鬼教官
「さあ、マナト! ラスト10キロです! 頑張ってください!」
「ラスト……10って……ゼェ……せめて……1キロ……くらいに……」
俺はバルドと共に、朝のランニングに出かけていた。
ぜぇぜぇと息も絶え絶えになりながら、どうにかバルドの後に付いて走る。
「ちょ……バルド……俺、もうムリ……」
限界を迎え、バタリと地面に倒れる。
「何です、マナト、これぐらいで。だらしないですよ」
「いや……もう2時間は……ゼェ……走ったけど……」
むしろ、ここまで何とか付いてこれた事を褒めてほしい……。
「おや、もう2時間も経ちましたか。それでは、私はゼウス様の元へ戻らなくてはなりませんので。明日も今日と同じ時間に伺いますので、準備しておいてくださいね」
「明日もって……これを毎日……?」
「もちろんです! これから、だんだんと負荷をかけていきますから安心してください」
安心できねーーーーー!!
爽やかなイケメンスマイルでなんて怖いこと言うんだ……。
「では、お先に失礼します」
「ま、待って! ここどこだか分かんないんだけど……!」
「大丈夫です。そろそろ来る頃ですから」
それだけ言うと、バルドは転移魔法を使って行ってしまった。
そろそろ来るって、一体何が……
「ふわぁ〜あ。今日もいい天気…………勇者君、昨日はこんなとこで寝たのかい?」
「ノドンス先生じゃないですか。先生こそどうしてここに?」
「勇者君ってジョークは苦手なほう? 僕は朝の散歩に来たんだよ〜」
朝の散歩か〜。ノドンス先生はバリバリの研究者っぽいからずっと研究所に引きこもってるのかと思ってたよ。
「……勇者君、いま失礼なこと考えてたでしょ〜? 君の表情はもう把握したから、考えてることは大抵わかっちゃうんだからね〜」
ごめんなさい、ごめんなさい。もう失礼なことは先生の前では考えません。
先生のすごさに改めて触れて、尊敬の眼差しを向けると、先生は満足そうな顔になった。
「まあ、それはさて置き。勇者君はどうしてこんなとこで倒れてるの〜?」
「ああ、それはですね……」
今朝からの出来事を順序立てて説明するとこうだ。
・夜遅かったので研究所に泊まっていた俺とエルダ。
↓
・朝5時、いきなりノックで叩き起こされる。
↓
・爽やかな笑顔で、俺をランニングに連れ出すバルド。
↓
・朝7時、体力の限界。
「なるほどね〜。朝方、なんか騒がしいとは思ったけど、面倒だから無視しちゃってたよ〜」
カラカラと笑う先生。
……そんなんで防犯とか大丈夫なんだろうか?
「勇者君、まだ疲れてるでしょ〜? 僕が飲み物持ってくるから休憩してなよ〜。ここ、研究所の裏手だからすぐ戻って来れるからさ〜」
「ありがとうございます。そうします」
そんなに近いなら歩いて帰ってもいいけど、もう少し休まないとまともに歩けそうにないので、お言葉に甘えよう。
「バルド君はね〜、君が研究所に来るって聞いた時、誰よりも喜んでたんだよ〜」
ノドンス先生が持って来てくれた飲み物を受け取ると、独り言を言うように先生が話し始めた。
「勇者君が飛び出して行った後ね〜、バルド君はすごく落ち込んでた」
「バルドが落ち込む? どうしてですか?」
俺が勝手に飛び出して、絶対怒ってると思ってたのに……
「勇者君を悲しませてしまったのは自分だって。自分が勇者君に期待させるような事を言ってしまったから。もう勇者君になんて言ったらいいか分からないって」
「そんな事思ってたんだ……」
「だから、勇者君が帰って来るって聞いた時はすごく喜んでた。勇者君が戻って来るってことは、君の気持ちの整理がついたってことだって、分かってたんだね〜」
そこまで心配させてしまっていたんだ……。でもこれからは、心配させた分を返していくんだ。
「今日の事だって、勇者君の為にしたことなんだと思うよ〜」
「俺の為に……ですか?」
「勇者君の力は、勇者君自身の魔力を使って神を生み出すってことだったでしょ〜? 魔力っていうのは、体力や精神力が向上することで大きくすることができるからね〜」
……そうか、それでいきなりランニングなんて言い出したのか。だいぶスパルタだけど、俺のことを考えてしてくれたことだと思えばありがたいな。
「でも、それならこんな朝早くから始めなくてもいいんじゃないか、って思っちゃうんですけどね」
「仕方なかったんじゃないかな〜。バルド君はゼウス様の配下だからね〜。あんまり時間がないんだと思うよ〜」
そんな中、わざわざトレーニングに誘ってくれてたなんて……。
これが本当の友情ってやつか、と感慨に浸っていると……
「まあ、単純にトレーニングが好きなだけかもしれないけど〜」
……ノドンス先生、台無しです。
結局この日は一日中疲労が抜けず、部屋でエルダと本を読んで過ごしましたとさ。
ちなみに、この日から毎朝バルドがやって来て、その度にノドンス先生に研究所まで運ばれる事になったのは言うまでもない。




