勇者? 召喚
「では、始めてくれ」
薄暗い石畳の部屋に厳かな声が響く。
その周りには多くの人影があり、様子を見守っていた。
「はい、仰せのままに」
指示を受けた青年が恭しく頭を下げると、床に魔法陣が浮かび上がった。
「……来たれ、我らが危機を救いし者。時空を超え顕現されよ」
青年が呪文を唱えると、魔法陣が強い光放つ。
「おお……」
その場にいた誰もが目を見合わせ、成功を確信していた。
そして次第に光が弱まり、一人の少年が姿を現す。……倒立した状態で。
「……」
「……ねえ」
「……」
「おーい、もしもーし」
逆立ちをした状態で召喚された少年を目の当たりにして、誰もがあっけにとられている中、いち早く正気を取り戻した青年が応える。
「……あっ、はい何ですか?」
「『何ですか?』じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
未だに倒立したままの少年の叫びが部屋中に響く。
「どうして誰もこの状態に突っ込まないの?それ以前にここどこ?」
「はい、それにつきましては……」
「それについてはワシが説明しよう」
少年の問いに答えようとした青年の言葉を遮り、体の大きな老人が前へ出る。
「ようこそ、選ばれし者よ。まずは召喚に応じてくれたことに礼を言おう。……というか、そろそろ普通に立ったらどうじゃ?大体、なんで逆立ちなんかしてるんじゃい……」
「いや、こっちだって別に好きでこんな格好になってたわけじゃないんだけど……」
ようやく倒立の体勢から直った少年に、老人は呆れながら続ける。
「ワシの名はゼウス。主も聞いたことくらいはあるじゃろう? そして、ここは神域ユグド。神々の住まう地じゃ」
ゼウスはこの神域を統べる最高三神の内の一柱である。
口調は穏やかな好々爺といった風だが、対面すると、隠しきれない威圧感に怯みそうになる。
「神域? ここ日本じゃないの?」
次々と馴染みのない単語を並べられて少年は困惑しているようだった。無理もない、いきなり知らない土地にきたのだからと青年は同情する。
ゼウスもその様子は察していたようだが、止めることなく話を続ける。
「そして、主は我らの地に勝利をもたらすために、人の世から召喚されやってきたのじゃ。……理解できたかのう?」
うーん、と首を傾げながら唸る少年。やはり急な出来事では仕方ないか、と諦めかけたその時。
「それって、俺が勇者っていうこと?」
「ではバルドよ、後は任せたぞ」
「はい、お任せください」
イケメンのお兄さんと簡単な挨拶をしてゼウスというジイさんは去っていった。あのジイさんはこの世界ではトップクラスに偉いらしい。なんか威圧感とか半端ないからなー。
「さあ行きますよ、勇者様」
「勇者様はやめてよ、お兄さん。俺はマナトって言うんだ、よろしく」
そういって手を差し出すと、お兄さんも握手を返してきた。
「では、私もバルドとお呼びください」
爽やかな笑顔でいうバルド。かっこいいなー。
「りょーかい。それで、これからどこへ行くの?」
外に出た俺は先導するバルドに尋ねた。
「今からマナトには抗魔力を測りに行ってもらいます」
「へー、抗魔力かー。……そういえば、俺って神様達を救うためにここに呼ばれたって聞いたけど、今は何がどんな風にピンチなの?」
「そうでした、それを説明しなければなりませんね」
少しずつ状況が飲み込めてきた俺は、歩きながらバルドの話に耳を傾ける事にした。
「まず、この世界には私達神族がいる神域ユグドと魔族が治めている魔領デミスの二つが存在します。魔領デミスは今でこそ魔族によって支配されている地ですが、かつては神族が所有していたのです。それがある日、魔族側に神に匹敵する力を持つ者が現れたために、それを奪われてしまった。そして、そこで力をつけていった魔族が勢力を増して、さらにユグドの地を侵略しようとしているのです」
「なるほどね、つまり俺はその魔族って奴らを倒せばいいと」
それにしても、神様でも苦戦するような敵を倒すなんて、そんな力が俺に……。
「あ、でもさ、敵が勢力を増したって言うけど、神様側の勢力はどうなってるの?」
普通に考えたら、そこまで差ができるとは思えないし、むしろ神族側が勝ってそうな気がするけど……
尋ねると、バルドは困ったような表情になる。
「そう。単純に考えたら、時間とともに魔族が力をつければ、神族も力をつけるでしょう。でもそうではないのです。神族は一柱一柱が強大な抗魔力を持っている。しかし魔族とは違って、子孫を残すことができないのです。だから、力自体は神族に及ばないにせよ、数を揃えられたら楽な相手ではないと言うことです」
神族側は数的不利という現状を打開するために異世界から助っ人をよんだ、と……うん、状況は理解できた。
「ありがとう、バルド。バッチリ理解できたぜ!」
「そうですか。それなら良かった……っと着きましたよ、マナト。ここで抗魔力を計測します」
《ユグド魔力研究所》かデカい建物だなー。日本の東京ドームくらいありそうだ。いきなり解剖とかされたりしないだろうな?
入口の扉を開けて中に入ると、奥から白衣を着た男性がやってきた。
「やあ、お待ちしてたよ〜。勇者君」
「ご無沙汰しております。ノドンス先生」
「どうも、よろしくお願いします」
「勇者君もバルド君も今日はよろしくね〜。」
なんかフレンドリーな神様だな。でも神様だけあって凄そうな雰囲気だ。
「マナト。ノドンス先生はこのユグドでも指折りの研究者です。医者としても有名ですね」
へ〜。やっぱり、この世界にはいろんな神様がいるんだな。ここに来るまでにもたくさんいたし。
「うんうん。それで、問題無かったらすぐにでも始めようと思うんだけど」
おっと、そうだな。待たせたら悪いし、どんな力があるのか気になるしな。
「ではリョウ、頑張ってきてください。ノドンス先生のいう通りにしていれば大丈夫ですから」
俺はノドンス先生の指示通り、奥の部屋に通され、そこの中央にある椅子に座って大人しくしていた。
しばらく待つとノドンス先生が大量の機材と、助手と思われる人たちと戻ってきた。……次の瞬間。
ものすごい勢いで体に機材がつけられていく……。
「よ〜し。準備おっけ〜」
うわ、なんかすごく不安になってきた。心の準備を……
「は〜い力抜いてね(ポチッ)」
うぁぉぉい!急に押すなよ!ってかビリッとしてる!痛くない程度のビリビリが優しくかつ断続的に流れてくるぅぅぅぅぅぅ!
なんとも言えない刺激に耐えること数秒。これで抗魔力が分かるらしい。
「はい、おしまい。痛くなかったでしょ〜?」
確かに痛くはなかったけどさ。でもまあ、これで終わりっていうならいっか。
「結果はそこのスクリーンに映るから、ちょ〜っと待っててね〜」
「マナト。お疲れ様でした」
椅子から腰をあげると、バルドが手を振りながら歩いてきた。
「結果が気になりますか?」
「そりゃあね。自分にどんな力があるかなんて、わからないからさ」
ちょっとドキドキする、と今の気持ちを伝える。
すると、バルドは、大丈夫ですよと優しく笑う。
「マナトを召喚したのは私ですが、ちゃんと成功したはずです。それにあの魔法は特別なもので、人間の中でも魔族に対抗できるだけの力を持った人を召喚するように組んでありますから」
そうなのか。じゃあ心配いらないかな……。
「は〜い、勇者君。今から映すよ〜」
するとスクリーンに体力や生命力といったステータスが次々に数値で表されていく。
最終的な抗魔力の値がそれぞれの合計で算出される。
どれだけの力が俺の中にあるのか、それがやっと分かる。ところが……
「……まさか…………ありえない……こんなことが……」
「あ〜これは全くの予想外だね〜…………ヤバくない?」
二人が目を見開いて絶句している。
数値はこの世界の言語で書かれているためか、俺には判読できない。
「ね、ねぇ、どうだったの? 俺、役に立てそう?」
状況が分かっていない俺がバルドに声をかけると、次第に落ち着きを取り戻したようだ。
そして、俺の肩に手を乗せる。
「マナト。落ち着いて聞いてくださいね」




