謀殺姫
開始の笛がなると、俺とクフレは演習場の中にある林の中へ入った。
「……よし。まずは相手の視界から消えられたな」
俺は相手のペアの情報を何一つ持っていない。
それに対して、相手は俺とクフレの練習試合等を見て、おおよその戦力は把握しておるはずだ。
「……うん、相手は追って来てないわ。でも、油断しないで」
真剣な顔つきで、クフレも集中している。
「分かった。じゃあできる限り、相手の情報を教えてくれ」
ええ、とクフレは辺りを警戒しつつ小声で話し始めた。
「そうね……やっぱり、先ずはフィヨル班長について話した方が良さそうね」
「ああ。……率直に言って、強いんだろう?」
「ええ」
「はい。とても」
俺の予想を、間を置かずに肯定するクフレとエルダ。
「フィヨルさんは、わたしが軍にいた頃から『謀殺姫』という二つ名で呼ばれていました」
謀殺って……おだやかじゃないな。
いつもフィヨルさんからは捉えどころのない怖さがあったから、十分警戒しても足りることはないだろう。
「そうね。班長はフィールドそのものを武器に変えるわ」
「それって…………クフレ! 左から来てる!」
ブゥゥゥゥン!!
大きな質量を持った物体が振り下ろされる。
「えっ?…………きゃあっ!!」
クフレはギリギリで直撃は避けたものの、暴風で吹き飛ばされた。
俺たちの目の前には、ハルバードを軽々と操る少女が立っている。
その身体のどこにそんな力があるのかと目を疑った。
「……相変わらずね、ベルガ。そのセンスのないパワー特化のスタイル。そんなんだから他の班から脳筋女って呼ばれるのよ!」
「うっさいわね! 確かにウチは馬鹿かもだけど、そんなに筋肉ついてないから!」
やいのやいのと口喧嘩を始めたクフレだったが、俺だけに聞こえる声量で作戦を伝えてくれた。
「……この馬鹿女はアタシに任せて。あんたは班長を頼むわ。エルダさん、マナトをサポートしてあげて」
「わかりました。クフレさんもお気をつけて」
そう言い残して、俺たちは林の中を移動する。
背後から追いかけて来ようとする声が聞こえるが、相方を信用して振り返らずに進んだ。
「あっ! 逃げちゃった! どいてクフレ!」
「どく訳ないでしょ! あんたみたいなパワー馬鹿の相手はアタシが最適なのよ!」
(マナトなら、きっと班長を倒せる……そんな気がするのよね)
「……いた。あの壁の裏側だ」
クフレと別れた俺は、林の中からフィヨルさんの姿を探していた。
「マナトさん、接近するときは十分注意してください。あの方の力は目に見えるものではありませんので」
対象を見つけて奇襲のチャンスだが、エルダが俺に注意を促す。
「さっき、ちゃんと聞くことができなかったけど、フィヨルさんの力って?」
「罠です。それも、目に見えない罠」
罠……? 爆弾とかのことか?
「フィヨル班長はご自身の魔力をフィールド中に伝えて、不可視の罠を張るんです。どんな罠が張られているのかは、相手からはわからりません。その領域に入ってしまったら終わりだと思ってください」
「……それは厳しいな」
対策をしてからじゃないと、簡単に返り討ちにあってしまうだろう。
「ライテとリンデも、前よりは良くなったとはいえ、あまり長く呼べないからな」
「でも、力の使い所を間違えなければ、フィヨル班長に近づけます。フィヨル班長は、格闘は殆どできなかったので、近づいて手を押さえれば勝てます」
なるほど、『謀殺姫』、ね……。
領域に入った敵を対象にして攻撃できるのなら、自分に近づかれることはほとんどないはずだ。
近づけば勝てる。でも近づけない。なら、どうする。
「……いや、難しく考える必要はないのかも」
「どういうことですか? マナトさん」
俺の発言の意味がわからないといった表情のエルダ。
「なんてことはないよ。俺たちには双子ちゃんがついてる」
フィヨル班長は俺たちに気づいているのか、そうでないのか。
どうすれば罠の効果範囲に入らずに接近できるのか。
「正直、散々悩んだのが馬鹿らしくなっちゃうな」
思わず苦笑する。
「じゃあ、エルダ」
「はい?」
「ライテとリンデに助けてもらおう」




