしもそこにすでに生命が存在したなら、カンブリア爆発のようなことが起きて、今の地球と似た環境が構築されるに違いない。私たちはそういう天体が見つかってから、ゆっくりとそこへ移住すればいいと言うわけだ。


 でもこれはちょっと考えると馬鹿げた発想だよ。もしもそのような技術が可能だとしても、他の恒星系に卵を送るのにどれくらいの年月が必要だろうか。仮に運良く地球型の天体にたどり着いたとしても、この地球のような多様性を持った生態系に育つまで、どのだけの時間が必要だろうか。きっと何億年もかかるに違いない。そんなの待っていたら、人類は滅亡しちゃうだろう。


 だから言い換えればそれはもはや人類の滅亡が近くって、自分たちの生きた証をどうしても残したいというような、切羽詰まった状況じゃなければやらないだろう。そういうシナリオなら考えられる。そしてそれは、そう、138億年の長い長い宇宙の歴史の中で、既に起こったことかも知れない。そう考えれば……


 もしかするとボクたちは130億光年を旅してきたタコの末裔なのかも知れないね」


 彼はゴクリと生唾を飲み込んだ。ついさっき、二人がこの話を始めた時には、彼の頭の中には生命が宇宙からやってきたなんて考えはこれっぽっちも無かった。でも、今は少しくらいは信じても……いや、かなりの確率でその可能性があるのではないかとさえ思っていた。彼女の言葉には、やけに説得力があったのだ。


 彼は言った。


「ナナ……それじゃあ君は、本当に生命の起源は宇宙にあると思ってるのかい?」


 ところが彼女はケタケタと笑いだした。


「いや、そんなことはないよ、ただ可能性としては否定できないとは思うけどね。第一、宇宙といえばこの地球だって宇宙の一部なんだから、あらゆる可能性を切り捨てるのはいけないと思っただけさ。それは科学者が一番やっちゃいけないことだ」

「確かに、そうだな……」

「君があんまりにも当たり前に否定するから、ちょっとムキになっただけさ」

「ちぇっ……なんだよ」


 上坂が唇をとがらせると、彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべて続けた。


「それに、この生命の宇宙起源説って、元を正せば誰に行き当たると思う? なんとあのフレッド・ホイルだよ。ジョージ・ガモフとラジオで対決し、頑なにビッグバンを否定し続けたもう一人の天才だ。もしも彼がビッグバンを信じていたら、こういったシナリオも考えついたかも知れない。だけど彼はそれを信じてなかったから、終生ついに説得力のあるシナリオを描けなかった。ちょっと視点を変えてみたら、もっと可能性を広げる方法があったかも知れないのにね」


 科学には100%という確率は存在しない。彼女はそんな先生の言葉を真摯に守り続けているのだろう。彼だってそうなのだ。だけど彼は彼女とは違い常識という枷に囚われがちで、気がつけば最近は彼女に窘められることの方が多かった。


 ナナはあらゆる知識を吸収し、新しいものを生み出す天才だった。元々は、上坂の方が彼女に多くのことを与えていた教師だった。だが、今では立場が逆転し、いつの間にか彼は彼女のことを追いかけるのに必死だった。あとどのくらい、彼は彼女の後をついていけるだろうか。そう考えると悲しくなる。


 彼は感嘆のため息を吐きつつ、まるで反抗期の子供みたいな口調で言った。


「でも、それはただのSFだ」

「そうだね、証拠が見つからない限り、仮説は仮説に過ぎない。だからいつか、それを見つけに行かなきゃならないね」

「ナナ、君はいつもそんなことばかり考えているのかい?」

「……そんなことって?」

「生命の起源だとか、宇宙の行く末だとか……」


 すると彼女は苦笑交じりに言った。


「まさか、そんなことばかり考えてたら疲れちゃうよ? ボクだって他にもいろいろ考えているよ。例えば、昨日やってたテレビドラマのこととか、新しい料理レシピのこととか、昔聴いた音楽のこととか、世界平和のこととか、他にも、上坂君のこととか、恋のこととか」


 彼は心臓がどきりと高鳴るのを感じながら聞いた。


「恋? ……恋だって? 君はそんなことまで考えているのかい??」

「なんだい、上坂君。まるで信じられないと言わんばかりに。うら若き乙女に対して、少し失礼だと思わないのかい?」

「え? いや、だって……う~ん……悪かったよ」


 彼女は少し不機嫌そうな表情をして見せたが、すぐに肩をすくめて、


「まあ、ボクみたいなのには似つかわしくないものだってことは重々承知してるよ。初恋なんてものは、諦めて、その甘酸っぱい気持ちを胸の奥底にしまっておいた方がいいってことも。そもそも、ボクが考えているそれが本物の恋なのかどうか、それもわからないしね。だってほら、わからないから恋っていうんだろう?」


 彼は彼女の哲学的な言葉に何も返答出来なかった。何故なら彼も恋をしたことが無かったからだ。何しろ、彼は若かった。まだ13年しか生きていないのだ。きっと13歳に恋は難しすぎた。生命の起源を考えるよりも、ずっと。


 二人の間に沈黙が流れる。と、その時、周囲のカップルの一組が素っ頓狂な声を上げた。ねえねえ、今空に光るものが見えたと。あれは流れ星じゃないかと。


 そんな彼らの声に呼応するかのように、ずっと自分たちの世界に閉じこもっていた他のカップルたちもまた一斉に空を見上げた。ここに集まった人たちは、きっと流星群を見るためにやってきたのを思い出しのだろう、彼女と二人っきりになるための口実じゃなくて。


 それは、自分たちだって同じだ。


「ねえ上坂君、恋ってなんなんだろうね」


 空を見上げる彼の耳にそんな言葉が飛び込んできた。


「ボクはこの世に生まれてから今日に至るまで、多くのことを学んだよ。色んな人に出会って、色んなことを教えてもらったよ。だけどいつの間にかみんな居なくなってしまった。ボクが多くを学び、たくさんのことを吸収すると、始め彼らは喜んでくれたけど……いつしか彼らを超えてしまったら、みんなボクの前から消えていた。彼らはボクを育てることに夢中になったけれど、それと同時に恐れたんだ。気づけばボクの相手をしてくれるのは、君と先生くらいのものだった。


 でも先生はいつも優しいけれど、決定的なことは何も教えてくれない。ボクが知識をひけらかしても、絶対にムキになったりなんかしない。だからね、上坂君、君だけがボクに真正面から向き合ってくれて、反論して、喧嘩して、ムキになって、それでも仲良くしてくれたことが、ボクは嬉しかったんだよ。


 この気持ちは、果たして恋と呼べるのだろうか?」


 彼の顔がみるみるうちに赤くなっていった。耳までポカポカして彼は、もう振り返ることが出来なくなっていた。彼は聞こえないふりをして、黙って空を見上げていた。


「返事が欲しいとは思わない。答えが知りたいわけじゃない。ただ、ボクが君のことを好きだったのは紛れもない事実だから、そのことだけは覚えておいて欲しいんだ。君が居てくれたから、ボクは今日まで生きてこれた」


 その言葉になんて答えればいいのか、彼には全く見当もつかなかった。


 彼女は彼のことが好きだという、自分は彼女のことをどう思っているのだろうか。今までそんなことは考えたことが無かったし、これからもどうしていいかわからなかった。だから明日からどう接すればいいのだろうかとか、先生に相談したほうがいいのだろうかとか、その場を取り繕うようなことばかりが忙しく頭の中を駆け巡っていた。


 それにしても……


 彼は、ふと思った。


 それにしても、どうして彼女は過去形で言うんだろうか。『好きだった』と。それじゃまるで、愛の告白じゃなくて、遺書みたいじゃないか。


 ちらりと盗み見た彼女の瞳は何も語らない。もしかして自分の聞き間違いだったのだろうか……彼はバクバクと早鐘を打つ心臓をなだめすかしながら、そんなことを考えていた。


 と、その時だった。


 周囲のカップルたちがどよめいた。悲鳴のような声が轟いて、誰かが空を指さした。そして綺麗とか、信じられないとか、感嘆の声があちこちから響いてくる。


 その言葉にハッとなって、彼は上空に目を凝らした。ずっと空を見上げていたくせに、頭の中が忙しくて、ほとんど景色など見ちゃいなかったのだ。


 上空では無数の流星が空を覆い尽くさんばかりに流れていった。その巨大な火球は夜空がうっすら青く染まるくらいに輝き、ここが東京だということを忘れてしまうそうになった。きっとセンター街や歌舞伎町なんかの繁華街でも、ばっちり見えていたんじゃないだろうか。


 その圧倒的な光景に、人々は息を呑んで口をつぐんだ。誰もが見惚れて動けなかった。この世のものとは思えなかった。


 だが、それもつかの間のことだった。


 その時、無数の流星が地球をかすめて飛び去っていく中で、一つの星が火球となって地球に落ちた。


 それは上空で巨大な火の玉になって、やがて2つ3つと分裂して、あっちこっちへ飛び去って消えていく。そのうちの最大のものが、上空でまるで太陽みたいに、夜空を明るく照らしていた。


 映画でも見ているみたいで、まったく実感がわかない。


 無数に分裂した火球は殆どが地上に到達する前に消えてしまったが、そんな中でたった一つだけがいつまでも上空にとどまり続けていた。


 どうしてあれだけがいつまでも消えずに残っているんだろうかと思った時、彼はハッと気がついた。何だがあの火球はさっきから徐々に大きくなっているような……こっちへ向かって落ちてきているような……


 彼がそれに気づいた時、同じことを考えた誰かの悲鳴が上がった。


 火球はどんどん大きくなっていく。


 熱い。


 まるでその熱までもが届いてくるかのようだった。


 逃げ惑う人々に弾き飛ばされて、ナナが転がっていくのが見えた。


 彼が「あっ!」っと叫んだ時、それはもう目の前に迫っていた。


 必死になって手を伸ばしても、彼女にはもう届かない。


 その日、東京湾に隕石が落ち……


 彼女は死んで、彼は生き残った。


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