魔の刺客
「う〜、今日もハードだった……」
重い身体を引きずるようにして、研究所内の俺の部屋に入る。
バルドとのトレーニングが始まって、はや一週間。朝はランニング、昼間は例の力の研究をノドンス先生と行っていた。
そのため、距離のあるエルダの家へ帰ることはせず、二人で研究所に泊まっていた。
「マナトさん、お疲れさま。マッサージしましょうか?」
想いを確かめ合って、俺の奥さんになってくれたエルダが、いつもの柔らかな笑顔で迎えてくれる。
「ありがとう。お願いするよ」
「任せてください! 頑張ってる旦那さんを癒してあげるのも、わたしの務め、ですから……」
頰を染めながら言うエルダ。
あー可愛い。もう存在だけで十分癒される。とにかく可愛い。
「マッサージの前に少しだけエルダのことぎゅっとしていい?」
「ふぇっ……い、いいですよ」
照れつつもどこか嬉しそうなエルダ。
「じゃあ、遠慮なく」
優しく彼女の身体を抱き寄せる。服の上からでも、その柔らかさが伝わってくる。彼女の温もりが、疲れた身体に心地よく染み込んできた。
「マ、マナトさん……」
「あ、ごめん。もう大丈夫だよ。ありがとう」
「はい。じゃあベットに横になってください」
エルダに促されるままに、ベットへ倒れこむ。その時、ふとちょっとした違和感に気づいた。
「あれ? エルダ、指をケガしたの?」
彼女の左手の薬指の付け根あたりに、黒いアザの様な痕がついていた。
「ケガですか……? あ、本当ですね。いつの間に……」
「痛みとかはないの?」
手を取って確かめる。
「はい、全く……。それより、マナトさんにも痕がありますよ」
「えっ! ……本当だ。それも、エルダと同じところに……」
何か意味ありげだけど、痛みがないならとりあえず大丈夫かな。
「明日、ノドンス先生に見せに行こう」
「はい! じゃあ、マッサージ始めますよ〜!」
明かりを消して、二人でベットにもぐる。
エルダは疲れていたのだろうか、すぐに隣で小さく寝息をたて始めた。
俺がトレーニングやノドンス先生と研究所に籠ったりしている間、エルダは町の病院で薬を作ったり、研究所のみんなにご飯を作ったりと、彼女なりにできることを進んで行っていた。
「自分だって疲れてるのに、俺のことを気づかって……」
そっと、エルダの髪を撫でる。
「……俺も早く結果を出さなきゃな」
愛しいエルダと一緒に眠ってしまいたいという誘惑を振り切る。
彼女を起こしてしまわないようにそっとベットから出た。
マッサージのおかげで身体が軽くなったし、もう少しだけ頑張ってみよう。
真っ暗な通路を通って外へ出る。
もう研究所内に明かりはなかった。
今日は月が出ていないためか、いつもより暗い。
「よし! やるか!」
軽く準備運動をして、走りだす。
「こォんばんわ〜」
背後から男の声。
一瞬にして全身が粟立つ。
「今ォ日はお前に用があるんだ。一緒に来ィてもらうよ」
この特徴的な喋り方。忘れもしない。この男は……
「よォこそ、魔領デミスへ。カァン迎するよ」
その声とともに俺の意識は夜にさらわれていった。




