第4話 シフォンの想い
作者的には少し暗いかと思います。
でも、この子は基本良い子なので許してやってください。
(あー、今日は疲れたっす……)
宿屋へ向かう道すがら、シフォンは昼間のことを思い出していた。
パーレダスに着いてすぐにアスティオとシフォンは別行動を始めた。
アスティオがなるべく安い宿屋を探していろいろな所を駆け回っている間に、シフォンは買い出しに行く、……いつものことだ。
主に食料調達のためだったが、中央通りではなかなかいい店が見つからず、港にまで出てきてしまったのが失敗だった。
ようやく見つけた小さいながらも品揃えがよく、値段も良心的な店で買い物を済ませ、そろそろアスティオと合流しよう考えていた時だった。
──パシィッ
突然横から掴まれた腕、振り向くとにっこり笑った浅葱色の髪の女の子がそこにいた。
その子は開口一番「荷物持ちになりなさい!」と言ってきた。シフォンは驚き半分、呆れ半分で思わず「バカ?」と言ってしまったがその頭の中ではハイスピードで思考が重ねられていた。
(この身なり、この態度……俺の後ろの方から走ってくるのも仲間っぽいっす。気配からしておそらく護衛、まぁまぁ強いっすね。ってーことは、貴族の令嬢かあるいは──)
そう思いいたった時、彼女の口から【海の王】という単語が飛び出した。
【海の王】というのは大陸の東側半分を治める女帝の称号である。
この帝国には3つの王家が存在し、最も歴史が長く強い権限を持つ【空の王】を皇帝とし、残る【大地の王】と【海の王】がそれぞれ西と東を治めているのだ。
【海の王】の一族の特徴に、“髪が青い”というものがある。目の前の少女はどうやら王家に名を連ねる者のようだった。
そう気づくと、シフォンの胸にひやりと冷たい何かが下りてきた。ほの暗い、重い何かが──
──この子さえいなければ……
恨みと後悔に彩られた緑の瞳に見つめられ、暗い部屋でただただ死を待つ日々。
外から聞こえる声は、化け物を狩った英雄への称賛と化け物の家族への罵倒。
でも、本当は……?
苦い記憶がよみがえり、憎悪で頭がいっぱいになる。
(王族……王族なんかっ!皆──)
だが、シフォンはあくまで優秀だった。
すぐに心を静めると、できる限り冷静に答える。
言葉が少し荒れてしまったが、それはまだ子供ゆえの幼さに起因するもの、多少はしかたないものだった。
その隠し切れなかった想いに気づいたのかどうか分からないが、目の前の少女は怯み、押し黙る。
もういいだろう、シフォンはそう思いその場を後にする。
その後、迷子になっていたアスティオを見つけ出して合流すると、結局宿屋探しまでシフォンがすることとなったが、そのおかげで完全に気持ちが整理できたのだった。
そして今は、完全に暗くなる前に軽く運動してきた帰りだった。
だが、そこでふとおかしなことに気がつく。
(あれ?【海の王】は後継ぎの姫がいないってことで問題になってなかったっすかね??)
少し前の都市で読んだ新聞にそんなことが書かれていた気がするのだ。
(まぁ、俺には関係ないことっすけどね……)
シフォンは思考を切り替える。
もう二度と会うこともないであろう誰かのことより、一緒に旅をしている仲間のことを考えねば、と。
(アニキ、心配してるかもっす……。いくら【明りの絶えない都市】とはいえ、ここらは闇が深いっすから、あいつらも……)
シフォンは無意識のうちに足を速める。やがて、宿に着く頃には完全に息が上がってしまっていた。
「っはぁ、俺も……まだまだ、修行不足っすね」
建物に入る前に軽く呼吸を整える。それから受付で寝こけている宿の主人に挨拶すると、3号室と書かれた部屋へと入った。
「……シフォン!……よかった、無事で……」
部屋の中をオロオロと歩き回っていたアスティオの表情が少し明るくなる。やはり心配かけてしまっていたようでシフォンは少し申し訳なく思った。
「すみませんアニキ、俺ちょっと考え事してて……」
半分嘘だが、昼間のことを考えていたのは間違っていない。アスティオはそれで納得したように何度も頷くとぼふんっとベッドの上に座った。そして、いつもののんきな顔になるとシフォンに言った。
「……それはしょうがない。……ところで、後ろにいる白髪の彼は……シフォンの、お友達……?」
シフォンはハッと振り返る。
そこにいたのは、影のように静かに佇む一人の青年だった。