優しさの理由
コンコン、とドアがノックされる。
俺が返事をしたのを確認して、薬とコップに入った水を持ったエルダが入ってきた。
「お薬お持ちしましたよ〜!」
彼女はいつも通りの柔らかな笑顔に戻っている。
でも、俺の頭の中ではさっきの言葉と表情が、ベットに横になっている間も回っていた。
そのまま彼女は俺の近くまでやってきて、ちょこんと床に正座した。
間近で見る彼女の顔に心拍数が心地よく上昇する。
「マナトさん。服、脱いでください」
!?
「どうしたんですか? ほら、早く服を脱いでください」
緩やかな上昇傾向にあった俺の心拍数は突如として跳ね上がった。
「ふっ、服を⁉︎ なんで⁉︎」
「なんでって……お腹の傷にお薬を塗るからですよ?」
「あ、あー、薬ね!ごめんごめん!」
ダメだ、完全に意識しちゃってる。これじゃ危ない人みたいだ。
深呼吸で心を落ち着ける。
体を起こしてシャツを脱ぐと、エルダは慣れた手つきで包帯を解いていく。
「うん! 化膿もしてないし、もうほとんど塞がってますね。これならもう大丈夫!」
エルダは自分のことのように喜びながら、優しく傷口に薬を塗ってくれた。
すべすべしたエルダの指が肌に触れるのが、ほんのすこしだけくすぐったい。
「ありがとう、エルダ。手当に慣れてるみたいだけど、エルダはノドンス先生みたいな医者の神様なの?」
「いいえ、私は医者の神ではないですよ。でも、手当の仕方などはノドンス先生に習いました。このお薬も先生に習って作ったんですよ」
さすが、やっぱり有名な神様なんだな〜。
そういえば、突然出ていっちゃったから、心配してるだろうな。
バルドにも悪いことしちゃった。
「よしっ!終わりましたよ〜」
再び身体に包帯が巻かれていく。
「次はですね〜、えっと、今からご飯を作るんですけど……食べられますか?」
「えっ! 作ってくれるの⁉︎ 」
「はい。私が作ったものでいいなら」
願っても無い申し出だ。
可愛い女の子が作ってくれたものを食べないなんてことがあるだろうか。
寝てばっかりでお腹も空いていたし、有り難くごちそうになろう。
服を着直して、ウキウキしながら部屋を出た。
「ごちそうさま。すごく美味しかったよ!」
エルダの手料理を綺麗に平らげた俺は、言いようのない幸福感に包まれていた。
この世界にやってきてから初めての食事ということを除いても、非常に美味しかった。
「お粗末さまでした。食欲もあるみたいなので安心しました!傷の方も心配ないでしょう」
立ち上がり、食器を運んでいく。
洗い物は俺がやると言ったのだが、怪我人にそんなことはさせられないと台所で洗い物を始めるエルダ。
こんなお嫁さんがいたら毎日楽しいんだろうな……。
そんなことを思ったのも、つかの間。
(そうだ、俺、身体が治ったらここに居られないんだ……)
今の俺はエルダの厚意によって生かされているだけだ。いつまでも、それに甘えてばかりはいられない。
「あ、そうそう。今日はこの後、この町の市場に行こうと思うんですけど 、一緒に来てくれますか?」
唐突に買い物に誘われる。
「え?一緒にって……どうして?」
「だって、うちにはマナトさんの着替えがありませんし、他にも……」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんで、こんな……」
戸惑う俺を見て、エルダは優しい表情を見せた。
洗い物をしていた手を止め、ゆっくりと口を開く。
「私ね、知ってるんです。マナトさん。あなた、違う世界から来たんですよね」
彼女の口から、予想もしなかった言葉が出てきた。
「そう、だけど……一体どこで?」
「研究所です。ノドンス先生のところへ行ったら、偶然あなたを見かけたんです」
そういえば、エルダはノドンス先生に手当の仕方を習っているんだっけ……。
「そっか。じゃあ、見たんだね。俺の結果を」
「はい。でも、可哀想だから同情したとかそういうことではありませんよ」
「だったら……!」
どうしてこんなにも俺に優しくしてくれるんだ。
エルダに助けられた時からずっと胸にあった思いは、とうとう言葉にすることができなかった。
言い終わる前に、彼女が俺のことをぎゅっと抱きしめたからだ。
「エ……ルダ?」
あまりに突然すぎる行動に、心臓が高鳴る。
俺を抱きしめたままで、彼女がそっと呟いた。
「少しだけ、私の話を聞いてくれますか……?」