最愛の毒
彼と知り合ったのは、今から一年前のこと。就活戦線に離脱し始めて、院に進もうかと悩んでいた時だった。彼とは同じゼミを選択していた。卒論に関しても、知識の半分くらいは彼に聞いたものだった。
つまりは、ズブズブにハマりこんでいた彼氏。頼りすぎて頼って、離れることの出来なかった人。だからこそ、きちんと彼から自立して、私だけの力で事を進めたかった。
「紫央、今日も行くよな?」
「それなんだけど、セミナー予約入れたから厳しいかも」
「へぇ……この期に及ぶんだ? 院に進みたいんじゃなかったのか? そうすれば俺もいるのに」
「……やっ、でも、決められるんなら自分で何とかしたいって気持ちがあるし……」
好きな人から逃げたいわけじゃ無い。だけど、誰かに頼りっきりというのは、利もあれば害もあるわけだから。ずっと依存することになるのは避けたかった。
私を想う彼氏。彼が想ってくれているのは素直に嬉しかった。でも、いつも一緒にいられるわけじゃない。早くに就活戦線から離脱しかけていただけに、彼は私と一緒にいられる時間が増えると思っていたのだろう。
彼は専門学の院にすでに進んでいる。私もそうすべきだということは分かっている。でも、あがきたい。足掻いて、足掻き続けて自立したい。それをしたからといっても、彼から離れるわけでは無かったのに。
「紫央は俺よりもそっちがいいのな?」
「何でそう思うの?」
「それにばかり時間使って、楽しそうにしてるからだ」
私は高校の時にバイトしていた花屋さんに思い入れがあって、お花に関連する所に行きたかった。誰だって、比べるものじゃないことは分かっている。それなのに、彼は彼自身とお花とで比べていた。
「お前にとって最愛なのはどっちだ?」
「比べられない……そうでしょ?」
彼は何も言わなかった。その日以来、彼は私に何も言わなくなった。言った所で無駄だと思っていたはずだから。彼の考えていることがまるで分からない。好きであることの気持ちは変わっていないのに。
彼は考えすぎているんだ。でも、時が経てばまた穏やかな日が彼にも私にも訪れる。そう思っていた。
「紫央に渡したいものがある。明日、研究室に寄ってけよ」
「うん、分かった。少し遅れるけど行くから」
私にプレゼントなんて珍しい。最近あまり会えてなかったから、物に頼って気持ちを伝えようとしているのかな? 彼も私も好き同士。疑う気持ちなんて芽生えないのだから。そう信じて疑わなかった。
「紫央、これを受け取ってくれ」
彼は直前まで実験をしていたのか、両手には実験用の手袋をしていたままだった。対して私は素手。これがどういう意味なのかなんて、会った瞬間に分かった。
「え、で、でも……」
「俺の気持ちだ」
手袋をしたままの彼が手にしていた花。それはチューリップ。白いチューリップの花だった。お花屋さんでバイトしていた時に、よく炎症を起こしていたからこそ分かったけれど、チューリップには毒がある。素手で持つと、皮膚がただれてしまうほどの軽微な毒を持ったお花。
だから彼は手袋をしたままなんだ。そして、白いチューリップ。花言葉は「失われた愛」。彼は私に、愛想を尽かしたのだ。最愛だった彼のメッセージを私は受け入れるしかなかった。
彼と別れた後に残された私の皮膚は、数日は炎症を起こした。同時に失われてしまった。人とは……いや、最愛の人だった彼は時間と共に、毒をもって終わりを告げて来た。何がいけなかったのだろうか。
「痛みを思いしれ……」
別れ際のあの言葉。その言葉に、両方の意味が込められていたに違いなかった。気付けなかった愛に。




