逢魔
目が覚めると、そこは牢屋のような場所だった。
「……ここは…………?」
ぼんやりとしている頭を動かし、状況を把握する。
この牢屋は、光を取り込む窓はなく、鉄格子の扉があるだけの簡素なものだ。
「……あいつにここへ連れてこられたんだよな」
しかも、一度目の時とは違い、目的をもって接触してきたような言い方だった。
奴が待ち構えていたところに、わざわざ獲物が出てきたってことだもんな……。
俺は馬鹿だ。自分の身だって満足に守れないのに……。
「よォ〜。やァっと起きたかよ」
自分の情けなさを悔んでいると、例の男が姿を現した。
「誘拐されたってェのに、のォんびりしてるね〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべて、からかいながら牢屋に入って来る。
「うるさい! お前こそ、何が目的だ」
思わず声を荒げる。
「ヘェ〜、勇ましいね〜。まァだ状況が分かってないみたい」
「なんだって……?」
「お前はァ、俺の手ェに命握られてんだよ。だァから、今すぐにでも殺せちゃうけど〜?」
殺気を放って睨む男。
この世界へ来たばかりの俺なら、恐怖で何も言えなかったことだろう。
「……いいよ。なら殺せばいい。……できるならね」
「あァ〜ん? チョーシ乗んなよガキ! ……早く地面に手ェついて命乞いしろよ」
「しない。そっちこそ、早く殺してみろよ」
真っ直ぐ目を見て言う。すると、男はまたニヤニヤとした表情になった。
「ふゥ〜ん。……なァにがあったか知らないけど、つまァんない奴になっちゃったな〜。初めて会ったとォきは、ブルブル震えて最高ォに面白かったのに」
「……おかげさまで」
「そォんな睨むなよ。お前が思ってるとォり、用事が済んでないんじゃァ殺せないから安心しな」
男はそう言うと、一つしかない椅子に座ってこちらを舐めるように眺めてくる。
「……何かいいたいことでもあるのか」
「そォーだねー。じゃァ、君の名前でェも聞くとしようか」
「……聞いてどうする」
反抗的な視線を向けて馴れ合うつもりはないことを示す。
「かァん違いしないでよ〜。俺もお前自身にはちィっともキョーミないし」
「どういうことだ……?」
問うと、男は俺の左手を指差す。
「お前、なァにか隠してんだろ? あの時にはしなかった旨そォーな匂いがすんだよ」
「このアザのことか……」
「そォーだよ。そんなの今まで見ィたことねー。その秘密を吐ァいてもらうのも目的だ」
男が顔を寄せる。どこか恍惚として、今にもよだれを垂らしそうだ。
だけど……
「それは……教えられない……」
「はァ⁉︎」
要求を拒否すると、一転、男は怒りをあらわにする。
「お前ェ、言葉はよォく選べよ……?」
「……無理だ。俺もこれについては何も知らない」
「そんな訳ねェだろがああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
慟哭。男の髪が逆立ち、目が血走ってきた。
男が距離を詰め、俺の胸倉を掴んで手を振り上げる。
殴られる。
そう思って目を閉じ、歯をくいしばるも、痛みは襲ってこなかった。
ゆっくりと目を開くと、そこには怒りに狂った男の姿はなく、ただ口が裂けるほどにニヤァと笑う姿があった。
「いィ〜事思いついちゃった〜ァ」
俺を解放すると、気味の悪い笑顔は崩さずに話し始めた。
「あの日、お前を助けた女がいただろォ〜? あいつの腕を斬ったの俺なァんだ〜!」
こいつが……エルダを……?
「剣を握れなくなァって、軍をクビになァったんだろォ? 落ち込んでるよなァ〜? 辛いよなァ〜?」
男は止まらない。
「お前、あの女とォ仲良さそうだもんなァ〜。今、お前が死んだらあの女どうなるかなァ〜? 立ち直れなくなっちゃうよなァ〜? ……お前が教えてくんないなら、もう用はないからここで死ね」
男は袖口からナイフを取り出して、俺の喉元に据える。
「やめろ……それだけは……エルダを悲しませるのだけは……!」
「うふっ、うふふ、うひゃ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャアアアアアアアアアアアア!!!
そうそうそうそう! その顔だよォ!! 俺はその顔が見たいんだァ!! それにッ! お前が死んだら、あの女のそういう顔も見られるッ!! お前をさらってきて正解だったァ!! 俺のために死ねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!」
殺される。俺は間違いなくここで殺されるだろう。
エルダ。ごめん……。
死を覚悟したその瞬間。
「大丈夫ですか」
目の前に、あの日と同じ表情で彼女が立っていた。
「マナトさん。助けに来ました」




