1.アイトとエミさん
俺はアイト。
俺には親がいない。俺がまだ小さかった頃に亡くなったらしい、そう俺を育ててくれた“エミさん”が教えてくれた。
エミさんは女手一つで俺を育ててくれた、所謂恩人だ。
俺のせいで一部の村の人たちに悪く言われているのにも気付いていないわけないだろうに、いつも気丈に振る舞っている。
そんなエミさんを尊敬しているし支えたいとも思っている。
なので今日も家の手伝いのため森で木を切っていた。薪を作るのだ。
この世界には魔法という便利なものもあるが、普通の人は使えない。
素質のある者しか神の恩恵は与えられないのだ。
「ふう、エミさん。そろそろ休憩にしていい?」
俺が木を切っているのを座って見ているだけのエミさんに聞いてみる。
かなり長い時間木を切ったり薪を割ったりしていたので少し疲れてきた。
俺の質問に対しエミさんはニッコリと深い笑みを浮かべる。
つまりダメということらしい、まだ黙って働けと。ハイハイ分かりましたよ。
また黙って薪を割り始めたアイトを見て、エミは感心していた。
(アイト、また体力ついたわね。普通の人なら1.2時間でへばるのに、もうかれこれ6時間はずっと働いてる。)
そろそろ座ってたりたまに話しかけたり邪魔をしたりするのにも飽きてきた。
薪も何ヶ月分もの量が出来ている。
なのにやめないのは、ワケがあった。
ーーそう、私は怒っている。
だからお仕置きのつもりで体力が尽きるまで薪割りの刑を執行したのだが、いかんせんなかなかバテてくれない。
逆にこっちがバテてきた。何にもしてないのに。
「あのさーアイトくん?そろそろ私が言いたいこと察してくれないかなぁ。」
「げ、やっぱ怒ってたのか。蔵を漁ったことだろ?悪かったよ…。ただこんな回りくどい方法じゃなくて普通に言ってくれよ、面倒くせぇなあ。」
「面倒臭いとは何よ!?全部アイトのためにやってることなのに!」
「本当にそうなら3時間前くらいにはネタバラシして欲しかったよ…。」
ちょっと長すぎ、そう言いながら持ってた斧を地面に落とした。
「なあ、そんなに怒ること?そりゃエミさんに黙って蔵の物を触ったのは悪いと思ってるけどさ…。ちゃんと片したじゃん。」
「…そんなことで怒ってるんじゃないわよ。」
「じゃ何?」
「……。」
「エミさん?」
「あぁうるさい!いいから黙って斧振れ!」
「まだやるのかよ!?」
怒ったエミさんは怖い。だから言われたことに変に逆らうのはよしてまた斧を振り始めた。
更に数時間経ったくらいに、エミさんがポツリと呟いた。
「あんた、お父さんについて調べてたでしょ。」
「…何のこと?」
「とぼけないで、全部分かってんだから。」
「…エミさんには敵わないな。」
斧を振るだけの機械と化していた俺だが、やっと本当に解放されそうだ。
斧を静かに置いて、エミさんの隣に座った。
エミさんは何も言わなかったがそうしろと言われたような気がしたのだ。
「親のこと知りたいと思うのは当たり前だと思う。だからそんなことで怒ってるんじゃないの…。」
「…じゃあ、何?」
「アイト、何でお父さんのことしか調べてないの?」
蔵にあったはずのサーチマシーンをずい、と突き出される。
ポケットに隠し持ってたみたいだ。
履歴は消したはずなのだが、復旧されている。
おいおい、もし俺が思春期特有の何かを調べてたとしたらどうするんだよ、気まずいだろ。
「『バーン・アークライト』…。確かに前にあなたのお父さんの名前を教えたわ。でもあなたのお母さん、シオエラの名前も教えたはずよね。ねえ、何で?」
「……だって…母さんは死んでるじゃない。」
「…え?」
「母さんは死んでるから、わざわざ調べる必要ないでしょ。」
「ま、待ってよ。私、あんたの父親が生きてるなんて、いつ言った…?」
「…言ってないよ。でも、見てたら分かる。父さんの話をするときは…、いつもちょっと挙動不審だし。」
「……!」
ーーーーありえない!
今まで細心の注意を払ってその話題に触れて来た。
村のみんなにも絶対にバレていない自信がある。
なのにこの子は…私が極稀に…本当に数回しか話したことのない場面でそれに気づいたって言うの!?
「きょ…今日はもう終わり。帰るわよ。」
「え?あ、うん。」
動揺を悟られてはいけない。そうだ、父親が生きてるのがバレたからって何だ。どうせ名前だけじゃアイツまでは辿り着けない。
それを事実たらしめるかのように、サーチマシーンには「Not Found」の文字が浮かび上がっていた。